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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
四話 ~新たな家族とお隣さん~
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一抹の不安

「ぐぉおおおおお!!」


「キシャァァァ!!」


 俺は今、この世で最も恐ろしい魔物に追われていた。


「くそっ! 全然引き剥がせねぇ! なんていう執念なんだ!」


 はっきり言って俺の足は速い方だ。高校生の陸上なら余裕で優勝できるくらいの脚は持ってる。


 なのに……それなのにあの魔物は俺の脚について来やがる。これが親の底力というやつなのか? だったらもっと別の場所でその力を発揮して欲しかった。


「……にぃにこっち」


「おぉヒナ! 援護サンキュー!」


 前方の一室のドアが開いたと思いきや、ひょっこりと我が義妹であるヒナが顔を出した。“罠”を仕掛けてくれたんだろう。


 飛び込むようにその部屋に入り、すかさずドアを閉めた。


 しかし、このドアに施錠機能はない。いや、鍵を閉められたとしても、あの魔物ならドアごと破壊してこの中に入ってくるに違いない。


 だからこその罠。あの危険生物を陥れるための罠。


 部屋一杯のバナナ部屋という罠。


「……いや駄目だろ! ギャグセンスの時代からもう間違ってるでしょこれ!」


「……バナナネタは……ギャグ界において永久に不滅」


「今求めてるのは愛着が沸いてるボケじゃなくて、高等技術の罠です!」


「……何分予算が」


「そうですね! 即席の罠に限界はありますよね! 無茶な注文してごめんなさい!」


 今の俺達には予算も無けりゃ余裕もない。おまけに罠を作るだけの時間も満足に確保できないし、これが今の俺達の精一杯だ。


 頼む! 古典的だけど空気読んでくれ魔物!


 次第に足音が大きくなって来ると、魔物はこの部屋の前でピタリと歩を止め、


「キシャァァァァ!!」


 勢い良くドアを開いて中に飛び込み、


 ツルッ ズシャァァァ!


