ドキドキデート開……始……
前回の結果を言うと、だ。結局俺は一睡も出来ぬまま、朝を迎えることとなった。
眠気と根性は水と油。どれだけ気合を入れて根強く目を瞑ったところで、一向に眠気は俺を襲ってくれなかった。今日ほど睡魔を憎んだ日はないと断言できるであろう。お陰様で俺の目はしょぼしょぼ状態だ。
一応はデートということなので、最寄りの駅で待ち合わせという形になっていて、俺は余裕を持って一時間前に着くようにこの場所へと辿り着いた。楽しみ過ぎていても立ってもいられなかったからこその行動力だ。我ながら単純な男よ。
だってしょうがないじゃないか。あのミコさんとデートなんだぜ? 二人きりでお買い物ランデブーだぜ? あのヒステリックお笑い将軍もいなければ、カオス・ザ・ゴミカスゴッド白髪もいない。いるのは空から降ってきた堕天の女神様一人だけ。
これまで俺は野郎共に塗れて損ばかりの道を辿ってきた。しかし、今日という今日は違う!
俺は今日、生まれ変わるんだ。非モテから卒業……いや、卒業できなくても良いから、今一度可愛い女の子と戯れる一時を得て、男を磨きに磨くんだ! それはもう、磨き過ぎて太陽光を浴びた瞬間に辺り一帯を光で包み込む宝玉のように!
……とは言え、流石に一時間前に来るのは早過ぎた。しかも今になって異常に眠気が襲って来やがるし、大丈夫なんだろうか俺。
「――――えいっ」
駅近くのベンチに座って惚けること数分。背後から誰かの声が聞こえてきたと思いきや、突如俺の視界が暗闇に包まれた。
しかし、不安という感情は一切湧き上がってはこなかった。何故なら、暗闇と同時にほんわかした温もりが目を覆ってくれたから。
「だーれだ?」
ふっ……全く、お茶目なことをしてきやがるぜ。上手いこと声まで変えて来ちゃって、なんて可愛い人なんだ。
まだ待ち合わせまでは時間があるというのに、彼女もこんな早くに来てくれるなんて……嬉しい! 嬉しさ余りに俺は青空に天高く羽ばたける自信すらあるぜ!
期待、夢、希望、ほんの少しの下心、その他諸々を胸に抱き、俺は満面の笑顔を浮かべてその手を解き、後ろを振り向いた。
「おはよー師匠。こんなところで何してるの?」
その正体は、能天気な笑顔を浮かべる表リースだった。
「おっぼほぉっ!?」
そして気付けば、俺は無意識の内にリースの脇腹に蹴りを入れていた。
「あばっ……み、鳩尾入った……し、死ぬ……」
「そうか。ならさっさと散れ、とっとと散れ、素粒子分解してこの世から微塵となって消え失せろ」
なんでじゃぁぁぁ!! なんでこんなところに貧弱スペ○ンカー将軍がいるんじゃぁ!! なんつータイミングで現れやがるんじゃこのクソ虫がぁ!!
「な、なんでそんなに怒ってるの? もしかして今のが気に障ったの? でもだからって蹴ることないじゃんかぁ……」
「黙れスペ◯ンカー。これ以上痛い目に遭いたくなかったら、俺の殺気が爆発しない内にここから失せろ」
「そんな冷たいこと言わないでよー。朝練に付き合ってもらおうと思って師匠の家に行ったのに、物抜けの空だったからさ。だから町内を探し回って走って、昼になってようやく師匠を発見できたんだもん。どう? 結構持久力ついたでしょ私」
両腰に手を当ててドヤ顔を浮かべるリース。その顔を骨が砕けるまで粉々に殴り潰してやろうという気になる。
「はいはいそりゃ良かったね。もう分かったからとっとと失せろ」
「まぁまぁ師匠。ここで会ったのも何かの縁だし、どっかの店に行って美味しいものでも食べてこようよ。私お金ないから師匠の奢りになっちゃうけど、それくらい別に良いよね?」
「頼む、これ以上俺の良心を黒く染めさせないでくれ。お前もまだ死にたくはないだろ?」
「そうだね。餓死なんて真っ平御免だし、お腹が減って動けなくなる前にササッと行こう! ちなみに今はハンバーグが食べたい気分です!」
テメェの食べたい物なんて知るかぁ!! んの野郎、もう我慢できねぇ!! 人目のつかないところに連れてって、暫く動けない程度にその脆い身体を引き裂いて――
「旦那様〜! お待たせしました〜!」
「覚悟しろよリース。お前に今から一生物のトラウマを植え付けて……ミ、ミコさん!?」
「あれ? リースさん? なんでこんなところにいるんですか?」
この手を血に染めようと決心した瞬間、覚束無い走り方でミコさんが慌ててやって来た。
そして俺は、ミコさんのその姿を見て絶句した。
いつものエプロン姿ではなく、ちゃんとお洒落した私服姿。白のトップスの上から桃色のカーディガンを着て、フリルのついた黄緑色のミニスカートを履き、黒のパンプスを履いている。
髪型もいつものストレートロングヘアーではなく、後ろで髪を二つに束ねてカントリースタイルのツインテールにしている。そりゃもう見るもの全てが新鮮だ。
そして、それ以上に――
「……天女や」
「天……? な、なんですか?」
この絶世の美女がミコさんだってのか? 嘘だろ? 今まで見ていた家庭的なミコさんで既にハイレベルなのに、更にお洒落することによってこうも変わるもんなのか? 本気で天女が舞い降りてきたと錯覚してしまったじゃないか。
美し過ぎる。こんな美女様と日頃日常生活を送っていただなんて、今思うと信じられない。ありがとう神様! ありがとう運命の女神! 彼女との出会いに俺は一生感謝することを誓おう!
