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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
五話 ~アルラウネ育成日和~
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アルラウネ観察日記『二日目・続』

 アルラウネ生命危機をいかに打開するかを考え、しかし植物を育てるに関して素人の俺達ではどうにもならない。なので、唯一頼りの説明書に目を通してみた。


 で、それによると、どうやらアルラウネが容易く土塊化してしまったのは、まだ育って日が浅いため、少し手で叩くだけでも崩れてしまうくらいに脆かったかららしい。要は人間の赤子と同じ仕組みだということだ。


 そしてここからが本題。もし土塊化してしまった時の対処法だが、それは想像以上に簡単な作業だった。


 足の根っこから土に植え直して、ジョウロの水一杯を頭から掛ける。はい、終了。


 一時はどうなるかと思ったが、その場のノリの個性的体術で死人が出なくて良かったと心から思う。まぁ、こいつは人じゃなくて植物なんだが、細かいことは気にしない。


 それで、今現在のアルラウネはと言うと……


「カワリ〜」


「ま、待ってくださいラウネちゃん。もう少しゆっくり噛んで食べてくださいよ」


 俺達の朝食に紛れ、一人黙々と料理という料理を食べ……と言うよりは吸収している。飯を食べずに飲み込んでいるイメージと言えば分かりやすいか。


 既に俺達は食事を終えているのだが、ラウネ(ヒナ命名)一人だけは未だに食事を続けている。育ち盛りにも程があると言うくらい、パクリと食べてはミコさんに皿を出す動作を懲りずに何度も何度も繰り返している。


 だから最初に残飯でも食べさせてりゃいいだろって言ったのに……誰だまともな飯食わせようと言ったの?


「食欲旺盛とはまさにこいつのことだな。私達の食費を考えずにモッサモッサと……厚かましい奴だ」


 邪険なことを言うリースだが、その表情はとても穏やかだ。可愛いものに目がないため、感情を隠し切れていないご様子。


「逞しい植物じゃのぅ。情報通り愛着は湧きそうじゃが、こっちの身としてはデメリットが高いようじゃのぅ。ま、一番苦労するのはミコじゃから別に良いんじゃが」


「おい、さっそく職務放棄し出したぞこいつ。なんか言ってやれよ母さん」


「誰が母さんだ。貴様のような出来損ないの男を生んだ覚えはない」


「うんうん、その前に処女だもんなお前」


「そ……その事に関して一度でも私が真実を話したことがあるか? 知らないくせに知ったような口を聞くな糞虫めが」


 その焦り様が私は処女ですアピールしてることに気付いて欲しい。


「で、結局どうするんだこいつ。このまま飼い続けたら俺達の食費は確実に破滅の道を歩むことになるぞ」


「なら食べさせなければ良いだけの話じゃろぅ。前にも話したが、此奴は食べられるものなら何でも食すからのぅ」


「それはそうだけど……」


 そりゃ俺も最初は残飯処理をさせようとしたさ。それで育ってくれるなら手間も掛からないだろうと思い込んでいたさ。でも見てみろよこの顔を。


「カワリ〜(にっこり)」


 ヒナに負けず劣らずの笑顔なんだぜ? 植物とは言え、生きとし生けるものに変わりはない。ならば大切に育ててやるのが飼い主としての務めというやつじゃないか。


「ま、いざとなったら燃やして処分すれば良い話じゃな。所詮は短い命の植物なんじゃし、過度な愛情を注ぐものでも無ぐぁっふぁ!?」


 外道染みた発言を聞き、コヨミの顔面に拳を放つヒナ。今のは完全にコヨミが悪い。


「……責任感のないゴミクズ……一人退場を願う」


「そうだな。今回貴様は部屋に閉じ籠って大人しくしていろ。ここにいるだけ無駄な存在だ」


「なぁにーちゃん。最近のワシって物凄い嫌われてる感じがするんじゃが、ワシって実はいらない子?」


 潰れた顔を引っ張って元に戻し、珍しくどんよりと落ち込む様子を見せるコヨミ。全てにおいて自業自得だということを知る努力をしないからこうなる。


「何をネガティブになってんだお前。その拒絶反応を全て快楽に変えることができるMじゃなかったのかよ」


「にーちゃん……ワシも意志ある生き物なんじゃ。罵倒、袋叩き、リンチ、他にも色々と真っ向から受けて来たワシじゃが、傷付く時は傷付くんじゃよ……」


 面倒臭ぇ奴だな。いつも能天気なくせして、何故ここで突然真面目なこと言いやがる……。


 眉間を摘みながら疲弊感を感じさせる溜め息を吐く。しゃーない、ここは援護してやろうか。


「あー……まぁ落ち着けよ二人共。原点に戻ってよく考えてみろ。そもそもラウネを飼ってみようと実行したのはコヨミなんだぞ? こうして可愛く育ったのは俺とヒナが尽力したからだが、やっぱ原点はコヨミなんだよ。だからあんまり責めてやるな」


