本当に家族だと思っているなら
この星に戻ってから一日が経過しました。
リースさんと旦那様は無事生きているのでしょうか。コヨミさん、ヒナちゃん、ミーナさんは今頃何をしているでしょうか。ここに来てから物思いに耽るばかりで、食事もあまり喉を通りません。
私一人の我が儘のせいで、多くの人が傷付いた。もっと早くこの星に帰って来ていたら、クリーナー星に住む皆さんはまだ平和に暮らせていたのでしょうか。その答えは未だに分かりません。
ベッドから立ち上がって小窓から外を眺めると、何やら街中がガヤガヤと賑わっているのが見えます。恐らく、私とアグニが結婚式を挙げることに関係していると思いました。
一日が経過し、残された日数は後二日。まるで死刑申告を待たされる囚人にでもなったような気分です。でもこれは仕方ないこと。これは皆さんを捨てて逃げ出した私の罪。もう受け入れないといけないんです。
「ミコト姫様。お食事をお持ち致しました」
コンコンと二回ほどノックの音が聞こえてきて、後に使用人さんの声が聞こえてきました。私は「入ってください」と言い、その後すぐに部屋のドアが開けられました。
「……顔色が悪いですね。体調が優れないのですか?」
「……別に」
私の素っ気ない返事に使用人さんは特に反応せず、一人用のテーブルの上に持ち運んできた料理を置きました。
できたら今は誰とも顔を合わせたくない。早く出て行って欲しいと思いながら、私は外の景色を見つめ続けます。
「貴女はアグニ様の妃になる身。今から体調を崩されたら皆が困りますよ」
「…………」
そんなことは言われなくても分かっています、なんて言う気力もありませんでした。悪いのは私一人。たとえ同じ種族の人に皮肉を言われたとしても、反論するなんてことができるはずもありません。
「宜しければ熱をお計り致しますが、如何なさいますか?」
「……好きにしてください」
自分の身体なんてどうだっていい。そんな気遣いはいらない。恐らくこの使用人さんもそう思っているでしょう。しかし使用人さんは懐から体温計を取り出して、私に近付いて来ました。放っておいてくれればいいのに、どうして一人にしてくれないんでしょうか。
「それでは姫様、少しお身体を失礼致します」
と言うと、使用人さんは私の背後から腕を持ち上げて……
むにゅんっ
「ひゃぁ!?」
両手を使って胸を鷲掴みしてきました。
「な、何をするんですか!」
「ふむふむ……やはり張りの良い、弾力のある胸じゃのぅ。ワシも程良い大きさで魅力はあると思うんじゃが、やっぱりワシらの中ではお主が一番の美乳なんじゃのぅ。けしからん、実にけしからんおっぱいじゃ」
「な、何を言って……え? そ、その声は!?」
「はっはっはっ。じゃじゃ〜ん、実はワシでした〜」
私から離れた瞬間、使用人さんの姿が一瞬にして変化して、現れたのはコヨミさんでした。
「久し振り……でもないのぅ。あれからまだ一日しか経っとらんしな。にしても酷い顔じゃのぅミコよ。窶れて顔色が真っ青じゃぞ?」
「な、なんでコヨミさんがここにいるんですか!? というかそんな変身能力も使えたんですか!?」
「ワシの神通力にはできることに限りがあるが、これくらいであれば造作もないんじゃよ。無論、独房の鍵を開けることも、ワシにとっては蟻を踏み潰すようなもんじゃ」
聞いた話だと、見慣れない者達が独房に入れられたと聞いていましたが、まさかそれがコヨミさん達だったなんて……。
「と言っても、神通力は使わずピッキングでこじ開けてやったんじゃがのぅ。昼間は動いたら危ないので、夜中にこっそりと抜け出してやったわ。見張りもいたんじゃが、そこは二人の猛獣が一蹴してくれてのぅ。それからワシらは密かにこの城の中に侵入し、お主に会いに来たというわけじゃ」
「そんなことが……え? 今ワシらって言いました? それってもしかして……」
「……そういうこと」
「ひゃぁ!? ヒ、ヒナちゃんまで!」
コヨミさんが運んで来たテーブル付きの押し車の中から、ひょっこりとヒナちゃんが顔を出しました。この娘までこんな危ないところに来てるだなんて……。
「どうやってこの星に来たのかは分かりませんが、早く帰ってください二人共! ここにいたら何をされるか分からないんですよ!?」
「……分かってる……でも私達はただで帰るつもりはない」
