アルラウネ観察日記『三日目』
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◯月◯日 月曜日
私はまだ子供だから人のことは言えないけど、育て方一つであんなにひん曲がった人格ができるとは思わなかった。
狐姉、リース、コヨミ(ゴミクズ)、そしてにぃに達。皆が皆、ラウネに翻弄されて大変な目にあっていた。
私はあんな風にならないように気を付けよう。そして、最早これが植物観察日記になっていないことは気にしないことにした。
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〜※〜
「ただいま〜。誰かいる……か……」
長ったらしい授業が終わり、帰宅部の俺は特に寄り道することなく真っ直ぐ家に帰って来た。ちなみに、今はミーナとウニ助も一緒だ。
ラウネの生贄……相手になってくれるように頼んだところ、ウニ助一人が了承してくれた。なら何故ミーナも来ているのかは……察せば分かることだ。
そして今まさに玄関を越えて帰って来たのだが……その矢先、玄関にはうつ伏せに倒れている異星人がいた。
「だ……旦那……様……」
「……何があったらこんなことになるのよ」
「知らんがな。知りたいなら当事者に直接聞きなさい」
倒れていたのはミコさんだった。しかしその姿はシュールで、頭の上にラーメンの丼を被り、純白のエプロンは生クリームとラーメンのスープ塗れ。そして極め付けは、ケツの穴に数本の割り箸が突き刺さっているところだ。
「やっさん……ついにドメスティックバイオレンスに手を出してしまったんだね……」
「ハハハッ、お望みとあらば君もバイオレンスに巻き込んであげようかウニ野郎」
「それは勘弁願いたいなぁ。一時間三百円でミーナを貸すという賄賂で手を打つのは駄目かな?」
「殴り屋化したデリバリーヘルスと契約しても何も得しないだろ。おまけに身体付きは貧相だしよ」
おっと危ない、真横から拳が飛んできやがった。昨日ラウネと激しい攻防戦をしていたからか、ミーナのパンチが可愛く見えた。
「……骨も残らず灰になれディスり魔」
「悪かった悪かった、今度コンビニでドーナツ買ってやるから許しておくれ」
「幼児か私は! んな安いもので釣られると思ってるのかしら!?」
と言いつつ拳を収める辺り、こいつはまだまだ幼い思考の持ち主ということだな。大人になるのはまだまだ先だな。
「で、冗談はこのくらいにしておいて、結局のところ何があったのかな?」
「だから俺に聞くなって。とにかく、ウニ助はミコさんを連れて介抱しといてくれ。俺の部屋使って良いんで」
「了解。それじゃまた後で」
そう言うと、ウニ助はミコさんの頭の上の丼を外して俺に渡し、ミコさんを抱えて二階に上がっていった。
「で、私達はどーすんのよ?」
「そりゃ勿論、トラブルの元凶を突き止めるに決まってるだろ」
と言っても、あれが誰の仕業かなんて容易に想像できるんだけどな。今この家に住んでいる奴らを絞ると、ラウネ以外に検討は思い付かない。
悪戯好きのコヨミという馬鹿がいるにはいるが、あいつは百歩譲って限度を弁えた悪戯しかしない節があるから、犯人からは除外した。まぁ、人様に迷惑を掛けてはいるから決して許しはしないんだが。
「……ねぇ、やっさん」
「なんじゃい妹」
「リビングの方からなんか聞こえてくるんだけど……妙に騒がしくない?」
「騒がしい……?」
色々考え事をしていたために、周りの状況に何も気付いていなかった。よくよく耳を立ててみると、確かにリビングから大きな声が聞こえてきている。
「くそ不味い飯食わせやがっテ! おいリース! お前代わりになんか作レ!」
「い……今の私じゃ……無理……」
「どいつこいつも使えねぇナ! それでも大人なのカ!? くそみてぇな大人だなお前!」
「私……まだ十七歳なんだけど……」
一体これは何が起こっているのか? 俺の家は、あんな口の悪い女は住んでないってのに、奴は誰なんだ?
