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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
九話 ~海水浴と面食いマーメイド〜
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バカップルの腑抜けた一時

 海でのバケーションが始まり、夕方を通り越して夜になった頃。皆でトランプといった娯楽で騒ぎ立てるパーティを抜けて、俺は夜の海に出てきていた。


 皆と騒ぐという気分になれず、静かな場所で一人になりたかった。群れて騒ぐということは言ってしまうとあまり好きというわけではなく、どちらかと言えば物静かな場所で月見をしながら団子を食べている方が性に合っていた。


 まぁ……今回の場合は意味合いが全く違うのだが。


 海近くの丘の上に座り込み、市販で売っている餌を釣り針に付けて釣竿を振った。ぽちゃんと心地良い音が鳴り、ボーッとしながら物悲しげに光る満月を見つめた。


 なんでこんなにブルーになっているのか。無論、その原因はミコのことだった。


 あの忌まわしきコンテストにより、ミコはあれから一切口を聞いてくれなくなった。あんなに優しい彼女が目を合わせてもくれず、謝っても謝っても不発に終わり、ただただ軽蔑の眼差しを向けてくるだけだった。


 完全に終わった。最早ミコの中では、俺は何でもないただのエロ助野郎に認定されていることだろう。きっと近々別れの言葉を告げられ……俺の青春には終わりを告げられるだろう。


 初めての恋人ができてこれだ。浮かれ過ぎていたせいで、調子に乗り過ぎていたのかもしれない。今は反省に反省を重ねているが、それらは全て手遅れなことだ。


 上手い具合に釣竿を立てて手放し、足をぷらぷら動かしながら水面を見つめる。死んだ魚の目になっている俺の顔が見えた。我ながら情けねぇ顔してやがる。


「…………ん?」


 しばらく釣竿を垂らして黄昏ていると、背後から人の気配を感じ取った。人数は……一人。一体誰なのか気になったが、確認する気にもならなかった。


 だが、その気配は徐々に俺の方へと近付いて来た。サンダルでも履いているのか、スタスタと足音が聞こえてくる。


 流石に確認しないわけにもいかず、嫌々後ろを振り向いて確認した。


 ……ミコでした。


「…………」


 昼の時と変わらず、水着の上から白のラッシュガードを着ていて、可愛らしい花のデザインが飾られたサンダルを履いている。それに髪型も変えていて、いつかのデートの時と同じカントリースタイルのツインテールになっていた。


