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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
七話 ~クリーナー星のお姫様~
74/91

あの日の誓いを守るため

 喧嘩というのは昔からよくしていた。正しく言い直すのであれば、よく喧嘩を売られていた。


 一部を除いて、特に周りから恨まれるようなことは何一つしていなかったのだが、何故か俺には気に食わない目の付け所があったらしい。小学、中学の頃は、不良やガキ大将的な奴らに学校裏などに連れて行かれ、基本大人数でリンチを仕掛けられていた。


 ただ、元々俺には対人戦というものに才があったらしく、まともな喧嘩には一度も負けたことはなかった。思っていた以上に相手の動きが鈍く見えて、付け入る隙を上手く付いていただけの話なのだが。


 その出来事は何者かによって噂として広められ、尾ひれに尾ひれが付いていき、最終的には腕一本で熊を狩った男というキチガイな人に祭り上げられていた。


 幸いだったのが、見た目が尾ひれによって全く違う人にされていたことだった。俺本人は平均身長の一般人だが、噂の俺は全長二メートル強もある宇宙人なんて言われていた。


 他に理由は色々あるが、そういうこともあって俺は高校生になってから意図的に大人しくなった。無論、高校生になっても喧嘩を売ってくる奴はいたのだが、そこは“とある知り合い”の手によって粛清され、俺は平穏な学生生活を手に入れた。


 その影響で日が経過するにつれて喧嘩の腕は失われていき、高三になった頃には一般人よりちょい強いと言えるほどの強さにまで落ち着いていた。ミーナやウニ助には「充分化物レベルだ」と言われていたのだが、正当防衛程度に役に立つのなら良いだろうくらいに思っていた。


 だが、そんな時に俺の元に異星人の皆が現れて、こんな日がまた訪れた。喧嘩というお遊びを通り越し、少しでも油断すれば死に至る死闘の時が。


「おらぁ!!」


 アグニが怒号と共に突きや蹴りを放ってくる。しかし俺は、先程から一度もその攻撃をくらうことはなかった。昔の勘が完全に蘇り、アグニの動きが手に取るように分かるからだ。


 まるで未来予知者にでもなった気分になり、力強い攻めを躱し、受け流し、余裕があれば反撃に転じる。今まで学んできた武術の技術を振る舞い、客観的に見ても明らかにこっちが優勢の戦況だった。


「ぐっ……んの野郎!!」


 大きく踏み込んで放たれる突き。わざと紙一重で躱し、瞬時に脇腹辺りに肘打ちを放つ。


 少し怯んだ後に、態勢を崩そうと足払いをしてくる。しかし手の内が分かる俺は少しだけ跳躍して横に回転し、胸に向かって回し蹴りを放つ。


「まだだぁ! こんなもんじゃ倒れ――ぐっ!?」


 足を踏ん張らせて立った状態を保ち、反撃してこようとした。その前に俺は追撃を仕掛け、顎の先に向けて裏拳を放った。


 ぐらりとアグニの身体が大きく揺れる。顎を強く打たれた影響で脳震盪を起こしたのだろう。その隙を逃さず、俺は一気に攻め込むために少し距離を取った後、思い切り地を蹴った。


 勢いを付けた掌底を放ち、確実に急所を捉える感触を覚えた。アグニの身体に手の平が減り込み、身体を錐揉みさせて勢いよく吹き飛んで行った。


「ぐっ……あっ……」


 確かな手応えを感じ取り、アグニは背中から壁に激突して苦痛の表情を浮かべた。


 あの時は完全に油断していたが、癖が分かればどうということはない相手だ。この状態を保てば、確実に押し通せる。


「くそがぁ……テメェこの数日間に一体何をしやがった!?」


「それをお前に話す義理はねぇよ。まだ立てるなら掛かって来い。お前が痛め付けた人達の分まで利子つけて返してやる」


「調子に乗るな人間如きがぁ!!」


 眉間にハッキリと血管が浮かび上がり、憤怒を力に転換するように突きの乱打を仕掛けてきた。


 まるでマシンガンのような速さで、腕が何本もあるように見える。だとしても、実際にある腕はたった二本。見切ることは容易かった。


 何度も針穴に糸を通すように繊細かつ滑らかに動き、アグニの身体を擦り抜けるように懐に入る。突き上げるようにまた顎を拳で跳ね飛ばし、少し宙に浮いた身体に両腕を使った掌底を放った。