「「…………」」


 何故か無言と無表情になって俺を見つめてくるリースとヒナ。ヒナはともかく、リースにゃ斬新な反応だ。


「愚人……こんなゴミクズを庇って何になる? 何か弱味でも握られているのか?」


「……正直に話した方がいい……にぃにがコヨミを庇うなんて……背筋が凍り付きそう」


 こいつらどんだけこいつのこと嫌いなんだよ……。いやまぁ、仕方ないっちゃ仕方ないことなんだろうけどさ。今まで散々弄ばれてきたリースは特に。


「……にーちゃん」


「あん?」


 何も喋らず黙っていたコヨミが呼んで来て、その様子を伺うために振り向いてみると――俺から少し距離をとって引いていた。


「このタイミングでにーちゃんに優しくされるとは思ってなくて、ぶっちゃけドン引いとるわ。見てこれ、鳥肌がすっごいの」


「…………」


 ヒナが打ち込んだばかりの顔面に重なるよう、俺も拳を叩き込んだ。背中から壁にぶち当たり、人の恩を素直に受け止めずに仇で返しやがったゴミクソは、痙攣を起こさずにピクリとも動かなくなった。


「なんだ、気まぐれだったのか。今後は気を付けた方がいいぞ愚人。奴への甘やかしは仇の倍返しでしか返ってこないからな」


「うん……良い教訓になった気がするわ。庇ってやろうという気を起こした数十秒前の俺を殴ってやりてーよ」


「……誰にでも過ちは付き物……次から用心すれば問題ない」


「そうだな、本当にそうだな」


 もう二度とあいつにゃ優しさを見せねぇ。これ以上汚名を注がれてたまるかってんだ。


「……そう言えばさっきから静かなような」


 ヒナが呟き、見えていなかった周りを見ると、食卓テーブルの場所にラウネの姿がなかった。そして、いつの間にかミコさんがキッチンにうつ伏せで倒れてしまっていた。


「うぅ……もう無理です……料理はできても数には限度があるんです……」


 意識はあるようだが、料理のし過ぎによるスタミナ切れで倒れてしまっているようだ。疲れてるみたいだからそっとしておいてあげよう。


 それよりもラウネは何処に――あっ、いた。根っこの手足による四つん這い歩きで、瀕死状態でぐったりしているコヨミの方に近付いていた。


 俺達が何もせずに見つめている中、ラウネはコヨミの眼の前でピタリと止まる。腕の根っこの先でちょんちょんとコヨミの頬を突っつき、コヨミは「う〜ん」と唸りながら口をむにょむにょと動かす。


「ヒャッハー!」


 コヨミの様子を確認し終えたと思いきや、ラウネが突然テンションを上げるような叫び声を上げた。その瞬間、ラウネの肩甲骨辺りから勢い良く二本の太い根っこが生え出し、根っこの先端部分が人食植物のような化物の口に変貌を遂げ、


「ボッコーボコー!」


 その化物二匹と腕の根っこを使い、目にも止まらぬラッシュでコヨミを殴り始めた。


 荒ぶれるマシンガンのような音が家内に鳴り響き、コヨミは口から泡を吹き始め、手足がありえない方向に曲がり出した。


「ふむ……速く、それでいて強い力だ。きっと将来は良い武闘家になれるだろう」


「……いや……どちらかと言えば武道家だと」


「呑気だなお前ら!? しかも対して変わんねーよそれ!」


 にしても、なんつー乱打の速さだ。あれってまだ生まれたての植物人間なんだよな? 脆い身体のはずが、既に一人の元神様をフルボッコにできるだけの力量を身に付けてやがる。


 一発一発が強烈な一撃で、止めどなく放たれる根っこの乱撃は徐々にコヨミの原型を無くしていき、やがてコヨミの身体は肉片を飛び散らせ、モザイクが掛かって当然のグロ死体と化した。


 殴っている最中に血飛沫が何度も飛んでいたせいで、ラウネの姿はコヨミの血で真っ赤に染まっている。そんな姿でキャッキャキャッキャと騒ぐものだから、幼くも狂人のように見える。


