暇潰しと異星人潰し
「こ、これは……」
「ふんっ、恐れ入ったか愚人」
お互いの了承により、共同して昼食を作ろうとしていた昼時半ば。献立は何にしようかとミコさんと共に悩んでいたところ、少し素直な顔を見せていたリースが自ら挙手した。
「愚人に希望がないのであれば、この私が直々に振る舞ってやろう」と。
勿論、俺は止めようとした。ミコさんも「それでしたら私が何か適当にお作りしますよ?」と、悪意無く穏和的に止めようとしていた。
しかし、やはり強情な部分は直らなかったリースの一点張りで、結局は俺とミコさんによる共同作業は潰え、仕方無くリースの手料理を食べることとなった。
それから数十分掛けて調理が終了し、ドヤ顔のリースが何回かに分けて皿を運んで来た。
そして今、俺達三人はリビングのテーブルにて食卓を囲っているところだ。
で、結論から言うとだ。大将軍リースは傘一本で星国を落とせるという腕前だけでなく、料理の腕前も無双したものだった。
冷蔵庫に入っていたのは近くのスーパーで買っていた安物の品揃えのみ。どれもこれも「美味しい!」と言い切るには難しい質のものばかりだったはず。
それなのに、今テーブルの上に置いてあるのは豪華絢爛な手料理の数々。それはもう、本当にあの食材でこんなものが作ることができるのかというくらい物凄い出来だ。どんな品が並んでいるのかは、ご想像にお任せすることとしよう。
「……ミコさん、冷蔵庫の中身は?」
「使える食材は満遍なく使われていますね」
「当然だ。あったものだけで調理したのだからな。サバイバルの基本だろう」
半信半疑だったため、ミコさんに冷蔵庫の中身を確認させたところ、やっぱりこの品達は余り物で作られた料理らしい。
なんということだ。こんな横暴人にこんな特技があっただなんて。
「で、でも味の方は!」
そう思い至り、箸を右手に料理の一つに手を伸ばそうとしたところ、
「あだっ!?」
リースの手によって右手を叩かれてしまい、箸を取り落としてしまう。
「貴様は食事前の作法の一つも出来ぬのか。ちゃんと手を合わせて『いただきます』くらいはしろ。その行いは料理と私に対する侮辱だ」
「す、すいません……」
「ふふっ、リースさんは礼儀正しい人なんですね」
「当然だ。私を誰だと思っている」
豪快な奴に見えて、実は繊細な部分を持ち合わせていたらしい。以外なところで礼儀正しさは見せなくていいから、その性格に礼儀正しさを植え付けて欲しかった。言ったらぶっとばされそうだけど。
それはともかくとして、作法に関してはリースの言うことが正しいので何も反論できず、俺達は『いただきます』を済ませてからようやく昼食を食べ始めた。
「……マジかぁ」
一番最初に食べたのはシンプルな肉料理。口の中に入れた瞬間、サーロインでも食べたかのようにとろりと溶けて、旨味のある肉汁が溢れ出る。
これは既に料理とは言えない気がする。料理というレベルで出来る味じゃないだろコレ。
「横ぼ……リース、お前一体どんな魔術使った? 相当MP使っただろ」
「人聞きの悪いこと言うな。正攻法で調理する以外のことは何もしていない」
「じゃあ料理と書いて禁術という反則技を使ったみたいな?」
「どれだけ疑り深いんだ! 真面目にやったと言っているだろう!」
「マジか……信じられん……」
俺のこの味覚と視覚と触覚で直に感じているが、やっぱり信じ切ることができない俺がいる。
ちなみに、驚きを隠しきれていない俺に対してミコさんはというと――
「負けましたモグモグ……家事の一つである料理なのにパクパク……勝てる気がしませんモグモグ……これでは私の立場がパクパク……もしかしたらこれで旦那様に愛想を尽かされるんじゃモグモグ……あぁぁぁパクパク……」
「おい狐耳、喋るか食べるかどちらかにしろ。行儀が悪いぞ」
