甘えん坊将軍
ずっと楽しみにしていたミコさんとのデート。しかしそれは、傘を持たない表リースという邪気の登場により、何もかもが台無しとなった。
ミコさんは「また次の機会に計画を立てて行きましょう」と慈悲深きお言葉を投げ掛けてくれたものの、やっぱり俺は今日という日にデートをしたかったわけで、気分は果てしなくだだ下がりだ。
リースとミコさんの意見によって俺達は今、目的地のデパート近くにあるファミレスにやって来ていた。
「よ、涎が止まらないよ……ハンバーグの気分だったのにどれもこれも美味しそうで……」
「今時のメニュー表は凄いですね。絵を見るだけでその美味しさが伝わってくるようです」
俺の目の前では、二人並んで一緒にメニュー表を見ているミコさんとリースがいる。確かに店によっては魅力溢れるメニュー表があるけど、勿論中には例外もある。美味そうなのが絵だけで、実際食べてみたらかなり不味いという経験が少なからず過去にあった。
「あっ、これ凄い美味しそう。やっぱりハンバーグじゃなくて、このステーキにしよっと」
「なら私はこの惑星パフェというものを……旦那様はどれにしますか?」
「…………」
「旦那様?」
「あぁ……うん……適度なの選んどいて……」
本当なら、今のリースの立場が俺になっていた。二人でメニュー表を見物しながら「これ美味しそうだね!」みたいな平凡トークを交わしつつ、ミコさんとイチャイチャするはずなのは俺だった。
なのに現実はこれだ。テーブルの上に顔を乗っけて横になり、視界の先に見える仲睦まじいカップルを見て、断末魔と共に引き千切れろと思っている。普段はリア充を見ても何も思わないのに、今は嫉妬や嫌悪といった負の感情ばかりが湧き上がってくる。
恐らく今の俺の眼はエライことになっているだろう。瞳孔が開きっぱなしでカサついていて、闇がそのまま瞳に写っているような感じだろう。こんな気分だし無理もない。
「暗いなぁ師匠ってば。見てるとこっちまで辛気臭くなるよ? なんで落ち込んでるのか知らないけど、元気出しなよ」
「…………(チャキッ)」
「だ、旦那様!? 何処から出したんですかその日本刀!? 落ち着いてください、ここは公共の場ですよ!?」
「止めないでくれミコさん。大丈夫、これは模擬刀だから何も切れない代物だ。その代わり、俺が一振りすれば大海をも斬り裂ける自信があるがな」
「じゃあ何も良くないですよ! 周りに見られてますから止めてください!」
ミコさんに諭されて仕方無く刀を置く。
あぁ……鬱陶しいことこの上ない。今すぐに叩っ斬ってやりたいよ、このなんちゃって将軍。何処口がそんなことほざきやがるクソが!
こいつのせいで……こいつのせいで俺の夢の一つが先送りだ! 許せねぇ……許せねぇぞ今回ばかりは……。
「なんか荒れてるね今日の師匠。相当嫌なことがあったんだねきっと」
「え? そ、そうですね。あははははっ……」
多少呆れて苦笑するミコさん。ここまでしといて気付かないなんて、ミコさん以上にこいつは天然なのかもしれない。タチの悪い天然娘だ。天然だけに、天然記念物として一生人知れずの場所で寂しく飾られていればいいのに。
その後、店員を呼ぶスイッチを押して注文を頼み、料理を待つこと約十分。暫くして再び店員が現れ、皆が頼んだ品が一つも欠けることなく届き渡った。
「おぉぉ! 期待通りの品だぁ!」
「…………」
「ミコ? どうしたのそんな顔して? 鮭を釣ろうとしたらマグロを釣ってしまった時の釣り師みたいな顔してるけど」
「あははっ……素人には分かり辛い例えですねそれ」
ミコさんが目を丸くさせている理由。それは、自分で頼んだ惑星パフェという代物にあった。
恐らくミコさんは、メニュー表に表示されている惑星パフェの大きさを見誤っていたんだろう。程良い大きさのパフェかと思いきや、丼みたいなガラス製の器に馬鹿でかいアイスが乗っていて、更にそのアイスに小さなアイスがいくつも付いている。大食いチャンピオンでも完食するのは困難であろうボリュームだ。
これだからメニュー表は宛にならないんだ。こういう失敗があるから、下手に冒険しないように王道物を食べるのが最善の手。きっとミコさんは今、それを直に学んだことだろう。
「もしかして予想外の大きさだった? 馬鹿だなぁミコ。メニュー表に小さい文字で、当店一番の大きさを誇るパフェだって書いてあったじゃん」
「……見過ごしてました。絵ばかりに気を取られていたものでして」
「自分で頼んだんだから、ちゃんと自分で食べないと駄目だよ? それじゃ、いただきまーす!」