「……俺行きたくねぇんだけど」
「何を怖気付いてんのよ。だったら先に行ってるわよ」
「ま、待てって! お前が行くと余計に事態がややこしくなるような気しかしない!」
しかし聞く耳持たず、ミーナはづかづかと歩いてリビングに続くドアを開けて行った。
俺も慌てて後を追って行き――予想外の光景を目の当たりにし、絶句した。
「あ……師匠……やっと帰って来た」
リビングに入ってすぐの所には、先程のミコさんと同じく、うつ伏せに倒れてグッタリしているリースの姿があった。お馴染みの白い将軍コートが土塗れに汚れていて、頭に小さな根っこやら草やらが沢山付いている。
だが、注目するべきなのはそこじゃない。俺が絶句する元となった元凶は、ソファーに座っている一人……一匹の異星人だ。今朝見た時は、昨日と同じく幼い姿のままだった。しかし今の奴は、明らかに変貌を遂げていた。
何処で調達したのか分からないが、ブレザー式の制服に身を包み、緑色だった髪は真っ黄色になっていて、身体付きも顔付きも現役女子高生くらいにまで成長している。
ただ、素行が異常なまでに悪い。ワイシャツを第二ボタンまで外して胸の谷間が大胆に見えていて、少し飛んだだけで見えてしまいそうなくらいスカートの裾が短過ぎる。足を伸ばしてテーブルに乗っけていて、周りには食い掛けの袋菓子やら炭酸飲料やらが散乱していて、リビングはまさにゴミ屋敷状態だ。
「あっ、パパじゃン。おかえりパパ」
不良ラウネがようやく俺達の存在に気付き、ガムでも噛んでいるのかクチャクチャと口を動かしながら手を振ってきた。
……つーか、誰がパパだって? 俺はこんな不良娘を養子にもらった覚えはねーぞ。
「お前……ラウネなのか?」
「そーだよ私だヨ。てゆーかその女誰? パパの愛人?」
「んなわけねーだろ、こいつは――お、落ち着けミーナ! ゆっくり深呼吸してからその拳を収めるんだ!」
「離しなさいやっさん! 私はこういう行儀の悪いクソビッチが大嫌いなのよ! 一発殴らないと気が済まないわ!」
だから嫌だったんだよミーナを行かせるの。当たって欲しくなかった勘なのに、どうしてこうなってしまうのか。
苛立って興奮するミーナを後ろに追いやり、床に倒れるリースの土埃をほろう。頭の根っこと草も払ってやり、肩を貸したところでようやくリースはまともに話せるにまで回復した。
「何があったんだよリース? そして他の二人は何処に行った?」
「話せば長くなるんだけど……とりあえずコヨミとヒナはあそこにいるよ」
そう言ってリースはリビングの隅っこに指を差す。そこには体育座りをして小さくなって並んでいるコヨミとヒナの姿が。なんだか見えない境界線が見えるような気がする。
「あんた達が妙な植物を育て始めたとは聞いてたけど、もしかしてあれがそうなのかしら? だとしたら最早植物じゃないでしょあれ」
「アルラウネだからね。意志ある生きた植物だから、何が起こってどう育つのか分からなかったんだよ。でもまさかこんな風に育つだなんて、私聞いてないよ師匠」
「そんなこと言われても知らんがな。で、あれはどういう経路でああなった? 俺がいない間に何があったんだよ」
「うん……説明するとね――」
そうしてリースは事の経路を語ってくれた。……俺の時は端折りを使わせてくれなかったのに、なんか理不尽だ。
で、リースの話によると、まずラウネに変化が起きたのは、俺がいなくなって大体一時間後のことだったらしい。
最初は幼い子供のような無邪気さで家内やら庭やらを走り回っていた。その最中、突然ラウネがぶっ倒れてしまい、慌てたヒナはミコさんを呼んでラウネを介抱した。
気を失っていたラウネをソファに寝かせ、その間にミコさんとヒナは昼食の支度をしていた。ちなみに、リースは部屋でゴロゴロしていて、コヨミは俺の部屋でPCを弄っていた。
そしてまさに皆がラウネの目を離している時、どうやらラウネは急激な成長を遂げたらしく、誰も知らないうちにこんな不良少女になってしまっていたんだとか。
それからは最悪だったようで、反抗期真っ盛りのラウネは我が儘ばかり撒き散らし、気に食わないことがあればリースに八つ当たりをしていたらしい。コートの土埃や頭に付いていた草と根っこがその痕だったということだ。
ちなみに、ミコさんのあの惨状の原因はと言うと、昼食にラーメンを作ってあげた結果、率直に不味いと言われて理不尽な制裁を与えられたんだとか。ミコさんには申し訳ない気持ちで一杯だ。
