アルラウネ観察日記『一日目』
というわけで再開です。
2月分のノルマは書き終えましたが、3月以降がどうなるか……
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◯月△日 土曜日
観察日記が欲しいとにぃにに頼んだら、ものの数秒で買って来てくれた。にぃにの敏捷性は尋常じゃないと常々思った。
コヨミ(ゴミクズ)が気晴らしに買った植物のため、今日から観察日記をつけることにする。先が楽しみ。
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〜※〜
リビングにてごろごろとダラけていると、インターホンの音が家内に響いた。
「はーい」とミコさんが掛けて行き、その後玄関の方から「配達便ですー」と聞こえて来た。はて、一体誰からだろうか? 少なくとも俺ではないと思うが……。
少ししてミコさんが戻って来ると、手の平二つ分くらいの小さな箱を持っていた。随分小さいお届け物だな。
「コヨミさん、貴女宛てに荷物が届いていますよ」
「お〜、ようやく届いたか。そこのテーブルに置いといてくれぃ」
「ふっ! 今ぞ好機! 話をするから隙が生まれるのだ!」
「……隙あり」
「なぬっ!? 卑怯じゃぞお主ら!」
現在、リビングではコヨミ、リース、ヒナによるカートレースゲームが勃発中。コントローラーから手を離せないようで、ミコさんは言われた通りに食事用のテーブルの上に荷物を置いた。
気になってその荷物を確認してみると、それはどうやら地球産ではない物だということが分かった。何故なら、詳細であろう文字が日本語じゃなかったから。
……そういやこいつら、なんでこんなに日本語がペラペラなんだろう。気にしちゃいけない部分なんだろうか?
「ミコさん、これって一体『そこじゃぁ!!』分かる?」
「それですか? 私も詳しくは知らないんですけど、商品『甘いわぁ!!』アルラウネの種と書いてありました」
「アル『くたばれぃ!!』って……そりゃまた妙な物を……」
確かアルラウネって、マンドレイクとか言われる生きた植物だったっけか。女の姿をしていて、人の精を吸い取って生きる、みたいな感じだったような。
……冷静に考えると結構危険なんじゃねこれ? なんでこんなもの買ってんだあいつは。つーかあの野郎、また人の金を勝手に使いやがったな。
「おいコヨミ。お前また『そこで赤こうらじゃと!?』使って……ってかさっきからうるせーんだよ! ゲームは黙ってやれ!」
ガツンと騒々しい二名の頭に拳骨を放つ。その時、一瞬だけ二人の手からコントローラーが離れた。
「……もらった」
「「あ゛っ!?」」
その隙を見逃さなかったヒナは、二人を抜いて先頭に出た。その結果、レースはヒナが優勝を収めた。
「……イッツ・マイ・チャンピオン」
「愚人貴様ぁ!! 後少しで振り切れたものの、貴様のせいでまた敗北してしまったではないか!」
「どーしてくれるんじゃこの失態!? 身体か? その身体で払ってくれると言うんか? おォ?」
「たかがゲームで本気になるなよ。そんなことよりだな――」
「たかがゲーム? たかがゲームじゃと!? 人の価値観は人それぞれじゃろうが! にーちゃんのお陰で、ワシはこの先一ヶ月ヒナの奴隷にならなければならんのじゃぞ!?」
「知らん。そんな賭けをしたお前が悪い」
「ふっ、ふふふっ……どうやら貴様には仕置きが必要なよう『ひょいっと』あぁぁ! 返してよ私の傘〜!」
ちょろ過ぎるぞリースよ。どうしてお前はそんなに残念な奴なんだ。俺は不憫でならないよ。
「リース将軍は脱落……どうやらもう戦えるのはワシしか『ミコさん、こいつの小遣い暫く無しにしといて』うわぁぁぁ!? 略奪権だけは駆使せんでくれぇ!」
娯楽系のものばかり買って無駄遣いするから金が無くなるんだ。良い機会だから、もう少しこいつにゃお金のありがたみを理解して頂きたいもんだ。
「で、話を戻すがな。なんでこんなもの買ったんだよ」
「む? それのことか? いやぁ、実は最近チュイッターで流行しておってのぅ。なんでもペット感覚で飼えるらしくて、今他の星々では流行りの商品らしいんじゃよ。その流行りに乗り、ワシも便乗したというわけじゃ」
