死亡率99%フラグの死闘
初対面の時こそ、こりゃぁ完全なる化物だとは思ったが、今だからこそハッキリと分かる。この化物は、化物と一言で表すには可愛過ぎる程、危険因子と言える存在だ。
一目見ただけで膝が折れそうになる圧倒的威圧感。指一本でも動かしたら一捻りで潰される未来の幻。今まで色んな奴と手合わせしてきたが、こいつは今までの比じゃない。比べるのが烏滸がましいと思える程、こいつの強さは常軌を逸している。
「おんしゃぁ……それでバレないとでも思ったんか?」
ゴゴゴゴゴッというゴシック体の文字が目に見えるようで、真っ赤なオーラを纏った鬼がギガ阿修羅の背後に見える。
下手な発言をしてみろ俺。痛みも感じることなく、訳も分からないうちに寿命を迎えることになるぞ。
「な……なな、何のことですか? 僕にはさっぱりわからないのですが」
「ほぅほぅ、あくまで惚ける気とは、本当に良い根性しとるやないけぇおんしゃぁ。愛しき我が娘は騙せても、このワシはそう容易く騙されんでぇ」
騙すって何? とんだ言い掛かりだっつの。俺が一体いつ何処で騙しなんてしたよ? むしろ、俺は騙されたような事態に遭遇したところなんですけど。
「ワシはな……数多の戦場を数え切れんくらいに渡り歩いて来た身だから分かるんや。今のおんしゃぁのその目、それは何か良からぬことを企んだ時の目や。そやろう?」
「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ〜。僕は上手い計画を立てられるような賢い知恵なんて持ってない――」
瞬間、俺の顔のすぐ真横に何かが通った。
気づいた時には爆発音が鳴り響いていて、ギガ阿修羅の拳が壁を粉砕し、更に貫通して外の塀まで粉々に打ち砕いていた。
錆び付いた人形のように首を動かし、突き抜けた方角を確認する。アカン、冗談や洒落で済む話じゃない。
止まらない。動揺の汗がダラダラダラダラと止まらない。
「ええか? 今から言うことに正直に答えろ。もしまたペラをこいたら、次はないと思えや」
よし、今から俺は正直者だ。何があっても「イエス」と答えられる人間になるんだ俺よ。死亡フラグを回避したいのならな。
「もう〜、お父さんいい加減に――」
「お前は黙っとれぃロッカァ!! これはワシと小僧の問題やァ!!」
本気で怒鳴られ、ビクッと肩を震わせて引き下がるロッカさん。こりゃマジでキレてんな。
「ええか小僧、聞く質問はたった一つだけや。おんしゃぁは……この商品を見て何を企んだんや?」
「企んだって……」
「よーく言葉を選ぶこっちゃ。生か死が掛っとるんやからなぁ」
俺がこの白い粉 (意味深)を見て何を思ったか、だと? んなの一目瞭然だろーが! こんな物を地球で売り出すだなんて、そんな犯罪行為を黙って見ているわけにはいかないっつの!
……でもそれを言ったらどうなる? 殺されるよな確実に? でも言わなきゃ言わないで殺されるんだし、どっちにしたって結果は同じだ。
なら、選ぶべき選択肢は考えるまでもない。黙って殺られるなんて性に合わねぇし、こうなったらとことん死に物狂いで足掻き続ける他ない。
すぅ、と一度深呼吸をして、俺はギガ阿修羅にビシッ指を差した。
「あ……アンタらが何処でどんな商品を売買するなんてことは自由だがな! こんな物を地球で売り出すだなんて、この俺が黙ってねぇぞ!」
「こんな物、やと? この地球でも多くの人が利用してると聞いているっちゅーのに、なんでワシらだけ依怙贔屓するような目で見られないかんのや!? あァ!?」
こここ怖ぇ! めっちゃ怖ぇ! でもここまで言った以上は引き下がれるかってんだ!
