天才タッグの発明品
結構前から“とある計画”をこそこそと立てていたらしいコヨミ。どうやらその計画は今回の件について非常に役に立つとのことで、俺達はコヨミの言葉を信じてこの場所へとやって来ていた。
俺とミーナが沙羅さんの手によって育てられた馴染みの施設、夜神孤児院。本人曰く、ここに全容があるとのことだが果たして。
「前と違って近い距離になったから助かるもんじゃのぅ」
「それはともかくとしてだなぁ。なんでここなんだよ? 別にここには特別あるものなんてないだろ。特別というか、尋常じゃない異形の存在なら一人いるけどさ」
「異形な私がどうかしましたか?」
「うわぁ!? 久々に出たぁ!?」
何の前触れも無くおれの背後に現れた沙羅さん。この登場には既に慣れていたと思っていたが、どうやらそれは間違いだったらしい。
後ろからガッチリとホールドされてしまい、両腕を拘束された状態で頭の匂いをくんくんと嗅がれる。ぞわりと背筋に悪寒が走った。
「や、止めろ! あっ、駄目、耳は弱いの俺……」
「むふふ……愛する息子のスメルが私の生きる糧となる。皆さんもお揃いで来たみたいですが、遊びに来てくれたんですか?」
「いえ、そうじゃないわお母さん。それに皆ってわけじゃないしね」
「あら? そう言えばミコちゃんとリースちゃんの姿が見当たりませんね? あの二人は来ていないんですか?」
「やっさん。お母さんになら別に話しても良いわよね?」
何も言わずにただ首を縦に振って頷いた。正直なところ、俺の口から説明するのは気が引けたから、ミーナの申し出がありがたく感じた。
それからミーナは懇切丁寧に今までの出来事を説明した。アマナとの喧嘩から始まり、アグニというバーサク星人にミコさんが連れ去られてしまった一部始終全てを。
話を聞き終えた沙羅さんは冷静に……聞き入れるわけもなく、俺の身を案じて余計に抱き締めている腕に力を入れてきた。
「そ、そんなことがあったんですか!? そ、そそそそれにヤーちゃんとリースちゃんが大怪我って……大丈夫なんですか!? 普通に歩いてるみたいですけど、本当に大事はないんですか!?」
「痛い痛い痛い! 落ち着けって沙羅さん! コヨミのお陰で俺はピンピンしてっから!」
「いいえ駄目です! それはもう隅々まで身体中を確認する必要がありますね! なので今からヤーちゃんは私とじゅるり……お風呂に行きましょう!」
「お母さん、サラッと本能が口元に出てるわよ。それと今は真面目な話をしてるから、そういうノリは求めてないわ」
「そ、そうですか。それは残念です……」
口元から出ていた涎を拭き取り、ミーナのお陰で沙羅さんから解放された。ったく、だからこの人に説明するのが嫌だったんだ。
「それで、一体何のためにここに来たんですか?」
「そりゃ決まっとる。ミコを助けに行くために、ワシらはここにやって来たんじゃ」
そう言いながら胸を張って前に出るコヨミ。確かこいつの言っていた話によると、計画には協力者のような奴がいるって話だったが……。
「それでじゃマミー殿。ウニ坊はここにおるかのぅ?」
「ウニ助ちゃんですか? ウニ助ちゃんなら、今は子供達と家の中で遊んでくれてる最中ですけど……」
「それなら話が早い。悪いがちょっと呼んで来てはもらえんかのぅ?」
「分かりました。ちょっと待っててくださいね」
コヨミの要望を聞き入れると、沙羅さんは忍者の如く姿を一瞬で消した。あの人の先祖って一体どんな人物だったんだろう……。
少しすると孤児院の玄関の方から再び沙羅さんが顔を出し、その後ろからウニ助が付いて来ていた。
……バズーカのような物を持って。
「こんにちは皆。僕に何か要件があるって聞いたんだけど?」
「その前にアンタのそれは何なのよ。何処かに戦争でも仕掛けに行くつもり?」
「これのこと? いやいや違うよ、そういうのじゃないんだこれは。バズーカ砲には変わりないんだけど、弾の中身をとろろにすり替えたジョークグッズなんだこれ」
「またアンタはくだらない発明をして……飽きないわねぇ」
「え? 発明?」
「あぁ、そう言えばやっさんは知らなかったわね」
ウニ助に呆れの視線を送りながらミーナは続ける。
「こいつ、実は高校に入った辺りから妙な物を作り上げる趣味に没頭し始めて、時折私に披露してくるようになったのよ。毎回くだらない物ばかりだから何も面白くなかったけど」
「マジでか。なんでそういう面白そうなことを俺に言わないんだよ」