「ま、そういうことじゃミコよ。お主が何を思っとるのかは知らんが、そんなことは関係ない。お主はちゃんと助け出してやるから安心せい。なーんて、こういう台詞はにーちゃんに言って欲しかったかのぅ?」
「っ!! 旦那様は!? 旦那様は無事なんですか!?」
「ぐぇぇ!? お、落ち着けミコよ。それにあまり声を大きくするでない」
「あっ……す、すいません……」
旦那様の名前が出て、思わずコヨミさんの首を絞めてしまいました。
「安心せい。にーちゃんもリース将軍も無事に生きとる。このワシが直々に治癒してやったからのぅ」
「そう……ですか……」
良かった……本当に良かった……お二人共無事に生きていてくれて、本当に良かった……。
「……泣くのは早い狐姉……今はまだ助けてあげられないけど……取り敢えず今は狐姉の無事を確認したかった」
「それと、お主に伝えたいこともあるんじゃよ。何を言い出すのかは大体お主も見当が付いてるとは思うが、ちゃんと言わせてもらうぞぃ」
コヨミさんは一度喉を整えると、ビシッと私に指を差して言いました。
「にーちゃんは今、お主を助けるためにこの城に向かっとるはずじゃ。だからミコよ、お主は――」
「……にぃにのことを……信じていて」
「あぁ! またもや決めのところを! 何なんじゃどいつもこいつも! たまにはワシにも決めさせてくれたっていいんじゃないかのぅ!?」
「……うるさい黙れ」
「あっ、はい……すいません……」
どうして……どうしてこの人達はこんなことするんですか……。
「……ださい」
「はぃ? なんて? よく聞こえんのじゃが?」
「帰ってください! 今すぐに!」
静かにしてと言われたのに、思わず私は声を荒上げてそう言ってしまいました。でも私は間違ってなんていません!
「私は旦那様達が無事ならそれでいいんです! なのになんで助けに来るんですか!? 私はそんなこと頼んでもいないのに!」
「いやん、そんなこと言っちゃうの? 悲しくてワシ泣いちゃう〜」
「真面目に話を聞いてください!」
「あっ、はい、すいません……」
こんな時でもボケられるコヨミさんが羨ましい。私にそんな余裕はありません!
「私は貴女達を欺いていたんですよ!? アグニから逃げるために旦那様を騙すようなことを言って、ずっと自分の身を偽って皆さんを騙して……そして最後には皆さんにご迷惑を掛けてしまったんです! だからもう私なんて放っておいてください!」
「……あのなぁミコよ――」
「帰って!!」
二人を突き放すように叫び、背を向けました。迷惑を掛けるだけ掛けた私に助けられる権利なんてありません。
……ですが、二人はまだ帰ってくれませんでした。
「……狐姉……一つ教えてほしいことがある」
「……なんですか」
「……狐姉にとって……今でも私達は家族?」
「そんなのっ……」
「当たり前です」と言い掛けましたが、その途中でハッとなって止めました。今の私に皆さんの家族を名乗る資格がないと思ったからです。
ですが、ヒナちゃんは私の想いを察したように薄っすらと笑ったような気がしました。
「……コヨミ」
「おっ、今度こそ見せ場をくれるのか?」
「……たまには……お前も良い事言っとけ」
「むふふっ。お主のそういうところ、ワシは好きじゃのぅ」
「……早く言え」
「はいはい了解じゃ。では、気を取り直して……」
今一度コヨミさんは喉を整えると、私の目を見据えて話を始めました。
「ミコよ。一つ聞くが、お主にとって家族とはなんじゃ?」
「何って……私にとって数少ない大切な人達です……」
「うむ、その通りじゃのぅ。衣・食・住を共にし、互いに笑い合ったり泣き合ったり、時には喧嘩をして争ったりと、何も遠慮をする必要がない大事な大事な身内じゃ。無論、家族に迷惑を掛けることも日常茶飯事なことなんじゃよ。ここまで言えばワシが何を言いたいのか、分かるかのぅ?」
「……いえ」
「ならばはっきり言ってやろうミコよ。悲しいことじゃが、お主にとってワシらは家族の内に入っていないようなんじゃよ」
「……は?」
この人は今なんて言ったんでしょうか。もし聞き間違えじゃないんだとしたら、私はこの人のことを殴り飛ばしてしまいそうです。
「今……なんて言いましたコヨミさん? よく聞こえなかったのでもう一度言って欲しいんですが」
「うむ、何度でも言ってやるわぃ。お主にとってワシらは家族でもなんでもない、ただの知人程度にしか思っていない赤の他人だと言ってるんじゃよ」
バチンッ!!
