身が朽ちていく夢の中で
アマナは弾丸の如く吹き飛んでいき、石で作られた塀に頭から突き刺さる。ピクピクと少しだけ痙攣を起こすと、ピタリと止まって動かなくなった。
恐らくだが、致命傷にまでは至っていないだろう。リースの同種族ということは、自己再生能力が高いチート的な肉体の持ち主だろうから。でもあれはどう見ても気絶してるみたいだし、逃げるなら今のうちだ。
「ったく、手間取らせやがって。大丈夫か二人とも゛ぅっ!?」
口内に溜まっていた唾を吐き出し、二人の無事を確認しようとしたところ、二人同時に俺の胸に飛び込んで来た。
「旦那様! 旦那様ぁ……」
「師匠! 師匠ぉ!」
「いだだだだっ! 骨軋んでる! 骨軋んでるってぇ!」
二人の心地良い抱擁感など味わえるはずもなく、先程殴られた場所にくっ付いてくるものだから、余計に痛みが刺激される。こいつら俺に止めを刺すつもりだと?
落ち着いたところでようやく身体を離してくれて、堪らず俺は地面に向かって俯せに倒れ込んだ。
「お怪我は大丈夫ですか旦那様!? 何処か骨とか折れていませんか!?」
「ごめん師匠! 私……私何もできなくて……」
「わ……分かったから少し休ませてください。一分……いや十秒だけでいいから」
「は、はい。分かりました」
言われた通りに大人しくなってくれて、十秒経過した後に力の抜けた身体に鞭打って立ち上がった。何とか動くだけなら平気そうだ。
「あの……師匠……」
何か言いたげな様子のリース。十中八九さっきアマナに言われていたことに関係していることだろう。
俺はふんわりと微笑んでやり、気落ちした様子のリースの頭を何度か撫でた。
「いい。無理して言わんでも言いから、取り敢えず涙拭いとけ」
「で、でも……」
「確かにお前に関しちゃ聞きたいことは色々あるのが本音だけどな。でも俺は無理してそれを聞こうとは思わねーよ。誰にでも知られたくない事情の一つや二つはあるもんだしな。だから、お前のことは話してもいいと思った時にだけ話してくれればいい。それで良いな?」
「うん……ありがと師匠」
リースはしょぼくれた顔で笑みを浮かべた。これでこいつはもう大丈夫だろう。
さて……リースはこれで置いておくてして、問題はこの人だ。
「あ、あの、旦那様。私は――」
「ミコさんとの話は後だ。それよりも早くここから離れた方がいい。無事家に帰った後でちゃんと話を聞かせてもらうから、そのつもりで頼むよ」
「……分かりました」
アマナが言っていたことが本当なら、何者かがミコさんを迎えに来ると言っていた。今の状態でまたこんな化物みたいな奴に襲われたら一溜まりもない。
「ちょいと待ちなお前さん方〜」
「んなっ!?」
ここから離れようとミコさんの手首を掴んで公園から出て行こうとしたところ、もう目を覚ましたアマナが塀から身体を引っこ抜いて立ち直ってきた。
嘘だろ? ありったけの力を込めてやったのに、もうピンピンしてんのかよ。リースといいこいつといい、異星人ってのはどうしてこう便利な能力ばっか持ってやがんだ。
「もう止めてよアマナ! これ以上私達に関わらないで!」
「……そうだねぇ。どうやら私が直に手を下す必要性はもう無くなっちゃったようだし、ここからは傍観者にならせてもらうとするよ」
「何を言って……っ!? 師匠! 上見て上!」
「何だよ急に。上を見ろって……うおぉっ!?」
リースが空に向かって指を差し、釣られて俺も上空を見上げた。するとそこには、非現実的な光景が広がっていた。
