異星人交友会の導 後編
「いいッスね〜彼女持ちは。目も当てられない程に眩しいッスわ〜」
自分の家から出て、また階段の方で小休止を取っている俺達。しかしそれはただの名目であり、実際は裁判長の愚痴を聞くだけの無駄な時間だった。
リコと再会して三人で話を交わし、思わず俺も浮かれていた。その光景が裁判長にとって毒だったらしく、嫉妬や皮肉を言い続けてきていた。
「こっちは女の子との出会いを求めてきてるってのに〜? 何を思ってか自慢の彼女を見せ付けちゃってくれてよ〜? しかも彼女には妹までいて、その妹もやっさんにぞっこんラブだったし〜? 姉妹丼をはべらすとかレベル高いッスわ〜」
はべらすって何だこいつ、人聞きの悪いことを言いやがって。
でもまぁ確かに、リコにあそこまで懐かれていたとは思わなかった。最近は妹というものに恵まれてるな。
「いやぁ、リア充の鏡ッスわ弥白さ〜ん。憎くて憎くて死ねばいいのにとか思っちゃいますわ〜」
「僻んでる場合か馬鹿。お前にゃやらなきゃならないことがあるだろーが。いつまでも人の幸せを見て拗ねてんじゃねーよ」
「だって羨ましいんだよ!! キスをせがんでくる年上の美少女とか何っ!? スペック高すぎんだろーが!! ふざけんなゴラァ!!」
ミコの魅力にまた当てられたようで、我を失ったように暴走して奇声を上げる裁判長。祈祷していたいつぞやの俺を見ているかのようだ。
「落ち着けって。ほら、下降りるぞ。次はお前が望んでるっぽい年上の奴を紹介してやるから」
「何!? まだ年上の女の子がいたと言うのか!? それを早く言えよやっさ〜ん」
単純な奴だ。でも何度も言ってるはずだぞ。ここにはロクな女の子が住んでいないということをな。無論、ミコとヒナは除外対象だが。
浮かれた裁判長をつれてまた下に降りると、今度は“奴”が住んでいる方に移動し、玄関の前で立ち止まった。
俺の予想だと、あいつは自分より強い男なら惹かれる的なことを言いそうだ。裁判長がどれだけ強いか分からないが、打たれ強さなら割りかし希望があるんじゃないだろうか。でもあまり期待を抱かないようにしておこう。
俺はインターホンを押した。
それから数秒程経過すると、ガチャリと音を立ててドアが開かれた。
「……にぃに?」
出てきたのはヒナだった。きょとんとした顔で上目遣いで見つめられ、密かに胸の内を高揚させたのは俺本人しか知らないことである。
「ヒナ? なんでお前がここにいるんだ?」
「……アマナに誘われて……雑談してた」
「あぁ、そういうことか」
そう言えばミーナの話によると、俺のいない時に開かれていたガールズトークという場にて、ヒナとアマナが成り行きで親しい仲になったらしい。
何でも、アマナの方がヒナの性格を気に入ったらしく、ヒナもヒナで気さくな性格のアマナと馬が合ったんだとか。
武闘派なところを抜けば、比較的アマナは常識人の範囲内の異星人。特にヒナに悪影響を与えることもないだろうから放っておくことにしていたが、その判断は間違ってなかったらしい。
当時は一人だったヒナだが、今はこうして仲良い友人と共に時を過ごしている。それがまるで自分のことのように嬉しく感じる。今更なことかもしれないが、不自由なく日常をエンジョイしてくれてるようで何よりだ。
「やっさん……お前年上の女の子って言ったよな?」
後ろを振り向くと、裁判長は目を点にしてヒナを見つめていた。
「あぁいや、違うんだ裁判長。俺が紹介したい奴は――」
「ロリロリしい見た目! 全てを魅了する幼き眼! チャームポイントであろう犬の付け耳! そして、そんな見た目でありながら実は年上! 素晴らしい! これまた今まで見たことがない麗しき女性よ!!」
「……にぃに……この痛い人……誰?」
勘違いに勘違いを重ね、一人舞い上がる裁判長。対するヒナはドン引きしているようで、ぞわりと鳥肌が立っているのが見えた。
「暖かい目で見守ってやってくれヒナ。少なくとも、こいつは悪い奴ではないんだ。ただ少し本能に忠実過ぎるというだけで……」
「……なるほど……負け組の人……そういうわけ」
相変わらずストレートな毒を吐いてくる。その言い方は棘を通り越して、よく研がれた刃が付いているよ。
「初めましてヒナさん! 俺は裁判長! 現在彼女募集中のチョイ悪男子高校生です!」
「……で?」
「宜しければ俺と友達になってください!」
「……なんで?」
「可愛い女の子と仲良くなりたいからです!」
「……というと?」
「彼女が欲しくて女の子と仲良くなろうと思ってます!」
「……そう」
するとヒナは――唾を吐き捨てて中指を立てた。
「……Please dead」
