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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
六話 ~新たな生活と思わぬデート~
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思い出した願いをお一つ

 豆腐は……切ったな。ネギを含めたその他諸々も……切ったな。後は炒めてこのタレを入れるだけ。うんうん、最近の料理は単純で実に素晴らしい。


 ミコさんが来てからというもの、まともに料理をしたことが殆どなかったし、ミーナが定めた規則も捨てたもんじゃないのかもな。むしろ、規則のお陰で日常が大分平和になった気すらするくらいだ。


 つい最近設立した規則だが、『料理を当番制にする』というのは当たりだったみたいで、サボって腕が鈍っていた料理スキルを多少取り戻すことができた。元々“一部を除いて”簡単な物しか作れないが、これくらいはできるようにしとかないとな。いやはや、ミーナ様々だなこの頃は。


「ほぅ、これくらいの料理は貴様もできたのだな。ミリ単位で関心したぞ愚人」


「まぁな。味はミコさんやお前に劣るだろうけど、十分食べれる味ではあるから文句ないだろ」


 キッチンで一人調理をしている中、何故か俺の家に遊びに来ているリースが顔を出して来た。そういや料理が当番制になったということは、リースのあの究極錬金料理がまた食べられるということか。また楽しみが一つ増えたな。


「麻婆豆腐か……それは良いが、他におかずはないのか? 食事の栄養バランスは真面目に考えなければいかんぞ」


「お、おう。後は適当に野菜炒めを作る予定だけど、それで問題はないよな?」


「ふんっ、栄養バランスと聞けばすぐに野菜を追加する辺り、貴様はただ野菜を食べていれば健康的だと思っているようだな。単純な奴め。料理を舐めるなよ貴様」


 相変わらず料理には厳しいリース。ミコさん一人が担当してた頃、実は料理メニューについて何かとチェックしていた。それもあって、今まで健康的な食事を取れていたのはリースのお陰だったりする。