 咄嗟に目が合うと、ミコのくりくりっとした綺麗な碧眼の瞳は、一気に冷めて軽蔑の眼差しに変化した。


 終わりだ。今度こそ終わりだ。間違いなく別れの言葉を告げに来たに違いない。


 グッバイ俺の青春。囁やかな夢を見させてくれてありがとうございました。


 ついに俺のすぐ目の前までやって来たミコ。俺は背を向けるにも向けられず、若干身体を震わせながらミコを見つめている。


「……隣座ってもいいですか」


「えっ?」


「隣です。座ってもいいのかと聞いてるのですが」


「あっ……はい。どうぞ……」


 少々辛辣な声のトーンで言われ、断れるわけも無く左隣に招いて座ってもらった。


 それからまた暫くの時が流れ、特にどちらも口を開くこと無く沈黙が続いた。何時もなら居心地良く感じるシチュエーションだが、今日ばかりは気まずさしかなかった。


 気が気じゃない。今すぐに海の中に飛び込みたい。しかし気を紛らわすその行いは、ミコから逃げ出すに等しき行為。そんなことできるはずもない。


 やべっ、泣きそうになってきた。こんな時にイオンがいたら何を言ってくるだろうか。いや、あいつの場合は何も言ってこないな。こういう時はただ俺を見守るだけだろう。


「……大事にしてあげて……か」


「え?」


「あ、いや……」


 イオンのことを思い出すと、その言葉が真っ先に頭に浮かんで口に出てしまった。


 そうだった……な。何を弱気になってんだ俺。喧嘩なんて今更なことだし、くよくよしてる暇があるならミコと和解することを考えやがれってんだ。


 俺から沈黙を破ってしまったし、ついでに話してしまおう。


「……実は、ある奴と約束しててな。俺の誓いでもあるんだけど……ミコを大事にするってさ」


「……それで?」


「それ、で……それで……」


 そう切り返されて戸惑ったが、すぐにその言葉が思い浮かび、俺はミコに向かって頭を下げた。


「……少し舞い上がり過ぎてた。これ以上あれやこれやと言い訳をするつもりもない。……ごめん」


 何を言い返されるか。その不安に目を瞑ったが……それは杞憂だった。


「……言ったじゃないですか。私は面倒臭い女だって」


「……? 言ってたっけ?」


「そうですよ。忘れちゃったんですか?」


 恐る恐るミコの方を見つめると、彼女の目はすっかり優しさを取り戻していて、何処か申し訳なさげに眉を潜めて苦笑していた。


「今日のあの時だって、別に怒ってたわけじゃないんです。ただその……皆さんが可愛い姿で弥白さんにアピールしていて、弥白さんは弥白さんでデレデレしていて……正直嫉妬していました」


 デレデレというか、血でドロドロになってたんだけど……この状況でそんなツッコミを入れられるはずもない。


「特にアマナさんのアピールが効きまして……私だって弥白さんにあんなことしたことないのに、先を越されたように感じて……最後には弥白さんに八つ当たりしてしまいました。駄目ですね私は……」


 しょぼくれた様子で俯いてしまうミコ。


 どうやら俺達は、精神的にまだまだ未成熟の子供らしい。勝手に一人で暴走して自虐する似た者同士。むしろ親近感すら感じる。


 おかしくなって思わず笑みを零すと、俯くミコの頭の上に手を置き、そっと撫で回した。


「駄目なのはお互い様らしいな。人のこと全然言えないけど、そんな落ち込むことはないって」


「……私落ち込んでますか?」


「顔に書いてあるよ。ミコは感情が顔に出るから分かりやすい」


「それは弥白さんも同じじゃないですか」


「ははっ、違いねぇ。ほらな、人のこと言えないだろ俺?」


「……そうですね」


 すると、俺に釣られてミコも笑った。昼時のギクシャクした雰囲気など露知らず、気付けば俺達はいつもの馬鹿馬鹿しい空気の中にいた。


 好きだなぁ……やっぱり。今はミコと二人でいる時が本当に心地良い。


「と、とにかく、これで仲直りってことでいいですよね!」


「仲直りというか……そもそもこれは喧嘩だったのか……?」


「言われてみればそうですね。お互いに怒ってるわけじゃありませんでしたし……」


「でも俺はミコに思い切り拒絶されてたけど?」


「うっ……すいません……」


「……可愛いなコンチクショウめ」


 素直に謝ってきた彼女の愛しさあまりに、ミコの腰に手を回して自分側に引き寄せた。


 こてんと俺の左肩にミコの頭が乗っかる形になり、ミコは赤面して少し動揺を見せたが、すぐに大人しくなって目を瞑り、自分の方から身を寄せて俺の左腕に腕を回してきた。


 ……おもっくそ左腕にミコの胸が挟まる形に。


 いかん、また汗が出て来やがった。落ち着け俺の心臓よ。いちいちこれくらいのことで取り乱すな。


「……重くないですか?」


「と、特には」


「ふふっ……そうですか。手を握ってもいいですか?」


「……うぃ」


 そっと左手に触れてくると、右手で握って指を絡めた。この恋人繋ぎも大分慣れてきたな。ミコの感触には毎度毎度焦ってるが……。


「不思議ですね。こうしてただ触れ合っているだけなのに、とても幸せな気持ちになります。お母さんと一緒に暮らしていた時もそうだったんですけど、弥白さんと一緒にいる時だけは何かが違います」


「違い……ごめん、手汗気持ち悪いですよねぇ……」


「そういうことじゃないですよ! ただ……その……なんて言いますか……す、好きな人と触れ合ってる時は特別なので……やっぱり私の中では弥白さんは特別なんだと思います」


 ……これはこれでまた泣きそうだ。なんと嬉しいことを言ってくれるのか俺の彼女は。こんな純情な娘、今時いるか?