 ものの見事にすっ転んだ。


「おっしゃぁ!! 子煩悩の塊だから知能が薄かったぁ!!」


「……あんな派手な転び方……人生初」


「よし! 今の内に全力で逃げんぞヒナ!」


「……御意のままに」


 余程当たり所が悪かったのか、魔物はピクリとも動かずに倒れている。その隙をついて、ヒナと共に全力で逃亡を図った。


 そしてようやく一息付けるまでに至り、皆がいるリビングに生還することができた。


「し、死ぬかと思ったぜ……いやマジで」


「……この世で最も……スリルあるアトラクションだった」


「御苦労さん二人共。よく無事で戻って来れたね」


 入ったところでウニ助が二人分の粗茶を出していた。きっと俺達の分なんだろうけど、呑気なもんだなコノヤロー。完全に他人事か。


「戻ってこれたね、じゃねーよ。何なんだあれ、完全に人外化してんだろーが」


「何言ってんのよ。お母さんが野獣化したのは他でもない、あんたのせいでしょやっさん」


 バリボリとテーブル上の煎餅を齧りながら会話に参加してくるミーナ。女子とは思えない食べっぷりだ。相変わらず品のない奴だ。


「なんで俺のせいなんだよ。責任転嫁だろそれ」


「それはねぇ……女の子だけを引き連れて旅行になんて行くんだから、そりゃお母さんもおかしくなるよ。嫉妬深いからねぇあの人は」


「止めてくんないその言い方? 俺が女たらしに聞こえるから」


「現に女たらしじゃない。三人も女の子 (はべ)らせてんだから」


「好きで引き連れてるわけじゃねーよ! 俺の本命は一人だけだ!」


 そう、異星人はミコさんだけ居てくれればそれで良かった。リースとクソゴミは駄菓子に付いてくるいらないおまけみたいなもんだ。


「それに、決定打になったのはその娘よその娘」


 そう言ってミーナは俺の横にいるヒナに指を差す。


「ヒナが? 別にヒナは何も悪いことしてねーぞ。無実の罪を着せようとするんじゃねーよ」


「いや、やっさん。良し悪しの問題じゃなくて、ヒナちゃんを連れて来たこと自体がもうアウトだったんだよきっと」


 どういうことだろうか? 俺にはさっぱり理解できない。


「……私……やっぱり迷惑――」


「なわけねーでしょが!! 今の俺にはお前が必要だヒナ!!」


「……そう……なら良かった」


 ようやく理想の妹を手にすることができたんだ。同じ過ちを繰り返さないよう、ミーナの二の舞にならないよう、ヒナはこのまま兄想いの娘に育ててみせる!


「にしても懐かれてるわねぇやっさん。どんなやり口で脅して丸め込めたのよ?」


「脅してねーよ、人聞きの悪いこと言うんじゃねーコノヤロー。俺達はその……あれだ。波長が合うんだよ波長が」


「……語らずとも分かる深い繋がり……そこに溝は一切無い」


「そういうことだ。分かるか?」


「えぇ、よく分かったわ。要はその娘も馬鹿ってことね」


「んだとゴラァ!? 俺の義妹を馬鹿にするたぁ良い度胸じゃねーか愚妹さんよぉ!?」


「うわぁ……すっかりシスコン色に染まってるし。気持ち悪いわねあんた」


「さっきから何なんだよお前!? ディスることしかできねぇのか!?」


 なんでこんな娘に育ってしまったのか常々思ってしまう。お兄ちゃんと呼んで慕ってくれていたあの時代が恋しい……。


「やっさんやっさん」


 ミーナと睨み合いっこしていると、横からウニ助が耳打ちをしてきた。


「あん? なんだよ今度は?」


「あんまりミーナを悪く思わないであげて。実は最近のミーナ、やっさんが異星人の皆に構ってばかりだから拗ねてるみたいでさ」


「拗ねてるって……んな馬鹿なぁ?」


「現に、時折愚痴を漏らしてるんだよ。『最近あいつここに来ないわね』だとか『退屈だし、やっさんでも苛めに行こうかしら』だとか、結構無意識に言ってるんだよね」


「ふーん……素直になりゃ良いのにな」


「ホントにねぇ。年頃の女の子って難しいよねぇ」


 わけ分からないことで急に怒るし、世話を焼こうとすれば何故か逆ギレされるし、女の考えてることは理解不能だ。だから女友達に「やっさんは女心が分かってないなぁ」と言われるんだろうけど。


「ちょっとあんた達、ひそひそ何話してんのよ」


「別に。ミーナには関係ない話だ」


「ミーナにはちょっと刺激の強すぎる話かなぁ」


「おい、そういう話じゃねーだろーが。誤解を招くような冗談言ってんじゃねーよムッツリ野郎」


「ふーん……やっぱあんた達ってクズよね。エロいことばっか考えて汚らわしいわ」


 ほら見たことか、いとも容易く誤解されちゃったよ。エロいことを考えることに対しては何も言い訳できないから、余計にタチが悪い。


「そういやミコさん達の姿が見当たらないけど、あいつら何処行ったんだ?」


「あぁ、彼女達なら子供部屋にいるよ。翠華さんの付き添いで付いて行ってたよ」


「あ〜そういうこと。そんならちょっと顔出してくるわ。それにあの馬鹿二人がまた子供達に余計な知恵を与えてるかもしれないしな」


「それは良いけど、またお母さんに出会さないように気を付けなよ?」


「お、おう。それじゃまた後でな。行くぞぃヒナ」


「……ガッテンだ」


 そうして俺はヒナの身体をひょいと持ち上げ、肩車をしたまま辺りを警戒しつつ子供部屋へと向かった。




~※~




「良いか愚民共。私の命令は絶対だ。逆らうことをせず、ただ私の言う事を信じ、黙って後ろから付いてくることを第一としろ」


「「「「「イエッサーしょーぐん!!」」」」」


「これがおしべでな? で、こっちがめしべじゃ。そしてこれをこうこうこうすることで……」


「……ごくり」


「あぁ……うん……案の定、やっぱこういうことになってるよね……」


 運良く魔物に見つからずに子供部屋に辿り着くことができた……が、事態は想像以上に最悪なものだった。


 前にも似たような光景を見たことがあるが、今回はそれ以上に酷い。子供の半数がリースに向かって土下座の練習をさせられていて、一部の男組がコヨミにシモい知識を植え付けられている。しかもご丁寧に図まで使って。


