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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
三話 ~幸運を呼ぶ不幸者~
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そうして少女は幸運に恵まれる

「も、もう無理です……もう一歩も動けません……」


「ふ、ふふっ、ふふふふふっ……情けない奴だな家事狐。このくらい、今まで巡りに巡ってきた戦場に比べたらどうってこと……ふふふっ、ふふふふふっ……」


「……大丈夫でしょうかあの二人?」


「気にしちゃいけませんよ翠華姉さん――じゃない、翠華さん。これも修行の一貫だと思わせないとやってられませんからね」


「あ、あははっ……本当にすいません皆さん」


 須藤を殴り飛ばした事件から数十分後。とても旅館に入られる状況ではなくなった俺達は、翠華さんとヒナを連れて旅館から立ち去った。須藤が目を覚ましたのかは分からないが、目を覚ましたところで警察に報告することはないだろう。異星人絡みの事情ありだし、今まで自分がしてきた悪行をバラすということになるだろうから。


 そして今、俺達は後少しで森を抜け切るところなのだが、肉体的にも精神的にもそうとうキテる二人がいるわけで、明らかに進むペースが落ちていた。


 余裕のある俺、翠華さん、ヒナ、コヨミが前列を歩き、後方からリースとミコさんが付いてきている。こっちは話をしながら歩いているからまだ良いが、あの二人が急に気を失わないかと気が気でならない。


「たるんどるのぅ二人共。普段から運動せんからここぞというところで衰弱してしまうんじゃ」


「旦那様に背負われてる人に言われたくないですよ!」


 先着一名に限り、俺が背負っても良いと三人に提案したところ、恨みっこ無しのジャンケンをし出して、その結果で勝ち上がったのがコヨミだった。そのためコヨミだけは荷物ごと俺の背に背負われている。


「にしても悪どいのぅにーちゃん。誰を背負っても背中におっぱいが当たる感触を楽しめるよう、こんな策を持ちかけるとは。お主も中々悪よのぅ……」


「はははっ、背負うのがお前じゃなけりゃ役得だったかもな」


「むほほっ、照れ隠ししてまでムッツリを隠し通したいか? 可愛いのぅにーちゃげぼぉ!?」


 じゃんけん如きで権限を手に入れたこいつを背負うべきではなかった。一体俺は何を無駄なことをしてたんだか。


「ヒナ、もし疲れてるから背負ってやんぞ〜?」


「……後ろの二人じゃなくて良いの?」


「え? あっ、いや、それはだな……」


 ミコさんを背負うのは俺の理性がもたないだろうし、リースもリースで結構大きくて実は我慢してたし……正直なことを言うと、あのジャンケンでコヨミが勝ち上がったのは運が良かったと思う。


「あの二人はその……たまにはハードの運動させるのも有りだと思ってだなぁ。なら今まで辛い思いをしてた分、ヒナには楽してもらいたいな〜、という配慮を受けてもらいたい的な?」


「……やっぱりにぃには人が良い……きっと女の子にモテてる」


「いや、無い。それだけは絶対に無い。てゆーか無かったです」


 過去を振り返れば、思い返されるのは野郎共との思い出ばかり。それとミーナ達と馬鹿やってたことも。


 それと……後は……。


「…………」


「……にぃに?」


「へ? あー、いやいやなんでもない。今思い返すとロクな思い出がねーなーと思っただけだ」


「……なら良い……けど……何かあるなら相談に乗る」


 ヒナは俺に優しいと言うけど、ヒナもヒナで十分優しい娘だと思う。気を使わせちゃって悪いことしちゃっただろうか。


 大丈夫……既に済んだことを掘り返すなんて意味がない。今の俺は贅沢なくらいに幸せだ。


「ははっ、ありがとなヒナ。でも俺は大丈夫だから。つーか、今の悩みの種はあいつらの対応だし」


「……そう」


 そこで何故かつまらなそうな顔をするヒナ。いや、無表情だから確証は持てないけど、何となくそんな感じがした。何か腑に落ちない点でもあったのか?