「若いことをする奴だなお前。でもアルラウネって実は危険なんだろ? んなもんウチじゃ飼えねーぞ。餌代とかバカにならないし」
「それに関しては心配ない。このアルラウネは人畜無害な上に、餌は最初は水をやるだけで、成長したら食べれるものならなんでも良いらしいからのぅ。手間も掛からんし、愛着も湧くらしいとのことじゃ」
「なるほどな。ならリースの珍味でも食べさせておけば良いか」
「ちょい!? やだよそんなの! 駄目ですウチでは買えません! 早く捨てて来なさいそんな植物!」
「い〜や〜じゃ〜! 毎日水やりとかして大事に育てるんじゃ〜!」
「そんなこと言って結局はお母さんが面倒見る羽目になるのよ! 水やりもそう! 肥料を与えるのもそう! 台風の日に雨風から一日中守り抜く兵士になるのもそう! 三日坊主のアンタにできるわけないでしょ!」
「や〜じゃ〜! や〜じゃ〜! 絶対買〜う〜んじゃ〜!」
「えっと……なんなんでしょうねこのコント」
「知らね。取り敢えず楽しそうだから放っておこう」
「……懸命な判断」
さてと、何だかんだ言っても害が無いなら面白そうだ。買った張本人は放っておいて早速育ててみよう。
「ミコさん、物置からシャベルとジョウロ持ってくるから、ヒナと一緒に外の方に出ててくれるかな?」
「ごめんなさい旦那様。実は今昼食を作ってる最中でしたので、そろそろ戻らないと」
「あらら、ならしゃーない。んじゃ、俺達だけで作業するかヒナ」
「……御意に」
ペット感覚で飼える人型植物……どれくらいの期間で成長するのか、何もかもが謎だ。だからこそ、興味惹かれるものがあるんだが。
そうして、俺は一足先に物置へと向かった。
〜※〜
シャベルとジョウロの準備は完了。種は庭の中心に植えれば良いだろう。花の数々を育てるわけじゃないしな。
種と一緒に付属されてあった説明書を手に、義妹との共同作業が始まった。
「えーと……まずは10センチ程の小さな穴を掘って下さい」
「……了解」
実行係はヒナ自ら申し出たため、俺は指示役だ。今まで好きなこと何一つできなかったんだし、積極的になってくれるのはこちらとしては嬉しいことだ。
ざっくざっくとシャベルを使って穴を掘って行き、若干土に塗れつつ穴を掘り終える。
「次に種を入れてください」
一粒の種を手渡し、穴の中にひょいっと放り投げる。
「次に適量のゲロをぶち撒けてください」
口の中に人差し指を突っ込み、喉ちんこを撫でる気持ちでゲロを――
「はいストップ、自分で言っといてあれだけど待ってヒナ」
「……何か問題が?」
「いやおかしいだろ! なんで植物育てるのにゲロが必要なんだよ! つーかミコさんの件といい、ゲロ吐けばなんでも面白くなると思うなよ!?」
「……誰に言ってるの?」
えーと何々……『ゲロに含まれている精の栄養分を与えることで、アルラウネは急激な成長を遂げることが可能となります。必須事項ではないので、ゆっくり育てたい方は無理して吐かなくても結構です』とのこと。
なるほど、だからゲロを吐いた方が良いと。うんうん、さっぱり理解できない……というかしたくないな。急ぎでもねーし、無理してゲロる必要もないだろ。
「ヒナ、ゲロはいいからもう埋めて――あれ?」
説明書に目を通している間にヒナの姿が消えていた。何処に行ったのかと辺りを見渡すと、どうやら家に戻っていたようで、ヒナが一人の人物を連れてやって来た。
「用ってなんですかヒナちゃん? 私昼食を作らないといけないんですけど……」
「……すぐ終わるから大丈夫」
絶対気のせいじゃない。今俺が抱いている嫌な予感は。
「……ここに膝をついて四つん這いになって」
「え? 四つん這いですか? 一体何をするつもりなんですかヒナちゃん?」
「……直に分かる」
「お、おいヒナ……むぐっ!?」
止めようとしたら口を塞がれて逆に止められた。此奴、この状況を楽しんでやがる!
『?』を沢山浮かべながら、渋々と膝をついて四つん這いになるミコさん。
「……目の前にある穴をよく見て」
「は、はい」
「できるだけ口を大きく開いて」
「こ、こうですか?」
「……(ニヤリ)」
未だかつて誰にも見せたことのない不敵な笑みを浮かべたヒナ。
そして――
ドゴォッ!!