アニメやゲームの世界で見るような巨大戦艦。全てが黒く染まっていて、あらゆる場所に砲弾やら何やらが備え付いている。見るからに物騒な二次元的乗り物だ。
まさかもう追っ手がやって来たってのか? おいおい冗談じゃねぇぞ。こっちはあの戦闘狂のお陰で満身創痍だってのに、もう戦う余力なんて有り余ってないぞ。
「……誰か降って来る」
「降って来る? 人がか?」
「う、うん。取り敢えず早く逃げようよ! じゃないと手遅れに――」
「無駄だよ」
そう呟くアマナに視線が映る。彼女はジャングルジムの天辺に座って頬杖を付いていて、リースに見えているその人物が同じ見えているようで、巨大戦艦の方を見上げていた。
「いくら逃げようとも無駄なことさね。流石にお前さん方には相手が悪すぎる。ま、私一人でも到底敵わない人なんだけどねぇ」
「アマナでも敵わない? それって一体……」
「そうら、銀河一最強のお人がご登場だ。武運を祈るよお前さん方」
同情の眼差しを受けた後、その最強のお人という人物が視界に映った。空から降って来たその男は、勢いよく地面に落下すると同時に、地面に大きな亀裂を生じさせた。
そして俺はその人物を一目見て、今までに一度も感じたことのない威圧感を感じた。
見てくれは俺と大差ない背丈に身体付き。昔の中国人が着ていたような民族衣装をだらしなく着こなし、見る物全てを押し殺すような悍ましい赤い瞳が映る鋭い目付き。
そして……頭から生えた立派な二本の角。あれにははっきりと見覚えがある。
何時ぞやに出会い、娘愛によって危うく殺されかけたあの日。俺は覚えている。あの恐ろしい子煩悩の化物の姿を鮮明に。
「バーサク族……」
ヤバい。アマナの言っていた通り、相手が異常に悪すぎる。あんな化物相手に立ち回れる自信なんて、今の俺には微塵足りとも残されてない。
「は、早く師匠! 追い付かれないうちに早く逃げ――」
唖然として動かなくなっている俺を引っ張ろうとしたリース。だが次の瞬間、俺の目の前からリースの姿が消えた。
……いや違う、消えたんじゃない。ぶっ飛ばされたんだ。今現れたこの男に。
公園の奥から馬鹿でかい衝突音が鳴り響く。その音の主を確かめる暇もなく、俺はすぐ隣にいる男に恐る恐る視線を向けた。
「……だらしねぇ奴だ。たかが人間相手になんつー様を晒してんだテメェ」
ギロリとした目付きでアマナの方を睨み付けるバーサク星人。対するアマナは苦笑いをして、勘弁してくれと言わんばかりに手を平つかせた。
「悪かったよ覇王さん。ちょいと油断ならぬ相手が姫さんに付き添ってたもんでねぇ。ついつい興が乗って楽しんじゃったのさ」
「テメェは仕事より遊びを優先する馬鹿なのか? クソくだらねぇ遊びに惚ける暇があんなら、周囲の掃除くらいしとけカスが。だから俺ぁ誰かに依頼するのが嫌だったんだ」
「相変わらず野蛮な人だねぇ。ま、これで依頼は完了だ。後はお好きにやってくんな。私はもう疲れちゃったし、寝ながらこの光景を見ることにするさね」
「ケッ、使えねぇ傭兵だ。伝説の名が聞いて呆れやがる」
もう少し会話を続けていて欲しかったが、会話は呆気なく終わってしまった。そしてバーサク星人は、アマナから俺達の方に視線を傾けた。
「よう。久し振りだな俺の花嫁。会いたかったぜぇ」
「……アグニ」
アマナと対峙した時より一段と震えが悪化したミコさん。俺の腕を強い力で掴み、今にも逃げ出したいという感情が伝わってくるかのようだ。
「あァ? アグニっつったか今? アグニ“様”だろうがよぉ!? あァ!?」
「ひっ……」
アグニと言うらしいバーサク星人がミコさんに向けて恫喝し、ミコさんはその恐ろしさ余りに俺の後ろに隠れてしまう。どうやらこいつがミコさんの事情に一番関わっている男らしい。
