宣戦布告
「久し振りだな義妹ぉ? それに見覚えのある顔まであるじゃねぇか」
立体映像として現れたのは、俺とリースを一蹴し、ミコさんを攫っていた張本人。このクリーナー星を我が物にした支配者こと、アグニだった。
「わざわざご苦労なことじゃねぇか。どうやってこの星に来たのかは知らねぇが、それ以前にあの怪我でよく生きてたもんだぜ。人間ってのは元々ひよっちい生き物だと聞いていたんだがなぁ?」
「俺は普通の人間じゃねぇんだよ。こんな物用意して、一体何の用だ」
「テメェにゃ用なんざありゃしねぇよ。あるのはそこにいる俺の義妹だ」
自信過剰な笑みを浮かべながらリコさんに指を差すアグニ。
その物言いが癪に触ったのか、リコさんは否定するように腕を横に振って拒みの姿勢を見せた。
「誰が貴方の義妹ですか! 私は貴方の兄妹になったと認めた覚えはありません!」
「へっ、確かにその通りだ。それも今だけの話だがな」
「……どういうことですか」
「まぁそう焦るな。今から説明してやるからよ」
一間置いてアグニはまた笑みを浮かべると、単刀直入にリコさんへの要件を言い放った。
「三日後。俺とミコト姫による結婚式をこの城で行うことになった。無論、親族であるテメェにもその式に参加してもらうってわけだ」
「け、結婚式ぃ!?」
リコさんが言っていたことではあるものの、本当にそんな突拍子もないことを企んでやがったのか!
「ざけんな! ドメスティックバイオレンスの塊みてぇな奴のくせに、そんな脳筋野郎がミコさんと結婚だと!? 妄想は頭の中だけで済ませろやボケがぁ!」
「落ち着きなってお兄さん。眼球真っ赤っかになってるって」
立体映像を殴ろうとする俺を諭して止めるアマナ。いかんいかん、いきなりのことに冷静さを欠いてしまった。
「ギャーギャーとうるせぇ外野だ。つーか、なんでテメェまでここにいやがんだ傭兵。テメェとの契約は既に終わったはずだぜ」
「私にも色々事情があってねぇ。悪いが覇王さん、今の私はお前さんの敵ってわけさね」
「敵だと? そいつぁどういうことだ」
「決まってるじゃないかぃ。このお兄さんはお前さんの花嫁を奪い返すために、この星にやって来たのさ」
「奪い返すだぁ? そいつぁ何の冗談だ」
アグニは今のを笑い話と受け止めたようで、腹を抱えて爆笑した。
「テメェは一度俺と殺り合っておいて、また立ち向かってくるってか。カカッ、傑作だぜ。そういうのは自殺行為っつーんだぜひよっ子」
「随分とご機嫌じゃねーか。ミコさんと結婚できそうで嬉しいってか?」
「かっ! 何も分かってねぇなテメェ。んなくだらねぇことでイチイチこの俺が喜ぶと思ってんのか?」
「くだらねぇこと?」
その言い方にまたカチンと来たが、それよりもそれがどういう意味なのかが気になった。こいつはミコさんを手に入れるために今まで探し回っていたのに、それをくだらないことと言うのはおかしいだろう。
そしてアグニは、俺が質問する前に自ら意図を語り出した。
「いいかひよっ子。俺はな、世の中全てが俺の思うままになる世界を作るために行動してんだ。完全な支配力。環境の良い星。最強の軍隊の武力。そして次は……絶世の美女ってわけだ。分かるか、この意味が?」
「分かるわけねーだろ。つーか分かりたくもねーよ」