「ぶぐぅっ!?」
ミコさんの腹にワンパンを入れ、
「うっ……」
みるみる内にミコさんの顔色が悪くなっていき、
「オボロシャァッ!!」
ミコさんの定番である大量のゲロが吐かれた。
白目を剥くミコさんは、何が起きたのか分からないまま痙攣を起こし、口元にゲロの涎を垂らしたまま気を失ってしまった。
「……これで良し」
「いや何も良くねーよ!? 何してんのお前!?」
積極的になって嬉しいって、そういう方向で積極的になってほしいわけじゃないんですけど!?
「あぁほらグッタリしちゃってるし! 確かにゲロと言えばこの人だけど、やって良いことと悪いことがあるでしょーが!」
「……何においても定番は大事……笑いを求めるなら尚更」
「求めてないから! そりゃ時折ウケを狙うのは良いことかもしれないけど、今回のこれは明らかに間違ってるから! 場を考えなさい場を!」
「……でも結果的には面白かったはず」
「あっ、もしもし姐さん? ちょっと一回だけガッツリ説教して欲しいアンタの妹がここにいるんだけど……」
「……早まっては駄目にぃに……取り返しのつかないことになる」
「大丈夫、俺は取り返しのつかない事態を最近乗り越えたばっかだから。そのせいか今の俺は無敵だと自惚れてるところだ」
「……謝りますのでご勘弁を」
素直にペコリと謝罪の気持ちを込めて頭を下げて来た。実は電話を掛けたフリだったんだが、これはこの先も使える手と見た。
やれやれ、案外お調子者だということは分かってきたけど、調子に乗り過ぎると次元を一つ飛び抜けた行動を起こすなこの義妹は。今後も躾には気を配っていかないとな。ミーナのように反抗的な奴にしないためにもな!
「ほら、とっとと埋めるぞ。このままだとこの辺りがゲロの匂いで充満しちゃうからな」
「……イエッサー(ミコさんを抱えながら)」
「うん、埋めるって埋葬のことじゃないからね? しかも死んでないからねその人? 俺が怒り出す前にボケるのはそこまでにしましょうね?」
「……イ、イエッサー」
ヒナがシャベルを使って穴を塞いでいる内に、こっちはミコさんの気を取り戻すために介抱する。そして穴が塞ぎ終えられたと同時に、ミコさんがなんとか目覚めてくれた。
「あれ? ここはどこ? 私は誰?」
あらやだ、もしかして記憶喪失してますこれ? なんて馬鹿言ってる場合じゃねぇ。
「寝ぼけてないでさっさと目覚めなさい。巻き込んでおいてこういうこというのもあれだけど……」
「あれ? 旦那様? 確か私はヒナちゃんに連れられて……あれ?」
失ってはいなかったが、さっきの記憶は混雑してしまってるようだ。覚えてないならそれで良いんだミコさん……。
「ほらほら、そんなことより昼食の準備頼むよミコさん。俺達もうお腹ペコペコだからさ」
「あっ、はい、よく分かりませんけど急いで戻ってお作りしてきますね」
そうしてミコさんは去って行った。さて、説明書によると後はすることはないようだし、俺達も戻るとしよう。
「……(ちょんちょん)」
「ん? どしたヒナ?」
「……にぃににお願いがあるんだけど……良い?」
「お願い? そりゃなんよ?」
「……植物を育てるに当たって……観察日記を付ける人がいるって聞いたことがある……私もやってみたい」
ふむ、だから観察日記が欲しいということか。なんだか小学生時代のアサガオ観察日記を思い出すなぁ。何も知らずに水を掛けまくったせいで、俺のだけ上手く育たなかったんだっけか確か。懐かしき幼少期次代だぜ。
「……だから観察日記が欲し――」
「はい、買って来たぞ。自由帳みたいな奴だけど良いよな?」
「……最早魔術の領域……人間止めちゃ駄目にぃに」
「はははっ、もう手遅れだと自覚してるから無理な相談だな」
「……ならもう何も言えない」
我が義妹のためであれば俺はなんだってできる自信がある。今のように、ほんの数秒で近場のコンビニに行って日記帳を買ってくるなんて朝飯前の夜食前だ。
……沙羅さんも沙羅さんだが、俺も人のこと言えない異常人か。あの親がいて、この子あり、か。正直喜べないわ。
「…………え?」
「ん、今度は何だ?」
「……もう芽が生えてる」
「……マジか」
埋めた場所を確認すると、ヒナの言う通り地面からぴょこんと小さな芽が生えていた。
これはもしかしたら、明日にゃ人型になってる可能性が無きしもあらずだな。
「ま、楽しみにしておこうか。早速今日から日記書いとけよ?」
「……(こくり)」
こうして、本日よりアルラウネの育成生活が始まった。