「あぁ……どんどん子供達が悪知恵覚えて汚染されていく……」


「……もう手遅れ」


「そういうこと言わないで!」


 唯一救いがあるとすれば、ミコさんと姐さんの二人が面倒を見ている女組くらいだ。幼稚園でよく見るようなその光景は、見ているだけで心安らぐ気持ちになる。


「あ、うわさのロリコンだ」


「あ、うわさのシスコンだ」


「あ、うわさのおんなたらしだ」


「誰だ!? そんないけない言葉を教えたのは誰だ!?」


 スポンジのような子供の覚えの速さが凄い怖い! いらぬ疑いが俺一人に降り注いで来やがる!


「良いか愚民共。あの男が私達の軍の中で最も底辺に君臨する“愚人”だ。何か気に食わないことがあれば全部奴に八つ当たりすれば良い」


「良いか子供達。この女が社会において最も嫌われ者になるであろう“口だけ女”だ。何か文句があるなら全部彼女にぶちまければ良い」


「口だけおんな〜」


「口だけしょ〜ぐ〜ん」


「ひんじゃくおんな〜」


「愚人貴様ぁ! またしても謀ったなぁ!?」


 チョロいもんだ。俺が少し言伝すれば言うことを聞いてくれるくらいに面倒はちょくちょく見てるからな。


「……ゴミクズの方は良いの?」


「ん? あぁ、良いんだアレは。ヒナの言っていた通り、あっちはもう手遅れだから……」


 男という生き物は知らないうちに性知識を植え付けていく種族だ。ここでゴミクズを半殺したところで何の意味もない。無駄に体力を消耗するだけだ。


 さてと、こんな奴らは放っておいてだ。俺は年上姐さんズのところにでも……。


「むかーしむかしあるところに、心優しい若い少年がいました」


 ふむ、どうやら子供達に紙芝居を見せているようだ。ミコさんが紙芝居を持ち、姐さんがナレーションを勤めている。


 そうそうこれだよ、これこそが正しき教育方法だよ。流石常識人のお二人だ。


「少年は山へ芝刈りに行きました。すると、その山道で罠に掛かって動けなくなっている一匹の鶴を見つけました」


 ふむふむなるほど、鶴の恩返しか。久し振りだな童話なんて。俺もちょっと見てみるか。


「優しい少年は罠から鶴を逃してあげました。すると鶴はぺこりとお辞儀をしてから空に向かって飛んでいき――唾を吐き捨てて行きました」


 う、うん、きっとガラの悪い鶴だったんだね。でもお礼はちゃんと態度で済ませてるから良いよね?


「そんなことがあってから数日後。夜中になり、もう寝ようと少年は押し入れから布団を出そうとした時でした。


『ドンドン、ドンドン』


「こんな時間に誰だろうか? 少年は少し不思議に思いながら戸を開けました。するとそこには、白装束に身を包んだ長い黒髪の綺麗な女性が立っていました。そしてその右手には、既に生き絶えた亡骸が一体」


 ……なんか雲行き怪しくね?


