アルラウネ観察日記『四日目』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
◯月☆日
昨日、リースとミーナが同盟を組んで、なんとかラウネを説得しようとしたけど、何もかも空回りして、物理的に痛い目を見るだけだった。にぃに曰く、ミーナはかなり腕が立つ人らしいけど、ラウネの巧みな根っこ使いには手も足も出ていなかった。
肉弾戦じゃ敵わない……というのが問題だった。けど、今日はまた違った方向性でラウネが成長してしまった。
大人になるにつれて、女の人はよく口が回るようになると実感した気がする……。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜※〜
ラウネが反抗期により不良化した昨日、リースとミーナは珍しく協力し合い、ラウネをまともな生体植物にするため説得を応じた。
しかし、それは呆気なく失敗に終わっていた。その主な原因は、ラウネの悪口に耐え兼ねたミーナが暴力で訴えようとしたから。そして、不良化したラウネも短気になっていたため、昨日の家内は女達による戦場と化した。
止むを得ずに止めようとした。だが、聞く耳を持たない二人の短気娘は、仲裁に入ろうとした俺に八つ当たりするかのように拳と根っこを叩き込んできて、俺は一日中場外にて倒れながら泣いていた。
後に続いてリースも止めに入ろうとしたのだが、俺の二の舞となって吹き飛ばされ、宙を舞った後に庭に落下し、やはり泣いていた。
やがて家内はミーナの怒号、ラウネの奇声、コヨミの断末魔、戦いを盛り上げるドラム音(演奏者はヒナ)しか聞こえなくなり、ようやく落ち着いたのは空が真っ暗になった頃だった。
お陰でリビングは完全崩壊。テレビの液晶画面や窓ガラスは割れ、イス、テーブル、ソファーは見る影無し。食器類、調理道具も何故か殆どが壊滅。俺よりも、ミコさんの立場からして厄災以外の何者でもなかった。
ウニ助の介抱のお陰あって、無事に目が覚めたミコさんだったが、その惨劇の光景を見て絶句し、後に事の元凶であるミーナに説教していた。「ラウネも悪いのよ!」と言い訳しようとするミーナだったが、貴重な調理器具の壊滅はミコさんの逆鱗だったらしく、ミーナは数時間重し付きの正座の刑に処されていた。
こうして昨日も乗り切れ……いや、全然乗り切れてないのだが、また一日を越すことができた。「その時の光景を具体的に見せろ」「なんで肝心なところ端折ってんだ」とかは言わないでほしい。俺的に思い出したくないことばかりだったから。
そして今日も、ラウネの成長は止まることを知らずに続いていた。
「私もネ〜、若い頃はよく周りにべっぴんさんべっぴんさんて持て囃されてたのヨ〜! 『その触手みたいな腕が可愛いね〜』なんてよく言われてたのよネ〜! オホホホホッ!」
「そ、そうなんですか〜……あははははっ……」
「……もう何があったとか聞かねぇぞ俺は」
いつもの如く寄り道せずに学校から帰宅して来てみると、あれだけ散らかっていたリビングは元通りになっていた。恐らく、俺がいない間に総動員で大掃除でもしたのだろう。
ただ、ラウネがまた予想外の変貌を遂げていた。昨日はバリッバリの現役女子高生なお年頃だったのに、完全なる四十か五十代のおばさんと変わり果てていた。いくらなんでも早過ぎだろ成長速度。
サラサラだった緑髪から始まり、昨日は金髪のロングヘアー。そして今日は緑髪に戻ったパンチパーマ。顔は明らかに老けていて、鼻の横の辺りに大きなホクロが付いている。なんで植物にホクロができるんだよ、なんて言うツッコミは入れない。もうこの家には正常な原理なんて存在しないんだろうから。
テーブル越しに座って話をしているミコさんの顔は苦い。今の今までラウネの話をずっと聞いていたんだろう。まぁ、この家でまともに話を聞けるのはミコさんくらいだろうし、しょうがないと言えばしょうがない……のか?