「なんか……アレだよな。ミコってもしかしたら、マジで女神か何かの生まれ変わりなのかもな」


「えぇっ? どうしたんですか急に」


「いやだってさぁ……なんかもう、ミコと二人で話してると胸一杯でさぁ……沙羅さんとはまた違った母性というか、安らぎを感じるわけでさぁ。そりゃそういう風に疑いたくもなるさ」


「そう言ってくれるのは凄く嬉しいですけど、少し大袈裟ですよ弥白さん。それに、安らぎなら私の方が多くもらってますし」


 その言葉にピクッときた。一つ間違いがあったからだ。


「何言ってんだミコ。俺の方が確実に癒されてるから」


 その言葉にピクッと反応したミコ。これは同じことを考えてる節だな。


「弥白さんこそ何を言ってるんですか。より癒されてるのは私の方ですよ」


「ふっ、何を世迷言を。俺が与えてるのは傍迷惑な負の感情だけだ。その点、ミコが与えてくれるのは安らぎと癒しのオーラ。善と悪が成り立つように、俺達はそうして成り立ってるわけだ。つまり、より癒されているのは俺の方だ」


「何も分かってないですね弥白さん。今までの日常を思い返してみてください。私は一方的に弥白さんに迷惑を掛けてばかりで、対する弥白さんは、そんな私を欠かさずフォローしてくれています。しかも嫌な顔一つせずにです。そんなの誰から見ても、私の方が満たされてるに決まっているじゃないですか」


「しつこいな。俺の方が超絶満たされてるに決まってるだろ。更に言うなら惚れ込み度数も俺の方が遥かに上だ」


「寝惚けたことを言わないでください。より癒されてるのは私ですし、弥白さんを好きな気持ちも私が断然上です」


 甘い雰囲気が再び消え去り、今度は珍妙な空気が流れ出した。


 これは……アレだ。いつものコント的な流れだ。だが何はどうであれ、この口論だけは引けねぇなぁ!


「無駄な抵抗はよしたまえよ。見苦しいぞミコ。俺がミコに対する愛情は、あの世界一と言われたエベレストよりも高い。お前如きじゃ敵うはずがないのだよ」


「残念でしたね弥白さん。私の弥白さんに対する愛情は、宇宙一と言われたリカルデント山よりも高いんです。世界一と宇宙一じゃ次元が違いますよ! ハッハッハッー!」


「あっ、やっぱ違ったわ。俺の愛情は真の宇宙一と言われたあの――」


「はいもう駄目ですー! 一度言ったことは二度と訂正することはできませんー! 残念でしたね弥白さん! この勝負は私の勝ちでーす!」


「ふっ……ま、そういうことにしておいてやるよ。形的に」


「そういうことというか、本当にそうなんですけどね」


「あァ!? さっきからいい気になってりゃ反抗して来やがって! 往生際が悪いぞミコ! また惚れ直すぞコラァ?」


「それも残念でしたね弥白さん。既に私の方が惚れ直しています。また遅れを取りましたね」


 ……段々と恥ずかしくなって来た。だが幸いにも、ここには俺達以外に見ている奴はいない。俺が圧倒的勝利を収めるまで止めてたまるか!