にしても……本当にこの人は似ている。性格は全く違う“あいつ“と。
……って、止めろ止めろ。こんな時にしんみりと思い出してんじゃねーよ馬鹿。今はミコさんのことだけを考えろっての。
それと、この鬱陶しくて仕方ない馬鹿のことも。
「うひゃあ、雰囲気が全然違うねミコ。というかさ、尻尾と耳は何処にいっちゃったの?」
「ん? そ、そういえばそうだ! 一体どうしちゃったのミコさん!?」
魅力溢れる美貌に見惚れてたせいで、その事実に全く気付いていなかった。確かに、今のミコさんにはトレードマークである耳と尻尾が無くなっている。つまり、今のミコさんの外見は完全に人間のそれだ。
するとミコさんは、待ってましたと言わんばかりにウキウキと目を光らせ出した。
「そう! それなんですよお二人共! 実は以前にコヨミさんに頼んでいたお品があったんですが、ようやくそれが手に入ったんです!」
そう言うとミコさんは、肩に掛けている小さなバッグから小さな瓶詰めを取り出した。見たところ沢山の錠剤が入っているようだが……。
「何それ? もしかして闇市で取引されてる危ない薬……」
「いや違いますよ! これはですね、異星人の特徴を一時的にオフにすることができる薬なんです。確か名前は、ヒューマノイドとコヨミさんが言っていました」
「へぇ〜、そんな便利な薬があるんだね。でもなんで急にそんな物を買ったの?」
「え? それはその……ほ、ほら! 私っていつも外出する時はロングスカートに猫耳帽子を付けないと駄目だったじゃないですか! それだとお洒落にも制限が掛けられてしまいますし、つまりはそういうことです」
「なるほど。私には全く興味がない話なわけだ」
「聞いといてそれなのかよ。一応お前も女の子なんだから、もっとお洒落に気遣えよ」
「基本半袖パーカー姿の師匠に言われても説得力に欠けるなぁ……。今だって半袖パーカー姿だし」
「うるせーよ! 好きなんだからほっとけ! つーかお前はそろそろ消えろ! マジで消え失せろ!」
これからミコさんと楽しい楽しいお買い物デートが待ってんだ! こんなつまらんところで出鼻を挫かれてたまるかってんだ!
「そう言えばさっきも聞いたんですが、リースさんはここで何をしていたんですか?」
「私は師匠を探して走ってたの。そしてついさっき見付けて、これからお昼を食べに行こうとしてたってわけ」
「え? お昼ですか? そういえばリースさん、昼食を食べる場にいませんでしたね」
「そゆこと。よかったらミコも一緒にどう? 師匠が全部奢ってくれるって言うからさ」
「んなこと一言も言った覚えはねぇよ!」
こいつガチで邪魔過ぎる! こんなに誰かを邪魔だと思ったことなんて一度もなかった! しかもいつにも増してウザさが強調されてやがる! しかも昼食食べたっつってんのに、「一緒にどう?」じゃねぇだろーが!
「え、えーと……」
困った顔で俺に助けを求めてくるミコさん。ここで人肌脱がなければ男じゃねぇぜ!