「分からねぇなら教えてやる。つまりだ! それだけのモノが揃えば、俺は弱肉強食の世界において天辺の地位に立てるってわけだ! 俺が今まで手に入れてきたものは全部、俺が優越感に浸れるための土台っつーことだ!」
つまりアグニはこう言いたいのだろう。ミコさんとの結婚も、自分の存在を主張するための道具でしかないと。
そこにあるのは己の欲望だけ。他者にかける情など欠片も存在せず、自己主張のためならどんな犠牲も厭わない。きっとこいつに付き従っている配下でさえ、アグニはそこら辺に落ちているゴミ程度にしか思ってないんだろう。
何処のガキ大将だよこいつ。某リサイタルガキ大将よりよっぽどタチの悪い野郎だ。そしてそれ以上に……
「……引くわぁ」
「あァ?」
「ちょっと……いや、大分引くわぁお前。いい歳した大人が『俺が最強だぁ!』みたいな? 恥ずかしくない? 堂々とそういう鳥肌物の宣言して恥ずかしくない? 聞いてるこっちがもうゾワァってしてるのに、お前今どんな気持ちでヘラヘラ笑いながら演説してたの? しかも聞いてないのに勝手に喋り出すし? もう何から何まで痛いわぁ……」
「ぷくくっ……ニャッハッハッハッハッ!!」
言いたいことを洗いざらい話し終えると、ぷるぷる震えて下を向いていたアマナが吹き出し、腹を抱えながら床に寝転んで爆笑した。涙までちょろりと出ていて、余程今の発言が面白く聞こえたんだろう。
「や、ヤバいヤバい! 最高だねぇお兄さん! 今のは私のツボを的確に捉えて……ニャ、ニャッハッハッハッハッ!!」
「いやだってそう思わないか今の? リコさんはどう? ぶっちゃけないわーって思ったでしょ?」
「わ、私はその……確かに自分勝手だとは思いましたけど」
「ですよね? ほら、やっぱり俺の意見は正論だった。恥ずかしいわぁ。一世紀前の不良みたいな台詞とか言って恥ずかしいわぁ」
「や、止めてくれぇお兄さん! 真顔でそういう発言するのはもう止め……ニャッハッハッハッハッ――」
アマナの笑い声が家内に響き渡るその刹那、その声を打ち消すように大きな地鳴りと破壊音が鳴り響いた。
アマナが笑い止むと、アグニは真下に振り抜いた拳を地面から引き抜き、瞳孔の開いた目で俺を直視してきた。
「おもしれぇ。真正面から俺に舐めた口を聞きやがったのはテメェが初めてだ。久々だぜ、この手で殺してやりてぇと思った奴と出会ったのは」
「そりゃ奇遇だな。俺もお前のことをぶっ飛ばしてやりたいと思ってたところだ」
「カカッ、今の言葉忘れんなよ。どうやら式の前にやることができちまったみてぇだなぁ」
アグニの真正面にまで移動し、目を背けることなく殺意が向けられた目に睨み返す。
「三日間だけ待っててやる。もし俺と本気で殺り合う気があるってんなら、この場所にテメェから来るこったな。そしたら俺の手で直々に殺してやるからよぉ」
「望むところだ。あそこを洗って待ってろよ。ほら、その、何処だったっけ……あっ、そうそう頭だ頭。髪の毛ツヤッツヤになるまでケアしとけよお前」
「あの……そこは頭じゃなくて首が正しいのでは?」
「……こ、細かいことを気にしちゃいけませんよリコさん」
やべっ、俺まで恥ずかしい思いをしてしまったよ。野郎、さりげなく俺に痛い成分を移しやがったな?
