空気を読めるか読めないか
一難去ってまた一難。ようやくリースを退けられたというのに、お次はコヨミとヒナがユニットを組んで現れやがった。運が悪いにも程があるのに、こんな偶然ってあんの?
「えっと……珍しいところで会いましたね。お二人は何故こんなところに?」
「ワシらはアレじゃよ。ヒナがにーちゃんのところに行っていなかったらしく、仕方無くワシの元へやって来てのぅ。暇じゃ暇じゃと言うから、宛も無く街中を歩き回ってたんじゃよ」
「……二人こそ何してたの……何も言わずにいなくなったから心配した」
「わ、悪かったなヒナ。俺達はその……アレだ。ほら、前にラウネのせいで何もかもを破壊されちゃっただろ? だから――」
「なるほど。そこでミコがにーちゃんを誘ったわけじゃな。このデパートで行われとる日用品の大安売りを建前とし、二人きりでランデブーに洒落込もうと。お主も隅に置けぬのぅミコよ?」
「うっ……心読みましたねコヨミさん……」
「はて、何のことかのぅ? ワシはにーちゃんに能力を制限されとるから、基本的にワシはただの一般ピーポーと何も変わらんぞ? 言い掛かりは止めてもらいたいのぅ」
「お前ってホントに嫌な性格してるよな」
「いやぁ、それほどでも」
「褒めてねーんだよゴミクズが」
この状況でコヨミに出会したのは運が悪すぎた。こいつの心読みの前では隠し事などできるはずもなく、計画やら作戦やらが全て筒抜けてしまう。厄介なことこの上ない。
「にしても、まさかミコが抜け駆けするとは思わんかったのぅ。どう思うヒナよ?」
「……取り敢えず……コヨミがウザいということだけは確信を得られた」
「まーたお主はそうやってワシを目の敵にする。今回ばかりはミコに落ち度があると思わんのかのぅ?」
「……私は狐姉を支援してる……落ち度も何も関係ない……狐姉は狐姉で思っていることがあるんだから……ゴミクズがとやかく言う筋合いはない」
唯一味方と思えるのはヒナ、お前だけだよ。なんて良い義妹なんだあいつは。話を聞いて尚、空気を読んでくれている。俺達の中で最も最年少なのに、一番大人に見えるのはヒナのような気がする。
「旦那様……私ヒナちゃんのことがもっと好きになりました」
「奇遇だねミコさん……俺もヒナの好感度がうなぎ登り状態だ。元々愛して止まないけど」
とにかく、これで形勢はこっちが有利に傾いた。ヒナは状況を知って尚、俺達の味方になってくれている。つまり、後はコヨミ一人をどうにかすれば、この危機的状況を看破することができるはず。
「ぬぅ〜、ならば致し方無い。ならばワシ一人でもにーちゃん達に金魚の糞の如く付いて回って――」
リースの時とは違い、不老不死のこいつには遠慮なんて必要無い。故に、俺は問答無用に拳を振り抜いた。
「っ!?」
だがしかし、その拳はコヨミに届くことはなく、風を切って空振りする形になった。いつもならわざと受けにくるような奴なのに、紙一重で俺の拳を躱して
みせた。
「ふっ……甘いのぅ、にーちゃんよ。ワシは今までありとあらゆる場面にてにーちゃんに殴られたが、その経験が積みに積み重なり、ついに不意打ちでさえも見切ることができる身体能力を手に入れた。つまり、にーちゃんの突きや蹴りはもう通じないということじゃ。チョロい、チョロすぎるぞにーちゃんよ」
「んの野郎……人をなめ腐りやがって」
ニヤついたドヤ顔が異常に腹立つ。こいつはいつもいつもこうして俺をイラつかせやがって。いつになったら反省の色を出してくれるのか、皆目見当もつかない。
「……おい」
無表情ではあるが、最近はヒナの感情が読み取ることができるようになっていた。声質もいつもと変わらないが、今のヒナは若干コヨミに対して怒りを感じているようだ。
コヨミもヒナの怒りを感じ取ったのか、まぁまぁという感じに手のひらを振った。
