表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
四話 ~新たな家族とお隣さん~
44/91

病みが込められし一矢

「よう……ただいま皆」


「お、戻ったかにーちゃん。それにリース将軍も……って、もしかしてまたトラブルに遭遇しとったのかお主ら?」


 ようやく我が家に辿り着いてリビングに向かうと、ソファーに横になってだらけているコヨミと、キッチンで仲睦まじく調理作業中のミコさんとヒナの姿があった。


 背中に背負っているリースをそっと床に下ろし、俺もふと力が抜けて尻もちを付いた。


「トラブルというか……親切心スキルを使った結果、リースが釘扱いされて地面に埋められた」


「すまんにーちゃん、何言ってるか理解不能なんじゃが」


「すまんコヨミ。俺は今、冷静に事の流れを懇切丁寧に説明できるような余裕がない」


「お、おぉ……なら心読みで事の全容を確認するとしようかのぅ」


「好きにしてくれ……」


 それにしても厄介なことになってしまった。只でさえ関わり合いになりたくないというのに、まさかあのお姉さんの住所が俺の家の隣だったなんて……。つーか、旅館旅行に行く時には完全に敷地スペースだったってのに、どんな建築作業したら数日であんな立派な一軒家が建つんだよ? 異星人だからか? 異星人だからそんな人間離れした職業スキルを駆使できるのか? 便利なもんだなおい。


「ふむふむなるほどのぅ……おい、ミコにヒナよ。調理は一旦止めて、お主らもこっちに来い」


「え? あ、はい。そういえばいつの間に旦那様と……リースさん!?」


「……返事がない……既に屍化した後」


 いや一応は生きてるんだけど? まぁ、しばらくは再起不能になるかもしれないな。痛みよりも、あのお姉さんのギャップによる衝撃のせいでこうなった原因が大きいんだろうし。


 ミコさんとヒナもやって来ると、コヨミと二人係でリースの身体を支えてソファーに横にさせ、ぐったりとしているその顔色を皆で見つめる。


「酷い顔ですね。今度は何があったんですか?」


「ワシから説明すると――にーちゃんのお人好しスキルが見知らぬ異星人に発揮し、その善行のお礼でにーちゃんがラッキースケベ巨乳をえっさほいさ。それが気に食わなかったリース将軍がにーちゃんに物理的アタックを仕掛けようとしたところ、巨乳の圧力と重力によって一発K.O。結果、にーちゃんは巨乳を弄ぶことで性欲が若干満たされ、リース将軍は単にボロボロにされて終わりを告げた――ってところかのぅ」


「……旦那様?」


 事長く説明してくれたまでは良かったけど、その誤解しか招かない言い方はアウトだ。野郎、またもや俺を使って楽しみやがって。弄んでるのはテメェだろうが。


「ふぅ……落ち着いてくれミコさん。確かに俺は巨乳のお姉さんに抱き付かれて下心を出しはした。でもそれはしょうがないことなんだよ。だって俺は思春期真っ盛りの男子なんだもの。分かるでしょこの気持ち?」


「それでコヨミさん、その話はそれで終わりなんですか?」


 あっ、駄目だこれ、完全に無視されてらぁ。それに一瞬だけ冷めた視線を向けられたし、これでまたミコさんの中の俺の好感度がマイナスに傾いてしまった。


 でもさ……しょうがないじゃん! だってあんなに大きかったんだもの! ミコさん以上の巨乳なんて始めて見たんだもの! それで下心を抱かないわけないじゃん! 無理な話じゃん! なんで分かってくれないんだこのロマンを!


「……にぃに」


「おぉヒナ! お前は分かってくれるよな!? 流石は我が義妹! いつでも俺の味方になってくれると言ってただけあ――」


「……今のにぃに……痛い」


 今の精神的攻撃は効いた。俺の聴覚で心臓に槍が一突き刺さったような音を直に聞きとれたのがその証拠。ごめんなさいミコさん、下心に素直過ぎてごめんなさい。


「ふむ……話を戻すが、この話はこれでまだ終わりではない。今のにーちゃんの立場になって言うのであれば、この先の話はまだ現在進行形の話じゃ」


「現在進行形……と言いますと?」


「ふむ、それがどうもその巨乳のネーちゃんはにーちゃんに是非お礼がしたいようでのぅ。今晩、夜飯を御馳走させて欲しいと誘われたみたいなんじゃのぅこれが」


「……それで旦那様はなんと?」


「断るに断れず、やむを得ず承諾したようじゃ」


「……旦那様?」


「ま、待ってくれミコさん! しょうがなかったんだよ! 俺は断ろうとしたんだよ!? でも頑なにあのお姉さんが『お願いします~』と必死に言ってくるもんだから、その善意を無下にするのも躊躇われて……」


「今晩の夕食はヒナちゃんも手伝ってくれていたんです……なのに旦那様はその頑張りを無下にするんですね……」


「うぐっ!?」


 何このジレンマ!? じゃあ俺はどうすりゃ良かったんだよ!? そもそもこの状況に最適解なんて存在するってのか!? いやないな! どっち選んでももう一方が嫌な思いするだけだこれ!