初めてでした。誰かに本気で怒って手を挙げるだなんてこと。今の今まで一度もしたことがありませんでした。
でも、それだけコヨミさんの言ったことが許せませんでした。一体私がどんな思いで皆さんのことを心配していたのか、何も分かってくれていないと思ったから。
「うっほぉ、中々良いビンタじゃのぅ。ちょっと癖になりそうワシ……」
「っ!! ふざけないで!!」
怒りの丈を全てコヨミさんにぶつけるようにとって掛かり、上に乗って何度もその顔を叩きます。何度も何度も何度も、コヨミさんの顔が真っ赤になっても叩き続けます。
「何も知らない癖に!! 私の気持ちを知ったようなことを言わないで!! 私はただ皆さんのことを思って――」
「……じゃったらのぅ、ミコよ」
私にされるがままになっていたコヨミさんが私の手首を掴み、いつにない真面目な表情を浮かべて言いました。
「お主……何故本音を打ち明けんのじゃ?」
「っ……な、何を言って――」
「お主は自分の想いまで偽ろうとしてる。そのままじゃ本当の自分を見失うことになるぞぃ。誰も信じることができなくたったが最後、お主は永遠の孤独を味わうことになる。それだけは絶対にいかんことじゃ」
私の身体を避けて立ち上がり、着ている振袖の埃を何度か払い、コヨミさんはいつものお得意のニヤニヤ顔を浮かべました。
「お主が本当にワシらのことを家族と思っているのなら。大切な身内だと思っているのなら。だとしたらワシが……ワシらが言いたいことはただ一つじゃ」
コヨミさんはヒナちゃんと顔を見合わせ、二人は腕を組んで仁王立ちのポーズを取って言い放ちました。大きな声で私にはっきりと聞こえるように。
「「家族を頼れ!!」」と。
その後、ヒナちゃんは袖の中から小型の録音機を取り出して、私の前に差し出して来ました。
「……これは私の私物……ここを押せば数十秒間だけ声を入れることができる……ここに伝えたいことを録音してほしい」
「伝えるって……そんなの誰に……」
「……決まってる……今狐姉が思い浮かべてる人に」
「思い浮かべてる人……」
コヨミさんに心を読んでもらうこともなく、ヒナちゃんは私の心を読むようにその人のことを読み取りました。
「……私達がいたら気まずいだろうから……今日の夜にもう一度食事を運びに来る……それまでにその録音機に録音しておいて……私が伝えたかったことはそれだけ」
「それじゃぁのミコよ。ちゃんと本音を言うんじゃよ。にーちゃんもきっとそれを……それだけを望んでるからのぅ」
そうして、二人はまた変装した後に部屋を出て行きました。言いたい事を言うだけ言われた私はベッドに腰掛けて、ヒナちゃんに渡された録音機を見つめました。
……もしも、本当に“それ”を望んでいいのなら。自分勝手で、我が儘で、大きな迷惑を掛けると分かっていて、もしかしたらまた大怪我をすることになるかもしれない危険があったとしても、あの人に“それ”を言ってもいいのなら。
「……私は」
今私が何をしたいのか。一体どうしたいのか。コヨミさんとヒナちゃんに言われて、ようやく気付くことができました。
旦那様には嫌われることになるかもしれない。リースさんやミーナさんに怒られて殴られるかもしれない。それでも私はもうあの人達に二度と嘘を吐きたくない。
だって……あの人達は私にとって、本当に大切な家族だから……。
私は決心して立ち上がり、また窓際の方に移動します。それからヒナちゃんから渡された録音機のスイッチを押しました。
ごめんなさい旦那様。今更何だと思うかもしれませんが、今から私は包み隠さず全てを伝えます。だから……必ず答えを聞かせてください。
「……旦那様――」




