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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
三話 ~幸運を呼ぶ不幸者~
35/91

不用意に背中を預けちゃ駄目

「なんであんな威勢の良いことを言ってしまったんだ俺は……」


 現在、この旅館の目玉である露天風呂に一人浸かっている。温泉の暖かみが身を温めてくれて、普段の疲れが何処かに吹き飛んでいくような心地好さ。


 しかし、吹き飛んでいく疲れは次第に羞恥心で埋め尽くされていく。思い出す度に耳が真っ赤になって逆上せてしまいそうになる。


 前回、ヒナを助け出すために「この旅館を潰してやるぜ!」的なことを宣言した。何も考えず、勢いに身を任せてだ。


 覚えていないが、あの時の俺は少なからずドヤッとした顔になっていたと思う。だからこそ、後の後悔はいくらでも膨れ上がっていってしまう。


 あの時の時間に戻って「血迷ったか貴様!?」と自分を思いきりぶん殴ってやりたい。気が済むまで幾度となく拳を叩き込んでやりたい。


 ついさっきのことだが、俺はあの出来事のオチを一生忘れることはないだろう。きっとこの重荷は永遠に背負っていかなければならないのだろう。


 辛い! 辛すぎる! いやもう辛いっつーか……嫌っ!


「さっきから騒々しいぞ愚人。湯も満足に疲れないような餓鬼なのか貴様は? 目障りなことこの上ないな」


「温泉にすら傘を持ち運ぶような変人にあれこれ言われたかねーよボケが」


「……ダ――」


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!! 言うな言うな蒸し返すなぁぁぁ!!」


 この野郎、俺のトラウマをほじくって来るとか鬼か悪魔か? 誰にだって触れられたくないことの一つや二つあるってのに、その暗黙の了解を突き破ってくるとか何なん?


「余程堪えているようじゃのぅ。そんな気にすることでもないじゃろぅて、にーちゃん。勢い任せの失言は誰にだって経験あるはずじゃ……多分」


「黙れクソ白髪、俺はお前を一生許さねぇ。この失態の恨みはいつか必ず晴らす」


「わ、悪気はなかったんじゃよ。というか、決定打となったのはリース将軍の発言じゃろぅが」


「でも発端となったのはお前だ。だから俺はお前だけを恨み尽くす」


「そ、そんな横暴な……ワシはただ『それで、そのための具体的な策はあるのかのぅ?』と聞いただけじゃったというのにか?」


 そう。あの時に俺が旅館潰しを宣言した後、コヨミが今言った通りのことを聞いてきた。


 その問いに俺は答えられなかった。そりゃそうだ、勢い任せの発言をしたんだから策なんてまだ思い付いているわけもなし。


 そこで俺は「それはこれから考える」と繋げるはずだった。はずだったのに……。


「やっぱり悪いのはリース将軍じゃろぅ! 何事もなく終えられる話に一番多く油を注いだのはお主以外に考えられんぞワシは!」


「私は事実を言ったまでだ。責められるものなら責めてみろ」


「ほぅ……それは性的――いや、物理的に“責める”のもアリと受け取って良いんじゃな? 主にその豊満なおっぱ――」


 ズシュッ、と生々しい音が聞こえてきた。心癒す温泉を血に染めるのだけは勘弁してほしい。


「考えも無しに言ったキメ顔有りの台詞。それをダ(あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!)と言って何が悪い。私はそういう無能で無知な奴が大嫌いだ。それなのに貴様はいつまでも話を引きずってウジウジウジウジと……“女々しい”とは思わないのか愚図め」


 ドシュッ!、と生々しく大きい音が聞こえてきた。俺の心を血塗れにするのも勘弁してほしい。


「分かったから……これから挽回するから……もうそっとしておいてください……ここは数少ない癒しの場なのですから……」


「ふんっ、意気地無しが。情けないにも程がある」


 もう壁越しの会話は止めよう。これ以上裏リースと会話してたら心が病んで自殺しかねない。


 今は悩みよりも温泉だ。日頃の疲れ、恨み、辛み、体臭、その他諸々を吹き飛ばすために俺はここにいるのだから!


