ぽわぽわお嬢
「コンビニ……喫茶店……居酒屋……スーパー……ガソリンスタンド……売り子……う~ん、どれもこれもブラックな匂いがするなぁ」
「疑い深過ぎだし考え過ぎだ。こういうのは本能的に『これだ!』と思ったものを取り敢えず受けときゃ良いんだよ」
夜神孤児院を出た俺達は、新たな家族員のヒナを連れて我が家へと帰った。いや、正しくは俺とリース以外が既に我が家へと帰って行った。
リースが言っていたアルバイト宣言。その意思を汲み取るために、俺はコンビニの雑誌コーナーにリースを連れてきたというわけだ。
そこには様々な求人誌が置いてあり、さっきからリースはあれやこれやと探しているのだが、苦い顔をするだけで一向に決まる気配がない。優柔不断な奴だ全く。
ちなみにリースの傘は俺が持っていたりする。裏リースだとアルバイトなんて言語道断と言って切り捨ててしまうだろうから。
「なんか得意分野とか無いのかよ? どんな駄目な奴にも一つくらいは特技があるもんだろ」
「それって師匠で言う脳筋みたいな感じ?」
「じゃ、後は一人で勝手に頑張れ」
「冗談を本気にしないでよ! 特技かぁ……知恵の輪を口の中で解けることかな」
「そんなエグい特技を生かせるバイトがあるか!」
「だ、だよね~……あははっ……」
笑ってる暇があるなら自分の長所の一つや二つを思い付いてほしい。まぁ、考えるとなると難しいことなんだろうけど。
「ちなみに師匠はどんな特技持ってるのさ?」
「俺か? そうだな……百八十度の壁を素手だけで登れる」
「う、うん……凄いんだけどさ? 師匠も人のこと言えないじゃんか」
「分かってねぇなぁ、何言ってんだリース。救助隊作業なら向いてるだろ」
「そんな命懸けなバイトがあるか!」
「ですよね~……あははっ……」
「くっ……人の真似して馬鹿にしてからに……」
表リースでありながら、軽い怒りと共に今にも飛び掛かって来そうなご様子。ちょいとおちょくりが過ぎたか。本当のこいつはからかうと楽しいから困る。
「おっ、見ろよリース。日給十万円のバイトだってよ」
「え? ホントに? えーと……『色が小洒落た飲料水をいくつか飲むだけの作業です。ただし、貴方の身に何かが起こっても責任は一切取りません』だって」
「お前に向いてんじゃね? 宇宙一の大将軍なんだし」
「うんうん、確かに楽そうなバイトだね。飲むだけだし、責任とかわけわかんないし、全然問題なんて――ありまくりのオンパレードだね! 馬鹿か! なんでこんな求人誌が置いてあるのか理解に苦しむわ!」
清々しきノリツッコミ。やっぱ面白いわ~こいつ。ギャーギャーうるさくて時折イラっとくるけど。
「はぁ……なんか私にバイトは無理なような気がして来た」
「しゃーねーなー。だったら最終手段のバイトをしたら良いんじゃねーか?」
「最終手段? 何それ?」
「そんなの決まってるだろ。身体を売――」
顔面をグーで殴られた。非力だから微塵も痛くはないが。
「師匠ってば私のことそういう目で見てたんだ……最低だね……」
「ちょ、ちょっと待てって。お前こそ冗談を本気にするんじゃねーっつの。俺が家族にふしだらなことを要求するわけないだろが」
「へー、ふーん、そう」
「や、止めろよその反応! そういうマジな視線には弱いんだよ俺は!」
脳内シュミレーションで幾度となく体験してきた“そういう目”は、俺にとってトラウマ認定物。男と言う生き物は、女の子に「キモい」とか「うざい」とか言われたら凄い傷付く生き物だということを、こいつは知らないらしい。
「なるほどなるほど、師匠はこういう類いの反応に弱いのか。今度からガンガン駆使していこっかな〜?」
「……リース、男に対する優しさって知ってる?」
「師匠こそ、女の子に対する優しさって知ってる? 女の子はね、基本男の人に優しく接してほしいものなんだよ?」
「わ、分かったよ。お前が妙なことしなきゃそうするようにするから……つーか、迷惑掛けなきゃ俺は別に怒ったりしないんだけどもなぁ……」
「ふっふっふっ~、良い心掛けだね師匠。じゃあその決意表明としてチータラ買って」
「久々だなその珍味好き設定! 最早誰も覚えちゃいねぇよ、んな特徴!」
と言いつつ買い物カゴにチータラを何袋か入れる。くそっ、上手いこと顎で扱われてる気がする。