「別に伝えるようなことでもないと思ったからよ」
「馬鹿野郎。発明は時に男のロマンを引き出す文明開化の象徴なんだぞ。分からないかなぁこの魅力?」
「……にぃに……話が脱線してる」
「あっ……わ、悪いヒナ」
俺としたことが本来の目的を見失うところだった。というか、まさかのウニ助がコヨミの協力者だったのか。いつの間にそんな仲良くなってたんだこの二人。
「ウニ坊よ、時は満ちたぞ。ついに“あれ”を皆に披露する時がやって来たんじゃ」
「なるほど。事情はお母さんから大まかに聞いたけど、確かにそうなると“アレ”の出番なようだね」
「ちょいちょいお前さん方。二人だけの世界で会話してないで、一体どういうことか説明しておくれよ」
「フッフッフッ……そう急かすでないアマナとやら。取り敢えず、ワシらについて来るんじゃ。靴は持ち運ぶように頼むぞぃ」
怪しい笑みを浮かべるコヨミはウニ助と並んで歩いて行き、孤児院の中へと入っていった。怪しみながら俺達も後に続いていき、二人は孤児院内の廊下でピタリと足を止めた。
しかし、止まった場所は特に何かがあるわけでもない。何を考えているのかこの二人組。
「確かこの辺だったはずなんじゃが……」
「ここだよコヨミさん。ほら、ちゃんと開け口を作っておいたんだ」
「おぉ、確かにこれだと分かりやすいのぅ。どれどれ早速……」
急にその場に四つん這いになって何かを探し始めたと思いきや、とある床のスペースがぱかりと開いた。人一人分の大きさくらいの穴のようだが、いつの間にこんなものを……。
「ちょっとアンタ達、誰の許可を得て家の中を改造してるのよ」
「無論、マミー殿からは許可を取得済みじゃ。そうじゃろうウニ坊?」
「え? 僕は何も言ってないけど?」
「ぬぬっ!? いやなんでじゃよ! そこは家内の者が伝えておくことじゃろうて!」
「いやぁ、こういうのは秘密にしておいた方が良いかと思って」
「ま、それもそうじゃのぅ」
ガツンと二人の頭を殴るミーナ。家を大切にしてるからこその鉄拳制裁というやつだ。
「秘密基地のようなものですか……何だか燃えますね!」
「お母さん……いいのそれで?」
「え? 何がですか?」
「いや、もういいです……」
沙羅さんは特に怒る素振りを見せず、むしろ少年心を抱いてワクワクとしていた。心が広いんじゃない。ただこの人はマイペースなだけだ。
「ここからは靴を履いて降りるようにのぅ。暗いから足を踏み外さないように注意しとくれ」
そうだけ言うと、コヨミが先頭に立って地下に繋がる梯子を使って下に降りて行った。後からウニ助、沙羅さんと続いていき、最後に俺が一番下に降りた。
「な……なんだこれ!?」
思わず声を荒上げてしまった。その理由は目の前に広がる光景にあった。
地下は未来的なデザインの壁で覆われていて、地下内の中心に大きくて奇妙な機械が設置されていた。
イメージするならそう……まるでゲームの世界に出てくるワープ装置のような物だ。デザインも格好良くて、沙羅さんじゃないが俺も少年心を刺激されたように目を光らせた。
「フッフッフッ、聞いて驚け皆の衆。これはワシとウニ坊の天才的な脳を合わせて作り上げた至極の一品。その名も――」
「異次元転送装置。僕達は通称でトリップゲートって呼んでるんだ」
「あぁ!? 美味しいところを持っていかれた! セコイぞウニ坊!」
異次元転送装置って……さっきのバズーカとは比べ物にならない発明品が出てきやがった。これが本当に転送装置だとしたら、こいつらマジで天才だぞ。
「予想外の物を出してきたわね……正直驚きを隠せないわよ私」
「……奇遇……私も驚いてる」
「そう言ってるけど無表情じゃないヒナ。伝わり難いわよその顔じゃ」
あのヒナですら驚いているようだ。ミーナの言う通り表情は変わっていないが、俺にはその目を見るだけで驚いていることが伝わった。
「で、これはどういうものなんだウニ助?」
「その名の通り、次元を超えてあらゆる地域や星にワープすることができる装置だよ。コヨミさんの力を借りて全惑星の座標をインプットしてあるから、どんな場所だろうと簡単に行くことができるってわけ。で、その肝心の原理なんだけど――」
「もういい分かった。その先の説明はお前の心の中に留めておいてくれ」
「そうかい? それならそうするけど」
その先の話は真の天才にしか理解不能な話だと察した。要はこれを使えば、攫われたミコさんの元に行けるというわけだ。流石はウニ助といったところか。活躍所が中途半端な能力を持ってる異星人組より、よっぽど頼り甲斐がある。