「落ち着けヒナよ。冗談じゃよ冗談。本当のことを言えば、ワシはワシでこの二人には思う所があってのぅ。今日のところはこれくらいでお暇するとしようかのぅ」
「……最初からそう言えばいい……あまり人を茶化すものじゃない」
「怒るな怒るな。それじゃにーちゃん、次の機会までに己の拳をもっと極めておくことを勧めておくぞぃ」
「余計な御世話だバカヤロー」
それだけ言うと、コヨミはヒナを連れて何処ぞへと去って行った。結局何がしたかったんだあのゴミクズ。単におちょくりたかっただけってか? やっぱ腹立つわ〜、あいつ。
「難を逃れられた……のでしょうか?」
「そうみたいだね。やれやれ、人騒がせな奴だよ」
まぁ、意味深なことを言ってたのも気になったが、それは今考えることじゃない。というか、日が経てばそんなことも気付かぬ内に忘れていることだろう。
「さてと……落ち着いたし、中に入ろうか」
「そうですね。行きましょうか」
目の前の日用品店へと入る俺達。
ここからだ。ここからがミコさんとのデート開始なんだ。ここに来るまで随分長い道のりだった……。
「それで、今日は何を買いに来たんだっけ?」
「えーとですね。お皿とコップが第一として、他にはおたまやボウルといった調理器具も必要ですね。それと食材に調味料系も買っておきたいので、後で一階のスーパーでもお買い物したいです」
「帰りの荷物が凄いことになりそうだなぁ。食材はまた今度でいいんじゃないの? 今日の食事当番はミーナだったはずだし……」
「で、ですが私はこれでも家事全般を請け負っていた身ですし、新居で当番制になった今だとしても義務が――」
「真面目過ぎだってば。今日くらいは肩の荷を降ろしてもいいと思うよ? 折角の……デ、デートなんだし」
ここで何故照れてしまう俺! サラッと言えたらカッコ良さ気な雰囲気だったのに!
「そ……そうですね。それじゃ今日は、とことん旦那様のお言葉に甘えさせてもらっても良いですか?」
「勿論ですとも。荷物持ちなら俺に全部任せなさい。それしか能のない力馬鹿なんで……」
だからなんで負い目の方に俺の価値観を持っていく!? 今日くらいは自分の力に誇らしげを持たせろ馬鹿!
「そんなことはないですよ旦那様。でも、重い物は宜しくお願いしますね」
俺のフォローをしつつ、笑顔を向けてくれるミコさん。飽きないなぁ! その笑顔は何度見ても飽きないなぁ! 見る度見る度、俺の心が癒されるぜ!
「それでは、最初に安売りコーナーにいきましょう。この前のような荒波に流される心配はないでしょうし、ゆっくり行動しましょうね」
「はははっ、そういやそんなことあったっけ。あの時のミコさんは正直面白かったなぁ」
いつぞやのスーパーでの安売りセール。確かおばさん達の荒波に流され続けて、最後はミーナに全部持って行かれて賄いの一品を貰ったんだっけ。今となっては懐かしい思い出話だ。まぁ、そんな昔のことじゃないんだけど。
「わ、笑わないでくださいよ。あれでも私は頑張ってたんですよ? でも執念に駆られたおばさん方にはとても敵わなくて……」
「確かにあの人達は異形の存在だからね。でもあれは毎度のことだから、次また機会があったらチャレンジしないといけないよ? 俺達は節約第一の暮らしをモットーにしてるんだし」
「うっ……それは分かってるんですけど、他の人を押し退けるという行為に抵抗がありまして。だったら私は平和な場所でひっそりと買っていたいです」
「コラコラ、それじゃ駄目だぞミコさん。平和的な考え方は別に良いけど、時に人は逃れられない戦いに挑まなくちゃならない時があるんだ。逃げてばかりじゃ解決するものも解決しないよ? 無理しない程度にちゃんと立ち向かわないと」
「……逃げてばかりじゃ解決しない……ですか……」
すると、何を思ってかミコさんの表情に影が落ちた。
しまった、流石に強く言い過ぎちまった! お節介にも程があるだろーが俺の馬鹿!
