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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
七話 ~クリーナー星のお姫様~
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よりにもよって……

 バーサク星人であるロッカさんと、その親である化物親父。彼らは確かにこう言っていた。


 バーサク星人における偉い王様が、総勢百名の配下を連れて一つの星を掌握したと。つまり、その王様がアグニのことであり、掌握された星がクリーナー星だったということだ。


 しかしどういうわけか、ミコさんはクリーナー星から出てこの場所へとやって来た。いや、逃げて来たと言った方が正しいのかもしれない。


 だとしても、何故あの人は俺の元へとやって来たのか。「嫁になりに来ました」という嘘までついて、あの人は何を思い、今までこの場所にいたのだろうか。その真意はミコさん本人にしか分からない。


 だが、ミコさんがどんな事情を抱えていようが関係ない。ミコさんは確かにここにいて、短い間でも一緒に衣食住を共にした俺達の家族の一員だ。


 たとえ相手が宇宙最強の化物だろうと知ったことじゃない。あの人は何が何でも俺の手で必ず助け出す。


「とにかく、これで必要な条件は揃ったはずだ。準備が出来次第、メンバーを固定してクリーナー星に行くぞ」


「メンバーを固定? どういうことよそれ」


「どういうことって決まってんだろ。クリーナー星には俺を含めた三人だけで行く」


「は!?」


「何言ってんのこいつ」みたいな目で俺を見てくるミーナ。いつもなら心に傷を負ってるところだが、今はイチイチ細かいことを気にしてる場合じゃない。


「ミコさんを助けに行くということは、間違いなくバーサク星人達を相手にすることになる。只でさえ化物揃いなのに、わざわざお前らを危険に晒すわけにもいかねぇだろ。ちなみに、同行しようとしてた人は手を挙げてみてくれ」


 そう言ってみると、殆どの奴が挙手をした。挙げていないのはウニ助と沙羅さんだけ。他の皆は行く気満々だったらしい。


「ちなみにやっさん。アンタは誰を連れて行こうとしてたわけ?」


「誰って……そこの異星人武闘派組に決まってるだろ」


 聞かれて俺はリースとアマナ達に向かって指を差す。それが気に食わなかったのか、ミーナが熱り立って俺に詰め寄ってきた。


「なんでリースは良くて私は駄目なのよ! 依怙贔屓なんて認めないわよ!」


「確かにお前も十分腕は立つが、俺からしたらまだまだ実力不足だ。その点、あの二人はお前とは全く違う“経験”を積んでた奴らだ。下手すりゃ命を落としかねないのに、そんなとこにお前を連れて行けるわけねーだろ」


「それじゃアンタはどうなのよ!? アンタだって私と同じで、ただ力が強いだけの“人間”じゃない!」


「ミーナちゃん落ち着いて。ヤーちゃんも私の不安を煽るようなことは言わないでください」


 声を荒上げるミーナの身を抱き締める沙羅さん。確かに今の言い方は悪かった。特に沙羅さんには言ってはいけないことだった。


 口が滑ったことを後悔しながら沙羅さんの顔を見ると、不安が溜まった表情で俺一人を見つめてきていた。その表情の裏に何を見ているのか、俺には容易に想像できる。


「今言ったこと、本当なんですかヤーちゃん? だとしたら私は貴方を行かせるわけにはいきません」


「悪いな沙羅さん。死に目に合う可能性があっても俺は行くぞ。大丈夫さ。俺はアンタより先に死ぬつもりはないからな」


「でもそれは何の保証もないじゃないですか! ヤーちゃんまで失ってしまったら私は――」


 心配してくれる沙羅さんに向けて小指を立てる。


「“約束”、覚えてるだろ沙羅さん。だから心配しないでくれ。俺は必ずミコさんを助け出して、無事にこの場所に帰って来るからさ」


「……どう言っても行くつもりなんですね」


 正直、申し訳ないとは思う。俺の命を育ててくれた人に対して命の危険を犯すと言っているのだから。


 それでも俺は行かなくちゃいけない。沙羅さんとの“約束”を守り、ミコさんとあの日交わした“約束”を果たすために。


「自分で言ったんですから、ちゃんと守らないと駄目ですよヤーちゃん。必ず無事に帰って来ないと、私は一生貴方を許しません」


「分かってるよ。ちゃんと笑いながら帰って来るから、アンタは安心して皆とここで待っててくれ」


「あの〜……お兄さん?」


 沙羅さんを宥めていたところ、奪還メンバーの一人であるアマナが口を挟んできた。悪気がないのは分かるが、こいつはコヨミと似て顔を見るだけでイラっとさせる何かがありやがる。