ド直球に「死んでください」ときた。もし仮に、俺がヒナからこんなことを言われていたならば、目の前が真っ暗になって生きる希望を失っているところだ。
「可愛い見た目とは裏腹に、まさかの毒舌ロリ……か。萌えるぜやっさん!」
ガラスハートの俺とは違い、裁判長は鋼の精神力を持っていたようだ。前向き思考なその性格が若干羨ましい。
だが、興奮する裁判長とは対称的に、ヒナの顔色は見る見るうちに悪いものへと変わっていく。
コヨミの時と同じで、生理的に無理なパターンだこれ。最初から分かっていたことだけど、やっぱりヒナからしたらこいつは論外の領域か。
「……にぃに」
助けを求めてくるように、俺の袖を引っ張ってきた。
「悪いヒナ、今日のところは家に帰っておいてくれ。アマナには俺から言っておくから」
「私がなんだぃお兄さん」
玄関で立ち話をしている最中、リビングの方で待機していたアマナが顔を出してきた。
初めてあった時のような派手な和装とは違い、今のアマナは花柄デザインの黄色いお洒落甚平を着ていた。以前、その格好は目立つから控えろと釘を刺しておいたのだが、ちゃんと言うことを聞いていたらしい。
……にしても、アレだな。ぴったりと型にはまってると言えばいいのだろうか。コヨミと違って、こいつには和装というものがマッチしている。これで男装させたら、男の俺より見栄えが良くなるのでは?
「どうしたんだぃお兄さん、私の顔を黙りと見つめて」
「え? あ、いや、別になんでもねぇ」
「そうかぃ? 私の姿に魅了されたとか、そういうオチとかじゃないのかぃ?」
「はははっ、世迷言は一人でいる時に呟けボケが」
違う違う、魅了なんてされてない。ただ和服が似合うというだけで、それ以外に何も抱いちゃいない。嫉妬なんて俺がするわけないじゃないか。妄言は勘弁してほしいぜ。
「で、一体何の用さね?」
「あ、あぁ。実はお前に会わせたい奴がいてな。顔だけでも合わせてやって欲しいんだ」
「ほぅほぅ、それはまた面白そうな話だねぇ。一体誰なんだぃ?」
「こいつだ」
然りげ無く去っていくヒナを横目で見送りつつ、後ろに立たせていた裁判長を前に出させた。
「どうも! 裁判長と言います!」
「裁判長? まさか私の罪を裁きに的な……?」
「いや、これは単なるあだ名なので、本物の裁判長というわけじゃないです!」
「なんだあだ名か。紛らわしい肩書きは勘弁しておくれよ」
なんか今聞き捨てならないことを聞いたような気がしたが、取り敢えず今はこの二人のやり取りを黙って見守ってみることにする。
「で、私に何の用だぃ? 依頼だったら茶でも出すが……」
「依頼……そうですね。依頼というか、頼み事というか、これは俺にとって重要な話だということは間違いないです」
「ほぅ……それは面白そうだねぇ。ま、中に入りなさいな」
「あ、ありがとうございます! お邪魔します!」
まさかの交渉成功だった。まだ出だしだが、少なくとも今までの奴らよりは大分マシな対応だと言えるだろう。
……ただ、ニヤリと笑っていたアマナの反応が引っかかった。嫌な予感がする……のは気のせいだと願いたい。
「お兄さんも寄っていくだろ? コヨミから貰った美味しい茶があってねぇ。味わっていきなさいな」
「ふーん……んじゃ、ちょいとお邪魔するわ」
アマナ直々に招かれて、俺も家の中へと入って行った。
そして、入った瞬間に視界に映り込んだ光景を目に、俺は思わず「おぉ……」と呟いていた。
実はここにアマナが住み始めてから、一度もこの家の中に来ることがなかったのだが、まさか家全体を改造されているとは思わなかった。
改造と言ってもヘンテコな意味というわけではなく、至って普通……いや、風流なものだった。
床は畳一色になっていて、家具も全て和風の物で取り揃えてある。チラリと見えたもう一つの部屋には、中心のところに囲炉裏が設置されていて、まるで江戸時代にタイムスリップしたような気分になった。
「お前いつの間にこんな改造を……」
「いやぁ、日本の文化ってやつにすっかりハマっちゃってねぇ。色々と取り揃えてみたんだが、これがまた居心地が良くてねぇ。お二人さんはこういう文化は好きかぃ?」
「えぇ! 正しくワビサビって感じですね!」
「ニャッハッハッ。分かってるじゃないかぃお前さん」
少しずつ好感度を稼ぐ為、裁判長は必死になっているご様子。このまま上手い具合に進行してくれれば良いんだが……。
囲炉裏の部屋に招かれて座布団の上に座り、そこで待つこと約五分。アマナが三人分のお茶を持って来て俺達に手渡すと、裁判長と向かい合うように座った。
アマナはお茶を一度啜ると、湯飲みをぷらぷらと振りながら裁判長に視線を向けた。
……何この雰囲気。なんでこんなシリアスなの?
