異星人交友会の導 前編
「やっさん。一つ頼みがあるんだが聞いてくれるか」
くだらない裁判があった翌日。また今日も放課後の時間がやってきて、ヒナと戯れるためにも早く帰ろうと思っていたその時、昨日裁判の進行役を担っていた裁判長が真面目な顔でそう言ってきた。
「なんだよ藪から棒に。また面倒事に巻き込もうってんなら今度は容赦しねーぞ」
「頼むやっさん! 深刻な悩みなんだ! お前は友人のためなら剣山の山に突っ込むことも厭わない、そんな感じの勇姿溢れる男なんだろう!? だったら俺の悩みの一つくらい聞いてくれよぉ!」
「鬱陶しいな……分かった分かった。聞くだけ聞いてやるからとっとと話せ」
「おぉ! 流石はやっさん! 女一人のために身体を張った男なだけあるぜ!」
このまま放っておいたら余計に面倒臭くなると思ったんだよ馬鹿野郎。調子良いことばかり言いやがってこいつは……まぁ実際こいつは良い奴だからいいんだけどさぁ……。
「悩みと言うのは他でもない。俺の――」
「やぁやぁ可愛い彼女を持った男気君! 何かスクープを持っていないかぃ?」
裁判長が来たと思いきや、今度は新聞部が馴れ馴れしい面立ちで近付いて来た。眼鏡のレンズを怪しく光らせ、ニヤニヤと何かを企んでいる面立ちをしている。
「何なんだお前は! 今は俺がやっさんの相手にならせてもらってるんだ! 要件なら後にしろ後に!」
「まぁまぁそう言うんじゃないわよ非モテ君。そんなお粗末な要件よりも、もっと面白い話があるのよ」
「うるせーよ、誰が非モテだ! どうせロクでもない話のくせに!」
「ふっふっふっ……そう思うでしょ? でも今回もマジなのよ。何せ、またやっさんが関わっているスクープなんだからね」
「何? おいやっさんどういうことだよ」
「何も知らないし、むしろ俺が知りたいよ……」
昨日に続いて今日もこれかよ。もう俺のことはそっとしておいてほしいってのに、どうしてこう突っ掛かってくるんだこいつらは……。
新聞部はキランと瞳を光らせ、グイッと俺との距離を詰めて来た。顔が近いため咄嗟に頭を抑えたが、新聞部魂が燃えているようで前へ前へと迫ってくる。
「やっさん! ズバリ君は今現在において、沢山の女の子達と一つ屋根の下で暮らしているって話を聞いたんだけど……それは本当なの!?」
「……やっさん?」
「落ち着け裁判長。今すぐその懐から出したナイフをしまうんだ」
だから何でそういう情報が外に流出してんだ? ミコ達のことはできるだけ世間に広めないように気遣っているというのに。
「一つ屋根の下ってのは大袈裟だ。今は同じ寮で暮らしてるってだけだよ」
「ふむ。つまり沢山の女の子達といるというのは嘘じゃないのね?」
「まぁ……そうだけどさぁ……いいかよく聞け? あいつらはお前らが思ってるような女じゃなくて――落ち着け裁判長。今すぐ口から手品で出した銃火器はしまうんだ」
新聞部のせいで裁判長が情緒不安定だ。恐らくこいつの悩みは、そういう類いに携わることだってのに、わざわざ刺激するようなことを言わないでほしい。じゃないと俺の命がいくつあっても足りないんですけど。
「どうやら今のやっさんには、絶賛モテ期到来中のようね。そこで一つ頼みがあるんだけど、私にその女の子達を紹介してくれないかしら?」
「はぁ!? 何言ってんだお前!?」
裁判長が目を三角にして驚き、今にも新聞部に取って掛かって行きそうな雰囲気を醸し出した。
「個人的にどんな人達なのか気になるのよねぇ。ミコさんがまず可愛くて面白い人だったし、私の予想では他の女の子達も個性が強い曲者揃いだと思うのよね」
勘の鋭い奴だ。流石は新聞部っていったところか。あいつらの性質の的を得てやがる。
「だ、だったらやっさん! 俺にもその女の子達を紹介してくれよ! 実は俺の悩みはそれに関連することだったんだ!」
裁判長は裁判長で面倒臭いことを言い始めやがった。こいつが思ってるような奴らでは決してないのに、さてどうしたもんか……。
「あっ、言っておくけど安心して。本人の許可が下りない限りは、私も勝手に新聞の記事にするようなことはしないから。今回のはあくまで私の興味本位だからね」
「そうなのか。だったら別に構わないけど……」
「そう? ありがとねやっさん。流石は校内ランキング四位の男ね。懐が広い人間だわ」