「あぁ、そういやテメェに伝えておくべきことがあったのを思い出したぜ。テメェと一緒に来たらしいお友達だがなぁ。そいつらは皆、独房にぶち込んであるぜ。余裕があんならそいつらも助けておくこったな」
独房って……あいつら何処に行ったと思いきや、早々に捕まっちゃってたのかよ。何しに来たんだあの馬鹿共……。
「とにかくだ。今の俺はテメェを殺すことしか眼中にねぇ。来るならとっとと来やがれ」
「はいはい。そんじゃまたってことでさよな……らっ!」
俺の後頭部を攻撃した鳥型映像機を殴り付け、強引に話を打ち止めた。結婚の日程とあいつらの居場所も分かったことだし、得たい情報は粗方得ることができたな。
さてと、これからやることが三つできたな。アグニのいる城に向かうこと。結婚式当日に出席するバーサク星人の数。それとミコさん救出の策を練ること。考えることは山積みだ。
「大見栄張ってたねぇお兄さん。何か良案でもあるのかぃ?」
「んなもんねーよ。そういう難しいことは向こうに行ってから考えることだっての」
「ニャッハッハッ、向こう見ずなお人だねぇ。嫌いじゃないよそういう考え方」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないですよ!」
マイペースにアマナと会話している中、唯一まともな人であるリコさんが取り乱して俺に詰め寄ってきた。
「こうなった以上、お兄さんはアグニに命を狙われることになるんですよ!? 貴方はあの人の危険性を本当に理解しているんですか!?」
「そりゃしてますよ。実際に一度戦ったこともありますしね。ま、結果は戦いにすらならずに一発KOされちゃったんですけどね」
「余計に駄目じゃないですか! 馬鹿なんですか? もしかして貴方は馬鹿なんですか!?」
ミコさんがたまに言い放つストレートな言葉。どうやらそれは妹も同じらしいな。地味にショックでかいなぁ……。
「とにかく、やることは決まったねぇ。覇王さんの城に乗り込み、姫さんと捕まってる御一行を救い出し、覇王さんをお兄さんが倒すと」
「そういうことだな。やれやれ、いくつ命があっても足りないような厳しさだな」
「で、でしたら姉さん達を助けるだけにしたら……」
「それだとあの野郎がまたミコさんを追い掛けることになる。それに、事の元凶をどうにかしない限り、この星の負の連鎖は一生続くことになる。いつまでも尻尾巻いて逃げていたら救われないって、貴女には理解できてるんじゃないですかリコさん?」
「そ、それは……」
言い返せないということは、図星だという証拠だ。彼女も彼女で本当はアグニに立ち向かいたかったんだろう。ついさっき肉を独占していたバーサク星人に立ち向かっていたのは、その片鱗だったというわけだ。
そんな彼女の意志を尊重するためにも、俺はあいつと真っ向から立ち向かわないといけない。それがどんなに危険なことだと分かっていても、絶対に避けては通れない道だ。
必ずやり遂げてみせる。全てはミコさんを助け出すために。
「というか、もしもだよお兄さん。今回の件で、もしお兄さんが覇王さんを倒しちゃったとすると、お兄さんはこの星の英雄になるってことだねぇ」
「え、英雄って……大袈裟だろそれは」
「それがそうでもないのさね。何せ、この星は殆ど覇王さん一人に占領されているからねぇ。ここだけの話だけど、覇王さんに付いて来た他のバーサク星人達の中には、覇王さんに脅されて無理矢理付いて来た奴らもいるのさね。もしかしたら、そこは付け入る隙なのかもしれないねぇ」
「ちょ、ちょっと待ってください。なんでアマナさんがそんなことを知ってるんですか?」
ベラベラ喋り過ぎたのが災いしたか、痛い所を突かれてしまうアマナ。口は災いの元だなまさに。
アマナは一瞬焦りの表情を浮かべたが、すぐに笑顔を取り繕って首と両手を横に振った。
「そ、そこは気にしなくていいよお前さん。実は私は地獄耳でねぇ。数キロ先の声すら時折受診することができるという、情報戦にはかなり役立つ高性機能が備わっているのさね」
「そうなんですか? それは凄いですね」
明らかな嘘だというのに信じちゃったよこの人。ちょっと抜けてるとこまで姉にそっくりか。流石が姉妹だなおい。
にしても、なんでこいつはそういう良い情報をもっと早くに伝えなかったんだ。焦らすだけ焦らしやがって、相変わらず気にくわねぇ野郎だ。
「それで、期限は三日間と宣言されたわけだけど、どうするんだぃお兄さん? 今からもう敵の本拠地に向かうのかぃ?」
「……そうだな。取り敢えず最初にやりたい事は、あの馬鹿共を助け出して合流することだな。策を考えるにも人手が一番必要だし、そのためにあいつらも来たんだろうしな」
「ま、それが妥当な判断だろうねぇ。何にせよ、まずは向こうに着いてから、か」
「そういうこった。それじゃリコさん、今度こそ俺達は行きますね」
アグニの言い方からして、あいつは今俺のことしか目に見えていないはず。つまり、独房に入れられているあいつらに手を下す可能性は低い。人質に取られる危険性もないわけではないのだが、ああいう脳筋は難しいことを考えずにただ相手を殺してやりたいとしか思わない輩が多い。気が短そうな奴だし、早めにあいつらを助け出さないとな。
「ま、待ってください!」
今度こそアグニの城に向かうために出発しようとしたら、またもやリコさんに腕を掴まれて引き止められた。デジャヴ? デジャヴなの?