「それで……深刻な問題なのかぃ?」
「えぇ。俺にとっては人生を左右する重大な問題です」
「そうかぃ。それじゃその内容を聞こうか」
気まずい。さっきまでのタイムスリップ的な気分が一瞬で失われてしまった。この雰囲気の中、何の話をされるのかということを知っているからこそ、物凄く帰りたい。
俺を置き去りに深刻なムードの中、裁判長は躊躇しつつもそっと口を開いた。
「実は……彼女が欲しいんです。しかし俺は、女の子から見てモテ要素というものがないらしくて……なのでやっさんに仲介役を頼み、一緒に寮生活を送っている女の子達を紹介してくれると言ってくれまして。そうして今、貴女に会いに来たということなんです」
「なるほど……つまりは早い話、モテ男になって女性にチヤホヤされたいと言うわけかぃ」
「そういうことです」
「そうかぃそうかぃ…………くくっ」
裁判長の問題の内容を知った瞬間、アマナは下を向いて吹き出すのを堪えた。やっと気付いたか、この深刻でも何でもないお粗末な問題に。
アマナはニヤける口を手で隠して、こほんと咳を立ててから真面目な表情を取り繕った。
「それでお願いなんですが、どうか俺と仲良くしてくれないでしょうか!?」
「……悪いねぇお前さん。私も今、気になっている人がいてねぇ。お前さんと仲良くする時間を割いている暇はないのさね」
「そ、そんな……そこをなんとか――」
「ま、話は最後まで聞きなさいな。私自身が仲良くする時間は割けないが、その代わりに一つ助言をしてやろーじゃないかぃ」
「助言?」
「そうさね。まずは……アレを見なさいな」
アマナは立ち上がって窓の外に指を差した。
俺達もつられて立ち上がり、その指先の方向を見つめる。するとそこでは、未だに激しい死闘を繰り広げているミーナとリースの姿があった。
ちなみに、その傍らには新聞部もいて、何かを叫びながらノリノリな雰囲気でビデオカメラを廻している。裁判長と違って今の状況を実に楽しんでいるようだ。
「実はあの二人、顔を合わせる度にああして喧嘩をしている犬猿の仲でねぇ。だがもし、お前さんがあの二人を止められるだけの器量があるのなら、それなりに株価は上がると私は思うが……どうだぃ? 試してみるかぃ?」
最低だこいつ、無理難題を押し付けやがった。確かにあの二人を止められるだけの力があるのなら、それは男として相当凄いことだとは俺も思う。でもそれができていたとしたら、俺達はあの二人の関係性に関して苦労しているはずも無しだ。
やろうと思えば止められる。だがそれは結果的に暴力による鎮圧になってしまうため、望ましい解決法とは思えない。だから俺には絶対無理なんだが……裁判長はどうなんだろうか。
「くっ……男を磨くも命懸けってか……やってやろうじゃねぇか!」
十分過ぎるほどやる気満々だった。でもやる気だけでどうにかなるものじゃないぞアレ。
「おい裁判長。悪いこと言わないから止めとけ」
「止めてくれるなよやっさん! これは俺の戦いなんだ! ここで引いたら男の名が廃るってもんよ!」
聞く耳持たず、か。ならば俺は何も言うまい。やれることをやって満足してくればいいさ。
裁判長はミーナ達を一瞥した後、光速移動の如く外へと出て行った。
「おいアマナ。流石にあれは性格悪過ぎると思うぞ」
「くくっ……ニャッハッハッ! いやぁすまないねぇお兄さん。面白い人と顔合わせると、ああしてからかってやりたくなるのさね。とにかく見てみようじゃないかぃ。もしかしたら奇跡を起こしてくれるかもしれないしねぇ」
