似てるようで似てないクズ女
「ケッコォォォン!! ワタクシとケッコォォォン!!」
「……何だこの未確認生命体は?」
皆がマーメイドを見つめる中、リースがドン引きした様子で呟いていた。
イカれ狂うマーメイドを縛り上げて拘束した後、ヒナの手によって外出して行った皆が帰って来た。数名程ヒナに手を引かれながら顔を青白くさせていたが、まぁそれは例の如くなのでスルーした。
そんなことよりも、今はこのマーメイドだ。さっきからお前は何者だと質問しているのだが、帰って来る返事は全て結婚の一言だった。見た感じまだ若々しい年齢っぽいし、何をそんなに生き急いでいるのやら。結婚していないことに恐怖を感じ始めるのは、大体三十路になった辺りからだろう。
「あれ? このままだと私ヤバくね? 一生チンケなアパートで一生を終えることになるんじゃね? 毎日一人酒に涙を流す生活のエンドレスなんじゃね?」とのように、婚期を逃した女性達は、時既に遅しとなった頃にそう言い出すんじゃないだろうか。あくまで俺の偏見での話だが。
ただそれは女性に限らず、男性にも適用されることだ。もしかしたら俺も、今までと同じ生活を続けていたらこんな風な人格者になっていたのかもしれない。女の子との出会いがない時点でトチ狂っていたんだし、間違いないと思う。なんと恐ろしい未来だろうか。そう考えると、異星人の皆がやって来てくれて良かったと今は思う。
未来の自分だったかもしれないマーメイドを見つめながら、隣にいるミコの頭を撫でた。突然のことにミコは少し驚いた様子だったが、すぐにその顔はふにゃりとふにゃけた笑顔になった。
「これはまた今までにないパターンじゃのぅ。どうせ此奴も異星人なんじゃろぅが、一体何者なんじゃろうか?」
「それが簡単に知れたら苦労しねーよ。つーか、こういう時こそお前の出番だろコヨミ。心読んで正体を暴いてくれよ」
「むぅ……それなんじゃがのぅ。実はさっきから読心術を使っているんじゃが、今の此奴の脳内は結婚という言葉で埋め尽くされていてのぅ。知りたいことも全て結婚という文字に覆い隠されて読めないんじゃよ」
何それ怖い。そこまで必死こいて結婚しようとしてるとなると、何かしら事情があるのは間違いないと断言できるな。
「それじゃどうしようもないじゃない。というか、やっさん。なんでアンタもこんなキチガイな危険種を連れて来たのよ。適当に海にまたリリースしておけばよかったじゃない」
「いやだって……それは流石に憚られるというか、正直気が引けたんだよ。しかも人魚とは言え、海に放り投げるってのは絵面がちょっと犯罪チックだろ?」
「別にいいじゃない。その時はその時よ」
「いやよくねーよ!? 薄情者かお前!?」
まるで俺が過去に犯罪を犯してるような口振り。マジで勘弁してもらいたい。一時期荒れ狂っている過去はあるにはあったが、犯罪に手を染めたことは一度足りともないっつの。
「でもこのまま放っておくわけにもいかないだろうねぇ。誰か鎮静剤とか持ってないのかぃ?」
「……ここにある」
アマナの発言に反応したヒナは、寝巻きのポケットから本当に鎮静剤の注射器を取り出した。なんでそんな物を持っているのかは怖いから絶対聞かない。
「いや……なんでそんな物持ってるのよ?」
空気読め義妹。お前は暗黙の了解という言葉を知らないのか。
「……知りたいなら教えるけど……知ったらきっと……今後一生私の存在がトラウマになると思う……それでも良いなら――」
「ヒナ、単細胞のことは気にしなくていいから、プスリともうやっちゃって」
「あァ!? 誰が単細ぼぐむむっ!?」
騒ぎ立てるミーナの背後に回って口を塞いだ。脳筋はこれだから嫌なんだ。平然とやってはいけないことをやってのけて、関係無い奴らまで巻き込みやがる。今度一度だけミーナを調教でもしてやろうか……いや変な意味ではなくね?