「ぐっ……グゥァアアア!!」


 一目見て分かるくらいに腹が凹んだが、アグニは張り裂けそうなその痛みに耐え抜き、俺の手首を掴んだ。


「飛べゴラァァァ!!」


 コマの如く回転して遠心力を付け、俺の身体を放り投げる。


 その最中、崩れた態勢を身を翻すことで立て直し、足から壁に着地した。


 多少の痛みを伴い、バネのように足を弾ませてアグニの元に飛び込んで行き、その勢いを利用して頭からアグニの急所に突進した。


 再び苦痛の表情を見せたアグニは足腰に力を入れて踏ん張り、俺の身体を固定して両腕で掴み上げると、真後ろに向けて頭から下に叩き付けるように投げ飛ばしてきた。


 俺は頭が地面に当たる直前に両手を地に付き、全身を使って回転する。直後、カポエラの要領を駆使した回し蹴りを二発顔面に浴びせた。


 逆立ちした状態から上に跳ね飛び、同時に身体を丸めて縦に超速回転する。そしてその回転力を利用し、右足でアグニの頭部に踵落としを放った。


「あがっ……アァアアア!!」


 我を失ったような雄叫びを響かせ、身体をぐらつかせながらも力強い突きを放ってきた。空中なら身動きもできないだろうとでも思ったんだろうか。


 しかしその手も俺には通じることなく、身を翻してギリギリのところで躱し、同時にその腕を全身を使って捕らえた。


 そして、自分一人じゃ曲げられない方向にその腕を捻った。


「っ〜〜〜!!」


 骨が外れる生々しい音が鳴り、その痛みに耐え兼ねたアグニはすぐさま俺を足裏で突き飛ばし、距離を取った。


「ハァ……ハァ……やるじゃねぇかテメェ……正直甘く見てたぜ」


「強がるなよ。右腕の関節を外したんだ。いかに化物染みたのお前でも痛くないわけがねぇ」


「カカッ、痛みにゃ慣れてんだ。こんなもん、こうすりゃ治んだろ!」


 するとアグニは、変に曲げられた右腕を左腕で掴み、強引に右腕を曲げて元の形に戻した。多量の汗が滲み出て、その汗の量が今の痛みの強さを表しているかのようだ。


「久し振りだぜ、こんな殺り合いはよぉ。ここまで俺を追い詰めたのはテメェが初めてだぜ」


「知らねーよそんなこと。これ以上痛い目みたくなかったら、大人しくこの星から消え失せろ」


「冗談じゃねぇ! こんな楽しい感覚は久し振りなんだ! どうやら、テメェ相手なら本気出してもいいみてぇだなぁおい!!」


 まさかとは思ったが、やっぱりこいつはまだ本気を出していなかったか。そうだよな。何せ、こいつは俺と同じ“二本の腕”で戦っていたんだから。


 こいつがあの化物親父と同じくらいのレベルなんだったとしたら……戦況は一変することになる。


「見せてやる。こっからが第二ラウンドだぜぇ!!」


 アグニはその場で構えを取り、大きく口を開いて呻き声を漏らし出した。


 目に見えるオーラのようなものを纏い始め、メキメキと鎖骨辺りから骨が軋む音が鳴る。そして次の瞬間、肩甲骨の辺りから二本の腕が生え、合計四本の腕が姿を現した。


「っ……十本じゃないんだな」


「へっ、その様子だとバーサク星人の能力を知ってるみてぇだな。生憎、生やせる腕の本数は個体差があってよ。俺は二本しか生えさせることができなかったが……忘れてるわけじゃないよなぁ?」


 アグニは邪悪な笑みを浮かべ、右足を一歩後ろに退かせた。


「俺はこの四本の腕だけで……バーサク星人の頂点に登り詰めたということをよぉ!!」


 また凄まじい速さで一気に距離を詰めて来て、四本の腕全てを使った乱打を浴びせて来た。


「ぐっ……!」


 咄嗟に腰に差していた木刀を引き抜き、盾代わりに使って猛攻を退ける。


 しかし力強い怒涛の猛攻にとうとう態勢を崩されてしまい、あまりもの威力に木刀が折れてしまった。


 そして、今度は俺に大きな隙が生まれてしまった。


「やべっ……」


「うるぁっ!!」


 反射的に両腕をクロスさせて防御の態勢を取り、その上からアグニの渾身の二撃が同時に放たれた。


 両腕の骨がキシキシと鈍い音を立て、異常な痛覚がその部位を襲う。そしてアグニが拳を振り抜き切った刹那、俺は壁を突き抜けて城の奥まで吹き飛ばされた。


 何度も壁を突き抜けたせいで背中にも痛覚が生じ、全身に稲妻が迸ったような感覚に襲われる。不幸中の幸いか腕は折れていないものの、たった一度の攻撃を受けただけでこの有り様だった。