 にしても、お客が一人も入っていないのはラッキーだったな。そう多くはないが、他にも旅行者はいたというのに、今だけ貸し切りとはありがたい。今の俺、絶対涙で顔が汚れてるから見られなくて良かった……。


「そういえばにーちゃん。結局ミコは見付けられなかったのかのぅ?」


「……あっ」


 そういやヒナのことでドタバタしてたからすっかり忘れてた。最初はミコさん探しのために外に出たのに、なんで肝心なこと忘れるかな俺……。駄目だまた自暴自棄になりそうだ。


 止めだ止め。もう聞こえないフリしよう聞こえないフリ。聞くこと全てが精神攻撃にしか聞こえなくなってきてやがる。


「おい、にーちゃ~ん。今度は黙りかの~ぅ? 混浴は叶わなくとも会話くらいは欲張っても良いじゃろ~ぅ?」


 ていうか喧しいんだよさっきから。たまには俺抜きで女子トークにでも花を咲かせろよ。


「むぅ……反応が無くなってしまったのぅ。それじゃそろそろ目的の一つを果たすとしようか。のぅ、リース将軍?」


「貴様の悪戯に付き合うつもりはない。やるなら勝手にやって死ね」


「つれないのぅ。そんなこと言って本当は興味あるんじゃろぅお主も? ここまで来て覗きをしないなど、和食を食べる時に漬け物のたくわんを食べないことに等しい愚行じゃぞ」


「それは貴様の基準だろう。くだらない理屈を述べても無駄だ。そもそも、今貴様が考えていることを実行したらどうなるか分かっているのか?」


「フフフッ、分かってないのぅリース将軍。覗きとはバレないように実行するものじゃ。つまり、バレなければ八つ裂きにされることもない。見るだけ見続けて、得するだけに収まるのじゃ。どうじゃ、素晴らしいじゃろぅ?」


「……ここまで無能さを見せ付けられると逆に清々しい奴だ」


 いや、俺の場合は一周回ってやっぱり気色悪い変態としか思えない。本当ならそこは俺がするべき行動なのに、何故に最近の俺は逆セクハラばかり受けてるのか……?


「ん~……あっ、ならばじゃリース将軍。これは一つの勝負と思えば良いのではないか?」


「……勝負?」


「そうじゃ。今現在の段階でお主はにーちゃんに一勝もできてないじゃろぅ? まぁ、それは腕っぷしの問題じゃから無理難題も良いところなんじゃがのぅ。しかし、勝負とは何も力比べだけに収まることではない。こういう心理戦もアリなんじゃよ」


「ふむ……一理あるな」


 いやちょっと待ちなさいリース将軍。上手いこと乗せられてることに気付きなさい。納得したらそれこそ“負け”だぞ。


「もし覗きをしてにーちゃんにバレなければお主の勝ち。それだけでお主はにーちゃんに一勝したという証を手にすることができるわけじゃ。それはリアルに名誉なことだとワシは思うぞ」


「……仕方無い。今回だけだぞ貴様と組むのは」


「むほほっ、利害の一致じゃのぅ♪」


 待て待て待てぃ! どんだけチョロいんだよ将軍様! それでも自称・宇宙一の大将軍なのかっ!?