「んだよ。用件なら早めに済ませろよ」


「用件というか……ほら、あれ」


 アマナが苦笑いしながら指を差している。その方向に釣られて首を傾けると、いつの間にか勝手に異星人組+ミーナが装置の中に入っていた。


「転送先はクリーナー星! さぁ出発じゃ皆の者〜!」


「え? お、おい待てお前ら! 目を離した隙に何して――」


 引き止めようとした俺だったが、時既に遅し。機械の使い方を分かっているコヨミが皆を先導し、俺が手を伸ばしかけたところで皆の姿が光の粒子となり、クリーナー星へと消えてしまった。


「……行っちゃったねぇ」


 今思えば、誰一人として言うことを聞く奴がいるわけなかった。ヒナだけは信じていたのに、あのヒナでさえ俺の忠告を無視して行ってしまった。


「だぁー! なんでいつもいつも俺の思い通りにいかないんだよ!」


「ニャッハッハッ。なんだか楽しくなってきたねぇ。で、お兄さんはいかないのかぃ?」


「行くに決まってんだろ! でもその前に……」


 荷物も何も用意していないため、俺はずっと大人しくしていたウニ助に顔を向けた。


「ウニ助! 悪いけど、俺が昔使ってた道着を持って来てくれ! それと木刀も一本だけあったらそれも頼む!」


「了解。すぐ持ってくるからちょっと待っててね」


「あっ、私も手伝いますウニ助ちゃん!」


 梯子を登って行くウニ助に続いて、沙羅さんも梯子を登って俺の荷物を取りに行く。そして地下には俺とアマナの二人だけが取り残された。


「お兄さん」


 特に会話をする気にもならずに黙っていると、アマナの方から声を掛けてきた。


「……なんだよ」


「今までの様子を察するに、随分と君は家族という繋がりにご執心してるみたいだねぇ。そこに何か理由でもあるのかぃ?」


「知るか。あったとしてもお前に話す道理はねぇよ」


「冷たいねぇ。そんなに嫌わなくてもいいじゃないか。これから姫さんを助けに行く同士なんだからねぇ」


「誰が同士だ馬鹿野郎。お前とは今回限りの同盟みたいなもんなんだ。事が終わったらとっとと何処ぞの星へと消えろよ。じゃないとリースもずっと怒ったままで嫌なんだよ」


「ニャッハッハッ。ま、善処するさね。約束はできないけどねぇ」


 いちいち物の言い方が癪に触る野郎だ。やっぱ俺嫌いこいつ。


 その後、一人でぺちゃくちゃ喋っているアマナをシカトして黙りしていると、道着と木刀を持ったウニ助と沙羅さんが戻って来てくれた。


「はい。道着はちゃんと洗濯してあるので安心してくださいね」


「ありがと沙羅さん」


 鼠色の道着を受け取り、肩の部分を摘んで広げて見る。沙羅さんの言う通り汚れの形跡はなく、むしろ新品同様に見えるくらいだった。


 まさかまたこれを着ることになるなんてな。後は現役時代の感覚を取り戻すことさえできれば良いんだが……。


 隅っこの方に移動して着替えを済ませる。さりげなく沙羅さんが覗こうとして来たが、そこはウニ助が上手いことやってくれたので大事なかった。こんな時でもそういう余裕はあるのな。


 肩を回して何度か飛び跳ねてみる。私服より断然動き易く、この分なら早めに勘を取り戻せるかもしれない。


「懐かしいねその格好。久し振りだから違和感を感じてたりするかい?」


「いや、むしろしっくりきてる」


 ウニ助から木刀を受け取り、腰に差した。これで俺の準備も整った。


 アマナと共に機械の中に入り、無意識に天井を見上げる。今更だけど本当に大丈夫なんだろうかこれ。


「な、なぁウニ助」


 機械に取り付けられたキーボードを弄っているウニ助に話し掛けると、ウニ助は視線を機械の画面に向けたまま「どうしたの?」と答えた。


「お前の腕を伺ってるわけじゃないんだが、ちゃんと正常に起動するんだろうなこれ? ワープ先が宇宙空間で窒息死、みたいな斬新ホラーな展開なんて嫌だぞ俺」


「大丈夫大丈夫。実験はコヨミさん自ら受け持ってやってたから、もう失敗することはないよ……多分」


「多分ってなんだよ!? つーか過去に失敗経験あったのかよ! 本当に大丈夫なのかこれ!? 今更ながらに怖くなってきたんですけど!」


「そう慌てなさんなお兄さん。墓穴を掘れば掘るほどフラグ立っちゃうんだし、ここは信用するしかないさね」


「うるさいな! それくらい分かってるわ!」


「だったら一抹の不安なんて感じてないで、男ならシャキッとしてみなさいな。『フレッシュ果実ピーチ!』みたいなシャキシャキさでねぇ」


「……面白くねーよ」


「ストレートに辛辣! 今のはちょっと傷付いたねぇ……」


 アマナのお粗末なボケが滑った中、作業が終わったのか、ウニ助が機械を弄るのを止めた。


「よし、準備オッケー。後は機械の中に取り付けてある転送スイッチを押せばクリーナー星にいけるよ」


 な、なるほど。自分のタイミングで行けるように配慮されているってわけか。


「よし、いいかアマナ。俺が落ち着くまで絶対に押すなよ? フリとかじゃないからな? そういうのは今望んでないからな? 俺が紅茶を飲んで心穏やかになるまでこれを押すことは禁じる。オーケー?」