「……もう良いです。旦那様は何処ぞの巨乳のお姉さんの夕食をご馳走になって来てください。私達は私達で勝手に食べてますから」


 それだけ言うと、ミコさんは分かり易いくらいに膨れた顔になったまま、部屋の隅っこに移動して不貞腐れてしまった。こんな時にミコさんのあの様子を見て可愛いと思ってしまう俺は、空気読めない童貞野郎としか思えない。


「……にぃに……狐姉きつねぇを悪く思わないであげてほしい」


「へ? あ、うん。それは分かってるけど……」


「……本当は夕食のことで怒ってるわけじゃない……狐姉はそのお姉さんに嫉妬してるだけ」


「は? 嫉妬? それってどういう……?」


「……つまり――」


 と、言いかけたところで瞬足の動きを垣間見せたミコさんがヒナの口を塞いだ。スゲェ、こんな動きできたのかミコさん。俺に負けず劣らずの動きに見えたぞ。


「ち、違いますから! 旦那様は関係ありませんから! 関係ありませんよーだ!」


「破壊的可愛さじゃのぅ。録音しとけば良かったのぅ、今の台詞」


「……(グッ)」


「おぉ、抜かりないのぅヒナよ。後でワシにもコピーさせとくれ」


「……ゴミクソに譲るものは何一つない」


「譲るも何もないですよ! 何してるんですかヒナちゃん! それにそのボイスレコーダーは何処から出したんですか!?」


「……相手の弱みを握れるよう……常時備えることにしてる物」


「出会ったあたりから思っとったが、お主ってワシらの想像を超えたSっ娘じゃのぅ」


「……不埒なことばかりする誰かさんよりはマシ」


 再び心の槍が二、三本放たれ、俺の心臓を貫いた。ごめんなさい。不埒なことばかりしていてごめんなさい。


「なんかもう……駄目だ。今の俺、本当に駄目だ……。俺自身の存在意義すら疑わしい程になってきた……」


「……いや……今のはにぃにのことじゃ……」


「いいんだヒナ、別にフォローなんてしなくても。全ては優柔不断な俺が招いたことなんだからな……」


「落ち込み過ぎじゃろぅて。情緒不安定になっとらんかにーちゃん?」


「……そうかもな。なんかさっきの件で異様に身体が疲れてるわ。いや精神的にも駄目だなこりゃ」


「うむ。やはり今一度断った方が良いんじゃないかのぅ? お誘いは今度ということにして、今日のところは家で食事を済ませた方が賢明な判断だと思うぞワシは。それならミコも怒りを鎮めて機嫌を直すじゃろぅて」


 あー、なんかその方が都合良さそうに聞こえてきた。確かにコヨミの言う通り、ここはミコさんを譲歩するべきなのかもしれない。家族と他人、どっちを優先すると聞かれたら、そんなの迷うことじゃないからな。


 そうだそうだ、あの時はお姉さんが頑なだったから断れなかったけど、また後で会った時にでも強く言えば良いか。無論、お姉さんを傷付けないようにオブラートな言い方で。


「そうだな。それじゃ今回はお前の意見を立てることにするよ。それに今日はヒナの歓迎会を開きたかったところもあるし、お姉さんには悪いけど食事はまた今度にでもと伝えてくるわ」


「むふふっ、良かったのぅミコよ。最終的ににーちゃんはお主を譲歩してくれたようじゃぞ?」


「べ、別に私は嬉しくとも何ともないです……旦那様の言う通りにするのが私の役目ですから……」


「……狐姉……顔に出てる」


「あぅっ……」


 うん……そうだよ、何を迷う必要があったんだ俺は。俺が真に好きなのは巨乳などではなく、今のミコさんのようなかわゆい反応なんじゃねーか。そう、女性の魅力とは見た目などではない。全ては性格にあるのだよ!