 と言っても、端から見たらその時のリースは嫁に厳しく当たる姑並みにウザく、時折ミコさんが珍しくも愚痴を漏らしていたのは俺しか知らない話。


「んじゃどーすりゃ良いんだよ。野菜の他に何を用意しろってんだ」


「うむ、取り敢えず肉を焼け。私は今、肉を食べたい気分だ」


「それお前個人の願望だろーが! それに肉は昨日の料理で使い切ってるから用意できねーっつの」


「ふんっ、気の利かない奴だ。だったら食後のデザートの一つや二つ用意したらどうだ」


「さりげなく要求もするんじゃない! でもまぁ、デザートってのはアリかもな。材料が限られてるから、簡単なものなら用意してやるよ」


「良い心掛けだ。その調子で私の胃を満たすために尽力するがいい」


 それだけ言い残し、結局何しに来たのか分からないままリースは去って行った。ったく、規則のお陰で少しは大人しくなったものの、あの暴君振りは改善される余地無しだな。


 さて、リースの要求を聞くわけじゃないが、野菜炒めを作った後に簡単なデザートも作っておこう。はてさて何が良いか……。


「旦那様〜、いらっしゃいますでしょうか〜?」


 デザートメニューを模索していると、玄関が空いてミコさんが中に入って来た。前に言っておいた通り、ちゃんとノックした後で勝手に入ってくるようになってくれたようだ。


「はいはい、旦那様はここにいらっしゃいますよ」


「あっ、旦那様。お料理してる途中でし……たか……」


 ひょっこりと顔を出した後に姿を晒すと、何故か俺の姿を見て赤くなるミコさん。


「どうしたミコさん。先に言っておくが、俺は裸エプロンをする要素を持ち合わせてないからね?」


「は、はい、それは分かっていますけど……その……に、似合ってるなぁと思いまして……」


 なんてことはない、ただの上下黒ジャージに、上からエプロンを身に付けているだけの格好。それなのにエプロン姿が似合ってると言われても、正直ピンと来ない。


 ただ、相手がミコさんだからか、照れてしまう俺がいるのもまた事実だ。目を合わせられずに視線を逸らし、自然と指先で頬を掻いてしまう。


「べ、別に似合ってないって。そんなことより俺に何か用で来たの?」


「あっ、そ、そうでしたそうでした! 買い出しに行った先で偶然お母様に会いまして、これを頂いたんです」


 そう言いながらミコさんが差し出して来たのは、長箱に入った様々な種類が入っているドーナツのセットだった。


 野生の勘で何を感じてか、気付けば俺の表情は強張っていた。


「あ〜……あのさミコさん。これ受け取る時に沙羅さんなんか言ってなかった?」


「えーとですね……このクリームがたっぷり付いたドーナツは、是非旦那様に食べて貰いたいと言っていました。なのでこれは旦那様に――」


 指定されたドーナツをひょいと手に取り、どっかの馬鹿に改造された回転床があるリビングに移動する。


 足で回転床を開き、真下の部屋に住んでいるこれを作った張本人を呼び出す。


「おいコヨミ、いるならちょっと顔出せ」


「うん? 珍しいのぅ、にーちゃんからお誘いとは」


 どうやら暇潰しに携帯ゲームで遊んでいたようで、まんまと誘き出されて顔を出してきた。


「なんじゃなんじゃ? エロい話じゃったら、ワシが取っておきの官能小説ネタを披露してやるぞぃ」


「んなことはいい。それより口を大きく開け」


「うん? こうかのぅ?」


 言われるがままに口をあんぐりと開くコヨミ。


「ほらよ」


「むぐっ?」


 押し込まず、咥えさせるようにドーナツを食わせる。何の疑いも持たずにモゴモゴと口を動かすコヨミは、そのドーナツの味に満足して朗らかな表情になった。


「ほぅほぅ、これはまた美味なお菓子じゃのぅ。まだあるならもっと食べたいんじゃが」


「欲張るんじゃねーよ。もう無いから部屋戻れ」


「ちぇー、ケチんぼじゃのぅ。じゃあお土産としてワシの官能小説のネタを一つ披露してから――」


「んなネタ求めてねぇ! 引っ込め卑猥神!」


 脳天に思い切り足裏を押し付け、モグラ叩きのモグラの如くコヨミの頭は引っ込んだ。ったく、調子に乗るとすぐこれだあいつは。


「良いんですか旦那様? お母様が折角オススメしてくれていた物でしたのに」


「……あのねミコさん」


 この人は未だあの人の本性を分かっていないようだ。今後こういうことが起こらないためにも、ここはしっかりと注意しておくべきと踏んだ。


「あの人はね、正真正銘の病的子供馬鹿なんだ。更に言うと、俺限定にするとあの人は何をしてきてもおかしくない母親(ばけもの)なんだ。つまり何を言いたいのかを言うと――」


「L・O・V・E・さ・あ・たん!! L・O・V・E・さ・あ・たん!! フォオオオオオ!!」


 真下から奇声のような叫び声が聞こえてきた。他の誰でもない、さっきのドーナツを食べた馬鹿の声だ。


「俺に繋がるあの人からの貰い物は金輪際貰わないこと。理解した?」


「は、はい……分かりました。でも結局何が盛られてたんでしょうねあれ」


「知らん。つか知りたくもない」


 とうとう息子を洗脳という手段で魔の手を仕掛けて来たか。今後は更に細心の注意をしておかないとな。でなければ、俺に正常な明日は二度とやってはこないだろうから。


 やれやれ、すっかり興醒めしてしまった。こんな気分でデザートを作れとかハードル高いわ。


「ハァ……面倒だからもうプレーンクッキーでも焼けばいいや……」


「料理の方はもう宜しいんですか? メニューが麻婆豆腐しかないようですが」


「うっ、そういや野菜炒めもまだだったか。あ〜、面倒臭ぇな畜生〜」


「旦那様、宜しければ私がお作り致しますよ?」


 ミコさんならそう言ってくると思っていた。でもそれだと、当番制という規則のルールの意味が無くなってしまう。何でもミコさんに甘えては駄目だ駄目。


「気持ちは嬉しいけど、何でもかんでもミコさん任せにしていたら駄目でしょ。面倒臭くても今日は俺の仕事だし、責務は果たさないと」


「そう……ですか」


 見るからに落ち込んだ様子でしょぼくれるミコさん。もしかしたらだけど、自分の生き甲斐である家事の仕事を奪われて思うところがあるのかもしれない。クリーナー星人は家事に長けた種族だと言っていたし、ミコさんにとっては当番制はあまり嬉しくないのかも。


 何でも頼るのは駄目だが……自ら望んで家事をしたいようだし、ここは俺が折れておこう。


「あ〜……じゃあやっぱり野菜炒めだけでもお願いしようかな。俺は細々とクッキー作るから」


「あっ……はい! 任せてください!」


 これまた分かりやすく喜びの笑顔を浮かべる。相変わらず喜怒哀楽がはっきりしてる人だなぁ。感情豊かなのは良きことかな。


 それからミコさんは手慣れた所作でテキパキと行動し始め、俺も一通りの材料を用意してクッキーの生地を捏ね繰り回す。このクチャクチャした感じは正直好ましくないけど、形を作る時は楽しいんだよなこれって。


「……そういえばなんですけど旦那様」


 フライパンを片手に野菜を炒めている最中、ふとミコさんが呟くように呼んできた。横顔を覗いてみると、また顔が赤くなっている。今更だけど赤面症なのかなこの人?