「ふふふっ、随分仲良くなったのねヒナ。いつから“にぃに”と呼ぶようになったのかしら?」


「……忘れた」


 今度はぷいっとそっぽ向いた。やだ、何をしても可愛いんですけどこの娘。これが萌えというやつなのか。いかん、何か目覚めそうになりそう。


「それじゃ今度から私も“にぃに君”って呼ぼうかな?」


「にぃに君て……流石に恥ずかしいような気がするんですが?」


「まぁまぁ良いじゃないにぃに君。君も私のことは翠華姉さんって呼んでくれても良いからさ」


「そ、そッスか。なら今度からそうしますね」


「それと出来たら、もう少し言葉遣いを砕いてほしいかな? ヒナちゃんとは仲良しさんなんだし、私とも仲良くしてくれると嬉しいな」


 こ、この人って実は凄いフレンドリーな人だったのか? 最初に出会った時とは全然違う雰囲気になってるし。仕事と日常で顔を変える人だったってことか。


 ま、変に気を使われるよりは全然マシだし、良い人と親しくなれるのは願っても無い話だ。


「それは別に良いんですけど、俺って口悪い方なんで不愉快な気分にさせることが無きにしも非ずですが、それでも良いんですかね?」


「……大丈夫……にぃにとねぇねは相性が合う……口喧嘩するようなことは絶対にない」


「そうだね。にぃに君は話し易い人だし、どうせなら君の内に入っておきたいかな」


「そっか、ならそうするわ。ぶっちゃけ敬語って好きじゃないんだよね俺」


「……にぃには肉食系?」


「さ、さぁ? その場によって変わるからなぁ、そういうのは」


 なんていうか……普通だ。常識人の枠に入る二人だからか、会話から面倒事に発展する様子が一向にない。


 この平和の閉鎖空間は実に素晴らしい。こういうのなんだよ、俺が求めていた女の子との安らぎの時間ってのは。出会えて良かったなぁこの二人と。


 しかも一方は俺を兄と呼んでくれてるし、一方は弟のように接してくれる。まるで妹と姉が同時に出来たようで、俺の気分はエクセレンツ的な?


「なーんて一人で舞い上がっちゃったりして? ニャッハッハッハッ!」


「え、えーと……急にどうしちゃったのかしらにぃに君……」


「……分からない……でも楽しそうだから良い」


「それはそうだけど……ま、まぁいっか」


 なんか俺を見て話をしているようだけど、やっぱり姉妹が仲良くしている光景というのは良いな。うんうん、癒し的な意味で眼福物だな。


「おい愚人……」


「なんだよリース、急にどアップで話し掛けるなよ。びっくりしただろーが」


 後ろからトボトボ歩いてきていると思いきや、いつの間にか俺の真後ろにリースが付いて来ていた。


 リースは俺の肩に手を伸ばしてくると、離さないとばかりにガッシリと掴んできた。


「白髪を背負わぬのなら私を背負え……そしてこの私を背負えることに感謝し、自分の日頃の行いを今一度見直――」


 ぴょいんっ


「…………おい」


 無理矢理リースが俺の背に乗ろうとした瞬間、軽い身のこなしでヒナが俺の背に乗っかってきた。


「ヒナ……そこを退け。割と本気で頼む」


「……リースは少しハードな運動しなくちゃ駄目……にぃにがそう言っていた」


「愚人貴様ぁ! また余計なことを言うとは何事だ!? 私のために歩き続けろ! 私のためにその体力を使えぃ! 全ては私の身体のためにだぁ!」


「うわぁ……なんか似たような言葉を聞いたような気がするわ俺……」


 悪の道には落ちるなよリース……。俺は心からそう願っているぞ。


「も、もう少しですから頑張って下さいリースさん。ファイトですよ」


「ぐっ……たかが人間如きに遅れを取るとは、一生の不覚だ! こうなったのも全て貴様のせいだ愚人! 償いとして私のことも背負え!」


「抜け駆けは駄目ですよリースさん! 私だって旦那様におんぶしてもらいたいんですから!」


「引っ込んでいろ家事狐! 貴様は汗を掻いてその無駄にでかい胸の脂肪を(しぼ)ませていろ!」


「これこれ、なんてことを言うんじゃリース将軍。今のご時世、このデカパイは希少価値のある宝物(ほうぶつ)なんじゃぞ? それを無くすなど勿体無い」


「ゴミカスは黙っていろ。発言権があると思うなよ」


「……もうなんかワシの扱い方固定済みじゃのぅ」


 う、うるせぇ。いつにも増して異星人組がやかましく聞こえる。平和組の二人の空気に慣れ始めていたからだろうか? なんにせよ、鬱陶しいことこの上ない。


「賑やかな人達ね。にぃに君、毎日楽しいんじゃない?」


「はははっ、ご冗談を。一方的にストレスが溜まるだけだっつの」


「……主にゴミカスのせい?」


「あの〜、ヒナちゃん? そういう言葉遣いは控えて欲しいかな〜私?」


「……これが名前だから仕方ない」


「いや違うからねヒナ? 一応コヨミっていう名前があるからね?」


「……役立たずの物に名前なんて……勿体無い」


「「ヒナちゃん!?」」


 ホントにコヨミに対してだけは容赦ねーなヒナ。どんだけ嫌ってんだよコヨミのこと。いやまぁ、ウザいから仕方ないんだろうけどね。


「それはそうと姐さん。これからどうするつもりなんだ?」


「これからっていうと……仕事のこと?」


「それもそうだし、他にも寝所の確保とか、色々あるでしょ。宛とかあったりするのか?」


 急にここを出る事になったんだ。このご時世、家を見つけたり職に就いたりするのは骨が折れることだろう。そこんところ、姐さんは何か考えてるんだろうか?