言う通りにヒナがプスリと鎮静剤を刺すと、マーメイドは一度だけ痙攣し、ピタリと動かなくなった。しかし普通なら次に眠気に襲われるはずなのだが、彼女は一切眠る様子を見せずに目を見開いていた。
「……あれ? ワタクシは一体何を……あ、あれ!? 縛られています!? 束縛!? 束縛プレイですの!?」
冷静さを取り戻したと思いきや、根っこから変態だったようだ。身体が縛られているにも関わらず、その表情は歓喜に満ち溢れていた。
「おい、マーメイド」
「あら、王子様。どうされましたの? 早くワタクシめを襲ってくださいませ。勿論、性的な意味でですわ」
「うん、少し黙ろうか。まずは俺の質問に答えろ。いいな?」
「王子様ったら……乱暴ですわね。でもそれがまた良いですわぁ」
こいつが男だったら殴り飛ばしているところだ。いかんいかん、冷静になれ俺。こういう流れには日頃慣れているはずだろう。
「まずは一つ目だ。お前は一体何者だ?」
「ワタクシですか? ワタクシはリリスと申します」
「いやそうじゃなくて……お前自身について聞いてるんだよこっちは」
「あっ、そういうことでしたの。そうですわね……まずはスリーサイズを言うと、上から――」
「見た目の話じゃねぇ! 所在云々について聞いてんだ!」
「あら、そうでしたの。そういうことは先に言ってくださいませ王子様。焦らしプレイなんてそんな……王子様はワタクシのツボを心得ていますのね」
「だぁぁぁもう!! うっぜぇこいつ!!」
こっちは真面目な話をしてるってのに、向こうは一向にボケてくるだけ。恐らくこれが素なんだろうけど、だからこそ余計にイラつかせやがる。
「落ち着いてください弥白さん。アマナさん、申し訳有りませんが、弥白さんの代わりの役目を引き受けてくれませんか?」
「姫さんからの頼みとあっちゃぁ、断るわけにはいかないねぇ」
今日あった色々な出来事のせいで、俺のストレスはほぼピークに達してしまっている。これじゃ拉致が明かないと判断したのか、俺はミコに保護されて、代わりにアマナが質問役として前に出た。
「どうも人魚さん。それで、さっきの続きの話をしてもらってもいいかぃ?」
「……しょうがありませんわね。本当なら王子様直々に聞いて欲しかったのですが、止むを得ませんわ」
俺から相手がアマナに変わると、マーメイドことリリスは露骨に嫌そうな顔をするも、ようやく真面目に話をし始めた。
「見ての通り、ワタクシは人魚です。ですが本当の人魚というわけではありませんわ。オーシャン族という、元々この地球で生息していた異星人なのです」
「……異なる星の人と書いて異星人なのに、それは異星人と呼べるのかねぇ」
「細かいことは気にしてはいけませんことよ。そんなワタクシなのですが、今まではこの近隣の深海にあるお城で暮らしておりました。ですが訳ありまして、つい昨日に逃げ出して来ましたの」
……なんかどっかで聞いたことある話だなぁ。どっかの誰かも元々はお城に住んでいて、訳あって逃げ出して来てましたよね。
「ん? どうしました弥白さん?」
「いや別に……ただ、何処のご時世にも逃亡者ってのが存在するんだなぁと思っただけだ」
「は、はぁ……?」
自分のことが言われていると気付いておらず、首を傾げて疑問符を浮かべるミコ。まぁ、ミコは済んだ話だから別にいいんだけどさ。でもまた似たような展開って……面倒臭いことになる予感しかない。
「逃げ出したって、またなんでそんなことしたんだぃ?」
「えぇ。実はワタクシ、そのお城では姫と呼ばれる立場だったのですが、つい最近お父様が唐突なことを言い出しまして……」
「ふむ……それは?」
「……お前も良い歳なんだから、そろそろ結婚のことを考えても良いんじゃないか、と」
……似たようなっつーか、全く同じ気がしてきた。
「それでお父様がワタクシの婚約者捜しを頼んでもいないのに始めまして。つい先日、勝手にワタクシに許嫁として婿様を……」