「馬鹿か! 多くの人が利用してるわけねーだろが! んな犯罪行為、警察が黙って見てると思うか!? そんなことも分からねーとか、随分と良い教育を受けて来たんだなぁ!? うぅん!?」
「なんで警察が出てくんねん!! 別におかしな物を売ろうとしてるわけやないやろーが!!」
「おかしい物っつーかヤバい物だろ!! ここで売買する気を無くさねぇってんなら、今ここで俺がテメェの野望を打ち砕いてやるよゴラァ!!」
あっ、死んだなこれ。自分からわざわざ喧嘩売っちゃった。
「ほぅ、このワシを前に堂々と啖呵切るたぁ、本当にええ度胸しとるやないけぇ。ならワシも礼儀を尽くして、全力でおんしゃぁを踏み潰してやらぁのぉ!!」
「ぬぉおおおおお!!」
平和的解決は自業自得により失敗。戦闘態勢に入ったギガ阿修羅を横目に、踵を返して俺は全力で逃げ出した。
「逃げられると思うなやクソがぁ!!」
走るのではなく、一歩踏み出して低空突進をして来た。視覚ではなく、触覚でその気配を捉え、真横の部屋に回転しながら身を翻した。
さっきまで俺が走っていた場所に巨大な弾丸が通り抜け、もう聞き慣れた爆音が外まで響き渡った。こりゃ大きな騒ぎになりかねないな。モタモタしてたら誰かが警察を呼んでしまうかもしれん。
ここは早期解決を目論みたいところだが、俺にあのギガ阿修羅をどうこうできるんだろうか? 恐らく、警察持参の拳銃があってもおもちゃの役割しか果たさない程に、奴の肉体は異常だろう。
……あれ? もしかして初っ端から万策尽きてね?
「オジキぃ!? さっきから何してんですか!?」
「落ち着いてくだせぇ!! 騒ぎになったら事でしょう!?」
「じゃぁかぁしぃわぁ!! どけぇミジンコ共がぁ!!」
「だ、駄目だ! 完全に頭に血が昇ってる! お前らぁ! 総動員でオジキの暴走を止めるぞぉ!」
ようやく騒ぎに駆け付けに来てくれたようで、大勢の部下達がギガ阿修羅に飛び付いて拘束しようとする。
「鬱陶しいわっ!!」
「うわぁぁぁ!?」
だが、ギガ阿修羅にとって部下達は皆相手にならず、一人、また一人と顔から壁、天井に突き刺さっていく。これじゃ全滅は時間の問題だろう。
「うぅ……なんでこんなことに……」
「兄さん! こっちでさぁ! お嬢もこっちでさぁ!」
「ヤスさん!?」
「無事だったんですね!」と続いて言おうとしたが、それは踏み止まった。全身血塗れで虫の息状態になっているのがその理由だ。よく動けるなこの人。
ヤスさんに手を引かれて二階へと上がり、一番奥の部屋のドアを開け、密かに身を潜めて鍵を閉めた。
「ど、どうしましょ〜? このままだとお父さんがこの家を壊してしまいます〜」
「そもそも一体何があったんでさぁ? 何かあったんですかぃ兄さん?」
「あー、いや、その……何かがあったっていうか何というか……」
「歯切れが悪いですぜ兄さん。ちゃんと言ってくだせぇ」
やっぱり俺の口から言わないと駄目なのか。こうなった以上、この人達にも面から向かって言わなきゃ駄目か。仕方ない、ここでも腹を括ろう。
「……あのさぁヤスさん。アンタらが売ろうしてるあの薬の危険度を分かってます?」
「へ? 薬?」
「惚けないでくださいよ! あの粉って薬なんでしょう!? 裏取引でひそひそしつつ、快楽を味わうために毎日吸ってはグヘヘへと笑いながら病に侵されていくという――」
「ちょ、ちょちょちょ待ってくだせぇ兄さん! 薬ってなんのことでさぁ!?」
「え? いやだから下に置いてあった白い粉ですよ。あれってぶっちゃけ薬なんでしょ?」
「「…………」」
え? なんで二人共固まるの? もしかしてバレてないとでも思ってたのか?
すると、ヤスさんは何故か眉間を摘んで俯いてしまう。何何? 何なのその反応?
「えっと〜……お兄さん〜?」
「は、はい、なんですかお姉さん?」
「あれは薬のじゃなくて全部小麦粉ですよ〜?」
「……………………は?」
何だって? 今なんて言ったのこの人? よく聞こえなかったなぁ俺。
「いやまぁ……確かにありゃ見間違えてもおかしくはないでさぁねぇ。正直、兄さんのことを責めるなんてことはできないでさぁねぇ……」
「えっと……ヤスさん?」
「あのですねぇ兄さん。俺達は見た目はちょっとあれだと自覚してるんですが、商売は真っ当な商売をしてきてるんでさぁ。俺達が独自に開発したあの小麦粉を使って、星という星でパン屋として今まで暮らしていたというわけでさぁねぇ」
「…………」
「おかしいと思ったんですよ〜、突然お兄さんがおかしくなったと思ったら〜、そういうことだったんですね〜」
「つ……つまり俺は」
忘れもしないルーカス騒動の時と同じく、またもや大きな勘違いをしてしまっていたということ……なのか?
しかも今回は、俺のせいで死者を出すかもしれない暴動にまで発展してしまったわけで……。
「う……うぎゃぁぁぁ!!?」
「に、兄さん!?」
またなのか!? まった俺のせいでこんな迷惑を掛けてしまったのか!? マジで何なの俺!? 実は俺って厄病神なんじゃねぇの!?