「ご、ごめんごめん! 別に責めてるわけじゃないんだよ! ただ俺は物事に対して前向きになろうぜと言いたかったわけでね!?」
「あっ、いえいえ別に気にしてませんよ。大丈夫です。旦那様が言いたいことはちゃんと分かってましたから。ただ……ちょっと思うところがあっただけです」
「思うところ?」
「あははっ……これは私個人の問題なので、旦那様は気にしないでください。それよりもほら! 早く見に行きましょうよ!」
「ちょ、ちょっとミコさん? さっきゆっくり行動しようって言ってなかったっけ?」
何かを誤魔化すように俺の背中を押してきて、結局何も聞けぬまま俺達は多くの日用品を買い漁ることとなった。そして日用品を買い終えた頃には、この時のことが俺の頭から抜け落ちていた。
〜※〜
楽しい時間が経つのは早いもので、日用品店を最初にアクセサリー店や本屋に立ち寄り、ミコさんと他愛もない話をしながらあちこちを見て回った。
暫くなかった安らぎの一時は、実に最高の時間だった。気苦労なんて何一つしないし、ミコさん可愛いし、色々と見舞われて良い機会だったし、ミコさん可愛いかったし、地味に俺個人で必要だったものが見つかったし、そしてやっぱりミコさんが可愛かった。
最初は馬鹿共のせいでどうなるかと思ったが、結果的に今日のデートは素晴らしいものとして俺のメモリーに刻まれる形になってくれた。この思い出さえあれば俺はいくらでも立ち直れる気がする。
空は夕焼け空に染まっていて、後少しで夜を迎えるであろう時間帯。そろそろ帰らないといけない時間だが、こんな滅多にない機会はまだ終わらせたくない気持ちが大きい。
「気付けばもうこんな時間なんですね。どうして楽しい時間はこうも早く過ぎていくんでしょうね」
ミコさんも同じことを考えていたようで、何となく今日という日を名残惜しく感じてくれてるような気がした。光栄なことだな。
「そうだねぇ。でも流石にもう帰らないとミーナにどやされるだろうし、怒られない内に戻らないとね」
とは言え、もう少しだけゆっくりできる時間はある。既に帰路についてはいるが、まだ立ち寄れる場所を俺は知っている。
デートの定番中のド定番。人気の少ない場所で佇み、二人きりの空間を作ることができる場所。即ち、夜の公園である。
そこで俺は……告白なんて烏滸がましいことはできないが、実は今日こっそり買った“これ”をプレゼントする! そしてミコさんの好感度をアップしてやるぜ!
どうよこのやっすい作戦! 普通過ぎて何も面白くないだろう!? でもデートというのはぶっちゃけそんなもんだ! 面白味より安らぎを求めるものさ!
というわけで、早速ミコさんに提案してみよう。
「ミコさん。近くに公園があるんだけど、良かったら少し寄ってかない?」
「いいですよ。丁度私も休みたいところでした」
快く提案に乗ってくれた。ここで断られていたらリアルに泣いていたところだ。
俺の提案によって公園に立ち寄ることになり、数分も掛からない内に公園に辿り着き、空いているベンチの一つに並んで座った。
「この時間にもなると流石に子供は一人もいないか」
「早めに帰らないと親が心配しますからね。当然のことですよ」
予想通りこの時間帯にもなると、ここは無人の公園と化していた。つまりは俺の計画通りに事が運ばれているということ。ふっ、思わず笑みが溢れてしまうぜ。
決めるぜ俺は。今日は一度たりとも決めるべきところでビシッと決められなかった俺だったが、デートの最終地点であるこの公園で、俺は今一度男となる!
