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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
三話 ~幸運を呼ぶ不幸者~
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ちゃんと見ろ

「……翠華すいか姉さんと何があったのかは知らないけど……これは私自身の問題……他人の貴方には関係ない」


 翠華……女将さんのことか。そういえば名前をまだ聞いてなかったな。


 他人……か。確かにヒナの言う通り、翠華さんもヒナも一日二日出会って知り合っただけの繋がりだ。複雑な事情に部外者が首を突っ込むなんて、場違いにも程がある。


 まぁ、だからって引くつもりはさらさらないけどな。


「余計なお世話とお節介は俺の特権なもんでな。君がどれだけキツいことを言おうと、俺は引き下がるつもりはないよ」


「……貴方も同じことを言うんだ」


「同じこと?」


「……(こくり)」


 ヒナの身を一番案じていた翠華さんのことだ。ヒナに何を言われてもあの人は臆することなく、この娘と接していたんだろう。


 どうやら翠華さんと俺の性分は似通っているらしい。世話焼きな人ってのは何処にでもいるもんなんだな。


「……だとしても関係ない……私は私の恩を返すために……ずっとここにいるって決めてる……」


「その恩ってのは、右も左も分からない自分を拾ってくれたことに対しての恩なんだよな?」


「……(こくり)」


「だから自分の身を削ってでも力になろうと必死になってる。自分が不幸になることを前提に、君はあの当主の役にたちたいと思ってるわけだよな?」


「……(こくり)」


「……そうか」


 言いたいことは山程ある。でもその前に、この娘には一番重要なことに気付かせてやるべきだな。


「一つ聞きたいんだけど……いいか?」


「……?」


「お前さ……今、生きてて楽しいか?」


「…………」


 一瞬だけ目が大きく見開かれたが、すぐにいつもの無表情になって黙り混んだ。意外な言葉を聞いて動揺を隠しきれなかったんだろう。


「別に今の問いには無理して答えなくて良いけどさ。他人だからこそ分かるんだよな。お前、そうとう無理してるだろ」


「……そんなこと――」


「傷跡だらけの身体になって死にかけてただろーが。そんなことない、だなんて言われても何も説得力ねーよ」


「…………」


 何も言い返せないのは自覚があるということ。自分で自分の本心を包み隠し、目を背けていたということだ。


「助けてくれたから、救ってくれたから恩を返す。その心意気は良いさ。でも、その恩の返し方が間違ってるってことに気付いてるか?」


「……おじさんは喜んでくれてる……間違ってなんてない」


「そうだな、お前が言う当主は喜んでんだろーな。でも翠華さんはどうだ? お前の行いに一度でも喜んだり褒めたりしてくれたか?」


「……(ふるふる)」


「だろ? つまりはそういうことなんだよ。自分が辛い思いをしてまで絶対返さなくちゃならない恩なんてない。恩を返すってのはな、相手がただ喜ぶことをするんじゃなくて、その恩を返すことで自分が良かったと思えることで初めて成立するんだよ」


 仮にだ。もし俺が無茶をしでかしてまで沙羅さんに拾ってくれた恩を返そうとしたらどうなるか。間違いなく激怒する上に、罰として貞操を掌握されることだろう。二重の意味でそれだけは御免被る。


 それに沙羅さんの場合は、「私に恩を返してください」とは言わない。「私に恩を返そうと思うなら、私ではない誰かのためにその心を分け与えてください」と言う人だ。馬鹿にみたいにお人好しだから。


「お前が今してることは恩返しじゃない。それは単なる自己満足だ。それも、自分を傷付け、本当に恩を返すべき人を間違えてるという過ちだらけのな」


「…………」


「これは俺の憶測だけど、お前、本当は気付いてたんじゃねぇか? こんなことしても何も意味なんてない。でもあの野郎に恩返しをしていないと、ここに居る意味を失ってしまうと。そうなったが最後、また一人になっちゃうってな」