「ふっ、馬鹿め! 騙されおったなミコよ? 惚れ直すということはつまり、知らなかった相手の新しい魅力に気付いて修正を掛けることに相違ならない。それに対し、俺はミコの魅力の全てに気付いた上で惚れ込んでいる。つまり、俺がミコに対する愛情は未だ純粋そのものなのだよ! 何度も何度も修正された不器用な愛情のミコとじゃ訳が違うのさ! フハハハハッ!」


「……なるほど。つまり、今ここで弥白さんを惚れ直させることができれば、私の愛情の方が勝るということですね?」


「ほぅ? それができるとでも?」


「……や、やってやりますよ。ちゃんと見ててくださいね」


 ここまで威勢が良かったミコだったが、突然その勢いが失われて照れが混じった。


 だ、大丈夫だ。そういう反応の可愛さも知り済みだ。それでまた惚れ直すことはない。既にミコに対する俺の愛情は完璧に完成されているのだから!


 ……と、そう思っていた時期が今の今までありました。


 一体どんな手段を使ってくるのかと思えば、ミコは自分が着ているパーカーのジッパーに手を添えた。そして、ゆっくりとそのジッパーを下に降ろし、ラッシュガードという名の封印を解いた。


 そして現れたのは――フリルの付いた愛くるしい見た目である、黄色いタンキニを着たミコだった。


 胸のボリュームは例の如く、核ミサイルよりも恐ろしい兵器。全体的なプロポーションは言うまでもなく、俺の目を失明させてもおかしくない魅力に満ちていた。


 鼻血なんて一滴も出てこない。代わりに出てきたのは神秘的な輝きを放つ涙。一粒垂らすだけで濁った湖を一瞬で元の輝きを戻せるのではないかというくらい、この涙は神々しさに満ちていた。


 前のめりに倒れて、地に両手を付いた。これはもう……認めざるを得ない。


「……完敗でございます」


「ふふっ、やりました。私の勝ちですね」


 可愛いぃぃぃ!! 可愛い過ぎんだろうがぁ!! そんなの惚れ直さないわけねーだろぉ!? んな反則認め……る以外に残されてねーよ!!


「実はこの日のために、じっくり水着を選んでいたんです。コヨミさんに協力してもらいまして、密かに弥白さん好みの水着情報を調べさせてもらいました。計算高い私の勝ち……ですね」


「いやマジ感無量ッスわ。可愛いッス、ミコさん。抱き締めさせてもらってもいいッスかね」


「モチのロンです!」


 本人から笑顔で許可を貰い、ギュッとその身体を抱き締めた。


 ほぼ裸なために、いつも以上にミコの体温が伝わってくる。良い匂いに頭がフラッとして来て、自然と目と鼻の先になって見つめ合う形になった。


「…………んっ」


 すると、ミコは目を瞑って小さな唇を差し出してきた。今日のお粗末なコンテストで言うと、これがミコの最大限のアピールなのかもしれない。


 俺はその返事に応えるように、その唇にそっと自分の唇を重ねた。


 ――――その刹那。




 バシャァァァンッ!!




「「っ!!?」」


 突如聞こえた水飛沫に反応し、我に返ってミコとの口付けを止めた。そして二人揃って、すぐにその水飛沫の正体を確認した。


 すっかり忘れて放置していた釣竿。どんな原理か分からないが、ひとりでに何かを釣り上げていた。


 その獲物は――人、と見せ掛けて、下半身が魚となっている人魚だった。


 人魚は右手に銛を持っていて、ミコを血眼の目で見据えていた。


「死ねェェェェェ!!」


「えぇぇっ!?」


 トチ狂った叫びと共に、銛の刃先をミコに向けて降り掛かって来た。


 だが、ミコの盾となって俺が一歩前に出て、その銛を確実に掴み取った。


「人の彼女に何してんだァァァ!!」


「ぐはぁっ!?」


 そのまま人魚ごと銛を持ち上げ、思い切り地面に叩き付けた。


 人魚は正しく、浜に打ち上げられた魚のように動かなくなり、白目を剥いて気絶した。


「……なんですか……この人」


「……知らね。取り敢えず運んでおこう。もしかしたら高く売れるかもしれないし」


「弥白さん。冗談は程々に、ですよ」


「へーい」


 突如現れた謎の女の子のマーメイド。


 この時、俺はまた何処かで察していた。これはまた面倒事に巻き込まれることになるんだろうなぁ、と。

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