「どうじゃにーちゃん? 少しはワシのことを見直したじゃろぅ?」
自慢げのドヤ顔で威張り散らすコヨミ。
「あぁ、珍しく役に立ったなお前。ゴミクズなのに」
「……ちょっと見直した……ゴミクズなのに」
「ホントね。凄いじゃないコヨミ。ゴミクズなのに」
「……取って付けたようなその言い方止めてくれんかのぅ」
素直に褒めてもらえると思ったのか、しょんぼりと項垂れるゴミクズ。だがそんな彼女を慰める者は誰一人としていなかった。
「とにかく、これさえあればミコを助けに行けるのね。ならとっとと行くわよやっさん」
「それなんだけどねミーナ。実は他にもう一つ問題があって、これを解決できない限りミコさんを助けには行けないんだ」
「は? どういうことよ一体?」
皆の様子を確認してみたところ、その意図を理解できていないのはミーナだけじゃないようだ。アマナと俺以外は首を傾げていて、何も分かっていないらしい。
「よく考えてみなよ。僕達はあくまでミコさんが攫われたということしか知らない。何が言いたいか分かるかな?」
「え? え? どういうことよ?」
「……ミーナは頭が堅い」
「えぇ!? ヒナは今ので分かったの!?」
マジで驚いてるようだが、これで分からないとか大丈夫なのかこいつの頭は。お兄ちゃんはお前の学力が心配だぞ。さっきミコさんは地球にいないとか言ってたのに、なんで分からないんだよ。
「なるほど。つまりはこういうことですねウニ助ちゃん。移動手段はあれど、肝心の攫われた場所が分からない限りどうにもならない……と」
「……あぁっ!? 確かにその通りね!? なんで気付かなかったのかしら私!?」
「それは貴様が馬鹿だからだろう」
すると、突然この場にいない人物の声が梯子の下から聞こえてきた。皆が同時に後ろを向くと、そこには土埃で衣服が汚れた姿のリースが立っていた。
「いなくなったと思いきや、何処で何してたのよアンタ。というか誰が馬鹿よコラ」
「貴様に決まっているだろう。冷凍庫に保存されている冷凍食品並みのカチカチ脳を持っている貴様に」
「言わせておけば……今ここで殺り合ってもいいのよ私は?」
「ふんっ、生憎そんな暇はない。貴様より話さなければいけない奴がそこにいるからな」
鋭い目付きでアマナを睨み付けるリース。づかづかと近付いて行き、睨んだ状態のまま彼女の襟首を掴み上げた。
「何故未だに貴様がここにいる。部外者はとっととこの場から失せろ」
「そう敵視しなさんなって。色々あって私はお兄さんに力を貸すことにしたのさ。だからもう部外者じゃ〜ないのさね」
「ふざけるな! 最初は敵として出てきておいて、今度は私達に協力するだと? そんな安直な言葉を信じろと言うのか貴様は!」
「裏表がないのが私の性分さね。それはお前さんが一番分かってるんじゃないかぃ?」
「確かに貴様は裏表のない奴だ。だが万が一ということがあるだろう」
「疑り深いねぇ。何とかしておくれよお兄さん〜」
アマナに助け舟を求められてしまう。普段ならば放っておくところだが、只でさえ今回は余裕がないし、致し方無い。
「その辺にしとけリース。今は身内で揉めてる場合じゃないんだよ」
「貴様は黙っていろ愚人! こいつは――」
「状況が状況なんだ。今は猫の手も借りたいくらいに人手が欲しい。はっきり言ってそいつの実力はかなり上だから、有力になる奴の力は借りれるだけ借りときたいんだよ。お前の気持ちも分からないではないけど、今はその気持ちを抑えてくれ。本当にミコさんを助けたいと思ってくれてるなら……な」
「……ふんっ」
まだ不服な様子だが、俺の言い分に思うところがあったのだろう。アマナを一瞥して鼻を鳴らした後、掴んでいた襟首を乱暴に離してそっぽ向いた。
「で、話を戻すぞ。さっき沙羅さんの言ってた通り、皆はミコさんが攫われた行き先を知らないんだよな?」
「……その口振り……にぃには知ってるの?」
「あぁ。俺の記憶が正しければミコさんはきっと……クリーナー星にいるはずだ」
「クリーナー星と言うと、確かミコの故郷じゃったな? 何故そんなことが分かるんじゃ、にーちゃん?」
「今さっき思い出したんだよ。思い当たる会話をな」
その会話とは、奴と同じバーサク星人であるヤクザ一家……もとい、パン屋一家の人達から聞いた話。俺はその時のことを思い出していた。