「……憶測じゃない……今言った通り」


 ようやく本心を漏らしてくれた。頑固者でも、ここまで言われては納得するしかないと踏んだのだろうか。何にせよ、やっとここまでくることができたな。


「……自分の名前と不思議な力しか分からない……そんな状態で気付けば私は森の中にいた……その時に感じたのは……孤独という恐怖」


 人も異星人も皆同じ。最も恐ろしいと感じることは、深い重傷を負うことでもない。死の淵に立たされることでもない。一生孤独でいるということだ。


 何も分からないまま一人、森の中にいたんだ。まだ幼かっただろうに、さぞ怖かったことだろう。


「……でもそんな時におじさんが私を見つけてくれて……本当に嬉しかった……でも……今は……違う」


 ヒナの目に悲しさが滲み出る。その目は、出会って間もなかったミーナの目と重なって見えた。


「……私の力を知った途端……おじさんは目の色を変えて縋り付いてきた……それで私は知ってしまった……必要とされてるのは私じゃなくて……私の力なんだって」


 何も言葉はかけない。今はただヒナの話を聞く。


「……まるで裏切られたような気分になって……それでも一人になるのは嫌だったから……だから私はここに残ってこの力を使い続けた……」


 それしか手段はなかったから、な。ただし、それはあくまで“過去”の話。


 今は違う。ヒナはそれに気付いていない。


「……でももう辛い……何度折れかけたか分からない……だけど一人になるのはもっと辛い……だから私は――」


「辛くとも力を使い続けるってか? ったく、視野の狭い奴だなお前は!」


「っ!?」


 首根っこを掴んでヒナの身体を強引に持ち上げると、襖の前に移動した。


「確かに昔のままだったら一人になってたかもしれねぇ。でも今は違うだろう。お前のことを一番に考えてお節介を焼いていたお人好しがいるはずだ」


“姉さん”と呼んでるくらいなんだ。本当は縋り付きたかったに決まってる。


「ちゃんと見ろ、ヒナ! 恩返しするべき人はもっと身近にいるだろ!」


 空いている左手で襖を掴み、勢いよく開く。


「きゃっ!?」


 そうして、襖越しにさっきから聞き耳を立てていた女将さん――翠華さんを引っ張り出した。


 こそこそしてないでさっさと入ってくれば良いものの……不器用な人ばっかだなこの旅館。


「……翠華姉さん?」


「いたたっ……あっ……えっと……その……」


 バレていないと思っていたからか、引っ張り出されたことに困惑している様子の翠華さん。


 さて、後は翠華さんの役目だ。俺はここいらで席を外すことにしよう。


「それじゃ、バトンタッチってことで。後のことは全部任せましたよ女将さん」


「え? お、お客様!?」


「部外者は部外者らしく退散するんで、後は身内同士で好きなだけ喋ってください。俺は俺で身内の相手をしなくちゃならないんでね。じゃ、また後で会いに来ますね」


 手を伸ばして俺を引き止めようとする翠華さんだが、その手を軽い身のこなしで躱し、退散した。




~※~




「……えっと」


 部屋に取り残されてしまった翠華。盗み聞きしていたこともあって、ヒナとは目を合わせずにモジモジとしている。


「……聞いてたの?」


「え!?」


「……お客様と私の話」


「えっと……その……偶然通りかかって話し声が聞こえてきたので、ほんの出来心で――」


「……目が泳ぎ過ぎてる……翠華姉さんに嘘を吐く才能は無い……ちゃんと本当のことを言って」


「アハハッ……ヒナちゃんは観察眼が鋭くて困っちゃいますね」


「……笑って誤魔化すのもご法度」


「は、はい、すいません……」


 この子相手に隠し事なんて無駄だ。それに、無駄話をするためにここに来たわけでは無い。あのお客様が紡いでくれたこの時を無下にするわけにはいかない。


 翠華は薄っすらと笑い、真顔になってヒナと目を合わせた。


「実は私、お客様にヒナちゃんのことを全部話したんです。色々あって隠すに隠せない状況になって、お客様に問われてしまったので」


「……それで?」


「そしたらお客様が突然『この旅館を潰す』なんて言い出しまして……。冗談かと思ったんですが、あの人は本気でした。……その方法は思い付いてなかったみたいですけど」


 彼の勢い任せの発言を思い出し、苦笑する翠華。


「だから何をするか分からなくて心配になりまして。それでついさっきここに来て盗み聞きを……すいません」


 素直に頭を下げる翠華だが、ヒナに怒っている様子は無い。というか、無表情なままなので何を思っているのかが読み取れない、といった方が正しい。


 だが少なくとも、怒っていることは本当になかった。


「……別に謝らなくても良い……それよりも……私の話も聞いてほしい」


「え? ヒナちゃんがですか?」


 驚くのも無理はなかった。何故なら、ヒナは今まで自分から翠華に話をしたいと言ったことが一度もなかったから。それ以前に、こうして二人きりで話す機会も少なかったので、翠華にとっては何もかもが珍しく――嬉しい出来事だった。