「つーかよ……テメェは誰だってんだクソガキ。さっきから俺の視界にちらちら映って目障りなんだよ」
「らぁっ!!」
最早逃げるという手段は残されていない。それ故に、俺は先手必勝の一撃を奴の顔面に向けて放った。
アグニは棒立ちした状態のまま、特に躱す素振りも見せずに真っ向から俺の拳を受け入れた。
……なのに。
「これであの馬鹿がやられたってか。情けねぇクソ傭兵が」
一ミリも後ろに引かせることなく、アグニは棒立ちしたままの状態で堪えて見せた。まるで、俺の一撃が蚊に刺された程度だと言わんばかりに。
「邪魔だ」
「っ!! どいてろミコさん!!」
振り抜いた拳を引いてミコさんを突き飛ばしたと同時に、アグニが鸚鵡返しのように拳を突き出して来た。
両腕でその攻撃を防御する構えを寸前のところで取る。しかし、その選択は命を削る選択肢だった。
先程のアマナの蹴りとは比較にならない程の力強さ。まるで電車か何かが突っ込んで来た感覚に襲われ、その場に踏ん張ることなど論外に等しく、俺の身体はリースの二の舞になるかのように吹き飛ばされた。
「ついでに保険もしておいてやるよ」
光のような速さで吹き飛ぶ最中、すぐ目の前の空中にアグニの姿が映り込む。そして次の瞬間、今度は腹部に先程の突きが放たれ、骨が砕ける音を耳にした後、馬鹿でかい衝撃音と共に地面に減り込んだ。
更に大きな亀裂が生じ、地面が砕けて地に落下する。起き上がる気力もないまま倒れて行き、少ししたところで背中からまた地面に落下して上を見上げた。
「っ〜〜〜!!」
次第に薄れていく視界の先には、大粒の涙を流すミコさんと、彼女を脇に抱えて佇むアグニの姿が見える。奴は俺を見下して嘲笑うこともなく、ただ鼻で笑ってつまらなそうな目で俺を見ていた。
「じゃあな小僧。誰かに骨を拾って貰えたら、そいつぁ唯一の救いだな」
「…………」
「待て」とすら口に出すこともできず、ミコさんの泣き顔を最後に、俺は完全に意識を手放していった。
〜※〜
「ほらほら、早くしないと置いてくぞ〜」
これは……夢か。俺が子供の頃か、小さい姿の俺が河川敷を走っているのが見える。
「そんな急かさなくても良いでしょ。時間はまだ沢山あるんだから」
そしてその後ろには、見覚えのある一人の少女の姿も見えた。可愛らしい浴衣を着ていて、祭りにでも行く途中なんだろうか。
「沢山あるって、もう夕方じゃん! 早く帰らないと紗羅さんに怒られちゃうし、呑気だぞお前」
「でもお金も何もないのに、行って意味があるの? 雰囲気だけしか楽しめないと思うんだけど」
「別にそれでも良いだろ。祭りってのは、そこにいるだけでわいわい騒げるものじゃんか」
懐かしい夢だ。そうだ、確か俺はこの時祭りに行こうとしてたんだっけ。こっそり家から抜け出して、でも結局“あいつ”に見つかって、一緒に行こうってことになったんだよな。
「なるほど。つまり君は女の子の浴衣姿をエロい目で見るために行きたいってわけなんだね」
「誰もそんなこと言ってねぇ!」
「でも少しは期待してるでしょ? だって君、この前に和服姿の女の子が一番好きだって言ってたし」
「た、確かに言ったけど! それとこれとは話が別だろ!」
「ふふっ……本当かなぁ?」
うわぁ、ものの見事に弄ばれてるよ俺。客観的に見たらあんな感じになってたのな。思い出すだけで恥ずかしい……。
「ちなみに私の浴衣姿はどうかな? 似合ってる?」
「……に、似合ってんじゃねーの」