ミコさんに釘を刺した後、リースは飛び切りの笑顔を浮かべてナイフとフォークを持ち、ステーキの一切れをパクリと一口頬張った。
「むぐっ!? まっず!?」
しかし、見た目とは裏腹に味は最悪だったようで、一瞬で顔を青くさせて肉を吐き出した。
「うぇぇ……味が好みじゃないし、しかも肉が硬いよぉ……」
「自分で頼んだ料理だろ。責任持って自分で食えよ」
「……師匠のショコラパフェ美味しそうだね」
「先に言っとくが、一口もやらねぇからな」
「うぅぅ〜! 師匠の意地悪!」
「悪いのはお前だ阿保」
口は災いの元、だな。ミコさんにああいうこと言うから、自分も引くに引けない状況になってんだ。自業自得だ、ざまぁみやがれ。
「あっ、意外と美味しいですねこれ。色々種類があって面白いです」
ミコさんの方は見た目がボリューミーであるものの、味の方は良かったようだ。まさに日頃の行いが影響してるみたいだなぁ。
無論、俺のショコラパフェも美味なものだった。チョコの程良い甘みが染み渡り、自然と頬が緩まってしまう。流石ミコさん、俺の好みを分かってくださっている。
「じぃ〜」
「……あァ?」
ショコラパフェを味わっていると、物欲しそうな目でリースが俺のパフェを見つめてきていた。やらんと言ったのに懲りない奴だ。
「……(パクパク)」
「じぃぃ〜」
「……(モグモグ)」
「じぃぃぃぃぃ〜」
「……(モッサモッサ)」
「G〜G〜G〜G〜G〜!」
「うるせーなさっきから! そして懐かしいなその曲!? なんでお前が知ってんだよ!」
「いやぁ、実は最近コヨミに紹介されてハマっちゃってさ」
「知らねーよ! お前の道楽話なんてクソ程どうでもいいわ!」
「ぶ〜……だって私もそれ食べたいんだもん〜!」
「だもん〜、じゃねぇよ! 可愛くねぇんだよ! いい歳こいて恥ずかしくねぇのか!」
「美味しい味覚を求めることにプライドなんて私には必要ないよ!」
「裏リースの時には絶対言わない台詞だなそれ……」
これじゃ我が儘な幼児の世話をしている気分だ。ったく、どんな教育を受けてきたんだかこいつは。
「ったく……ほら」
諦めが付いて溜め息を吐き出し、食べ掛けのショコラパフェをリースに差し出した。
「え? 良いの!?」
「やらなかったら永遠に駄々捏ねるだろお前。もうやるから、これ食ったら大人しくしてろよ」
「おー! 師匠ってば太っ腹〜! なんだかんだで優しいところあるよね師匠って!」
野郎……都合良い時に限って都合良いこと言いやがって。いっそ張り倒してやろうか今ここで。
「じゃ、はい」
「あァ? 何だよ?」
「師匠が食べさせて〜」
「なんで執拗に甘えて来るんだよ今日のお前……」
「いいじゃん別に、減るものでもないし!」
「はいはい分かったから。そのまま口開けてろよ」
「え? ちょ、ちょっと旦那様……?」
スプーンに一口分ショコラパフェを掬い取り、大きく口を開けるリースの口の中に入れた。
「むぐむぐ……ん〜、さっきのステーキの味がチョコの甘みで上書きされる〜。見た目は地味なのに美味しいねこれ」
「当然だ。パフェは王道こそが最も美味なんだよ。困ったら原点に戻れってよく言う……ミコさん?」
リースに気を取られ過ぎたせいで、ミコさんの様子を注視していなかった。ミコさんは美味しそうにショコラパフェを頬張るリースを見て、唖然としながら口を大きく開いていた。
「……ズルいですリースさん」
「ん? どうしたのミコ? どーも君みたいな顔になってるよ?」
「また懐かしいマスコットキャラ名を……今の若者に伝わるのかそれ」
「そんなことはどうでもいいんです!」
バンッと思わずテーブルを叩くミコさん。すると今度はハッとなった顔になり、しょぼんと肩を落として落ち込んでしまう。
「す、すみません……取り乱しました……」
「……あっ、なるほど。そういうことだったんだねミコ。うんうん、私は分かったよ」
「え? 分かったって……べ、別に私はそういうわけじゃ――」
「はい、あーんして」
ミコさんの意図を勝手に察知し、俺のスプーンを取って一口分のショコラパフェを掬い取る。そして、それをミコさんの口元に差し出した。
「ほら、口開けて。ミコもこれ食べたかったんだよね?」
「…………」
おぉ……とうとうミコさんも本性を見せ始めた。ようやくリースのウザさを理解したのか、こめかみ辺りにコメディアンな怒印が見える。
「……空気を読んで欲しいですリースさん」
「空気? 空気は読むものじゃなくて吸うものでしょ? 何言ってるのミコ?」
バリィッ!