 しょぼくれているアマナの背中を叩いて言い聞かせると、アマナが一瞬だけ不気味な笑みを浮かべていたのが見えた。


 そして、俺と面を合わせてニッコリと笑うと、


「い・や・だ☆」


 と言い、スイッチを殴るように押した。


 その刹那、機械が様々な音を立て始めた。その騒音が余計に俺の不安心を刺激する。


「怖い怖い怖い! 何コレやだコレ! やっぱ降りるわ俺! さよならぁぁぁ!? 手が消え……ぁぁぁぁぁ……」


 腹を抱えて笑いを堪えているウニ助の姿を最後に、俺とアマナは光の粒子となって消えた。


 あの野郎、生きて帰ったら絶対ぶん殴ってやる……。




〜※〜




 目が開いているはずなのに、見えるものは真っ白一色。まるで雪景色を見ているかのような感覚だ。


 全身に微電流が走っているのか、ビリビリとした嫌な感触が伝わってくる。動かそうにも身体は動かず、転送されている最中なんだと何となく理解できた。


 それから数秒後、身体の拘束が解けて次第に視界に映る景色が広がった。


 最初に目に映ったのは、雲一つない晴天の青空に、広大に広がる草原。まるで天国にでも来たのかと錯覚をしてしまいそうになるくらい、その景色は見事なものだった。


「ここがクリーナー星……ミコさんの故郷……」


 大きく深呼吸して空気を吸ってみると、都会の汚染された空気とは違い、そんじゃそこらじゃ味わえない空気の美味しさを感じた。クリーナー星という名だけあって、環境面は地球と違って綺麗らしい。


「んん? 他の皆さん方が見当たらないねぇ。一体何処に行ったのやら」


 そう言えばそうだ。アマナの言う通り、皆の姿は周囲を見渡しても何処にも見当たらない。それどころか小動物の一匹すら見当たらず、まるで俺達二人だけがこの星にしかいないと思い込んでしまいそうだ。


 冗談じゃない。よりにもよってこいつと二人きりだなんて反吐が出そうだ。早く皆と合流しないとな。


「と、とにかく進むぞ孫の手。ここでいつまでも立ち止まってられねぇからな」


「うーん……お兄さん。二つほど思ったことがあるんだけど、聞いてもいいかぃ?」


「んだよ、ロクな質問じゃなかったら張り倒すぞ」


「いや、割とマジな質問さね。まず一つ目なんだけどねぇ。一体私達はクリーナー星の“何処”に転送されて来たんだぃ?」


「…………」


 そう言えば、それをウニ助に聞くのを忘れていた。ミコさんはこの星にいることは確かなものの、この星の何処にいるのかという情報は持ち合わせてなかった。


「わ、分からん……でもお前はミコさんの居場所の見当は付くんだろ? 元々お前はアグニの野郎と一緒に居たんだろうし」


「その通りなんだけどねぇ。覇王さんの場所は分かれど、現在地を確認できない限りは無理問答さね。方角も何も分からないんだからねぇ」


 嫌な汗が出始めた。拭っても拭っても後から後から溢れ出てくる。


「それとお兄さん。二つ目の質問なんだけど……私達、どうやって地球に帰るんだぃ?」


「…………(ぷるぷるぷる)」


 その時、俺は気付いてしまった。俺達は出落ちしてしまったということに。そして、水食料もないまま遭難してしまったという事実に。


 アグニやミコさんばかりに気を取られ、十分な準備に盲目だった。こんな大事な時にまでやっちまったよ俺ぁ!


「うわぁぁぁ!! 誰か助けてくれぇぇぇ!!」


「……その台詞は君が言うのかぃ?」


 思わず心のシャウトが叫び声に変換され、遠くに見える山の方へと永遠にこだましていった。




〜※〜




 一方その頃、第一陣の彼女達はというと――


「ねぇ……ここ何処なのよ?」


「私が知るわけないだろう。自分の目で見たものだけで理解しろ」


「理解しろ……と言ってしまうのかリース将軍。その返答はあんまりじゃのぅ」


「……取り敢えず……これだけは分かる」


 ヒナは目の前にある鉄格子に触れ、ぽつりと呟くように言う。


「……私達……出落ちした」


「うわぁぁぁ!! 誰か助けてぇぇぇ!!」


「……騒々しいぞ馬の尻尾」


 そこは光を遮断する暗闇の世界。重い空気が漂った重苦しい雰囲気の地下牢だった。

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