「止めてくんないその呼び名? 凄い不愉快だから」
「や、やっさん! 俺の方はどうなんだ!? 許可を下ろしてくれるのか!?」
「別にそっちも構わないけど……先に言っとくぞ裁判長。俺の寮にはお前が思ってるような女は誰一人としていないからな?」
「望むところだ! どんな特殊な性癖を持っている女の子だとしても、俺はそれを全て受け入れてみせる!」
「あぁそう……ならもう俺からは何も言わん……」
追い詰められた男とは恐ろしい。こういう立場に至る前にミコと出会えて良かったなぁ俺。
「それじゃ早速、今から訪問しても良いかしら?」
「よりにもよって今かよ。そんな急ぎの用件でもあるまいし」
「私の衝動は既に大音量でビートを刻んでいるのよ! モタモタしてたら私というサウンドが響きに響き渡り、スピーカーがクラッシュしてしまいそうなのよ!」
「俺も同じだぜやっさん! 既に俺の分身はやる気に満ちて、勇ましく天へと羽ばたくためにそそり立ってるぜ!」
「おーい、誰か警察呼んでくれー」
こうして俺は二人の勢いに逆らえず、あまり気乗りしないまま二人を連れて夜神寮に帰って行った。
あいつらが異星人だってことは隠せる状態ではあるけれど、それ以上にあいつらが何かし出かさないか不安だ。頼むから妙な騒ぎだけは起こさないでくれよ皆……。
〜※〜
「いちいちいちいち小言を言いおってぇ!! 今日という今日はもう我慢ならぬ!! 私の力を持ってひれ伏せ馬の尻尾ぉ!!」
「喧しいわエロ助将軍!! 私の言うこと聞かずに当番をサボり続けて何様のつもりよ!? 今日こそ私が完勝してアンタを教育してやるわよ!!」
「……なんだあれ」
あぁぁぁ……初っ端から見られたくない光景を見られちゃったよ……なんでまたこいつらは外で喧嘩してるんだよ!
傘と木刀のぶつかり合いで周囲に塵が舞い、相変わらず両者が負けず劣らずの攻防戦を繰り広げている。お互い相手のことしか見えていないようで、俺達がやって来ていることに気付いていないようだ。
「ほぇ〜、映画のアクションを生で見てるみたいで燃えるわね! ちょっとだけ動画撮らせてもらっていいかしらやっさん?」
「あぁうん……好きにしてくれ。でもそれは個人の趣味だけに止めておいてくれよ」
「もちですとも。早速撮影撮影っと……」
新聞部はウキウキとした様子でビデオカメラを取り出し、本来は撮る価値もない喧嘩を映像に捉え始めた。こんな光景はもう見飽きてしまったよ。
「私はしばらくここにいるから、裁判長もさっさと要件済ませてきたら?」
「そ、そうだな。それじゃ頼むぜやっさん」
「へぃへぃ。さてと……」
女の子を紹介しろと言われているが、はてさて誰から当たろうか。やっぱりここは一番変態なあいつから訪問した方がいいだろうか。うん、そうしよう。
ミーナとリースの喧嘩を横目に、寮の一階の一室の玄関の前で足を止めた。俺の予想なら今頃あいつは電子機器か何かで暇潰しをしていることだろう。
念のためインターホンを押してみる。それから少しして足音が聞こえてきて、玄関のドアが向こうから開かれた。
「むぉ? なんじゃにーちゃんか。そっちからワシに会いに来るとは珍しいのぅ。もしかして今度は愛人を作りたくなったのかのぅ? それはそれは……ムフフッ……」
コヨミはお得意のニヤニヤ顔を浮かべ、ペタペタと俺の身体に触れて来た。
「へぶっ!?」
直後、思い切りビンタを放って突き放した。
「おいおいやっさん!? いきなり何してんだよ!?」
「いいんだよこいつはこれで。ほら、見てみろ」
冷めた目付きでコヨミを見つめて指を差す。コヨミは俺にビンタされた頬に触ると、顔を赤らめてまたニヤニヤとニヤけ出した。
「おぅ……久し振りの程良い痛み……やべっ、興奮してきたワシ。ちょっとトイレに失礼して――」
「出会い頭に暴走してんじゃねーよゴミクズ。要件があるからとっとと外に出ろ」
「乱暴じゃのぅ。でもそんな発言であっても、ワシにとっては性欲を高める糧にしか――はい、すぐに出ます」
本気で握り拳に力を入れる素振りを見せると、コヨミは青ざめた顔になってすぐに出てきた。完全じゃないMの扱いは簡単だから助かるもんだ。
「まずは一人目だ。こいつはコヨミ。見た通りの変態だ」
「おぉ珍しい、客人が来ていたのか。お初目にかかるぞぃ、ヤングな若者よ」
「おぉ……おぉぉ……」