「……おい、お前ら」
リビング内を見通し、ソファーの影に隠れてミコさんを見守っている三人を発見。こいつら結局は常識人任せかよ。
「おぉにーちゃん、帰ったか」
「帰ったか、じゃねーよ。なんで自分らだけ隠れてやり過ごそうとしてんだコラ。特にコヨミ、お前が後方にいるのが俺的にスゲェ腹立つわ」
「しょ、しょうがないじゃろぅ。ワシは人の話を聞かずに一方的に話をしてくる者が苦手なんじゃよ」
「……そんな都合知らない……ラウネを飼い始めようとしたコヨミが悪い……責任取れゴミクズ」
「そうだぞゴミクズ。貴様はあんな厄介なものを注文しなければ、私達は穏やかで平和な暮らしを続けていられたのだ。それを貴様は……恥を知れ!」
「はっはっはっ、そんなボロクソ言っても無駄じゃぞお主ら。ワシにとってそういう罵詈雑言は全て興奮剤に転換されてしまうからのぅ。ほれ、その証拠にワシの乳首は――」
「それ以上喋ったら切り落とすぞその突起物」
今更何言ったって何かが変わるわけもない。この責任はいずれ取ってもらうとして、今はこの馬鹿よりもラウネが問題だ。
と、その前に話を聞き続けていたミコさんを救い出さねば。長話好きのババァの相手を今までずっとしてくれていたんだから。
「お、おーいミコさーん」
「へ、へぇ、そうなん――だ、旦那様!」
待ち侘びていたと言わんばかりに、パァッと表情を明るくさせたミコさんが立ち上がり、律儀にラウネババァに一礼してから俺達の方に近付いてきた。
「遅いですよ旦那様! もっと早く帰って来てくれてもいいじゃないですか!」
「あっ、いや、これでも結構早めに帰って来た方なんだけど……」
「それに皆さんも酷いですよ! なんで私一人に“アレ”の相手を押し付けるんですか! 目でサインを送ろうとしても目を背けるし!」
「は、はて、何のことかのぅ〜? ワシにはさっぱり見当が付かんのぅ〜?」
「あっ、コヨミさんには元から期待してませんので。ちなみに貴女は一週間食事抜きにするので、暫くは勝手に自炊しててください」
「……ついにミコまでもがワシを贔屓し始めるとは」
自業自得だバカヤロー。
「わ、私は元々口が上手くないからな。トークは不向きなので、話が得意そうな家事狐に任せたまでだ。他意はない! 本当だ!」
見苦しい言い訳だな。大将軍が聞いて呆れる。
「……おばさんは性格悪いから……苦手」
その気持ちは分かるが、せめて援護くらいしてやっても良かったんじゃないかぃ?
「ったく、情けねぇ奴らばっかか我がファミリーは。しゃーねぇ、ここは俺の巧みな話術で奴を黙らせ――」
「あー、それはもういい愚人。ゴミクズ同様、貴様に関しても誰も期待してないからな」
「なんでそんな冷たいこと言うんだよ! 出鼻挫くなよやる気出してんのに!」
昨日のは趣向がズレていただけの話なんだ! だが、今日の俺は一味も二味も違う! 何故なら、俺はおばさんの特徴を把握し切っているからな!
「ふぅ……いいか皆、よく聞くんだ。おばさんと言う生き物はだな? 基本四つの特徴で作られているタチ悪い女で――」
「さぁとっとと行けゴミクズ。今こそ貴様のセクハラトークが活かされる時だ」
「いやいや、ここはお主の出番じゃろぅリース将軍よ。お主が今まで積み重ねて来た武勇伝を今こそ語る時じゃ」
「……にぃに……私は聞いてるから続けて良い」
我が義妹の優しさに心打たれ、涙が出そうになる。マジで誰も期待してくれてないと思い込むところだったぞ今。
「それで旦那様、その四つの特徴と言うのは?」
「あ、うん。ざっと挙げるとすると、『人の話を聞かない』『昔は凄かったと過去の自分を頑なに自慢してくる』『アイドルや若い女優を何かとディスる』『笑い声がやかましい』と言ったところか……」
「……にぃに……おばさんに恨みでもあるの?」
「恨みと言うか何と言うか……イメージが悪いんだよ。ほら、パートのおばさんって仕事に感情を持ち運んでくるだろ? それでストレス発散のために平気で陰口叩いたりするし? 単純に言い表すと“嫌な奴”なんだよなぁ」
「は、はぁ……それで、肝心の打開策はあるんですか?」
「ふっ……なかったら見栄張ってこんなこと言いださないさ。おばさんを攻略するにはズバリ、給食のおばさん原理を使えば良い」
「……詳しく」
「うむ。これはミコさん達が来る前のことなんだけど、その時の俺は学校で学食ばかり食ってたんだよね。で、カレー食ったりラーメン食ったりする際には、それを装ってくれるおばさん達がいるわけ」
「……で?」