「す、すいません……モグモグ」
自分の特徴の一つを潰されてしまったショックにより、ネガティブになりながらも箸を止めずに料理を口に運んでいる。それだけこの料理は絶品なのだから落ち込むのも無理はない。
それから時が過ぎていき、話の一つもしないまま箸が止まらずに食事が続く。
そして気付けば、俺達は結構な量があった料理をペロリと平らげていた。
「ご、ごちそうさまでした……」
「うむ」
「あ、後片付けは私が致します!」
挽回するとばかりにミコさんが食事後にも関わらず俊敏に動き出し、テーブルには俺とリースだけが取り残された。俺は呆然と固まり、頭が上がらないでいる。
「これで分かっただろう愚人。これも貴様に『心地好い生活』を送ってもらうための一つだ。ちなみに、今回の料理は昼時なので食べやすいことを第一として調理したものだ。どうだ? 正しく、心地好さを感じやしないか?」
「……ミコさんにも一度聞いたんだが、この際だからお前にも聞いておく」
「ふんっ、またくだらないことならば承知しないぞ愚人」
ミコさんのように積極的に尽くしてくれているわけではない。でも、口の聞き方はともかくとして、この心遣いは本物だと思う。だからこそ疑問が沸いてしまう。
「なんで俺にここまでしてくれる? それになんで俺なんだ? 地球は広いんだし、お前みたいに料理上手な奴を欲している奴はもっと他にいると思うんだけど」
「…………」
リースは黙り込むと、懐に持っていたビーフジャーキーを咥えて、足を組んでテーブルに乗っけた。ここは普通に行儀悪いのな。
「一つ問おう愚人。貴様は何をするにも理由を欲する男か?」
「な、なんだよ藪から棒に」
「いいから聞け。例えば、貴様の目の前に助けを媚びる何者かがいたとしよう。その者は悪漢に襲われていて、袋叩きのような暴力を受けている。そんな時、貴様はどうする?」
「どうするって……普通に助けに入るけど?」
「そこに見返りが無くともか? むしろ己が傷付くかもしれないのにか?」
「見捨てるのは胸くそ悪いし、そもそも返り討ちに合わない程の腕はあるんでな」
「ふっ……つまりはそういうことだ」
「……はぃ?」
若干嬉しそうに笑うリースだが、対する俺の顔は渋い。だって何が言いたいのかまるで分からないんだもの。
「そこに対した理由はなかれど、貴様は助けに入ると言った。そしてそれは私も同じだと言うことだ。ここには少し興味があってやって来ただけ。ただそれだけのことだ。まぁ、まだ少し理由はあるが言うほどのことではない」
「あ~、つまりはほんの出来心とか気紛れでやって来たってことか? 星国を落とすことに飽きて、もっと他に興味を持てることはないかと探してた、みたいな?」
「そういうことだ。あのクリーナー星人の経緯は知らんが、私の場合はそのように軽く感じていてくれれば良い」
「そう言われてもなぁ……」
軽い気持ちで男の家に住ませろだなんて、種族は違えど俺に危機感を感じないのかこいつは?
……いや、もし万が一襲われたとしたら、その圧倒的な力で返り討ちにして、ついでに地球も木っ端微塵にするつもりなんだろう。そう考えると、こいつが俺のところに来たのは正解だったかもしれない。
にしても、暇潰しのようなもので俺に遣えるようなことをしに来るとはなぁ。将軍なだけあってやることが豪快というか、考えなしな行動というか、ほとほと呆れてしまうものがある。
でもまぁ、追い返そうとしたら地球の危機が迫るんだし、それならまだここで大人しくしてもらって、飽きたらそのまま星に帰還を願えば済む話か。少し時間は掛かるかもしれないが、人類を滅ぼされるよりはマシだろ。
……あれ? これって地球の未来は俺に掛かってるようなものじゃね? 大丈夫なのかコレ? 頑張れるのか俺?