うぉっ!? スプーンごといったぁ!? 見掛けによらず頑丈な歯をお持ちのようで!?
チョコを食べる音と共に、金属を噛み締める痛々しい音も聞こえてきて、見るからに苛立っているご様子のミコさん。ヤケクソ気味にスプーンの残骸ごと全部呑み込んでしまった。
だが、今の行為は余程の強がりだったようで、後にミコさんの口から血が溢れ出てきた。シュールだ。シュール過ぎるよこの光景。
「えっと……ミコ?」
「フフフッ……それじゃ今度は私の番ですね。ほら、口を開けてくださいリースさん」
そう言って穏やかに笑ってみせるミコさんだが、目が明らかに笑っていない。しかもリースに食べさせようとしてるパフェだが、器ごと食べさせようとしている。
「え? ちょ、ちょっとミコ? 流石にそれ単体は一度に食べられない――」
「口を開けてくださいリースさん」
「い、いやだからパフェ一個丸々は口に入らなくて――」
「口を開けてください」
出た、ミコさんの頑な言葉責め。あれから逃れる術は現時点で何一つ解明されてはいない。終わったなリースよ。これもお前自身が招いた自業自得の結果だ。
「む、無理無理無理だって! ほら見てこの小さな口! その小さく付いてるアイスの一つすら丸呑みできない華奢な口――」
「はい、あ〜〜〜ん!!」
「ぶほぉ!?」
自分の口の小ささを主張するため、不意に口を開いたのが仇となり、ミコさんはその隙を逃さずにリースの顔に惑星パフェごと叩き込んだ。
顔面ごとアイスをくらったリースは一口も食らうことなく痙攣を起こし、そのまま意識を失っていった。
「……すみません旦那様。勢い余ってやってしまいました」
「いや、無理もないよミコさん。俺も我慢の限度をとっくの昔に超えてたし」
「そうですか。それじゃお勘定はここに置いてもう行きましょうか」
「そうだな、それが良い。それが今の俺達における最善解だ」
哀れリースよ。この機会に自分の行いを見つめ直し、何がミコさんの逆鱗に触れたのか思い返すといい。
そうして、俺とミコさんは気絶したリースを放置し、そそくさとファミレスを出てデパートへと向かった。
〜※〜
「散々でしたね……まだ序盤なのに疲れ切ってしまいました私……」
「同じく。全く、とんだ厄災だったぞ」
だがしかし……だ。結果的に現状は良い方向へと進んでくれた。リースがいなくなった今、今度こそ俺達は二人きりになることができたんだ!
やった、やったぞ! 今日はもう無理だと思っていたのに、奇跡的な展開でミコさんと二人きりになることができたぞ! これは俺の日頃の行いが影響したんだなきっと! 流石は俺! 今まで苦労してきた甲斐があったというもんだ!
「えーと……ミコさん、さっきのことなんだけど……」
「あっ、いえ、気にしないでください。旦那様は何も悪くないですから。そう……悪いのはリースさん……リースさんなんです……」
「う、うん……そだね」
余程ミコさんの恨みを買ってしまったようで、ミコさんによるリースの見方が変わったように見えた。黒いミコさんとか見たくなかったんだけどなぁ……。
「ですが、最終的には結果オーライです! こうしてまた二人だけになることができたんですし、前向きに行きましょう!」
「そうだね! ミコさんの言う通りだ! 今度は知人に出会さないよう、細心の注意を計らいつつデートを――」
「おぉ二人共。こんなところで奇遇じゃな」
「「…………はぃ?」」
デパートの日用品店へとやって来た俺達。だが、そこには既に刺客が先回りしていた。
「……偶然」
しかも、今度は二人付き。仲が良いのか悪いのか分からない、コヨミ&ヒナのアンハッピーセットだった。