「なんだぃなんだぃ!? なんか飛んで来たよ今!?」


 想像以上の距離まで吹き飛ばされたようで、囮役を担っていたアマナ達がいる場所まで来てしまっていた。


 皆の側には、グッタリと動かなくなっているバーサク星人達が倒れていた。見たところミーナとリースはボロボロで、ギリギリ倒すことができたんだろうと察することができた。


「愚人!? なんだその有り様は!」


「離れてろお前ら!! 邪魔だ!!」


「邪魔だと? 誰に向かってそんな口を――」


「ヒャッハァ!!」


 勢いに乗ったアグニが隕石の如く突進してきて、脇腹に膝蹴りを浴びせられた。直後、口内から微量の体液が吐き出て、缶蹴りの缶のように斜め上に吹き飛ばされた。


 既に奴の目には俺のことしか映っていない。近くに立っているリース達に目もくれず、真っ先に宙に浮いている俺に向かって接近して来た。


「シャァッ!!」


 四本の腕を握り締め、二本の金槌を振り下ろすように握り拳を叩き付けてくる。ガードの構えを取る余裕がない俺は、頭の上からまともにそれを受けてしまった。


 そして俺はなす術もなく、光の速さで真下に落下した。


「ヒャッハッハッハッハッ!! おらおらどうしたぁ!? さっきまでの威勢は何処にすっ飛んでいきやがったぁ!?」


「……?」


 頭が割れるんじゃないかという覚悟で落ちたはずなのに、頭には若干の痛みしかなかった。


「何が起きて……あっ」


「あっ、じゃないよお兄さん。危ないねぇ全く」


 何故かと思って辺りを見回そうとしたところ、アマナが俺の下敷きになるように仰向けで倒れていた。どうやらこいつが受け止めてくれたお陰で、難を逃れられたようだ。


「悪いアマナ。お前にゃ借りができちゃったみたいだな」


「気にしなさんな。それよりもお兄さん。どうやら今の覇王さんは、君一人じゃ手に余るようだねぇ」


 アマナの上から避けて立ち上がり、衣服の汚れを払いながらアマナも立ち上がる。


 それから背中に身に付けていた大剣型の孫の手を右手に持ち、引き抜いた後に構えの姿勢を取った。


「ここからは私も参加させてもらうよ。文句は言わせないからねぇ」


「……分かった。一旦背中をお前に預けるぞ」


「ニャッハッハッ。尽力するよ相棒さん」


 アマナと背中を合わせて構えを取る。これなら腕の増えたあいつに対抗できるかもしれない。アマナの実力がどれだけあるのかに左右されるが、恐らくこいつの強さは俺と同じくらいだろう。背中を預けるには十分だ。


「やっさん! 私達も手を貸すわよ!」


「昨日今日知り合った奴と共闘とはな。だったら私達もそれに参加する権利はあるだろう」


「お前ら二人は下がってろ! あいつは普通のバーサク星人とは次元が違う! あいつの部下をやっと倒せる実力のお前らじゃ足手まといになるだけだ!」


「で、でも!」


「いいから大人しく下がって見てろ! あいつは俺達二人で何とかする!」


 ミーナとリースの安全を確保し、俺達のやり取りを見ていたアグニはようやく俺以外の奴らに気付き、俺の隣にいるアマナを睨み付けた。


「テメェも俺とやろうってのか? 鼠が一匹増えたところで、戦況は何も変わりゃしねぇよ」


「窮鼠猫を噛むって諺を知らないのかぃ? 鼠も牙を磨けば、いずれ猫を超えて虎をも狩り出すかもしれないってねぇ。ま、鼠に牙は生えてないけど……ねぇ!」


「おぉおおおおお!!」


 アマナと同時に前に向かって飛び出した。上から降りてきたアグニは四本の腕を構え、真っ向から勝負を受ける態勢を取った。


「行くよお兄さん!」


「分かってる!」


 アマナと息を合わせて猛攻を仕掛ける。俺の体術とアマナの孫の手が飛び交い、互角の攻防戦が長く続く。


「中々崩れないねぇ! 流石は覇王さんだ! 目の前で敵対するだけでゾクゾクしてくるさね!」


「余裕じゃねーか伝説の傭兵! だったらこいつはどうだオラァ!!」


 アグニは一旦俺達から距離を取ると、先程俺にしてきた乱打を放って来た。あれをまともに受けたらヤバい!


