勘違いな勘違いで勘違いの勘違いが……
人生において、避けたくとも避けられない運命に人間という生き物は縛られている。
成長していくに連れて従わなければならない義務教育。独り立ちして金を稼ぐ為に縦横無尽に足を運ばなくてはならない就職活動。どれだけ逞しく頑丈な身体付きであっても時間が滅ぼす老衰。
そう、抗おうにも抗えないことがある。反発しようとも、全て無駄に帰すことはいくらでもある。
そしてそれは、どうやら今の俺の現状も当て嵌まることらしい。
ミコさんの策略によって一人取り残されてしまった俺は、周りの目を死ぬ気で見て見ぬ振りをし、飯が通らない喉に無理矢理食い物を突っ込むつもりで鍋一つを単独で完食した。
よし、これでようやく帰ることができる。これでまたヒナのかわゆい寝顔をじっくりと拝むことができる。やりきった達成感と、後に待つ幸福のひと時に胸を高らせた。
だがそれは叶わなかった。そそくさと帰ろうとした矢先、「もし時間がありましたら私の部屋でお話ししませんか〜?」とお姉さんにお呼びの声を掛けられてしまったのだ。
断れば済む話だったが、断ろうと口を開こうとした瞬間に、幾度と無くリスボーンしてくる阿修羅がまた現れ、「折角の娘の誘いを断ったら殺す」と目で訴えられた。
しかし奴は、他所の男を一人娘に近付かせたくないという思考の持ち主。去るという選択肢を阻まれ、仕方無くロッカさんの部屋に行くことにしたのだが、正しい方を選んだとしても阿修羅は俺に殺気を向けることを止めなかった。
一方を選べば抹殺され、しかしもう一方を選べば邪険に思われる。死なないよりはまだマシだが、こうも永久的に殺気を向けられると緊張感による疲労でぶっ倒れそうになる。
これなら……これならまだコヨミのおふざけに付き合っていた方が良い! あいつの顔が見たいと初めて思ったような気がするが、今はその事実に抵抗を感じねぇ!
「……ホームシックだ」
「ん〜? どうかしましたかお兄さん〜?」
「あー、いえ、なんでもないです……」
「あァ? 本当に何も言っとらんのかおんしゃぁ? ほんまはボソッと不満の一声でも呟いたんちゃうかぁ?」
「はははっ、止めてくださいよそんな言い掛かり。張っ倒――は、発達して脳が覚醒するようなデザートが食べたいなー、あははははっ」
つい本音が出てしまったが、どうにか誤魔化せた。つーか何でこいつまで部屋にいるんだよ。この部屋の雰囲気に合ってねーんだよデカ物が。
ちなみに、今いるお姉さんの部屋は、ファンシーなぬいぐるみがあちこちにあって、ピンク色が目立つような実に女の子らしい部屋だ。そんな中にごっつい化物がいると、かなりシュールな絵に見える。
「それでそれで〜、他にはどんなお話があるんですか〜?」
「あー、んー、何がありましたかねぇ……」
お姉さんの部屋に来てからというものの、する話と言えば俺の経験談ばかり。お姉さん曰く、地球人がどんな生活をしているのかということに興味あるんだとか。俺の身の上話なんて基本馬鹿話ばかりだというのに、何でこんなことを話さなきゃならんのか、必要性が理解できなくて困る。
「どうせあれやろ。女子に飢えた童貞小僧なんやから、基本女子のことばっか考えて一人◯◯◯◯やってたんやろ。あー、汚らわしい」
「お父さん〜」
「なんやロッカ? やっぱお前さんもワシと同じでそう思――」
「消え失せてください〜」
今度は暴力を振るうことはなかったが、言葉のナイフが阿修羅の身体の至る所に突き刺さった。たった一言なのに、阿修羅の心を折ることは容易かった。
だが、不屈の心の精神を持っているのか、一度はしょぼんと落ち込みながらも、我が娘のためにと再び立ち上がった。
「し、しかしやなロッカ。男は皆、獣と呼ばれる種族で――」
「消え失せてください〜」
「で、でもやっぱりこの小僧は今一つ信用してはいけない――」
「消え失せてください〜」
「そんなこと言わずに、ワシは全部お前さんのことを思って――」
「消え失せてください〜」
「あぁもう! 取り付く島もない!」
これが親バカの最終的な結末なのか。こんな親にだけは絶対なりたくねぇな。いやその前に親になれるかどうかという問題が出てくるのかぁ……。
「くっ……おい小僧! ここは我が愛する娘のために退いてやるが、もしまた今度指先一つにでも触れたらワシは真の阿修羅になってぐぁぁぁぁ……」
まだ変身形態を残している的な発言が気になったが、その前に我慢の限度を迎えたロッカさんの拳で強制退場となった。
無論、壁を突き破って吹き飛んだため、またもや家が損傷した。他所の家だから良いものの、いつかこれがキッカケで崩壊するような気がするこの家。
「えーと……む、娘想いなお父さんですね」
「私としては不愉快以外の何者でもないですよ〜。心配してくれるのは素直に嬉しいんですけど〜……」
過度なコミュニケーションは遠慮願いたいわけだ。うんうん、その気持ち滅茶苦茶共感できる。
まぁ、俺の場合はコミュニケーションを通り過ぎた行為で襲われそうになるんだがな……。
「今はお父さんのことはいいんです〜。それよりお兄さんのお話をもっと聞きたいです〜」
瞳をキラキラさせて興味津々なご様子。他人だから色々と話せることはあるが、これ以上自分のことを話したら墓穴を掘り兼ねない気がした。
そういや今更だけど、バーサク族って結局はどんな種族なのか聞きそびれてたっけ。丁度二人きりになれたことだし、聞いてみても大丈夫だよね……?