「なるほどな。だがそれは、つい先程の貴様の発言と矛盾しているではないか。今の貴様の口振りだと結婚することを否定しているのに、先程は死に物狂いで結婚したいと騒いでいたではないか」
アマナに続いて身を乗り出したリース。
確かにリースの言う通りだ。リリスはあれだけ結婚結婚とトチ狂い、俺と既成事実を作るために犯そうとまでして来ていた。しかし今のリリスは、自分が結婚すること自体を否定している。矛盾以外の何物でもない。
一体どういうことだと二人が聞き出す前に、リリスは自分から話し始めた。
「それは……だってしょうがないではないですか! その許嫁の方がめっちゃブサイクなんですもの!!」
その発言にこの場にいる全員が言葉を失った。
「「……ぷっ」」
いや、違った。約二名程、密かに笑ってる奴がいた。アマナとコヨミにはとっては小さな笑いのツボだったらしい。
「それはもう、絵に描いたようなブサイクなんですの!『子供が手入れした福笑いか!』と思わせるくらいにブサイクなんですの! 中身はとても紳士なお方でしたが、ワタクシは受け付けられませんの! ワタクシの理想の殿方というのは、見た目がまず第一条件! 顔が良ければ他はどうでもいいですわ! 我儘を言うのであれば、殿方の方にSっ気があると尚良しですわ!」
駄目だこいつ、想像以上のクズだ。俺にはどうしようもない。
「おい、このクズを捨てるの手伝え」
「「「「乗った」」」」
ミコと俺以外の全員が目の色を変え、リリスの撤去作業が始まった。皆も俺と同じ判断を下したという証拠の表れだ。
「お、お待ちになって! ですからワタクシは他のもっと良い殿方を捜すために、地上に出てはならないという禁忌を犯してまでこの場所に参ったのですわ! ですからどうかお願いです! ワタクシの婚活を手伝ってくれませんか!?」
「知ったことか。そいつの中身が紳士なだけ貴様はまだマシだ。この世には、見た目も中身もブサイクでクズの者と結婚しかけた女も存在するのだ。貴様のそれは、そういった女共に対する当てつけだ。見苦しい、とっとと失せろクズ」
今日は家族想いな一面を見せるなぁリースの奴。相変わらずミコは自分のことだと理解してないけど。
縛り上げられたままリリスはお神輿のように持ち上げられ、さっさと外へと出て行く。俺とミコもその後を追い、また浜辺へとやって来た。
皆は息を合わせて、ポイッとゴミ屑を捨てるかのようにリリスを海に投げ込んだ。こういう時だけ息ピッタリだよなぁこいつら。
「よし、撤収するわよ皆〜」
「お、お待ちになってぇぇぇ! どうかワタクシを見捨てないでくださいませぇぇぇ!」
リリスの叫び声は虚しく夜空に消え去り、皆はまたコテージの方へと引き返して行った。
残ったのは俺とミコ……と、戻ったと思っていたリースも何故かまだ残っていた。
「どうしたリース。まだこいつに何か用があるのか?」
「それはこっちの台詞だ。貴様もさっさと見捨てて、向こうに戻ったらどうだ」
「……そうしたいのは山々なんだけどなぁ」
一度関わってしまった以上は投げ出さない。かなり面倒臭いし、正直あまり関わり合いにもなりたくない。面食いという時点で生理的に受け付けられないし。
だが、ここで見捨てておくのもなんか癪だ。後味が悪いというか、どれだけこいつがクズでも一応は女の子なんだ。だったら少しでも優しくしてやるのが俺の……いや、男の流儀ってもんだ。
「……ふんっ、お人好しめ」
まだ何も言っていないのに、俺の意図を察したリース。これだけ長く付き合っていると、俺の性分も理解されるようになるらしい。
「ふふっ。それが弥白さんの良いところなんですよ、リースさん」
「良いところ? 単純に馬鹿なだけだろう」
「そうですね。弥白さんは確かに馬鹿です」
「え……」
おかしいな。今さりげなく馬鹿にされたような……というかストレートに馬鹿と言われたような気が? まさかミコにディスられる日が来るなんて――
