これからは好きに生きて
「……弁明をどうぞ」
「弁明なんておかしいよにぃに君。子供もいずれは大人になるんだから、今の内に知れることは知っておかないと。騙すより騙される方が悪い世の中なんだから」
「過酷な現実主義者か!! クリスマスのサンタクロースしかり、七夕の彦星と織姫様しかり、そういう子供の夢を壊すような思考方針は止めなさい!」
受け入れ難い現実紙芝居を見終えた後、俺は姐さんとミコさんを連れて別室に来ていた。無論、先程の所業に説教するためだ。
しかしこの通り、姐さんは反省の色無し。まともな人だと思っていたが、とんだダークホースだった。こればかりは予想外だ。
「で、ミコさんもミコさんだぞ。なんだあのノリノリな台詞進行? アンタは声優志望か!」
「い、いや違うんですよ旦那様。私も勿論おかしいと思っていましたよ? でも演じているうちに興が乗ってきてしまいまして、気付いたら自分じゃない何かが目覚めたと言いますか……」
「駄目だよ自分を見失っちゃぁ! リースみたいな痛い女の子になっちゃいますよ!」
「誰が痛い女だって!?」
乱暴にドアが開いたと思いきや、何故かボロボロになっている様子の表リースが怒り散らしながら入って来た。
「実際事実だろーが。つーかなんだその姿」
「子供達にやられたんだよ! 師匠が余計なこと言うから完全に舐められちゃったよ私!」
子供にやられたって、どんだけ貧弱なんだよこいつ……。
「……リースはひ弱過ぎる……もっと身体を鍛えるべき」
「うっ……で、でも私だって頑張ってるんだよヒナちゃん? 師匠の日課の運動に毎日付き合って体力付けしてるんだからね?」
「ま、一向に鍛えさる気配は無いがな」
「あーもう! いちいち余計な一言言わないでよ師匠!」
ポカポカと殴ってくるリースだが、痛みを全く感じない。この弱さだとミコさんにも負けるんじゃねこいつ? まぁ、あの人は非暴力主義者だから喧嘩事は起こさないんだろうけど。
……なんてことは良いんだよ。話を逸らされちまった。今は雑魚より姐さんだ姐さん。
「それはそれとして、ともかくだな姐さん。これから保母さんとして働く身になるんだから、少しは子供達の気持ちを考えてだなぁ……」
「にぃに君。理屈ばかり捏ねてると女の子にモテないよ? それとお爺さん臭い説教は良くないと思うの」
「そうですよ旦那様。やり方はちょっとアレかもしれませんけど、翠華さんの頑張りは本物なんですから」
「師匠って私達に対しては上から目線で物を言うよね。男の子ってそうなの? 見栄を張りたい生き物なの? 偉ぶりたい生き物なの? 俺スゲーアピールしたい痛生物なの?」
「もう良いよ! 分かったよ! もう何も言わないから皆して俺を虐めるなよ!」
なんで俺が悪者扱いされにゃならねぇの!? 間違ったことは言ってないはずなのに! 女の子からの集中砲火が男にとってどれだけ辛いか、こいつら皆分かってない!
「……元気出してにぃに……私はいつでも貴方の味方」
隅っこで拗ねる俺を慰めてくれる義妹。あぁ! なんて愛くるしい存在なんだろうか! ヒナが女神か何かに見えるよ!