「お兄さん! 私が捌くから、その隙に奴を仕留めておくれ!」


「分かった! 耐えてみせろよ!」


「善処するさね……いくよぉ!!」


 アマナは孫の手を盾代わりに持ち直し、真正面から乱打を放つアグニに向かって行った。


「うらうらうらぁ!!」


 アグニはアマナ一人を狙い打ち、怒涛の乱打で孫の手を木の藻屑へと変えていく。


「くっ……今だよお兄さん!」


「任せろ!」


 アマナに集中し切っているため、今の奴は隙だらけ。逃すわけにはいかないと歯を食い縛り、アグニの頭上に飛び上がって回転力の利用した踵落としを放った。


「なっ!?」


 だが、アグニは俺の存在も警戒していたらしく、踵落としを放った直前に少し頭を動かし、頭に生える二本の角でその一撃を受け止めた。


「終わりだ。あばよ人間」


 アマナに集中放火していた腕のうちの一本を引き戻し、俺の眉間に向かって拳を突き出そうとする。


 その瞬間、俺は心の何処かで死を錯覚した。この一撃をもらったが最後、俺は眉間を砕かれて死に至るだろう。


 突如脳内に流れ出す走馬灯。様々な記憶の光景が脳裏をよぎり――その途中、一人の顔が思い浮かび上がった。






 俺達の帰りを待っているであろう、ミコさんの顔が。






 そして……“あいつ”の顔も――






「師匠ーーー!!」


 諦めかけていた意識が覚醒し、直後背後からリースの声が聞こえた。


 一瞬だけ視線をそっちに向けると、俺に向かってリースのお気に入りの傘が飛んで来ていた。


 目を大きく見開き、その傘の柄の部分を空中で掴み取った。


 そしてその瞬間、全身に異常なまでの力が注がれた。まるで、本物の化物になったような感覚だ。


「っ!!」


 放たれてきた拳に向かって傘を打ち払い、アグニの突きを狙い通りの方向に弾いた。


「なっ!?」


 そしてその一撃は、アグニに大きな隙が生まれるキッカケとなった。


「「「いけぇぇぇぇぇ!!!」」」


 三人の怒号を背中に浴びて、全身全霊の力を込めた傘の一撃をアグニの頬に打ち払う。


 確実に直撃させた起死回生の一撃は、更なる隙を生まれさせた。


「おぉおおおおお!!!」


 こんなチャンスはもう二度と訪れて来やしない。俺は息を吐くことを忘れ、我武者羅に傘を振り抜き出した。


「テメェがミコさんの前に現れたから!!」


 右、左、上、下、あらゆる方向から傘を叩き込み、アグニはなす術なく怒涛の猛攻を受け続ける。


「あの人は涙を流し続けたんだ!!」


 キシキシと腕の骨が軋むが、止めどなきその乱打を止めることはない。


「あの日から俺は二度と家族を失わねぇと誓った!! 誓ったんだぁぁぁ!!」


 その時、俺はある言葉を思い出した。


 大切なものが失われた日。目の前で、最も大切な人だった“あいつ”が言った、最後の言葉を。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


――皆のことを……守ってあげてね――


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「アグニィィィ!!」


 腕の限界が訪れる一つ前の瞬間。手に持っていた傘を口に咥え、残された力の殆どを引き絞り、渾身の一撃を込めた拳を突き放った。


 アグニの身体は悲鳴を上げ、肋骨が砕け散る音をハッキリと聞き取り、地を転がり回って吹き飛んで行く。やがて勢いが止まり、仰向けに倒れ込んだ。


 俺も力を出し切った反動が出て、フッと力が抜けて俯せに倒れ込んでしまった。


「がっ……かはっ……」


 既に全身が再起不能でありながも、まだ意識があるようだ。それはお互い様な話だが。


「お兄さん」


「いや、いい。離れてろ」


 アマナが手を伸ばして来てくれたが、俺はその手を拒んで自力で立ち上がった。対するアグニも覚束無い状態のまま立ち上がり、倒すべき相手である俺を睨み付けてきた。


「……お互い我慢の限度を超えてるはずだ……次で終わりにしようぜ」


「上……等だ……王たる俺が……負けてたまる……かよ……」


「……行くぞ」


 これが本当の最後の一撃。俺はアグニと同時に駆け出し、震える右腕を引き上げた。






「「おぁああああ゛あ゛あ゛!!!!!」」






 互いの雄叫びが交じり合い、己の全てを出し切った拳と拳が炸裂した。


 辺りが脆弱に包まれ、この場にいる全員が口を開けて固まっていた。



 ――そして



「…………カカッ」


 薄っすらとアグニが笑い、奴の拳骨から真っ赤な血が吹き出た。


 それからその身体がぐらりと揺れて、静かな音を立てて力無く地に倒れ込んだ。


「…………」


 勝った……のか? 俺は……あの日の誓いを……果たすことができたのか……?


「ははっ……やったりぃ……」


「っ!? お兄さん!」


 とうとう身体に我慢の限界が訪れ、アマナの呼び掛けを最後に俺は意識を失っていった。


 役目は果たしたぜ……ミコさん。

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