「あ〜、あのさお姉さん。今度は俺の話じゃなくて、お姉さんの話を聞かせてもらっても良いですかね?」
「え? 私のお話ですか〜?」
「そーです。お姉さん達ってバーサク族っていう異星人なんですよね? それって具体的にどういう特徴を持った異星人なのか気になっていまして」
テンパっていたこともあったけど、バーサク族と聞いて尋常じゃない状態になっていたミコさんの件がある。きっと、何か曰く付きの種族なのだと推測するが……。
「えーとですね〜……それはちょっと躊躇われると言いますか〜……」
「あ、いや、何か複雑な事情があって話したくないなら無理して話さなくても良いですよ。でもその理由が『バーサク族の詳細を話したら嫌悪感を抱かれるから』みたいなものなんだとしたら安心してください。俺は種族差別とかしない主義なんで」
「……その話は信じても宜しいんですか〜?」
「無論ですね。その証拠に、何らかの事情を抱えているっぽい異星人達が俺の家に住み着いていても普通に接しているんで。話を聞いて嫌ったりとかはしないんで、そのところは安心してください」
そう言い聞かせると、お姉さんはたいへん嬉しそうに笑顔を花を咲かせた。ふむ……ミコさんと良い勝負ができる上物の笑顔だぜ。
「では……まずバーサク族自体のことをお話しますと〜、他所の星で私達は危険視されている異星人なんです〜」
「ふむ……というと?」
「お兄さんが知っての通り〜、私達は屈強な力を備えた部族なんです〜。そして最近〜、とある出来事によって私達バーサク族は他所の異星人から警戒態勢を取られるようになってしまったんです〜」
「とある出来事って……それは一体?」
「え〜と……バーサク族にはとっても偉い王様がいるんですけど〜、その王様の息子様が一つの惑星を掌握したんです〜」
「しょ、掌握って……」
つまりはあれか? バーサク族の圧倒的な武力で星一つ支配したってことか? 今時そんなことをする奴がいたのかよ……。
「総勢百名の配下を連れて瞬く間に支配したと聞いていますが〜、それが何処の星なのかは分からないんです〜。でもそのせいで私達は他の星の方々から邪険に取られてしまったんです〜」
「そうだったんですか……。そういや、お姉さん達はなんで地球に来たんですか?」
「それは勿論〜、平和に生活を送りたいからですよ〜。バーサク族は武力に長けた異星人ですが〜、誰も彼もがその力を行使して争いたいわけではないんです〜。むしろ〜、バーサク族は本来大人しい種族でしたからね〜」
平和に生活を送りたいから、ね。そりゃ最もな判断だ。只でさえ敵視されてるってのに、そのまま星に残ってたら他所の星の奴らが襲ってきてもおかしくはないし、この人が言ってることは本当なんだろう。
……でもこの家は平和……なのか? いや平和っちゃぁ平和なんだけど、その武力のせいで毎日が死に際に立たされてる人がいるからなぁ。
「まぁ地球に来るのは個人の自由だから構わないと思うんですけど……そもそも、お姉さん達は前の星でどうやって暮らしてたんですか?」
「どうやって暮らしていたといいますと〜……それはお仕事のお話ですか〜?」
「そ、そーですね。ぶっちゃけ気になります」
だって家内がこれなんだもん。お姉さんの知らないところで、あの阿修羅が汚い金を稼いでるような商売をしていたとして、それを地球でもしようってんならどうにか止めないといけないだろうから。
「私達はですね〜、ある商品を売ることで生活していたんです〜。と〜っても人気があって評判だったんですよ〜。私も一緒に働いていたんですけど〜、やり甲斐のある仕事で楽しかったんです〜」
「へぇ……」
お姉さん任意の仕事か、なら考え過ぎたな俺。娘の監視下にありながら犯罪に手を染めるなんて、あの小馬鹿阿修羅にゃ恐らくできんだろう。
「ちなみに〜、この地球でも同じ商売をするつもりなんです〜。既に材料も用意してあるんですよ〜」
「そこまで言われると気になりますね〜、どんな商品か教えてもらっても良いですかね?」
「勿論ですよ〜。お兄さんにも是非利用して欲しいですから〜」
そう言ってお姉さんは立ち上がると「付いて来てください〜」と手招きしてきて、内心ワクワクしながら後に付いて行った。
そして、とある部屋の襖の前で歩を止めた。どうやらここに商品が置いてあるようだ。
「ここに置いてあるんですよ〜。何分数が多くて運ぶのが大変だったらしいです〜」
「へぇ〜、それは更に気になっちゃいますね〜」
若干お姉さんの口調が移りつつ、お姉さんはその襖をゆっくりと開いた。
そして俺はその商品を目の当たりにすることができた。
そう……その商品は一目見て一目瞭然。
ダンボール箱に馬鹿みたいな量が詰め込まれた商品。
大量の白い粉。
「どうですか〜? 凄い数ですよね〜」
「…………そっスね」
えーと……アレ? これってあれだよね? 黒服のサングラスかけた怖〜いおじさん達が社会の裏でこっそり手引きして売買してるっつー……薬?