「まぁ時間はあるんだしさ。私に合ったバイトは気長に探すことにするよ」
「それはニートが『明日から覚醒する』と言ってるようなもんだぞ。どうせ口だけで行動には移さず、部屋でゴロゴロすることになるんだよ」
「じゃ、じゃあそうならないように師匠がフォローしてよ。どうせ暇でやることないんでしょ?」
「お前と一緒にするんじゃねぇよ……暇だけどさ」
「それじゃ問題ないよね~。時々宜しくねプロデューサーさん♪」
「誰が秋元康だコノヤロー」
「……誰それ?」
買い物目当てできたわけじゃないし、とりあえず今日のところは珍味等々買ってさっさと帰るとしよう。
改めてカゴの中を確認した後、求人誌を一冊だけ加えてレジの方に向かう。
「……ん?」
すると、レジには一人だけ先客がいた。いたのだが……。
「お客様、この玩具のお金では商品をお買い上げすることはできません」
「ん~、でも私はこれしか持ち合わせてないんです~。地球ではこのお金は使えないんですか~?」
「……なぁリース」
「あぁうん、師匠の見立てに間違いはないよ。どれもこれも美味しそうな珍味だから安心して」
「いやそっちじゃねーよ? 俺が言ってるのはあっちだあっち」
そう言いながら指を差すのはレジにいる先客のお方。一目見て分かってしまう程に、彼女は異星人の特徴をオープンしてしまっている。
服装は特にこれといった特徴はなく、シンプルな長袖にロングスカート姿なのだが、重要なのは首より上の部位。本来の人間ならば耳がある部分から、U字の立派な角が生えているのだ。
それに、ピンク色のセミロングの髪には羊の毛のようなものが付いている。アクセサリーにも見えなくはないが、あれはやっぱり本物の毛にしか見えない。
なんで? なんでこんな一般的な場所に堂々と異星人がいんの? もうどっからツッコんで良いか分からないんだけど。
しかも何だよあの紙幣。未来のお金臭が半端ない柄なんだけど。母国か? 母国のお金を使おうとしてんのか? 普通に考えて使えるわけねーだろ馬鹿か。
「あーそゆことか……師匠も見てないで助けてあげれば良いじゃん」
「いや、俺の勘が言ってるんだ。あの人に関わった瞬間、俺は絶対トラブルに巻き込まれるような気がするとな」
事実、今までの経験上は全部そうだ。我が家に住み着く異星人組といい、名前忘れたけどあのキモオタ星人といい、異星人に関わるとロクな目にしか合わない。
悪いなお嬢さん。貴女は俺より明らかに歳上っぽいし、年長者としてその困難は自分一人で解決してくれ。
「……あの~、すいません」
なんて、そう考えられたら人生楽だよな。生憎俺はお人好しに育てられたので、こういうのは本能的に放っておけないタチなわけだ。
「良かったら俺がお金出しますよ。いくらですか?」
「ふぇ? 貴方は~?」
「一般人Aです。で、いくらですか店員さん?」
「あっ、はい、丁度二千円なんですが……」
「二千円ね。それじゃこれと一緒にお会計してもらって良いです?」
「かしこまりました。お人好しですね~お兄さん。そうやって何人もの女性を手玉にして来たのかしら?」
「嫌な言い方しないでくれません!? 下心のない善意ですからね!?」
「いや嘘だね、師匠はそんな清らかな心の持ち主じゃないよ。どっちかと言えば、利用できるものは利用して、使えなくなったら捨てるようなゲスな人間だと思う」
「お前が俺の何を知ってんだよ! 勝手に人の本質を決め付けないでくれませんかねぇ!?」
少々荒っぽくお金を出し、くすくすと笑うおばさんを横目に商品とお釣りを受け取った。くそっ、どいつもこいつも俺で遊びやがってからに。
俺達の分とお姉さんの分を分けてビニール袋を持ち、コンビニを出た。もうこのコンビニにはあまり通わないようにしよう。
「はいこれ。お金を返すとかそういうのは良いんで」
ポカーンとしているお姉さんの手を取り、無理矢理ビニール袋を右手に持たせた。よし、もうこれで良いだろ。
「それじゃ俺達はこの辺で――」
「ありがとうございます~!」
「っ!?」
身を翻して去ろうと思いきや、突如お姉さんに前から抱き付かれぅおぉおおお!! デケェェェ!! そして柔っけぇぇぇ!!
ここは正しく、男子高校生にとっての理想郷! 彼女無しの男共が目指す桃源郷はこんなところにあったんだ! 歓喜! 俺の心は歓喜一色!