「うーん……本当に裏があってやって来たとかはないんだな?」
「あぁ、そこは安心してくれて構わない。私は生まれてこの方、嘘を付いたことがないからな」
「……分かった。ひとまずお前のことも信用してやる」
「当然だ。ここまでしておいて信用の一つもしなかったのであれば、この辺一帯を焦土と化していたところだ」
いちいち言うことが危なっかしい奴だな。でも取り扱いさえ間違わなければ大事ないだろう――多分。
「よし、話がまとまったところで、次の手を打たなければならぬな。それに時間は迫ってきているようだしな」
「あん? 何の話だよ?」
「決まっているだろう。脆い屋根を壊されぬよう、落下してきている異星人を凪ぎ払うのだ」
そう言うと、リースは早々に立ち上がって腰から傘を抜き取り、屋根の上に向かうべく屋根裏に続く階段へと向かう。
続いて俺も慌てて立ち上がり、リースの後を追っていく。
「え? ただの俺の憶測だと思ってたけど、マジでもう落っこちて来てんの?」
「あぁ。この速さだと数分後には降ってくるはずだ」
リースは歩きながら帽子を取る。すると、頭の天辺に生えているアホ毛が不自然に動いていた。レーダーのような役割でもあるのだろうか? 異星人ならではの特徴というやつかこれも。
ていうか、こういうのを見ても特に何も感じなくなってきたな。異変に対して感覚が麻痺してきたんだろうか? それとも単純に慣れただけ? どちらにせよ、世間的に見て普通じゃないことは確かなんだろう。まぁ、この際もうどうでもいいんだが。
少しして俺とリースは屋根の上までやって来た。
よーく青空を見上げてみると、ほんの小さな光が輝いているのが微かに見える。もしかしなくとも“アレ”がそうなんだろう。
「で、やって来たわけだが、一体どうするつもりだ?」
「要はこの屋根を壊されなければ良い話なのだろう? なら早い話、アレを凪ぎ払えば済むことだ」
「さっきも言ってたけど、それってどういう――」
「そろそろ来るぞ。少し離れていろ愚人」
言葉の意味を確かめる前に下がれと言われてしまい、被害が及ばないようにリースから離れた位置に移動する。
それから数十秒後、輝いて見える異星人が次第に大きくなっていき、ついには肉眼でその姿を捕らえる位置にまでやって来た。速くてよく見えないが、確かに“アレ”もまた人の形をしている。
凄い速さに暴風雨のような激しい音が聞こえている中、リースは右腕に力を込めて片足を少し後ろに引き、腰を少し落とす。
そしてついに異星人がジャストな位置にまで降ってきたその時、
「ふんっ!」
リースの傘が横凪ぎに振るわれ、
ゴシャッ!
妙にグロテスクな音が鳴り、
ドガァァンッ!!
屋根から中庭の方に逸れて墜落した。
「ふぅ……よし、逸れたぞ愚人」
「…………いや」
何かやりきった顔してるけど、駄目じゃねアレ? 屋根は壊れなかったけど、代わりに一つの命がブレイクしてしまったような気がするんだが?
「さて、今度は何者が降ってきたのか確かめるとしよう。と言っても、これ以上この場所に住民は不要だがな」
「んな呑気なこと言ってる場合じゃなくね!?」
すっげぇ嫌な予感がしてならないのは絶対に気のせいじゃない! だってゴシャッて聞こえたもん! あれって何かが砕け散った時になる音だもん!
と、とにかく事態は一刻を争うかもしれない! 早く未確認生命体の無事を確認しに行かなければ!
屋根から飛び降りて行ったリースを追うように、屋根裏に戻って急いで玄関の方へと向かい、慌ててサンダルを履いて外へと出た。
中庭にやって来ると、そこにはリースだけでなく、音で駆け付けたのであろうミコさんの姿もあった。それと、クレーターのようになっている穴の上に倒れている人物も。
「うっ……私ちょっとお花積みに行ってきます……」
「慣れてない者は見ない方がいい。クリーナー星人は家の中で大人しくしていろ」
顔色を悪くしたミコさんは口を押さえながら家の中へと戻っていった。本当のことなら俺も家に戻って何もなかったことにしたいくらいだ。
何故なら、今さっき落ちてきた異星人が惨い姿に成り果ててしまっているから。
ミコさんやリースが落ちてきた時とは比べ物にならない血液の量。腕や足がありえない方向に曲がり、顔は原型を止めておらず、内臓的な物が――以下自主規制。
「これは予想外の事態になってしまったな。でもまぁ良いだろう」
「いや何も良くねーよ!? あぁぁぁ!! ついにやっちまったぁぁぁ!!」
この日、俺はこの世に生まれて初めて殺人現場に遭遇してしまうことになってしまった。
――と思ったのは、この一瞬の時だけだった。