カップル・バカップルの定義
無事五月分も書き終えました。この調子でどんどん進めることができればいいのですが……はてさてどうなることやら、という感じです。
クリーナー星での騒動から一週間が経過した。
季節はすっかり真夏に入れ替わり、喧しいくらいに蝉の鳴き声が窓の外から聞こえてくる。この世の水分という水分を蒸発させる勢いの太陽光が大地を照らし、異常な熱さが部屋中を覆っている。
俺の家にはクーラーが設置されているからいいものの、このビューティフォーな冷房機器を持ち合わせていない人達はどのように過ごしているのだろうか。電子機器が発達していない田舎村とか考えるだけでゾッとする。実際は熱くてドロドロしてるんだろうけど。
ちなみに、クーラーが付いているのは俺とミーナの家限定であり、皆の家には変わりの物として、扇風機が配置されている。しかしそれじゃ我慢できない我が儘将軍等がいるわけで、殆どの奴らは今頃ミーナの家に押し掛けているところだろう。
え? 何? 俺の家には誰も来ていないのかって? 良い質問だそこの君。確かに俺の部屋にもクーラーが設置されてるんだし、誰かに押し掛けられても何ら不自然じゃないだろう。
で、その問いに答えるとだ。実際に今朝方にリースやコヨミが熱さを凌ぐために押し掛けて来ていた。
だが俺はそいつらを全て一蹴し、誰も部屋に入れないようにドアを改造して固定した。俺があらゆるロックを外さない限り、今後俺の家のドアは簡単に開くことは叶わないだろう。
無論、コヨミがいつの間にか作った床の隠し扉も封印した。コヨミのことだから他にも隠し扉を作っているのかもしれないが、その時はあいつに拷問をかけた後にまた封印すればいい。今のところは特に異変はないし、きっと何をせずとも大丈夫だろう。
それでだ。何故俺がここまで徹底して皆との接触を避けているのか。その答えも簡単に説明することができる。
「弥白さーん。昼食ができたので起きてくださーい」
そう。それは即ち、俺の恋人であるミコとのプライベートルームを作るためだった。
クリーナー星騒動を得て、俺はミコという超絶美人と恋人関係になることができた。人生初の彼女ができた俺は狂人になりかける直前まで舞い上がり、一人で祝福のリンボーダンスを踊るという新たな黒歴史を残していた。
念願の彼女ができたということで、俺はミコと恋人同士になったその日から、俺個人の家制度を徹底的に改変した。
まず、勝手に家に入って来る馬鹿共の入室を禁止した。俺本人から許可を取らない限り、この家には絶対に入れないとそれはもう強く言い聞かせておいた。
全てはミコとの甘い甘い一時を過ごすため。彼女もそれを望んでくれていることだろうし、今も俺のテンションゲージはうなぎ登り状態だ。いつかゲージがカンストして、頭の中がイカれてしまうのではないかと気が気じゃないが、その時はその時だ。ミコに嫌われた俺が飛び降り自殺をしてジ・エンドだ。
……そうならないように気を付けないとな。いやホント割とマジで。
ミコさんが昼食の支度を終えて俺の部屋の中に入って来た。俺は朝食を食べ終えた後にまた眠りについていて、今もまだ眠気が全然取れないでいる。
一週間も経過したのに、未だ俺の身体には疲労が蓄積しているんだろうか。最近は眠気が異常に強くて、弁当を食べた後の午後の授業は決まって眠っている状態だ。
まぁ無理もない。身体に鞭を打ち続けてあんな化け物と正面から殺り合ってたんだ。久し振りの激しい運動だったんだし、その分反動が想像以上に大きかったんだろう。
だから今日みたいな休日の日は寝るに限る。ミコには悪いが、後少しだけ眠らせてもらおう。
「起きてくださいってば弥白さん。冷たい蕎麦が緩くなってしまいますよ?」
「……後五分」
「もう……仕方無いですね」
ふっ、チョロいなミコよ。お前のその優しさは愛くるし過ぎて堪らないが、その甘さが時に付け入る隙になることを分かっていないようだなぁ。俺を説得するには、もっと変化球を投げてこないと三振なんて取れないぜ?
「……はぅっ!?」
なんて余裕をこいていると、頬に柔らかい感触が一瞬だけ触れた。もしかしなくともミコが俺の頬にキスをしてきたんだろう。
その行為に俺は思わず飛び起きてしまい、ベッドの上から転げ落ちて顔を真っ赤にさせた。
「ふふっ……ほら、早く起きてください。いつまでも寝ていたら脂肪が増えてしまいますから」
「ず、ズルいぞミコ! そういうのは無しだって前に言ったばかりだろ!?」
「さて、何のことでしょうか? 私はただ……キ、キスをしただけですよ〜?」
澄まし顔で言い切ろうとしたようだが、キスの部分で照れが入ってしまっていた。あぁもう可愛いなぁこの人! そういうお茶目なところとかどストライクだわ〜!
……あれ? なんか今の俺って気持ち悪くね?