「本当? もっとよく見てくれないと分からないと思うけど?」
「う、うるさいな! 近くに寄って来るんじゃねーよ馬鹿!」
ニヤニヤと笑いながら近付いてくる少女を見ながら、子供の俺は顔を赤くさせながら退いていく。我ながら初心な奴だ。
「似合ってる?」
「だ、だから似合ってんじゃねーの」
「萌える?」
「いや萌えるわけねーだろ」
「興奮しちゃう?」
「するわけねーだろ」
「下着はしてると思う?」
「ばっ……何言ってんのお前!?」
……そうだったな。いつも“あいつ”はそうだった。ああやって俺の照れる反応を見て楽しんで、ニコニコと笑ってた。
「馬鹿なのか!? お前は馬鹿なのか!? まさか付けて来てないとか言わないよな!?」
「……どう思う?」
「止めろ! 俺に逆セクハラすんじゃねぇ! やっぱ帰れよお前ぇ!」
「ふふっ、や〜だよ〜」
逃げる俺にしつこく笑いながらしつこく付き纏う少女。野郎、今にしても思い出すと腹が立つ性格だ。こっちの身にもなって欲しかったもんだぜ。
「……あれ? ちょっとストップ」
「嫌だね! そっちが止まるなら、俺はここまま逃げ切っぐぇ!?」
少女が河川敷の下を見て、俺の後ろ首を掴んで引き止めた。
「見てあそこ。芝生のところで誰か泣いてる」
「あん?」
少女が指を差す先には、確かに小さな女の子が泣いていた。白いワンピース姿に身を包んだ金髪の女の子だ。見たところ外人っぽい後ろ姿に見える。
「ちょっと様子見に行こうよ。もしかしたら怪我してるのかもしれないし」
「んだよ〜、早く行かないと祭りに行けなくなっちゃうってのに」
「君は泣いている女の子に手を差し伸べることすらできない男の子なの?」
「……すいませんでした」
「素直で宜しい」
完全に飼い慣らされてるし。過去の自分の情けなさに腹が立ってきた。どんだけ祭りに執着してんだあの馬鹿は。いや自分のことなんだけどさぁ?
二人で下の方に降りていき、その場にしゃがんで泣いている金髪の少女に声を掛けた。
「大丈夫? もしかして怪我とかしたのかな?」
「ぐすっ……お母さぁん……」
「ふむふむ、どうやら迷子みたいだね」
「……この歳で迷子になって泣くのかよ」
ガツンッと少女に殴られる。今のはデリカシーのない俺が悪かった。
「お母さんとはぐれちゃったんだね。最後に一緒にいたのは何処か覚えてる?」
「……いっぱい出店があった……楽しそうな場所……それしか分からないの……うぁぁぁん!」
ついには号泣してしまう迷子少女。そんな少女に彼女はよしよしと頭を撫でてやり、落ち着かせるように抱擁して優しく接した。
「そっかそっか。いっぱい出店があったってことは……祭り会場しかないよね?」
「うん、俺もそう思う。でもなんで祭りではぐれたのに、こんな河川敷まで来てるんだよこいつ」
「多分だけど、お祭りの中を探しても見つからなかったから、もしかして外に出て行っちゃったんじゃ、と思ったんじゃないかな?」
「そういうことか。んじゃ、こいつも連れて祭りに行くしかねぇってことか」
「そうだね。それ――早く捜――行こっか。きっとこの娘の親も心配――るだろうし」
意識がまた徐々に薄れていくのを感じる。
待ってくれ! まだこの夢を見させてくれ! もう少しだけでいいから、まだあいつのことを見させてくれ!
「ったく、――がねぇな。そういやお――なんて名前なんだ?」
「……私は――」
視界が遠くなっていく。少女の名前も聞けず、彼女の姿も薄れていく。
待て! 待ってくれ! まだ俺は何も伝えられてねぇんだ! だから……だからもう一度だけ……
……会わせて……くれ……