「ふんっ!」
「ぐぇっ!?」
ビニール袋と共に持っていた傘をリースに取られ、脇腹辺りに重い一撃を入れられた。俺の身体はお姉さんの身から離れ、地を擦って数メートル先まですっ飛んだ。
「卑しい思考の持ち主め。身の程を弁えろクズが」
「な、何すんだリースてめぇ……てゆーかこれ洒落になってねーんだけど……」
余程力が込められていたのか、一向に痛みが引いてくれない。これひょっとしてヒビとか入ってんじゃね? あの野郎、不意打ちとかマジあり得ないんだけど。
「貴様も貴様だ。赤の他人で、しかもあんな愚人に不用意に抱き付くな」
「えぇ~? でも~、あの人は私を助けてくれたんですよ~?」
「そんなの下心があっての行動に決まっているだろう。貴様も見たはずだ、あのゴミクソが鼻の下を伸ばしていた気色悪い顔を」
「おいコラ! 人の評価を下げるような発言ばっかすんな! 問答無用で人をブッ飛ばすような奴の方がよっぽど野蛮だろーが!」
「黙れ変態。不埒な感情が伝染するから近寄るな」
「お、お前……そこまで言うか……」
ようやく痛みが引いて立ち上がることができたものの、あのクソッタレ将軍のせいで俺の人徳は底辺に。ちょっとした下心を出しただけでこれ? ハードル高いなぁ今時の人生……。
「う~ん、でもあの人は本当に良い人ですよ~?」
「何の根拠があってそんな世迷言をほざく?」
「それは私には“見える”からですよ~。あの人の心はとっても暖かく光り輝いているんですから~」
「……何を言ってるのだ貴様?」
俺にもよく分からないが、もしかしたらそれがあの人の異星人における能力なのかもしれない。さっきまで藍色の瞳をしていたのに、今は緑色の瞳になっているのがそう思ったキッカケだ。
「大丈夫ですよ~」とリースを宥めると、お姉さんが俺の方にやって来て、ペコリと頭を下げた。
「先程はどうもありがとうございました~。貴方はとっても優しい人なんですね~。久し振りに暖かい光が見れて私は嬉しいです~」
「それはどう――もぉぉぉ!!」
二度お姉さんにホールドされ、今度は頭まで撫でられる。かわゆいヒナに続いて今度はこのお姉さんか。リースの件を省くと、最近の俺はなんて幸せ者なんだ……。
「懲りない奴だな。なら今度こそ貴様の骨を砕いてやる!」
やばい、また破茶滅茶将軍が俺をターゲティングしやがった。しかもこの角度だと、このお姉さんにまで被害が及ぶ可能性すらある。
「ちょ、お姉さん一旦離れて――」
だが時既に遅く、至近距離まで飛び込んできていたリースが再び横薙ぎに傘を振るう。
――が、しかしだった。
「……え゛っ?」
「も~、さっきから駄目じゃないですか~。不用意な理由で良い人を傷付けては――」
リースの一撃を片手で容易に受け止めたお姉さんが俺の身体を離すと、
「めっ、ですよ〜?」
ドガァァァァンッ!!!
リースの頭を軽く小突いた瞬間、核爆弾が爆発したような音が鳴り響き、リースの身体は鉄釘の如く地面に突き刺さった。
「大丈夫ですか~、一般人Aさん~?」
「…………」
「あらあら~? どうしたんですか一般人Aさん~? 一般人Aさ~ん?」
大丈夫かって? んなもん大丈夫なわけねーだろーが。何だ今の? ト◯とジ◯リーの世界にでも迷い込んだのかと思ったぞ?
つーかあいつ大丈夫なのか? あれ一般人なら死んでるレベルだよね? いや、一般人に限らず、異星人であっても危ういレベルだ。
呑気に浮かれている場合じゃなかった。そうだよ、俺はいつになったら学習するんだ。異星人=只事じゃ済まないと重々理解してただろーが。
「えーと……おいリース。とりあえず生きてるか~?」
「…………」
傘が地に落ちてるということは、今は表リースの方か。なるほど、こりゃ駄目だな。完全に白目剥いて意識ぶっ飛んでやがる。
「あ、あの~、お姉さん? 流石にこれはやり過ぎなような気がするんですが……」
「あらあらごめんなさいね~。ウチではいつもこんな感じだから、つい力加減ができなかったんです~」
「い、いつもって……そ、そうなんですか~、それじゃ仕方ないですね~。あ、あははははっ……」
「そうなんです~。うふふふふっ~」
間延びした声にぽわぽわした雰囲気だけのおっとりお姉さんと思いきや、とんだ馬鹿力デンジャラスメン。この日、俺はまた一味も二味も違う特徴を持った異星人と知り合いになってしまった。