ややややべぇ!? やべぇよこれぇ!? あざといキャバクラ行って化け物みてぇなババァが当たった時並みに洒落になってねぇよこれぇ!?
「お父さんが言ってたんです〜。これで地球人の方々を骨抜きにしてやるんや〜、って〜」
骨抜き!? そうだねぇ、こういうのって使えば使うほど中毒になるって聞いてるからねぇ、そりゃ誰もが骨抜きにされちゃうよねぇ!?(※これは小麦粉です)
「私もこれで沢山の人が幸せになってくれたら良いな〜と思っていまして〜。きっと地球人の人達も喜んで利用してくれると願っているんです〜(※パン屋的な意味で)」
そうだねぇ、気を楽にするために使うものだと聞くからねぇ、そりゃ最初は幸せな気持ちが味わえるんだろうねぇ。でもそりゃ最初だけだっつの! 後に待つ最悪の未来を考えてないのかこの人!?
「ちなみにですね〜、バーサク星で商売していた時にお客さんの評判として聞いたんですが〜、中にはその味わい深さに昇天してしまった人もいたらしいんですよ〜」
昇天!? 時既に遅く死者が続出してたと!? アカン! もう手遅れな犠牲者まで出てたんかいな!? 余程強力なようだねぇこの薬!?
「その噂を聞いて〜、まだバーサク族が嫌われていない時期には他の星からわざわざ買いに来てくれた方々もいたんですよ〜。何れはチェーン店にする計画もあったりするんです〜」
他の星に対しても売買していたと!? しかもチェーン店化って何!? このままだと全世界の方々が中毒者続出して滅びの未来に真っ逆さまだよ! つーか、これだけ堂々と売買して何故捕まらない!?
……はっ!? そ、そうか! それは相手がバーサク族だからか! 手に負えない武力を持つバーサク族を鎮圧しようとしても、他の星国の奴らじゃどうにもならないんだ! バーサク族マジパネェなおい!
どどどどうしよう!? こんな現場を目の当たりにしちゃったけど、抹殺とかされないよねこれ!?
い、いやそれ以前にだ! これを地球でも売買するとか言ってたし、他の星国と同じように地球も薬のターゲットにされちまったってことだろ!? このままだと地球がこいつらの手によって掌握されちまう!
くそっ、危うく騙されるところだったぜ! ぽわぽわなこの雰囲気は仮の姿! 裏ではほくそ笑みながら中毒者を餌に高みの見物をする悪女だったんだ! なんて恐ろしい女なんだこの人は!
「守らないと……地球を守らないと……世界の平和は俺が……」
「お兄さん〜? どうしたんですかお兄さん〜?」
どうする俺? 阿修羅もいない今、無防備なお姉さんを叩くのは今しかない。このまま奇襲を掛けて押し切るか?
……いや駄目だ。奇襲といっても戦えるのは俺一人。流石の俺でもあの大勢のバーサク族を相手にするのは手に余る。恐らく袋叩きにされて物理的掌握によりエンドだ。
ここは一旦様子を見るしかない。見て見ぬ振りをするのは気が引けるが、ここは一度退いて体勢を立て直してから挑むのが得策と見た。
となれば、さっさとこの家から出て行かねぇとな。このままここにいたら、計画もクソも無くなってしまうからな。
「す、すいませんお姉さん。ちょっと用事を思い出してしまって、一刻も早く帰らなくちゃいけなくなったんですが……」
「そ、そうなんですか〜? それは残念です〜……」
一足先に俺を薬付けに出来なくてか? この女め……目に物を見させてやるぜ。いや暴力とかはしないけどね?
「そ、それじゃ俺は失礼しますね〜。お鍋御馳走様でした〜」
そうして俺はお姉さんから離れて玄関へと向かう。
……が、
「おい待てぃ小僧……」
「うぶっ!?」
最初の段階から、俺はまたラスボスと出くわしてしまった。明らかに最終形態になり済みのギガ阿修羅に。