「俺は昼飯を多く食べたい派の人間だから、通常盛りよりもサービスして欲しくてさ。だからおばさん達に気に入られるよう、ちょいとボランティア的なことをしていたわけよ。それとご機嫌を取るために上手い口で会話してたりもしたな。その結果、俺は学食を食べる時には普通の奴らより必ず多めに装ってくれるようになった」
「……で?」
「つまり、おばさんを攻略するには、媚び売って適当に口裏合わせてりゃ良いわけだな、うん」
「「…………」」
すると、何故か二人共俺のことをじっとりとした目で見つめてきた。
「え? 何? なんかおかしなこと言った俺? やっぱ媚び売りとか駄目みたいな? 確かに俺も好きじゃないけど、おばさん相手くらいなら良いかなーって思ってたんだけど……」
「……最近のにぃにはおかしい」
「ですね。もしかしたらコヨミさんに影響を受けて毒されてきているかもしれません」
おかしい? 俺が? そんなの元からだと思ってたんだけど……いや、止めよう、自分で言ってて悲しくなる。なんだか今日は自虐ネタが多いような気がしてきた。
「あのですね旦那様。私達はただラウネさんに静かになって欲しいだけなんですよ。気に入られるとか、取り入るとか、そういう過程はいらないんです」
「……にぃには主観がズレてる……今一度原点に帰るべき……心の問題的にも」
今、遠回しに「お前はまだ子供だな」と言われたような気がしてならない。そもそも過程がいらないと言われても、急に「黙れ」と言って黙るような奴ではないのに、どうしてそんな無理難題を突き付けてくるのやら……。
「あっ、そういえば今日は高値のバッグが大安売りだったわネ。でも今から行っても間に合わないわネェ。あのババァ共がめついから、人の物取ってまで手に入れようとするし、どんだけ必死なのよって感じよネェ。あっ、そうそう必死と言えば今朝のテレビでマグロの漁業を若手芸人が体験するっていう番組があったんだけど、その芸人の身体付きが見るからに貧相で、最近の男は草食系男子っていう風に感じ良く見立てているけど、それって遠回しに『僕に力仕事を求めないでください』って言ってるようなものじゃない? なのにそういう番組に出るって、自分の生活が厳しいくらい売れてないという証拠になるわけで――」
「……何か言ってやれコヨミ」
「こんなマシンガントークの最中に話を聞いてくれると思うか? ワシは思わん」
「くっ……なんてどうでもいい話なんだ……」
いつの間にかリースとコヨミがラウネの長話の餌食になっていた。描写をボカしていたとしても、やはり奴は大人しくはなってくれないらしい。
顔色の悪い二人を遠くから見つめていると、不意にミコさんがハッとなって掌に握り拳を乗っけた。
「……あっ、そう言えば今日は買い出しの日でしたね。そういうわけなので私は失礼して――」
「まぁ待ちたまえお狐さん。別に買い出しは後でも宜しいだろう?」
「……私達は一心同体……よって分離は絶対不可」
「うぅ! 離してください二人共! もう嫌なんです需要のない無駄話を聞くのは! 普段は良いかもしれませんけど、今日ばかりは本当に嫌なんです!」
「落ち着きなさいお狐さん。実はラウネを黙らせる最終手段が残ってるから、今こそそれを使う時だ」
「でもそれって焼却処理のことですよね?」
「いや、それとはまた別のやつだ」
「そんな秘策があるならなんで最初から使わなかったんですか!」
「あー、いやー、そろそろオチの時間なんだけど、この秘策はオチ的に地味なものだからどうしようかと迷ってたもんで。ちなみに、最初に使わなかった理由は特にないです」
か弱い力で頭を小突かれた。珍しく暴力を振るとは、最近のミコさんはストレス溜まってんだなぁ……。
「……で……その秘策とは何?」
「まぁ見ててくれ。すぐにケリはつくから」
そうして二人を置き去りにして、俺はラウネの方に近付いて傍らの方に立った。
「ん? あら貴方じゃなイ。ちょっと聞いてよ、この間の話なんだけど――」
「ラウネ、これやるよ」
「んん? あらあらこれは……」
そこで俺が差し出したのは、何時ぞやに雑誌コーナーにて気まぐれで購入した、クロスワードパズルだ。
「はい、鉛筆も」
「ふむふむ、どれどれ〜……」
すると、クロスワードパズルの雑誌と鉛筆を受け取ったラウネは、何処ぞから眼鏡を取り出して雑誌に目を通し始めた。
やがて、ぶつぶつと呟いていた声が鉛筆の音に変わり、ラウネは一向に大人しくなった。
「き、貴様そんな秘策があったのか。何故もっと早くに――」
「同じことを聞くな馬鹿」
やはりオチが地味だが、今日のところは勘弁してもらおう。異論は認めない。