「ふぅ……歩き続けていたので疲れちゃいました。ちょっと一休みっと……」
疲れている……ということは、ここで水分的な物を用意すれば吉と見た。
俺は一人立ち上がり、視線の先の方に見える自動販売機に指を差した。
「よかったら何か買ってこようか? 俺の奢りでいいからさ」
「え? あっ、いえいえお気遣いなく。そこまでしなくても大丈夫ですよ」
「そう? 別に遠慮しなくていいからね?」
「ふふっ……本当に大丈夫です。気を使ってくれてありがとうございます旦那様」
そうしてまたニッコリと笑い掛けてくれるミコさん。飲み物を買ってあげることはできなかったが、結果的には良しとしよう。この笑顔が見られただけで俺も満足だ。
さてと……そろそろ良いだろう。ここからが本番だ。
「あ〜……あのさミコさん。ちょっと話があるんだけど、良いかな?」
「お話ですか? 私は大丈夫ですけど……ハッ!?」
そこで何を感じてか仰天し、顔を真っ赤にさせるミコさん。更に目まで回し始め、あせあせとした様子で身振り手振り動かし出した。
「あのっ、そのっ、だ、旦那様! お話というのはその……私まだ心の準備というものが……」
「へ? 何をそんなに焦って……ハッ!?」
なるほどそういうことか。確かに今の流れで話なんて提案したら、そういう意味に捉えられてもおかしくはない。
……やべっ、自分で言っておいて恥ずかしくなってきた。
「ち、違う違う! そういうことじゃなくてね? 話というか、渡したい物があってさ!」
「あっ……そ、そうだったんですか。すみません旦那様、私とんだ勘違いを……」
「「…………」」
俺のせいで一気に空気が気まずくなってしまった。というかミコさんってば、俺がそんなことを言い出すと思ってたの?
……あれ? 待てよ? それってつまり、ちょっと期待とかしてくれてたってこと?
と、ということはミコさん……いやいやいや! ないないありえないって! 自意識過剰な妄想をするな! そんな展開が起こってたまるかってんだ!
でも、もしそうだったとしたら? あくまで仮の話だが、もしミコさんが俺のことをその……特別な感情を抱いてくれていたとしたら、俺はなんて答えれば良いのだろうか。
「……ミコさ――」
「あー! ようやく見付けたー!」
「……あァ!?」
その時、よく聞き覚えのある声が公園内に響いた。その声の主の方を見てみると、そこには息切れを起こして疲労し切った様子のリースが近寄って来ていた。
「捜したよ二人共! 酷いよ! 私が気絶してるうちにいなくなっちゃうなんて!」
「知るかぁぁぁ!! なんでまだお前がここで出て来るんじゃぁぁぁ!!」
ようやく良い感じになってたのに! なのにまたこいつか! このお邪魔虫、何度俺とミコさんの空間に横入りすれば気が済むんじゃぁ!
「リースさん……もしかして、また町中を走り回ってたんですか?」
「勿論だよ! 一体今日はどれだけ走り回ったことか、最早大体の距離すら覚えてないよ!」
「そうか。ならとっとと帰って風呂にでも入ってくるんだな。とにかくお前は早くこの場から立ち去れボケが」
「まぁまぁそう冷たいこと言わずに。折角また会えたんだし、一緒に帰ろうよ」
「うぅ……最後の最後でまたなんですか……」
「ん? なんで泣いてるのミコ?」
「少しは自分で考えろ! そして空気を読め天然記念物!」
「そんな……私はそんな名誉ある人物じゃ……褒めても何もでないよ?」
「よし、そこを動くなよお前。今ぶっ飛ばしてやっから」
「な、なんで!? 私何も悪いことしてないのに!?」
「何も理解していないことがお前の罪だ。受け入れろ、お前の罪を」
「ままま待って待って! 少しだけで良いから猶予を――」
その時、俺はまだ気付いていなかった。
「ちょいとお前さん達、お取り込み中失礼して良いかぃ」
この日、あんなことが起こってしまうなんて、誰も予想だにしていなかった。
「あァ? 誰だか知らんが邪魔すんじゃねぇ。今からこいつに教育を施さないといけなくてだなぁ……」
今思えば、もっと早く気付くべきだった。
「あれ? アンタは確か昨日の……?」
この辺りで奇抜な格好をしてる時点で、警戒しておくべきだった。
「また会ったねぇお兄さん。でも悪いねぇ。今回用があるのは君じゃ〜ないのさ」
昨日の深夜に出会ったお姉さん。彼女は一人の人物に指を差し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ようやく見付け出せたねぇ。捜したよ、“ミコト姫さん”」
「……は?」
そして、俺は知ることになる。
彼女が何者なのか。そして、ミコさんが何者なのかということを。