「だからこそ、私はそんなお馬鹿さんの弥白さんを好きになったんです」
と見せ掛けての手の平返し。キュンときたこの胸の痛みは乙女心というものか? フフフッ……。
「……キモいぞ愚人。その浮かれた顔を止めろ。反吐が出る」
……今度、感情を表に出さない訓練でもしようかな。罵声の一言で涙が出てくる俺なら尚更。
「だがまぁ……貴様には借りがある。力を貸せと言われれば、力を貸してやらんでもない」
「分かった。それじゃミコ、気が乗らないだろうけど手助けに加わってくれ」
「はい、勿論です」
問答無用でリースに胸ぐらを掴み上げられた。
「おい貴様……」
「ん? 何ですか? 何か文句がお有りでしたか? 頼まれれば受けてやると言うものだから、そんな乗り気じゃないんだな〜と思いましてねぇ。わざと頼まなかったんですが、これはまたどういうことですかな?」
「よし、大人しくしていろ。今その眉間を吹き飛ばしてやる」
「ちょちょちょ落ち着いてくださいリースさん! 弥白さんもまた意地悪なこと言って、控えてくださいと日頃言ってるじゃないですかもう!」
ミコが俺とリースの輪に入り、ポコンッと頭を小突かれてしまった。今じゃこのお叱りの拳骨でさえ愛おしく感じてしまうぜ。
「リースさんも、もう少し素直になりましょうよ。たまには意地を張らずにオープンになってみたらどうですか?」
「ふんっ。オープン過ぎて色々やらかす貴様よりはマシだ。少なくとも、私は家事狐のように恥部を露出するようなヘマはしない」
「そういう意味でのオープンじゃないですよ! それに最近はそういうドジを踏んだことはないです!」
「細かいことをイチイチ気にするな。そのままだといずれ愚人に愛想を尽かされるぞ」
「不吉なこと言わないでくださいよ! だ、大丈夫です! 多分、恐らく、きっと、弥白さんは私のことを愛し続けてくれる……はずです!」
「……不安でいっぱいなのが隠せていないぞ貴様」
なんだか久し振りにこの二人の激しいやり取りを見たな。初めて出会った時もこうして揉めていたっけか。今じゃ懐かしき思い出よ……。
「弥白さん! ボーッとしてないで何か言ってくださいよ!」
「愚人、丁度良い機会だから言ってやれ」
「言えってなんだよ。お前らは俺に何を求めてるんだよ。つーかもういいよこの話。ぶっちゃけ飽きたわ」
「「…………」」
おかしいな。なんで今度は俺一人が睨まれてるの? 俺何も悪いことしてないよ? 止めて! そんな怖い目で俺を見ないで!
「……一旦この人は放っておきましょうか」
「そうだな、それが最善だ。ペッ!」
リースが本当に反吐を出しやがった。何で? 何でこんなに怒られてるの? さっきまで良い評価を受けてたのに、一体この短い時間に何が?
俺を冷めた目で一瞥した後、二人は落ち込んで俯いているリリスの元に向かい、近くで片膝をついた。
「リリスさん、でしたよね。良ければ私達がお力になりますよ」
「……泥棒猫に同情される筋合いはないですわ。図に乗らないでくれます?」
「よーし、落ち着け家事狐。その気持ちは私が受け止めてやるから、その脆い拳を下すのだ」
助力する気になってくれたとはいえ、相手が相手だけに前途多難だった。
さてと、俺も出来る限り力になってあげることにしよう。
そう……“力付く”でな。
えー、これを書いているのはいつでしょうか、大変申し訳ない事態が発生しました。最近全く執筆活動に手を付けていなかったため、ここまで三日に一回更新だった流れが止まってしまいました。つまりは尺切れです……。
この先からどう流れて話を進めていけば良いのか……最近はスランプ気味になってしまい、現実逃避ばかりしていました、はい。本当に申し訳ないです、いや本当に。
できるだけ早めに更新を済ませるか、または尺を溜めてから三日更新に戻していくか……もし意見があったら感想板にでも書いてください。来なければ自分の気分で決まります。
次回の更新は……今月には絶対します。