「……で、今に至るというわけだな?」
「うん。ちなみにコヨミの話によると、アルラウネは成長スピードが異常に早いらしくて、数日で死んじゃう生き物なんだって」
「蝉のようなもんか……つまりはラウネの命もあと僅かってことか。そして、それまでラウネの所業に耐え続けろと」
「いや……もういっそ燃やした方が良いんじゃ?」
「馬鹿野郎、ペットの世話を最後まで見るのが飼い主としての常識だろうが。気持ちは痛い程に分かるが、無責任なことを言っても駄目だ」
「そもそもラウネを飼い始めようとしたのはコヨミだよね!? あいつ何もしてないんだけど!?」
「ゴミクズなんだからしょうがないだろ。いい加減あいつの愚かさに気付けアホ」
「そっか……うん、確かにそうだね。ゴミクズなんだし、仕方ないか」
うんうんと頷いて納得するリース。あの野郎、ラウネがいなくなったその時は覚えてろよ。溜まった鬱憤を拳に変換して解き放ってやる。
だが、その前に説教をしないといけない奴が目の前にいる。飼い主として、躾はちゃんとしないと示しがつかないだろう。
「ミーナ、お前は大人しくしてろよ。ここは俺が行く」
「……格好付けてるようだけど、あんた精神面弱いんだから無理しない方がいいと思うわよ?」
「大丈夫だ。俺も成長し続ける人間なんだぞ? 子供一人に説教をするなんざ、折り紙で鶴を折るくらい余裕だぜ」
「うーん……それ結構微妙な気がするんだけど? 折れない人は折れないわよ鶴?」
「う、うるさいな。いいから黙ってお兄ちゃんの頼り甲斐のある背中を見ていなさい」
二人の義妹の前なんだ。汚名を晒すような恥ずかしいミスは絶対にできない。兄として、人として、威厳というものを見せてやろうじゃーねぇか。
ラウネのすぐ近くまで移動して仁王立ちし、『ドンッ!』という文字の背景が絵になるように気を引き締めた。
「こほん……おい、ラウネ」
「何?」
「勝負パンツは日常で履くものじゃないぞ。普段はフリルの付いた可愛いパンツを履くようにしなさい。俺的には薄いピンクが望ましい。いやでも白も有りな気がしなくもないような……」
「「何処に着眼点付けてんだぁぁぁ!!」」
ミーナとリースの跳び蹴りが後頭部に炸裂。衝撃音と共に吹き飛び、ガラスの窓を突き破って庭の上に倒れた。
窓の近くに置いてあるサンダルを履いて、目くじらを立てた二人が近付いて来る。そしてミーナに乱暴に襟首を掴み上げられた。
「精神面の弱さじゃなくて、問題は精神面の本質ってか!? とうとう本性を曝け出して来たわねあんた!」
「最低だよ師匠! 真面目に説教するかと思いきや、予想外のセクハラに私はドン引きだよ! そもそも師匠はそういうキャラじゃなかったじゃん! 一体いつから変態キャラになったのさ!?」
「お、落ち着けよ二人共。今のは俺の作戦の一つで、最初はボケを混じらせた説教でちょこっと笑いを取り、それでラウネの機嫌を良くさせた後に本題の追求をしようと思ってだな?」
「何がちょこっと笑いを取るよ! 今のが現代の父と娘の間で起こったとしたら、父親は娘に一生口聞いてもらえなくなるわ!」
「だってしょうがないじゃん! 男の希望がチラ見えしたんだもの! お前ら忘れてるようだけど、俺は彼女欲しさに祈祷をするような男なんだぞ! そりゃラッキースケベにも敏感に反応するわ!」
「あんたの性癖なんざ知るか! もういい! 少しでも義兄に期待した私が浅はかだったわ! 役立たずは引っ込んでなさい!」
酷いルビの使いようだ。変態はとっても傷付いたぞ……って、誰が変態だコノヤロー。女関係の青春が乏しい男と呼称しやがれってんだ。
……目にゴミでも入ったか、涙で前が見えないや。
「リース、今回は一時休戦よ。今日ばかりは共同戦線と行くわよ」
「オッケー、任せといて。そもそも私の場合はミーナと争いたいわけじゃないんだけど……」
協定を結ぶ証としてがっしりと握手を交わす犬猿の仲の二人。今ここに、足癖と手癖の悪い狂犬と、傘癖の悪い大将軍(笑)による同盟が設立された。
「で、どう責めるつもりなの? 先に言っておくけど、暴力で訴えるのは駄目だからね?」
「え、駄目なの? 一番手っ取り早くて良いアイデアだと思ったんだけど」
「……組む相手間違えたかな」
前途多難の頼りない小規模同盟であった。