「あ、あははっ……実はまったくないんだよね。私、実は既に天涯孤独の身だから、頼る家族もいなくて」


「……家族ならここに一人いる」


「あ、勿論ヒナちゃんはそうよ。でも私達だけじゃこの問題は難しいでしょう?」


「……正論だから何も言えない」


 やっぱりそうだったか。しかも天涯孤独って……人のこと言えないけど、苦労してたんだなこの人も。


 ま、でも良かった。つまりこのお二人さんは特に行き先を決めてなかったってことだ。そりゃ好都合ってもんだ。


「姐さん、もし宛がないなら良い場所知ってるよ俺。それと職に関しても一つ良いものもある」


「え? ほ、本当に? でもそれだとにぃに君に頼り過ぎて悪い気が――」


「今更遠慮されても拒否権はねーぞ。俺はこのままヒナを背負ってそこに行くつもりだったしな」


「……お持ち帰り……テイクアウト」


「そうだけど、その言い方はちょっと危ないから止めようか? 軽く犯罪臭するから」


「だ、駄目よにぃに君! ヒナちゃんはまだ十五歳なんだから、経験するにはまだ時期が早いと思うの!」


「うん、人の話聞いてた姐さん? 誰が手を出すなんて言いましたかね……って……」


 えーと……今聞き捨てならないことを聞いたような気がするんですが、これは確かめないと駄目だよね?


「ね、姐さん? 今なんて言った?」


「え? だからヒナちゃんにはまだ時期が早い気がするって……」


「いやそこじゃない、一つ前の話」


「一つ前? えーと……ヒナちゃんはまだ十五歳なんだから――」


「はいそこぉ!!」


 サラッと流して済まそうとしてたが、そうは問屋が卸さない! 重要な部分ですよそこ!


「え!? マジで!? 十五歳!? 八歳とかじゃなくて!?」


「えぇそうよ。そんなに驚くことかな?」


「いや確かに言葉遣いが大人びてるな~、とは思ってたけども! 何!? じゃあ俺と対して歳変わらないわけ!?」


「……ちなみに来月には十六歳になる」


 学生計算だと高校生やった! マジか! いわゆるロリ体型ってやつだったのかこの娘!


「……なんか急に背負ってるのが恥ずかしくなってきたんですけど」


「……これでも私は年頃の乙女……にぃにの彼女になるのも十分可能」


「何言ってんの!? 俺で遊ぶんじゃありません!」


「……冗談」


 見事に弄ばれてる。クソッ、それでも怒るに怒れないじゃないか! だってこんなに可愛いんだもの!


 懐かしき妹とのスローライフ。ミーナも昔はこんな風に可愛かったのに、いつからあんな横暴人になってしまったのか……。


「……それよりにぃに……家と職の話……本当?」


「え? あ~、うん。それについては俺に任せてくれれば良いよ。それで良いだろ姐さんも」


「う、うん。何から何までお世話になりっぱなしでごめんね?」


「いやいや、俺は俺で失われた(もの)を取り戻せたから良いさ。いや本当に……ぐすっ……」


「……泣く程に?」


 むしろ感謝すべきなのは俺だと言っても良いくらいだ。満足に身体を癒すことはできなかったこの旅行だが、結果的には来て良かったな。


「に、にーちゃん……ワシの足が石化してもう歩けん……」


「へ、ヘルプです旦那様……私ももう限界で……」


「どけぇヒナぁ……貴様にはできれば強硬手段を使いたくない……だから早く……」


 こいつらは結果的に来ない方が良かったような気がしてならないな。特にミコさんは散々な目にしか合ってないし。


 ……俺が悪いんだけどね。


「しゃーないなー、なら手だけでも引いてあげるからもう少し頑張れミコさん」


「あ、ありがとうございます旦那様!」


「ならワシは空いているもう片方の手を……」


「そしたらヒナ背負えなくなんだろが。テメーら二人は根性出せや。バテたら容赦なく置いてっからな」


「何なんじゃ一体! なんで毎回ワシらばっかり悲惨な扱いなんじゃ!? 嫌いなのか!? ワシらのことが嫌いなのか!?」


「……黙って歩けクソゴミ」


「「ヒナちゃん!?」」


 今更だけど、また個性の強い異星人と仲良くなったな俺も。あくまでこれは俺の勘だが、より一層俺の日常が騒がしくなるような気がする。


 ま、今までのむさ苦しい学生生活に比べりゃマシか。野郎共に言ったら『贅沢な悩み持ちやがって、交通事故で大怪我すりゃ良いのに』とか言われそうだ。


「……にぃに」


「ん? どしたぃ?」


「……なんでもない……呼んだだけ」


「そっか」


 俺がからからと笑うと、それにつられるようにヒナが薄っすらと笑みを浮かべ、俺の背に顔を預けた。


 こうして、不幸だった彼女は幸運に恵まれる。この先でも続いていくであろう幸せを、俺は密かに願っていた。

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