「はい。私もヒナちゃんの話が聞きたいです」


「……(こくり)」


 一度頷くと、ヒナは彼が去っていった襖の向こう側を見つめながら口を開いた。


「……お客様と話をして……私の考え方を全否定された……私のしていることは恩返しじゃない……単なる自己満足だって」


「……私もそう思っています。辛い思いをしてまで返す恩なんて何も意味なんてありませんから」


「……うん……お客様もそう言ってた……でも言っていたのは否定的なことだけじゃなかった」


「なんて言ってたんですか?」


「……今の私はおじさんを失っても……一人じゃ無いってこと……恩返しをするべき人は他にいるってこと……そう言ってた」


「……そうですか」


 ヒナは感謝をしていた。本当は分かっていたことに素直になれず、目を背けていたところを無理矢理引っ張り出してくれた彼に。


 思っていたことを全て話す。今のヒナにはそれができるようになっていた。


「……もし仮に……私がこんなところから出て行きたいと言ったら……翠華姉さんはどうする?」


「そんなの決まってます。仕事を辞めてヒナちゃんとここから一緒に出て行くだけです」


「……やっぱりそう言うと思った……翠華姉さんは極度のお人好しだから……でも」


「でも?」


「……だからこそ言えなかった……だからこそ甘えられなかった……そうしたら翠華姉さんは……仕事を失ってしまうから……」


 今の時代、職の一つに就くことすら困難だと言われている。だからヒナは本心を打ち明けることができなかった。


 唯一優しく接してくれ、本当の“妹”のように思ってくれた翠華に迷惑を掛けるわけにはいかなかったから。ヒナにとって、翠華はそれ程に大きく、大切な存在になっていた。


「……でも今は分かる……ううん……本当はずっと前から分かってた……この考え方は逆に翠華姉さんを傷付けるだけだって」


「本当、今更過ぎますよ」


 翠華が眉間を摘み、俯いた。


「……だから頼みたいことがある……けど……その前にまだ一つだけ言いたいことがある」


 そう言うと、ヒナは小さくて華奢な両手を翠華の左手に重ねた。


 そして――


「……私を大切にしてくれて……妹にしてくれて……ありがとう……“ねぇね”」


 無表情が消え去り、幼げで可愛い笑顔を浮かべた。


「ようやく……ようやく言って……くれまし……たね……」


 ポタポタと翠華の目から涙が溢れ、ヒナの手の甲に落ちる。何度も何度も、止め処なく涙が溢れ出る。


「……ねぇね……私……ここから出て行きたい……付いて来てくれる?」


「当たり前じゃないですか。貴女は私の大事な大事な妹なんですから……」


「……(こくり)」


「ありがとうヒナちゃん……私を頼ってくれてありがとう……」


 それから二人はお互いの身体を抱き締め合った。今一度、お互いの繋がりを確かめ合うように。


 暫しの時が流れ、風の音も何も聞こえない中、ヒナは翠華の身から離れた。


「……これでねぇねとの話は済んだ……それじゃ用事があるから……行ってくる」


「用事? 一体何のことですか?」


「……この旅館はたとえお客様相手だとしても……守って貰わなきゃいけないマナーがある……旅館内での騒動・乱闘は禁止」


 何のことか分からず、首を傾げる翠華。


 ヒナはまた薄っすらと笑うと、立ち上がって襖を開ける。


「……ここでの最後の仕事をしてくる……お客様に注意を……いや――」


 そしてヒナは――


「ゴミクズの始末してくる」


「…………へ?」


 翠華に白目を剥かせる発言を最後に、一人廊下の向こうへと消えていった。


「…………」


 ぽつんと取り残された翠華は、先程のヒナの温もりを感じながら思う。


 何処で育て方を間違ったのか……と。

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