「……年下に慰められる良い歳した男子高校生の図(笑)」
「リースお前、今度からスパルタでいくから覚悟しとけよ」
「酷い! さっきのおかえししただけなのに!」
「やり返されたら二倍返し。これテストに出るから覚えとけよ」
「……赤線引いて記憶する……これ必定」
「いや私学生じゃないから」
「そうだな、確かにお前は学生じゃない。人の家に勝手に住み着いてるタダ飯ぐらいの居候だもんな」
グサリとリースの胸にベクトルが突き刺さる。実は気にしていたことらしい。
「え? そうなんですかリースちゃん? 私はてっきりアルバイトでもしてるのかと……」
「い……いやいや違うんですよ翠華さん!」
「違うって何がですか?」
「それは……と、というか、そう言っちゃったらミコやコヨミだって同じ事じゃん!」
「一緒にすんじゃねーよ。ミコさんは家事を全部担当してくれてるし、コヨミはコヨミで実は色々してくれてるぞ。耳掻きとかマッサージ上手いんだよあいつ」
「え? マジで? てことは……」
だらだらと多量の汗を流し出すリース。俺もあまり注視して見ることがなかったから気にしてなかったが、そういや俺の家で何もしてないのってリースだけだったんだな。
「……リース」
「ヒナちゃん?」
ヒナが床に這い蹲るリースの肩に手を置き、慈愛が込められた眼差しを向けると、
「……ヒモは良くない」
と、トドメをさした。
「…………」
リースは固まったまま動かない。まるで石化してしまったかのようにピクリとも動くことはない。可哀想な奴だ……同情とか絶対しねーけど。
「えーと……リースちゃん? 良かったらリースちゃんも一緒に保母さんとしてここで働かない? 私一人じゃ手に余ると思うから。きっと沙羅さんも良いと言ってくれるでしょうし」
「……同情なんて……そんなの心が痛いだけだよ!」
慈悲を無下にして何故か逆ギレを起こした。やれやれ、意地を張るところは表も裏も一緒かぃ。
「決めた! 私バイト探してくる! 誰も付いてこないでよ! これは私一人の戦いなんだから!」
「それは良いけどよリース。お前絶対自分が異星人だってことをバラすなよ? 万が一のことがあったら騒ぎになりかねないからな」
「そんなヘマはしないよ! 絶対付いて来ないでよ! 絶対だからね!」
そう言ってリースはまた乱暴にドアを開けていなくなる――と思いきや、少ししてからドアを開けてひっそりとこっちを覗いて来ていた。
「何してんだよ、はよ行けや」
「……つ、付いてきて欲しくないけど、優しさは掛けてもらいたい……優しさ……優しさ……」
う、うぜぇ。贅沢言いやがって、最初から素直に言えっつーんだよ。
「旦那様、意地悪しないで協力してあげましょうよ。リースさんもやる気になってるんですから」
「ミコさんは優しすぎるよ。甘やかし過ぎても駄目なんだからね?」
「それは分かっていますけど、今回は特例という事で力になってあげましょうよ。私達は“家族”なんですから」
ズルい。その言葉を持ち出されたら逆らう事なんてできないじゃないか。ミコさんは俺の使い方が分かってるなぁ。
「ったく、しゃーねーな。今回はミコさんの顔を立てて協力してやるよ。ありがたく思えよリース」
「ありがとうミコ! ミコありがとう! ミコ“だけ”ありが――」
ミシミシミシッ(頭蓋骨を圧迫する音)
「にぎゃぁぁぁ!? 嘘です嘘です師匠もありがとうございますぅぅぅ!!」
ほらね、甘やかしたから調子付いた。やはりこいつにゃ厳しく当たらないと駄目だな、うん。
「そんじゃ、要件もできたことだし、俺達は帰るとするか。悪いけどミコさん、コヨミに声掛けてきてくれるかな?」
「分かりました」
「あっ、私も行くよミコ」
唯一この場にいないコヨミのことを頼むと、二人は部屋を出て行った。さてと、ミーナ達に声を掛けてこないとな。
ギュッ
「……ん?」
二人の後から続いて部屋を出て行こうとしたところ、ヒナに袖を掴まれて止められてしまう。
「どしたヒナ? 何か用でもあるのか?」
「……にぃにはここに住んでないの?」
「へ? あ、あぁ、そういえば言ってなかったか? 俺は自立できるようになるために、情けなくも沙羅さんから仕送りもらいながら別の家に住んでるんだよ。だから俺は帰らないと」
「……そう」
相変わらず無表情だが、犬耳がしょぼんと下に垂れ下がっていた。ひょっとして寂しいと思ってくれてるんだろうか。
「ヒナちゃん」
「……?」
落ち込んだ様子を見せるヒナを放っておけなかったのか、姐さんが笑い掛けてヒナの頭を優しく撫でた。
「ヒナちゃん、前に言ってくれたよね? これからのヒナちゃんは、私に恩返ししてくれるって」
「……(こくり)」
「私はねヒナちゃん。実は恩を返してほしいなんて思っていないの。私の願いは、ヒナちゃんが好きなように生きてほしいっていうことだから」
「……うん」
「だからこれからはヒナちゃんがしたいことをして良いのよ。ここで私と一緒に暮らしても良いし、にぃに君に付いて行きたいと思うのも貴女の自由よ」
え? 何? 俺に付いて来る? 何それ、そんなビューティフルな話聞いてないんですけど。
「……良いの?」
「勿論よ。貴女はもう自分が好きなように生きて良いんだから」
「……ありがとう」
ヒナが薄っすらと笑うと、くるりと身を翻して上目遣いで俺を見つめてきた。アカン、このアングルは萌殺能力が込めてありやがる。
「……にぃに……私も行って良い?」
「…………」
あっ、ついに鼻血出てきた。無理無理、こんなの耐えられるわけないって。
そして断る理由は万が一にも億が一にも……いや、那由多が一にもない!