「お願いしますお兄さん! どうか私も貴方達の力に添えさせてください!」
「えぇ!? 何言ってんですか貴女!?」
まさかの申し出に思わずよろけそうになってしまった。今日は驚くことばっかで身が持たないなぁ。
「止めておいた方がいいよお前さん。私達は遊びに行くわけじゃない。こっからは命の危険に晒されることになる危ない橋を渡ろうとしてるんだからねぇ」
「そうですよリコさん。それに貴女に何かあったら、俺はミコさんに合わせる顔が無くなっちゃいますよ。仮にも王様の娘なんですから、貴女は結婚式当日までここで待機していてください」
「嫌です! 姉さんが辛い思いをしているというのに、私だけ楽しようだなんて絶対に嫌です! 足を引っ張るようなことはしないと約束致します! だから……どうかお願いします! 私にも姉さんを救う為の助力に加えさせてください!」
強い願いを言い、リコさんは深く頭を下げてきた。危険に晒したくないから言ってるのに、ここまで言われてしまうとその気持ちを無下にしたくないという気持ちも出てくる。
……いや、待てよ。既に大方の策は考えてあるけど、もしかしたらこの人がいれば効率性が良くなるかもしれない。“あいつ”と組ませたらどっちに転んでもどうにかなるだろうし。いやでも危険なことに変わりないからなぁ……。
頭を抱えて悩んでいると、ふとアマナが苦笑したと思いきや、リコさんの頭に手を置いた。
「下手をすれば死ぬことにもなる。お前さんにはそれだけの覚悟があるのかぃ?」
「……怖くないと言えば嘘になります。でももっと怖いのは、これからずっと姉さんの不幸な姿を見続けることです! そんなことになるなら私は迷わず死を選びます!」
「姉想いの良い妹さんだねぇ。きっと親御さん方には良い育て方をされたに違いない。ニャッハッハッ、親の顔を一度拝んでみたくなったよ」
ぽんぽんとリコさんの頭を叩いてからからと笑うアマナ。それから首を傾けて、俺の方に視線を向けてきた。
「連れてってやろうじゃないかお兄さん。彼女の覚悟は本物さね」
「お前な……なんでそんなに楽しそうなんだよ……」
「いやねぇ、久し振りのお祭り騒ぎなもんだからさぁ。これくらいのスリルがないとやってられなかったのさね。う〜ん、テンションだだ上がってきたねぇ〜」
初めて遊園地に来た子供のように、ウキウキとした様子を見せるアマナ。スリルだ何だと呑気な奴だ。まぁ、下手に緊張されてガチガチになられるよりは幾分もマシだが。
「ったく……分かったよ。貴女の覚悟を尊重しますよリコさん。ですが、作戦に加わると言った以上、危険を承知で力を借りますからね?」
「は、はい! ありがとうございます!」
こうして俺達は新たにリコさんをミコさん救出隊メンバーに引き入れ、必要な物を揃えるだけ揃えてアグニの待つ城へと向かった。