面と向かってコヨミを一目見た瞬間、裁判長は瞳を輝かせ始めて興奮し出した。
「振り袖を着た少女……古臭い一人称……ぺたんこと思わせて実はそこそこある胸……そして見えそうで見えない絶対領域の太もも……凄いじゃねーかやっさん! 最初からこのレベルなのかよ!?」
コヨミの見た目に拐かされてしまったようで、裁判長はコヨミにメロメロになってしまったご様子。さて、いつまでその気持ちが持つのやら。
「ほぅ……お目が高いのぅお主。ワシの魅力に気付くとは、中々良い観察眼を持っているようじゃのぅ」
「お褒めのお言葉光栄です! 俺は裁判長! つい最近そういうあだ名を付けられた童貞です!」
「ふふっ、経験皆無の男子か……可愛い坊や、じゃのぅ……」
コヨミは調子に乗って艶かしい表情になり、着ている振り袖を肌けさせた。無駄にスベスベの肌である肩が露出して、裁判長は耐え切れずに鼻血を流し出した。
対象的に、俺の肌は鳥肌一色と化した。ミコさんがこういうことをして来たら鼻血の池を作る自信があるが、相手がコヨミだと吐き気しか感じられない。
認めたくはないが、はっきり言ってコヨミは女の子として見た目は中の上以上の可愛さだ。だから裁判長のように、こうも容易く唆されてしまう輩が出てしまう。
普段ならば問答無用で殴り飛ばしてるところだが、生憎今回の件の主要人物は俺ではなく、裁判長の方だ。故に俺は、極力黙って見守ることにしよう。
「その様子からして、どうやらお主は可愛い女子とお近付きになりたいと見える。違うかのぅ?」
「いえ、その通りでございます! なのでコヨミさん! 何卒俺と仲良くしてもらいたく存じ上げます!」
「……なるほどのぅ。あいわかった」
今一瞬だけ、コヨミが裁判長の頭の方を見つめた気がした。さては、また俺の許可無しに読心術を使ったなこいつ。別に俺に危害が及ばないなら構わないけど。
「悪いがのぅ、裁判長とやら。ワシは可愛い女子相手なら容易く心を開くが、男子相手となれば話が変わってくるんじゃよ。ワシは基本、ワシの偏見で気に入った奴と交友関係を広めているからのぅ」
「そ、そんな!? なら俺はどうすれば……」
「簡単じゃよ。そうじゃな……今ここで何か一発芸をしてみとくれ。それでワシを笑わせることができれば、お主と仲良くしてやろう」
「わ、分かりました! ではとっておきのやつを……」
ニヤニヤ顔のコヨミが見つめる中、裁判長は一発芸をするための準備に取り掛かった。
俺達から少しだけ離れた位置で立ち止まり、こほんと一息ついてから手を挙げた。
「えー、ではモノマネやりまーす。百円拾ってラッキーと思いきや、まさかの玩具のお金だったということに気付くやっさん」
……取り敢えず黙って見てみることにする。
ポケットに手を突っ込んで歩いているところから始まり、地面に何かが落ちている素振りをする。
「おっ」
それを拾うフリをして、ちょっと表情を綻ばせた。そしてポケットに架空の百円を入れようとしたが、また架空の百円を見直した。
「……んっへぁー!?」
滑稽な間抜け面になり、架空の百円を無造作に投げ捨てた。
直後、俺は裁判長の頬にビンタして吹っ飛ばした。
「いっでぇ!? 何すんだよやっさーん!」
「黙れディスり魔。よくもまぁ人の前で、そんなモノマネができたなお前。張り倒されたいならそう言えよ」
「だ、だって! 偶然見かけたんだよ! 俺腹抱えて笑っちゃってさー? 今でも思い出すと……ぷぷっ……」
こいつは後で処分しておくとして、俺はコヨミの様子を伺ってみた。
……滅茶苦茶白けた顔をしていた。
「にーちゃん、こやつ駄目駄目じゃな。にーちゃんのリアクションはにーちゃん本人ではないと面白くないということを、全く理解していないようじゃ」
新鮮だ。新鮮過ぎる。コヨミはどんなことに対しても、基本はニヤニヤ笑ってやり過ごす奴なのに、こんな人を見下すような目付きを見せるのは初めてなんじゃないだろうか。
「興が覚めた。にーちゃん、さっきまでのワシの高揚を取り戻すために、ここは二人きりになって暑い昼を――」
肌を露出させたままのコヨミがじわじわ近付いてきた。
本能的に、俺はコヨミの顔面に拳を叩き込んだ。
「…………」
裁判長は虚しさと悲しみに包まれたような表情を浮かべ、目尻に涙粒を浮かべながら、瀕死状態と化したコヨミを静かに見つめていた。