『不謹慎ですね。物騒な世の中なんですから、誰かが来てすぐに戸を開けるなんてことをしたら駄目ですよ。思い掛け無い事態に遭遇するかもしれませんよ?』


『それには及ばず、僕はもうその事態に巻き込まれてるようなので』


「少年はすかさず戸を閉めようとしましたが、いつの間にかその女性が足を挟んでいたため、追い出すことはなりませんでした」


 今までの経験から何となく分かる。これ絶対まともな童話じゃない。


『それはともかくとして、先日はありがとうございました。貴方のお陰で私を罠に嵌めたこの人に復讐することができました』


『止めてその解釈。僕はそんなつもりで助けたつもりじゃないです』


『しかし、ただ助けられて終わりと言うのは納得がいきません。ですので、どうかしばらくの間、私に恩返しさせてください』


『犯罪の片棒を一緒に担いでください、じゃなくて? 無実の罪を着せられるのはちょっと……恩を仇で返されてるような……?』


『それでは暫くお世話になります』


『駄目だ、話聞かない人だった。この人絶対◯型だよ血液型』


「そうして、多少強引ながらも少年はその女性と同棲することになりました」


 うわぁ、俺が嫌いなタイプの人間だよ。いや人間じゃなくて鶴か。何にせよ、俺も◯型の女は生理的に無理だな。


「……ヒナ、お前って何型?」


「……AB」


 良かった、俺と同じだった。性格的に何となく分かってはいたけどな。出会った頃から波長が合ってたような気がしたし。


「そして、彼女と共に暮らし始めて暫く経った時でした」


『貴方様、一つ頼みがあるのですが、使っていない部屋をお一つ貸してはくれないでしょうか?』


『一つも何も、この家はここと寝室しかないんだけど……』


『なら寝室を一日貸してはくれないでしょうか? それと、決して中を覗かないで欲しいんです』


「急な頼み事でしたが、少年はその頼み事を聞くことにしました。人の話を聞かない人なので、断っても無意味だと悟ったからです。そして彼女は一人、部屋の中に篭りました」


『ザック ザック ザック ザック』


「すると、寝室からそんな妙な音が聞こえて来ました。設定上からまずそんな音が聞こえてくるのはおかしい。少年は疑心暗鬼に陥ります」


 設定上ってなんだよ! 童話にメタメタしいコメント入れるのは駄目だろ!


「同棲を始めてからまだ数日しか経過してません。それに、恩返しの行動を始めたのは今日が初日。しかし少年は迷いました。面倒なのでオチに入るか、尺取りのためにまだ長引かせるか」


 止まらねぇなおい! 問答無用か! つーかこの話考えたの誰だよ!? まさか姐さんとか言わないよな!?


「そして少年は結論を出しました。選んだのは前者の方。少年は彼女の約束を破り、そっと襖の戸を少しだけ開けて中を覗きました」


『ザック ザック ザック ザック』


「そこで少年は見てしまったのです。彼女が亡骸を穴に埋めているところを」


 そんな気はしてました、ハイ。


『ちょっとお姐さん!? 何となくそんな気はしてたけど、何してるの!?』


『あっ、覗かないでと言ったじゃないですか。証拠隠滅は徹底してやりたかったんですけどね』


『やっぱそれが目的だったんかぃ! あぁこんな穴開けちゃって、どうしてくれんのこれ!?』


『どうもこうも、こうなった以上は貴方様も同罪ですよ?』


『嵌めたな!? 人の良心を利用して嵌めたなアンタ!?』


『これぞ、鶴の恩返しならぬ、鶴の仇返し。なんちゃって♪』


『ざけんなぁぁぁ!!』


 そこでミコさんがパタンと紙芝居を降ろし、姐さんが立ち上がって子供達を見つめる。


「良いですか皆さん。この物語を読んでお分かりの通り、世の中には人の良心に付け込んで悪行を働く悪人がいます。それは男の人も女の人も同じことです。皆さんは他人に騙されないよう、子供の内から大人の常識を身につけ、醜い部分の現実を見据えましょう。良いですね?」


「「「「「はーい!!」」」」」


「いや教育の仕方おかしい!!」


 まさか姐さんがこんなリアリストだったなんて……。良いのか? この人、今日からここで保母さんとして働くことになったけど、本当にこの人に子供達を任せて良いのか?


「……懐かしかった……ねぇねの講義」


 ごめんヒナ、俺はこの講義を良い思い出とは思えそうもない……。

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