「……そういうとこ可愛いよなミコって」
「うっ……べ、別に可愛くないですよ! 嬉しくも何ともないですよーだ!」
「っ……」
そういう反応マジで止めて欲しい。胸がキュンキュンし過ぎてどうにかなってしまいそうだから。
駄目だな俺。ミコが相手になると目を奪われ過ぎて、周りが見えなくなっちまってる。きっと今の俺達のやり取りを誰かが見たら、「何こいつらウザいんですけど死ねよ」とか思うんだろうなぁ。
まぁ? 見られないように配慮を施したから関係ないんだけどねぇ? なーっはっはっはっ!
……落ち着け俺。今の笑いはウザいを通り過ぎてシンプルに死に物的発言だぞ。
熱を帯びた顔に触れながら起き上がり、リビングに出てテーブルの前に座る。
テーブルの上にはミコの言っていた通り、ざる付きの皿に乗った大盛りの蕎麦があった。しかし不自然なのが、醤油を付けるお椀が一つしかなかった。
ついでに言えば、箸も一人分しか置いてなかった。ミコがよく見せる間抜けた行為なのか、それとも……。
「よいしょっと。それじゃ、いただきます」
普段のミコであれば向かい側に座っているが、今日のミコさんは何故かすぐ隣に座っている。そして一人でお椀と箸を手に持ち、水混じりの醤油に麺を付けて食べ始めた。
「あの……ミコ? 俺の分のお椀と箸がないんですが……」
「えぇ。ですから、はい。あーんしてください」
どうやら俺の予想は後者の方だったらしい。ミコはこれをするために、意図的に俺の分のお椀と箸を用意しなかったのか。
さてと、自分で用意するか。
ミコが俺の口元に蕎麦を差し出そうとしてきたと同時に、俺は立ち上がって二つのそれらを持って来ようとした。
「……あのな」
だがしかし、咄嗟にミコも立ち上がってくると否や、俺の前に立ちはだかって両腕を横に広げて来た。もしかしなくとも通せんぼするつもりらしい。
「流石に恥ずかしいからさぁ。蕎麦くらいは一人で食べさせてくれませんかね?」
「……(ふるふる)」
ヒナの真似でもしてるつもりなのか、キリッとした笑顔のまま無言で首を横に振ってきた。なんか恋人になってから、どんどんキャラが変わってきてる気がするんだけどこの人。
「大人しく言うことを聞きなさい。じゃないとおっぱい鷲掴みするぞ」
「そ、それくらい平気です。それに弥白さんにそんな度胸はないはずですから!」
「ほほぅ……言ってくれるじゃねぇか。その言葉に責任を持てよ?」
「え? や、やっぱりちょっと待ってくださ――」
「甘い!」
俺の冗談に見事騙され、ミコの横を通り過ぎることに成功。確かに俺にそんな努力はないが、これくらいのセクハラ発言はお手の物だぜ。
……いやだからキモいんだって俺。止めてくれない? 自分で自分の評価を下げるのさぁ?
「あっ、ズルい! 卑怯ですよ弥白さん!」
「ふっ、何とでも言いたまえよ。俺はお前を騙すためなら何だって……な、何ぃ!?」
キッチンの方にある戸棚を開くと、そこにあるはずの箸入れの中に箸が一本も入っていなかった。よくよく辺りを確認してみると、他の箸は全て汚れたまま水道台に放置されていた。
しかも更によく見ると、汚れた箸は明らかに意図的に汚されている感じだった。やけに濃い色の汚れが付いていて、わざと汚い部分に箸を突っ込んだ形跡が見て取れる。
俺は動揺の汗を一雫流し、ミコの表情を伺う。ミコの表情は正しく、してやったりというドヤ顔に近い、自信ありげな笑みを浮かべていた。
「ふっふっふっ……残念でしたね弥白さん。私はこうなることを予測して、予めお箸を汚しておいたんです! どうですかこの手際! 弥白さんと言えど、流石に読めなかったですよね!?」
「……そうだな。物を大事にしていたはずのミコが、こういうことをするのは予想外だったよ」
「うっ……ご、ごめんなさい。でも私には譲れないものがあるんです! さぁ大人しくお縄についてください弥白さん! そして私に大人しく蕎麦を食べさせられるんです!」
「……ふふふっ……はーっはっはっはっはっはっ!」
「な、何がおかしいんですか? 負け惜しみの笑いは無駄な悪足搔きですよ!」
ミコにしてはよくやった方だ。しかしそれじゃまだまだ甘いんだなぁこれが。
箸が全て使えない状態? だったらそんなの代わりの物を用意すればいいだけの話だぜ!