からからと愉快に笑いながら窓の外を見ているアマナ。全く、いい性格してるぜこいつ。
俺にはオチが既に見えているが……せめて最後まで見届けさせてもらおう。それが今回の俺の務めなのだから。
「うぉぉおおお!!」
傘と木刀の激しい打ち合いに向かって、一直線に駆けていく裁判長の姿が見えた。
「くっ……!?」
「くそっ! 性懲りも無くしぶとい奴め!」
すると、激しかった交戦が一旦収まり、ミーナもリースも後退りして距離を取った。
それは一斉一隅のチャンス。裁判長はその隙を逃さず、二人の間に入り込んだ。
「その決闘ちょっと待ったぁ!!」
「「あァ?」」
「あ、いや、ちょっと待って頂けないでしょうか?」
情けないことに、女二人からのガン飛ばしに恐れを抱き、さっきまでの強気な姿勢が一瞬で縮こまってしまった。
だが逃げるつもりはまだ無いようで、若干顔色を悪くしながらも説得を開始した。
「ちょっとちょっと裁判長ー! 今良いところなんだから邪魔しないでよー!」
「べらんぼぅべぃ新聞屋ぁ! 今はそれどころじゃないねん! いいから黙って見ていやがれってんでぃ!」
半ばヤケクソ気味になってきているのか、口調が斜め上の異質さを放っている。見てられなくなってきた。
「大体の話は聞いたぜお二人さん! なんでも君達は、顔を合わせた瞬間に喧嘩ばかりしているトラブルメーカーと聞くじゃーねーか!」
「だから何だってのよ、引っ込んでなさい裁判長。ここにアンタの出る幕はないわ」
「何処の馬の骨だか知らぬが、私の理性が保たれている内に失せろ。ここで死に様を晒したくないのならな」
流石は脳筋炸裂ガール達。今はお互いをぶっ倒すことしか頭に入ってないようで、裁判長の説得など上の空だ。
しかし、裁判長はまだ折れなかった。
「よく考えてみろ二人共! 暴力で相手を圧倒したところで、その先に一体何が待っている!? ただの虚しさしか残らないはずだろう!?」
「いや、むしろ優越感に浸れるわよ。あの似非将軍を一生見下せるとか、これ以上の喜びは無いわ」
「愚問だな。馬の尻尾を鎮圧した時、私は真の快楽を味わえることだろう。奴の無様な負け様を見れると思うと、自然と笑みが溢れてしまうだろうな」
無駄だ裁判長。そいつらにガンディー直伝の非暴力を唱えたとしても、逆にやる気と執念その他諸々を増長させるだけだ。
「だ……だったらせめて暴力以外で喧嘩しろよ! お前らのその行いが、周りに迷惑を掛けていることを自覚しろ!」
「……リース」
「……あぁ」
脳筋達の荒々しい気が急に収まった。そして何を思ってか、ゆっくり歩き出して裁判長の前で立ち止まった。
「お? わ、分かってくれたのか? へへへっ……」
形的に女の子二人に囲まれているからか、デレを見せて鼻の下を伸ばす裁判長。
だが、その仮初めの天国が地獄と化すのは――
「「知ったことかァァァ!!」」
今この瞬間の話であった。
野蛮人達からもらった一撃により、裁判長は花火の如く昼空へと舞い上がった。やがて重力によって下に落下し、ピクリとも動かないままうつ伏せに倒れ込んだ。
「……ですよねぇ」
「ですよねぇ、じゃねーよ!? あれ死んでないよな!? ちゃんと息してるよな!?」
「さて、どうだろうねぇ。私は面白いものが見れたし、後のことはどうだっていいさね」
「鬼だ! 鬼がいる!」
結局、裁判長は誰一人として女の子達と仲良くすることは叶わなかった。
その代わりに彼が得たものは、全治二週間の全身の怪我と、新聞部による『女の欲に塗れた哀れな男の末路!』という記事によって注がれた汚名であった。