ヤバいよヤバいよマジでヤバいよ! 前と違って今回は取り返しの付かないところまで事態は悪化しちゃってるし!
「こ、こうなったら責任を取って俺の命を……」
「いやいや早まらないでくだせぇ兄さん! これは思わぬ事故であって、決して兄さん一人のせいじゃありやせん!」
「そうですよお兄さん〜。それに元を言うなら小麦粉を見せた私が悪いところもあるんです〜」
「いや違います! お姉さんは悪くない! 悪いのは俺だ! この事態の引き金を引いたのは俺一人だけだ! だからここは生贄として俺の魂を!」
「冷静になってくだせぇ! その前に今はオジキをなんとかしなくちゃならねぇでしょう!?」
「それはそうだけど、あんなのどーすりゃ良いのさ!? 部下の人達でさえ赤子扱いされてたってのに!」
恐らく……いや、間違いなく、俺達三人で立ち向かったところで勝ち目が無いのは見えてる。十中八九、俺とヤスさんがお陀仏することになるのは明白だ。
「お姉さん、あの阿修羅に弱点とかはないの!?」
「弱点ですか〜? そうですね〜……確かお父さんは甘い物が苦手だったと思います〜」
「いやそういう感じじゃなくてね!? もっとこう、阿修羅が気絶するようなレベルの弱味がないかって聞いてんの!」
「ん〜、そう言われても他には何も思い付きませんよ〜」
くっ! やはり万策尽きたのか!? もう俺達には未来がないのか!?
「……いや、兄さん。一つだけ、オジキの弱点がありまさぁ」
「本当に!? それは一体!?」
「いや……ですがね兄さん。これははっきり言って賭けなんでさぁ。もし失敗したら最後、俺達は確実にオジキの手によって骨も残らず抹殺されることになるのは確かなんでさぁ」
最終切り札ってことか。でも今はそれに頼るしか生き残る道はない!
「やるしかないよヤスさん! 一か八か、その大博打に賭けよう!」
「本当に良いんですね? 仮に上手くいったとしても、兄さんは今後もオジキに邪険な目で見られることになるのは間違い無しなんですぜ?」
「死ぬよりは全然マシだ! だからやろうヤスさん!」
「……分かりやした。そこまで決心が硬いなら俺はもう何も言いません。それじゃ二人共、耳を貸してくれやすか?」
そうして、俺とロッカさんはヤスさんの案に乗った。失敗すれば確実に殺されることになるその案に。
〜※〜
「ったく、手間取らせおってからに……。何処に行ったんやぁ!! あァ!?」
既に部下達は全滅してしまったようで、一階の探索を終えたギガ阿修羅が二階へと上がってくるようだ。よし……ここが正念場だぜ!
「いきますぜ兄さん、覚悟は良いですかぃ?」
「……勿論だ。死ぬ時は一緒だぜヤスさん」
「ふっ……無論ですぜ兄弟!」
同じ境遇であるヤスさんと義兄弟の契りを交わし、ギガ阿修羅が上に登って来た瞬間、ヤスさんは単騎で前に出た。
「オジキィ!! こっちを見てくだせぇ!!」
「あァ? そこ声はヤス――っ!?」
「動くな阿修羅ぁ!!」
ギガ阿修羅の動きがぴたりと止まる。よ、よし、ここまではヤスさんの作戦通りだ。
「動くなよ!? 絶対に動くなよ!? 何がなんでも絶対に動くなよ!? もし動いたら……」
申し訳ない気持ちで一杯になりながら、俺は左腕で拘束しているロッカさんの首を右手で掴んだ。
「アンタの愛娘の首を圧し折るぞぉぉぉ!!」
「た、助けてお父さ〜ん(棒読み)」
そう、つまりはこういうこと。ギガ阿修羅が愛して止まない娘であるロッカさんを人質に使い、どうにか話を聞き入れて誤解を解いてもらうという超危険な作戦だった。
「……小僧はともかく、お前は何のつもりや、ヤス」
メキメキとギガ阿修羅の身体から軋む音が聞こえ出した。まるで更に進化を遂げようとしているようなご様子だ。
ヤスさんは尋常じゃないくらい膝をカク付かせて、それでも逃げ出すことなくギガ阿修羅と面と向かった。
「オジキ! 今のアンタはどっからどう見ても冷静じゃないでさぁねぇ! だからこういう手段を取らせていただきやした!」
「……何が望みや?」
「それは他でもない、俺と兄さんの話を聞いてもらいたいんでさぁ! それがお嬢を解放する条件でさぁ!」
「なるほど……よぉ分かったわ」
おぉ! やったぞヤスさん! 最初は無理だろうと思ったけど、こういうのはやっぱ実際にやってみないと分からないもんだな! とにもかくにもこれで誤解を解けば万事解決――
「おんしゃぁらがよっぽど早死にしたいということがなァァァァァ!!!」
怒りの雄叫びが上がった思ったその刹那、ギガ阿修羅の形態に更なる変化が訪れた。
四本だった手が十本にまで増殖し、二本の角に紅蓮の炎が灯り、身体が更に巨大化した。口から二本の牙が生え、その姿はまさしくテラ阿修羅。
今日、この地球に破壊神が召喚され、俺とヤスさんは夢と希望を失った。
「死にさらせぇクソ共がァァァァァ!!!」
テラ阿修羅が怒りの怒号と共に飛び込んでくる。こうなったらもう“アレ”しかない!