俺はコンロの下にある入れ物スペースを開き、そこからある物を取り出した。
「それは……割り箸!?」
「そうだ。残念だったなミコ。俺は万が一の非常時に備えて、この場所に様々な道具をしまって置いているのさ。これもその一つってわけだ」
「そんな手があったなんて……卑怯です! 違法です! 犯罪です!」
「ふっ……さっきも言っただろう? 何とでも言えってな。それにこの程度で犯罪扱いされていたら、この世の人達の九割方が投獄されることになるぜ? そうなれば最後、日本の社会は奈落の其処にホールアウトだぁ」
「それは困りますね。なら今回は素直に諦めることにします……」
勝った! ミコさんには悪いが、蕎麦をあーんして食べさせてもらうなんて、チェリーな俺には堪えられん! いやでも一回や二回くらいはしてほしいと思う……と考えるのは駄目だ。絶対ミコが止まらなくなるから。
どうやら手を出していたのは箸だけだったようで、お椀の方は綺麗に洗って置いてあった。お椀の中に水と醤油を混ぜて入れて、テーブルの上に置いた。
「あ、あの……弥白さん。隣には座っても良いですよね?」
「そりゃ勿論。拒む理由はないしな」
「だったら蕎麦も私が――」
「それは恥ずかしいから駄目」
「むぅ……誰も見てないのに……」
「そ、そうだけどさ。そういうのはもっと俺とミコが深い仲になれた時にね?」
「むっ……その言い方だと、私は弥白さんと深い仲になってないように聞こえますね……」
「うっ……」
苦し紛れの言い訳だと悟られたか。くそっ、折角勝ったと思ってたのに、とんだぬか喜びだったぜ。
「すいません言い直します。俺とミコは深い仲だけど、せめてバカップルにならないよう配慮をしておきたいんです。周りから『こいつら何なん?』みたいに思われないようにしたいんです。分かりますよねこの気持ち?」
「いえ、分かりません。というか分かりたくないです」
辛辣な言い方で否定されてしまった。
「な、なんで?」
「なら逆に聞きますよ弥白さん。普通のカップルとバカップルの境界線って、一体何なんですか?」
簡単そうで難しい質問をされてしまった。俺は真剣に悩んで考えてみる。
「そうだなぁ……分かりやすく例えるなら、マンネリ化しながらも一緒にいて、それが普通だと思って過ごしているのがカップル。熱が冷めずに必要以上に恋人とイチャイチャしたいと思ってイチャコラしてるのがバカップル。こんなところか?」
「ではまた違う質問をしますよ。今の弥白さんは、私とどういうことをしたいと思ってくれているんですか?」
「え? そんなのイチャコラしたいに決まって……あっ」
しまったハメられた。誘導尋問でぽろりと本音を吐いてしまった。ミコはキラッと瞳を光らせて立ち上がり、堂々たる面立ちで俺に指を差してきた。
「そう! 今の弥白さんは嬉しいことにそう思ってくれているんです! そしてそれは、弥白さんの恋人である私も全く同じことを考えています! つまりですよ弥白さん! 既に私達はバカップルという境界線を越えて仲間入りを果たしてしまっているんですよ! 今更恥ずかしがって拒絶しようとしても、もう遅いんです!」
「そ、そんな……ていうかミコ、お前いつになく舌が回ってるな」
「ふふふっ、必死ですからね。いいですか弥白さん? これは私の偏見ですが、この世にいる全ての夫婦方というのは、誰もがバカップルと呼ばれる道を通って来ていると思ってるんです。即ち、バカップルというちょっと恥ずかしい付き合い方を乗り越えた時、彼、彼女らはより親密な関係になって夫婦になっていると思うんです」
ふむ、一理ある考え方だ。確かに、初めて恋人ができた連中の八割方は彼女や彼氏とイチャイチャしたいと思うだろう。そうなれば必然的に周りからそういう目で見られることになるわけで、中には普通のカップルなのにバカップルと思われる人達もいるんだろう。
つまり、恋人持ちのリア充になった時から、俺は既に周りからバカップルと思われている可能性がほぼ100パーセントだったってわけか。確かにここ最近は他の皆の前でもミコとだけ話してることが多かったし、言葉にされていないだけでそういう扱いを受けていたのかもしれない。
「だからですね弥白さん。今更“あーん”に抵抗を感じても無意味に等しいんです。だから弥白さんは大人しく私に蕎麦を食べさせられる運命にあるんですよ!」
「……いや、それとこれとは話が別なような気がしなくもない、みたいな?」
「……そうですか。分かりました弥白さん。そこまで言うのであれば私にも考えがあります」
突如ミコが深刻な顔付きになり、遠い目で天井を見上げた。
「……この先、私の自意識が枯れていくことになるのかもしれませんが……弥白さんに拒絶されては致し方無きこと……故に私はお腹を焼き切る思いで別れの言葉を――」
「どんだけ俺に“あーん”をさせたいんだよお前は! もういいよ分かったよ! 俺もお前がいないともう駄目だから、今日は全面的に甘えさせてください!」
「やりました! これで私の勝ちですね!」
「あのなぁ……いや、いっか。こうなりゃベッタベタに甘えてやんよ」
「はい! 好きなだけ甘えてください!」
十中八九、今後も俺はミコの尻に敷かれるんだろうな。ま、それはそれで幸せだからいいや。
そう思いながら俺はミコに蕎麦を食べさせてもらった。
ちなみに、蕎麦はミコ直々に仕立てた蕎麦だったらしく、とても食べやすくて美味な味だった。
……今度は一緒に料理でもしてみようかな。