「コヨミ……お前って嫌われ体質だったのか……不憫な」


「いや、あれはそういうことではないだろう。恐らくだが、ラウネは貴様とヒナの真似をしているのだろう」


「俺とヒナの……ってーと、さっきのワンパンのことか?」


「そうだ。幼子というのは大人の真似をしたいと思う年頃だからな。しかし加減を知らないから、あのような結果になったのだろう。クソ白髪め、いい気味だ」


 なるほど、確かに俺も小さい頃は沙羅さんの真似をしたいがために引っ付き回ってたような気がする。弟が兄の、妹が姉の真似をしたいと思うのと一緒だな。


 でもあれは全く洒落になっていない。対象が不老不死のコヨミじゃなかったら、間違いなく死者が出ていたことだろう。


 害なく育てられる可愛いペット、みたいなことをほざいていたコヨミだったが、ありゃ完全にデマだ。少なくとも、命の一つは賭けないと育てられない危険生命体認定されてもおかしくない。


 コヨミの言う通り、奴は燃やすべき存在なのかもしれない。でも頭で分かっていても、いざ実行しようとしたら半端ない罪悪感のせいで腕が動かなくなるのは目に見えてる。


 ……教育って大変なんだな。そう考えると沙羅さんって色んな意味で超人なんだなぁ。


「……おい、愚人」


「あん? なんだよ?」


「どうやら、今度は私達が標的にされたようだ」


 少し目を離していると、満面の笑みを浮かべた血塗れラウネがこっちに向かって飛び掛って来ていた。おいおい冗談じゃねぇぞ。


「ボッコーボコー!」


「ふんっ、ここは私が――」


「お前は加減を知らないから駄目! ここは俺がやる!」


 二人を後ろに追いやり、俺一人前に出て怒涛のラッシュに備えるために両手を構えた。


「ぬぉおおおおお!?」


 先程繰り出された乱打の猛攻が真正面から向かってきた。ラウネ自体を殴らないよう、二本の根っこと化物の口だけに集中し、大きく目を見開いて動きを先読みしながら捌く。


 さっきは初めて見たから驚いたけど、一度見れば慣れる速さだ。それでも体力を削がれることに変わりはないわけでかなりしんどい。


「キャハハハッ!」


「こ、これが教育なのか!? 子供の相手ってもうちょっと平和的だったような気がすぁっぶね!? 今頬掠った!」


「……やはり化物かこいつ。化物の相手は化物にしか勤まらぬということか」


「……純粋(ピュア)な心の持ち主が相手……マセていないだけマシ」


「冷静に分析してる暇があったら、こいつを止める方法を少しは考えてくんない!?」


 き、キツい! いつまで集中力を使い続けないといけないんだよこれ! そしてなんでこいつは一向に疲れを見せないんだよ!? これが子供の恐ろしさだと言うのか!? 子供は想像以上に体力が有り余っているという事実を、今この瞬間に突き付けられていると!?


「キャハハハッ! タノシータノシー!」


「何も楽しくねぇよ! こっちは命懸けなんだぞ!?」


「まてよ? このまま愚人の体力を消耗させ、そこを叩けば私にも勝機が訪れるのでは……?」


「お前はここぞって時に何を物騒な計画立ててんだ! そんな姑息な勝利を得て満足か!?」


「今の私の目的は貴様を打ち倒すことだ。既に正攻法で倒そうという手段は諦めている。故にもう手段は問わん」


「原点に帰れぇ!!お前は俺に『心地良い生活』を届けるためにここにやって来たはずだろーがぁ!! あぁまた掠ったぁ!?」


「まぁ冗談はここまでにしておいてだな……ヒナ」


「……?」


「ラウネを止めろ。これは“義姉”としての命令だ」


 さりげなくヒナと親密になろうとしてやがる。別に良いんだけどさ。


「……誰が義姉?」


「何を言っている。私に決まっているだろう」


「……認めた覚えない」


「…………(ズーン)」


「お前はホンットにはっきり物言う奴だなヒナ!? そこは適当に口裏合わせときゃいいんだぐぇ!? 野郎! 本気で殴りやがったな!!」


「……嘘より真実を伝えた方が切実」


「時には優しい嘘を付くことも大切なことなの! 分からないかなこの理屈っぁ!? あーもう我慢の限界だ! お兄ちゃん殺す気で反撃しちゃうもんね!」


 その後、珍しいと思いながら、純粋に落ち込むリースに励ましの言葉を送りつつ、ラウネの無限地獄の戦いごっこに付き合い続けた。


 結果、俺の身体は当日に全身筋肉痛。満足に身体を動かせないまま、貴重な休日を失うこととなった。


 俺は将来、絶対保育士にはならねぇ。子供の恐ろしさってやつを身を持って学んだから。

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