「ヤスさん!!」
「へぃ!! 窓から飛び降りてくだせぇ兄さん!! おぉおおおおお!!」
ロッカさんをお姫様抱っこして、俺はすぐ後ろにある窓からガラスを突き破って飛び降りた。
……と、同時に、
「恨まないでくだせぇオジキィィィ!!」
ヤスさんが俺達の最終切り札を手に持ち、テラ阿修羅に向かって投げた。
そう……それは、俺がここに来る時に持って行こうとしていた“例の物”。
プラスチック爆弾。
ドガァァァァァン!!!
〜※〜
重傷者数十名。軽傷者三名。
尚、一軒家は炎上により崩壊した。
〜※〜
「ハァ……酷い目に合ったもんだぜ全くよぉ」
頭の包帯をミコさんに巻き直してもらいながら、数日前の騒動の愚痴を漏らす。あの事件はきっと、未来永劫忘れることはないだろう。
「た、大変でしたよね。まさか私達が帰った後にあんなことになってただなんて思いませんでした」
「そうだね〜、まともな出番が欲しいと言ってたにも関わらず、どっかの誰かは早々に退場していったからね〜」
痛いところを突かれて「うっ……」と呟くお狐さん。あの後ちゃんとミコさんと仲直りはできたが、その事実を忘れることも未来永劫ないであろう。
まぁ、実際は被害が及ばなくて良かったんだけど……同時に一人だけ逃げたのが納得いっていない自分もいるわけで、色々と複雑な思いなわけだ。
「あ〜……そ、そういえばロッカさん達は結局どうなったんでしたっけ!? 実は私何も知らないんですよね! ア、アハハッ!」
「そーなんだ。あの人達なら、家が治るまで近場のマンションを借りて生活を凌ぐんだってさ。幸い資金は有り余ってるらしくて、商売の方に関しても何とかなるらしいよ」
ロッカさんの話曰く、商売のパン屋さんは移動販売車なんだとか。まぁ、車と言っても異星人専用の宇宙船らしいようで、取り敢えず今のところは日本全国を巡って販売する予定らしい。
他人事のように話してるが、その商売には俺も何度か参加する形にしてもらった。騒ぎになったキッカケを作ったのは俺も含まれているので、その責任を取るという形だ。
と言っても、参加するのは俺本人じゃないんだが。
「ま、何はともあれだ。我らが将軍様のバイト先が決まって安心したよ」
「そうですね。これでリースさんにもちゃんとした役割が出来ましたし、この家は安泰ですね」
「なわけあるかぁ!!」
急に怒鳴り声が聞こえて来たと思いきや、リースがドアを乱暴に開けて部屋に入ってきた。その様子は明らかに落ち着きがない。
「んだよ、文句言うんじゃねぇよ。折角バイト先を見つけてやったんだから」
「嫌だよあんなの! 毎回死の淵に立たされながら働くバイトって何!? 聞いたことないよそんな重労働!」
「なーにが重労働だ。ただ笑顔を振りまきながらパンを売れば良いんだぞ? しかもそれで日給一万だぞ? 普通ないからな、こんな割の良いバイトなんて。贅沢言ってる立場じゃねーんだし、腹括れよリース」
「てゆーか! なんで事態の引き金になった張本人が手伝わないのさ!? 師匠自身で責任取ってよ!」
「……それができたらお前を派遣なんてしないさ」
「……そ、そっか。いやでも……あーもう! 前途多難だよこれぇ!」
あの日以来、俺はあの阿修羅と二度と顔を合わせないことを強く誓い、義兄弟であるヤスさんとは、たまにどっかへ遊びに誘おうと思った。
勿論、ロッカさんは絶対に誘わない。理由は言うまでもないことである。
重要なテスト期間に入ったため、ちょっと投稿先送りさせていただきます!
次回の投稿日は2月初日です!