「だ、大丈夫にぃに君!? 凄い鼻血の量よ!?」
大丈夫じゃないです、主にヒナの愛くるしさ的な問題で。そんなこと言ったら引かれるだろうから言わないけどね絶対。
「良いよヒナ。むしろお前が来てくれるなら俺も助かるわ。コヨミとリースの対応は俺一人じゃ手に余るからさ」
「……ありがとう……けど致死量の血が……輸血パックが必要」
「大丈夫だいらんいらん。それより少し抱き締めさせてもらっても宜しいだろうかお嬢?」
「……(グッ)」
親指のサインをもらい、躊躇無く小さなヒナの身体を抱き締めてみる。
ぷにぷにとした柔肌の感触。ミルクのような匂いがする水色のセミロングの髪。すりすりと頬擦ってくる愛らしき仕草。
うん……これでもう思い残すことはない。
グッバイ素晴らしき現世。俺は十分幸せだったよ……。
「うわぁ!? にぃに君が! にぃに君が!」
「……こういう時は人工呼吸」
「ヒナちゃんそれ駄目! 息を取り戻すどころか強奪しちゃうと思うから!」
「……そう」
こうして、俺達の家にまた新たな家族の一員が加わることとなった。それと同時に、俺は人生で初めて三途の川という美しい川を心のフォトメモリーに刻んでいた。
~※~
一方その頃、夜神孤児院にいる皆が知らないところで、とある異星人達が動きを見せていた。
「ようやくひと段落やな……久々の力仕事で筋肉痛になってしもうたわ」
異星人の男は、元は空き地だった場所に立つ一軒家を見つめ、懐から煙草とライターを取り出して火をつける。
「オジキ~、建築の方は粗方終わりましたぜ~。後は家具を入れて設備を整えるだけでさぁ~」
のんびりと一服していると、一軒家の中から数人の男達が小走り気味に外に出てきた。金槌や鉄釘を持っているその姿は大工そのものだ。
「おぉ、お疲れさん。中々良い家が出来上がったやないかぃ」
「そーですねぇ。総動員で一夜漬けしやしたし、それなりの成果は残せたんじゃと思いますぜ」
「しっかし驚きなのが、お前さんらのその技量やな。一軒家ってのは少なくとも一月は使ってどうにか建てられるものだと思っちょったんだが……」
「こういうのはやればどうにかなるもんなんでさぁ。要は気合でさぁね。オジキもそういう時がありやしょう?」
「超人と大差ないお前さんらと一緒にすんなや。ワシぁ木材をゆっくり運ぶので手一杯やったわ。こういう作業はどうも適合せえへん」
「一度に五十本は運んでた人が言う台詞じゃないでさぁねぇ……」
「まぁ……ともかくや。これで居住の準備は整った。ここからが本当の仕事やでお前さんら。分かっとるなぁ?」
「勿論でさぁ。そのために俺達はこの地球に来たんですからねぇ」
「そうや……これで仰山儲けるためになぁ……フフッ……フッフフフフフッ……」
吸い尽くした煙草を専用の小型ゴミ箱に捨て、男は大量の“それ”を見つめて不気味に笑う。その笑みはまさに、魔王か何かが浮かべるような邪悪なものが混じった怪しい笑顔だった。
「むっ、そういやあいつの姿が見えへんが、何処に行ったんや?」
「あぁ、お嬢でしたら食べ物の買い出しに行きましたぜ。何も買い込んでないから丁度良かったでさぁね」
「……護衛は?」
「護衛……あ゛っ」
「その反応……付けなかったんやな?」
男の声が低いものに変わる。それは何処か怒りが込められているかのようだ。
「いや……その……す、すいませんでさぁオジキ! 実は買い出しに行くと言っていたのは結構前の話で、いなくなったのがついさっきだったもんでして……」
「んな言い訳通じるかぃ!! 何処ぞのビチグソに目ぇ付けられてたらどない責任取るんじゃテメェらぁぁぁ!!」
「ちょ、待っ、ギャァァァ……」
怒り狂うように、男はその場にいる全員の身体を"四本”の腕で殴り散らす。その姿はさながら、一騎当千の武力を誇る鬼神のようであった。