「どしたぃ藪から棒に?」


「えっと、今日お母様と出会った時に実は思い出したことが一つありまして。旦那様は夜神孤児院で起こったあの騒動のことを覚えてますか?」


 夜神孤児院での騒動というと、あのキモオタ集団による沙羅さん争奪戦のことか。忘れるわけない魔の一日。俺は聡明に覚えている。


「はいはい覚えてるよ。で、それがどうかした?」


「えぇ、それなんですけど……その時、私が百マス計算で一勝した時のことは覚えてますか?」


「うんうん、確か予想外の暗算力を発揮して圧勝してたよね。あれには俺も舌を巻いてたっけなぁ。で、それが何?」


「は、はい。えっと……その勝負の時だったんですけど、もし私が勝ったら旦那様が何でも一つ望みを叶えてくれるという約束をしたんですけど、それは覚えていますか?」


「……ワッツ?」


 一瞬耳を疑ってしまったが、冷静に振り返ってあの時のことを思い出してみる。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


『ミコ~! もし勝負に勝ったら、やっさんが何でも好きな望みを一つ叶えてくれるって言ってるわよ~!』


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 あぁ、確かにそんなことを言っていた。俺じゃなくてミーナがだけど。俺本人に許可を取らずに言いやがったことだけど。


「やっぱり覚えてませんよね。すみません変な話を持ち掛けて」


「……いや、覚えてるよ。その言葉がトリガーになったのかは知らないけど、ミコさんが珍しく覚醒してたし。むしろ忘れる方が難しいと思うよ」


「そ、そうでしたか。それで何ですけど……実は一つお願いがありまして、丁度良い機会なのでその時のお願い券を今使っても宜しいでしょうか?」


「別に良いけど、俺も一応人の子だから無理はあるからね? 死んでくださいとかだったら、この世に未練残しまくりながら死ぬことはできるけども」


「悲観的過ぎますよその考え方! 言いませんよそんな物騒なこと!」


「あっ、そう? ならお願い券関係無しに全然構わないけど……」


 お願い券を使う程なのだから、余程のことなのだろう。人肉使った料理をしてみたいから食材になってほしい、とか? それとも今後一切口を聞かないでという拒み? はたまたフェイントからの死んでください的な?


 ミコさんの言う通り、なんで俺はこんなに悲観的になってるんだ? やっぱり疲れてるのかな俺……。


「で、そのお願いとは?」


「…………その」


 口をモゴモゴと動かすだけで内容を言おうとしない。そこまで言い辛いことなのだろうか。やだなぁおい、強ち間違いじゃない回答が出てきそうで怖くなってきたぞ。


 それからしばしの間沈黙が流れ、言う決心がついたのか、炒め終わった野菜炒めを皿に盛り付けた後、俺を真正面にして振り返った。


「実は今度の日曜日にデパートで日用品の安売りセールがあるんですけど、もし旦那様に予定がないのなら一緒に行きませんか? その……二人で……」


 なんですと? 最後の付け足しを俺は聞き逃さなかったぞ。


「二人で」と確かに言った。聞き間違いでもない、幻聴でもない、「二人で」次の日曜日にデパートに行きませんかと間違いなく言った。即ちそれは、デートのお誘いを申し出てきたということ。


 やばい、テンション狂って発狂しそうだ! でも顔には出すなよ俺! 今は冷静に最重要任務を成し遂げるんだ!


「俺は休日全然空いてる超絶暇人槍でもなんでも降ってこいよ、ですが?」


「は、はぁ。つまり空いてるってことで解釈して良いんですか?」


「あ、はい。そういうことです」


 顔じゃなくて言葉に異常が発生してしまった。落ち着け俺、ここで逃したらもう二度とチャンスはやってこないぞ。逃した魚は大きい、なんていう後悔は残したくないからな。


「それじゃ今度の日曜日は、最寄りの駅前に一時集合で宜しいですか?」


「え? 待ち合わ……いや、分かった。しかと記憶に刻んでおくよ」


 危ない危ない、野暮なことを聞くところだった。ミコさんも意識してくれているのか、これは間違いなくデートだ。デートと言えば、待ち合わせをして会うのが始まりの合図みたいなものだしな。


「っ〜〜〜……そ、それでは日曜日に宜しくお願いしますね旦那様。それじゃ私は皆さんを呼んで来ますので」


 ミコさんは真っ赤な顔で口元を手の平で隠し、規則の一つである『夕食は皆で食べる』のために皆を呼びに出て行った。


 ……よし。


「「フォオオオオオ!!」」


 偶然下にいるコヨミとシャウトが重なり、この後浮かれた気分のままミーナから説教を受けたのは言うまでもない話である。

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