しょうがない。手段は選んでいられないし、手痛い出費だが、ここはこの手を使わせてもらおう。
ズボンのポケットから財布を取り出し、千円札を一枚リースに差し出した。
「おら、これやるからお前は何処ぞの店へと行ってこい。あんまり世話かけさせんじゃねーよ」
「……なーんか怪しいなぁ」
しかし思い通りに事は運ばず、お金を受け取らずにリースは渋い顔をしてみせた。
「あァ? 何がだよ?」
「だってさ。今日の師匠は露骨に私を遠ざけようとしてるでしょ? ミコがお洒落してやって来たのも引っ掛かるし」
こういう時に限って鋭くなりやがって。お前は家に帰ってヒナかコヨミとカートレースゲームでもやってりゃいいんだよ。
「別に俺がお前を遠ざけるのは普通のことだろ。ミコさんもミコさんで、さっきお洒落したかったからと言ってたろ。何もおかしなことなんてねーよ」
「でも二人ってここで待ち合わせしてたみたいだよね? ミコも『お待たせしました〜!』とか言ってたし」
微かに肩を跳ねさせ、指で口を摘むミコさん。失言だったと今更ながらに後悔しているようだ。
俺は俺で嫌な汗が滲み出てきた。くそっ、なんでこんな日に限ってこんなしつこいんだこいつは!
「まさかとは思うけど二人共……」
ゴクリと固唾を飲み込む俺達。絶対バレたくなかったのに、流石に誤魔化し切れな――
「皆には内緒にして、二人だけで美味しい物を食べに行くつもりだったんでしょ!」
「「…………」」
馬鹿で良かった! こいつが正真正銘の馬鹿将軍で良かった! 今日ばかりはこの馬鹿さ加減に救われた!
「でもそうはいかないよ! 抜け駆けしよう等という卑劣な魂胆、看破された今となっては全てが無意味! 何を言われようと私も付いてくからね!」
いや駄目だった! 馬鹿過ぎるせいで退けるどころか、地獄の底まで付いてくるとか言われちまった!
「……そうですね。それじゃ今日は三人で行動しましょうか」
「ミコさんっ!?」
リースの破天荒ぶりに目を当てられ、苦笑しながらそんなことを言い出した。
俺はリースに背を向け、ミコさんの耳に向けてひっそりと話す。
(良いのミコさん!? 折角二人で行く手筈だったのに!)
(仕方無いですよ。あんなに楽しみにしてるんですから、ここで強く断っちゃったらリースさんが可哀想です。旦那様には申し訳ないと思いますが、今日のところはリースさんも連れてってあげましょうよ)
(うぐっ……ミコさんがそう言うなら……)
ミコさん。貴女は少しその優しさを自重するべきだ。それで損することなんてた〜くさんあるというのに、何でもかんでも許しちゃったらそれこそ女神じゃないか! 良い性格し過ぎてるぜ!
そんな彼女とは対称的にこいつは……覚えてろよこの野郎。この恨みはいつか晴らさせてもらうからな。二度と威勢良くできなくなるような死に目に合わせてやる。絶対の絶対にだかんな。
「それじゃ、行きましょうか。まずは美味しいデザートから食べに行きますか?」
「なるほど、デザートという物もあるもんね。でも私はハンバーグが食べたい気分なんだよなぁ」
「それならどちらも取り揃えてあるファミレスに行きましょうか。旦那様、それからデパートに行くという流れで宜しいですか?」
「え? あ、うん……そッスね……」
あんなに楽しみにしてた今日のデートだったのに……ようやく願いが叶うと思ったミコさんとのデート……それがこんな……こんな……これで元気なんて出るはずもないじゃないか……。
旅行や遠足というイベントは行く前が一番楽しいと聞くが、確かにその通りだった。なんて皮肉な話なんだろう。そんな事実を目の当たりにした今でも認めたくないぞ俺は!
(……旦那様)
底辺までテンションが下がって項垂れる俺を見て、ミコさんがひっそりと話し掛けて来た。
(旦那様が良ければですが、また今度機会を作りましょうよ。次はちゃんと計画を立てて、皆さんに内緒にして……ね?)
そうしてニッコリと微笑む天女が一人。その優しさと可愛さに面食らって思わず涙が出てしまう。無論、その問い掛けには首を縦に振った。
(それにしても、そんなに楽しみにしていてくれたんですね旦那様)
(当然だ。俺の人生において、今日以上に楽しみにしていた日は存在しなかったよ。いやホントマジで……)
(そう……ですか。そう思って頂けると、私も凄く嬉しいです)
あーもう可愛いなぁ!! 純粋なその笑みが俺のメモリーに幾度と無く刻まれていっちゃうぜ! 一生手放さないこの思い出!
「ちょいちょい二人共、何ひそひそ話してるさ。私も混ぜてよ師匠〜」
「お前はそのウザすぎる口を一生閉ざしてろ。そしてミコさんの寛大すぎる慈悲に感謝し、その思いを胸に今ここで爆ぜろ」
「ごめん師匠、ちょっと何言ってるか分かんないよ」
「テメェェェ!!」
こうして、思わぬ妨害が混じったところで、俺達三人によるお出掛けタイムが幕を開くこととなった。