「それじゃ早速伝えに行ってくるわ。こういうのは早め早めに行動した方が――」


 その瞬間、家の窓が割れた音が鳴り、俺の鼻先のところで何かが光の速さで通り過ぎた。


 掠ったのか、俺の鼻先から微量の血が垂れ、この場にいる全員が目を丸くして唖然とした。


 錆び付いたカラクリ人形のように首を動かし、恐る恐る通り過ぎた“それ”を視界に捉えた。


 それは一本の矢。レプリカでもなんでもない本物の矢が、真っ白な壁に深く突き刺さっている。


 そして、その矢には一枚の文が縛ってあった。無意識のうちにその文を解いて手に取り、中身を確認した。そこにはこんな一言が書いてあった。


『来なかったらブチ殺す』


「…………(ぷるぷるぷる)」


「おぉ……にーちゃんが産まれたての小鹿のようになっとる。貴重な光景じゃのぅ」


「……いや言ってる場合ですか!? ちょちょちょ何なんですかこれ!? 何が起こったんですか今!?」


 それはこっちが聞きたいところだが、俺には一つだけ分かったことがある。


 あのお姉さんのお誘いを断るという選択肢を選んだ場合、俺はバッドエンドを迎えることになると。


 やべぇ、俺マジでやべぇ人に目を付けられちまった。完全に病んでる人がする行いだよこれ。危険の香りが嫌という程臭ってきやがる。


「……この矢」


 ヒナが突き刺さった矢を抜いて意味深なことを呟く。


「なんだ? なんか見覚えでもあるのかヒナ?」


「……質屋で高く売れそう」


「どうでもええわそんなこと!!」


「……でも年代物の香りが」


「知らないから! 今重要なのは矢の価値感じゃないから! 俺の(タマ)が取られかけたことだから!」


「……飛んできたのが銃弾だったら……上手いこと言えた」


「そうだね! (タマ)(タマ)を上手く合わせられたね! でも今はそういうお茶目なボケはいらないから!」


「……(しゅん)」


 そこで落ち込まれても困るんだけどなぁ〜? なんかテンション上がってないかこの娘? もしかしてハプニング好き?


「……で、にーちゃんよ。その手紙にはなんと書かれてあるんじゃ?」


「あぁうん……どうやら俺はお姉さんの家に行かないと殺されるっぽいです……」


「殺っ!? ななななんですかそれ!? 意味が分かりません私!」


「大丈夫だミコさん、俺も意味分からないから」


「いやそれ何も大丈夫じゃとは思えないんじゃが」


「うるせーな! だって本当にわけわかんねーんだもんよ!」


 何故だ? 少なくとも俺はお姉さんに対して恨まれるようなことをした覚えはないぞ? あっ、いや、もしかしてあれか? 俺が巨乳に挟まれてた時に腑抜けてたのが災いしたとか? 本当はお姉さんも気じゃなかったとか? なのに俺は浮かれてにへらにへらと笑って……。


「……これは贖罪を求められているんだろうか」


「ん? 何の話じゃ?」


「いや別に何でもねぇ。で、俺はどうしたら良いのかな? やっぱり行かないと駄目な流れなのかなこれ?」


「まー、死んでも良いなら行かなくても良いんじゃないか? 事の顛末的には結局逝くことになるんじゃろうし」


「不吉なこと言うんじゃねぇよ! 上手いこと言ったつもりかそれ!?」


「……私的にはアリ」


「ヒナちゃん、ちょっとボケから一旦離れようか。今の状況でそれは腹立つだけだから」


「……(しくしくめそめそ)」


「嘘泣きしても駄目! あやしちゃうぞこいつめ!」


 ヒナの身体を抱き締めてよしよしと頭を撫で回す。あーもう可愛いなぁこいつ。


「……で……結局どうするのにぃに」


「え? あぁ、うん……まだ今生は惜しいし、ヒナとイチャコラする時間も惜しいしな。このサバイバルで生き残るために行ってくるよ。なんか悪いなミコさん」


「い、いえ、事情が事情ですし、しょうがないですよ。でも一つだけお願いがあるんですが、宜しいですか旦那様?」


「別に良いけど……何?」


「旦那様のそのお誘いですけど、私も同行させてください」


「……いや何言ってんのミコさん? 今言った言葉の意味を理解した上で言ってるそれ?」


 問答無用で矢を放ってくるような奴がいる魔窟に行くんだぞ俺は。それを知ってて同行したいだなんて、何をそんな死に急ぐ必要があろうか?


「……にぃに……私も」


「ヒナもかぃ! 今年の生徒会役員決めは捗りますねどーも!?」


「分かりやすいような、分かりにくいような例えじゃのぅそれ。ならワシも清き一票を自ら挙げようかのぅ」


 そしてコヨミまでもが手を上げだした。まぁ、こいつの場合は不死身だから問題ないけど、この二人だけは絶対に駄目だ。俺が気が気じゃなくなる。


「コヨミさんは駄目です。絶対に駄目です」


「……ゴミクズはゴミクズらしく部屋の隅で汚れていれば良い」


「な、なんでじゃよ、別に良いじゃろぅが。それに今回の件は能力的にワシが先陣切った方が何かと都合良いと思うんじゃが? 真面目な意見として」


 コヨミにしては確かにまともな意見だな。だからこそ気持ち悪いと感じてしまう俺がいる。


「いいえ駄目です。コヨミさんだけは何を言おうと認められません」


「珍しく頑なで強気じゃのぅミコよ。して、その理由は何か聞いても?」


「……言わないと分からないんですか?」


「あ〜……うん。あまり心を読むなとにーちゃんに釘刺されとるんでのぅ。ミコの口から直接聞きたいんじゃが」


「……なら教えましょう。と言っても、理由は至って単純なんです」


 こほんと一度咳を立てると、ミコさんは多少涙目になりながら叫ぶように言った。


「出番が欲しいんですよ!! まともな!!」


 それは、何だかんだで出番的に美味しいところを持っていっているコヨミにとって、悲痛の叫びに聞こえる本音であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