 それと、敢えて言ってなかったが、バレないように覗きをするっつってるけど、さっきから会話が全部筒抜けしてんだよ! その時点で負け確定なことに気付け将軍バカ


「それでどうするつもりだ。何か策があって言っているのだろうな? もしそうでなければ――」


「まぁまぁ、そう急かすでないリース将軍。誰かと違ってワシは勢い任せの発言はせん。ちゃんと計画はたててあるから安心せい」


 ……野郎、後で覚えてろよ。覗きの結果関係無しに八つ裂きにしてやらぁ。


「それでは計画を開始するぞ。まずはありったけの桶を用意するんじゃ」


「桶? 一体何に使うつもりだ?」


「良いから言う通りにせい。それらをこの壁際にピラミッド式に積み上げるんじゃ」


「なるほど、段にするということか。それで壁を越えた高さの場所から覗きをすると」


「いや、それでは簡単にバレてしまうじゃろぅ。だからワシは更に策を持ち掛けるつもりじゃ。とにかくまずは桶を集めて積み上げるんじゃ」


 そこで会話が止むと、ピチャピチャという足音が忙しなく聞こえてくるようになる。


 それで良いのかリース将軍? 顎で使われてるけど、気付かなきゃそれで良いのか?


「よし、こんなものだろう。それでどうする?」


「うむ。では先にリース将軍に試してもらうとするので、この桶の天辺に登ってくれ」


「しかしこの高さではまだ覗くのに足りないと思うのだが?」


「そこはワシの策が解決するから安心せい。とにかく、登ってくれないことに何も始まらんから、はよ登ってくれリース将軍」


「……分かった」


 ……なんだろう。物凄く嫌な予感がしてきた。ここ最近はかなりの頻度で勘が働いてるから、間違いなく気のせいではないと確信できる。


「――登ったぞ。何とか手が届く位置ではあるが、ここからどうするつもりだ?」


「うむ。ではその傘を一時的に貸してくれ」


「な、何? これを使うと言うのか?」


「そうじゃ。この策はその傘が全てを握っているんじゃ。気が進まないのは察するが、ここは一つ我慢しとくれ」


「くっ……これも勝負に勝つためだ。だが先に言っておくぞ白髪。もしこれを壊すようなことをすれば――」


「そんな野蛮なことはせんから安心せい。人の宝物を乱暴に扱うことは、流石のワシも躊躇われるからのぅ」


「……分かった。丁重に扱わんと砕き殺すから覚えておけ」


 ……え? そんなことして良いのか? 裏リースと違って、表リースはそういうことを躊躇うような――


「で!? で!? ここからどーするの!? 私はいつでも準備オッケーだよ!!」


 ……勝負欲より性欲の方が勝っちゃったよ。余計にタチ悪い方向に悪化しちゃったよ。実は女子ってそういう生き物だったと勘違いしちゃいそうなんですけど。


「よし、塀を両手で掴むんじゃ」


「うんうん! それで!?」


「尻を突き出すような体勢になっとくれ」


「うんうん! で!?」


「後ろを振り向いて、ワシの方を見とくれ」


「ハァハァ……で!?」


「ハイッ、チーズ」


 パシャリッ


「んん~、良いポーズじゃ。それじゃお疲れ様でした~」


「はーい、お疲れ様でした~!――って、ちょっと待てぇぇぇ!!!!!」


 あーはいはい、そういうオチだったか。俺に被害が及ばないオチで良かった良かった。


「騙したな!? 最後の最後で騙したな!? 何がお疲れだクソ白髪ぁ!!」


「何を言っとるんじゃリース将軍よ。ワシの目的は最初からこれだったんじゃ。にーちゃんの裸体を覗くのもアリじゃったが、リースかミコのあられもない姿を撮るのもアリじゃと思ってのぅ。見事に乗せられたお主が悪い」


「こ、こんのぉぉぉ……寄越せそのカメラ!」


 若干キレてるリースがドタドタと動き回っているようだが、全くつかまえる気配はない。


 なるほど、傘を預かっておいたのはそういうことだったのか。マジで最低だなあのクソ白髪。


「寄越せ! 後、返しなさい私の傘!」


「むほほ~、ならばワシを捕まえてみるんじゃな~。トロくなっとるお主には無理な話なんじゃろーがのぅ~♪」


「か、返せぇ……ゼェゼェ……返してぇぇ……ゼェゼェ……」


 まだ動き回って数秒も経過してないのに、ホントに体力無いな表リース。


 そろそろ助けに入っても良いところだが、生憎ここは露天風呂だからなぁ……。代わりに救世主でも現れてくれれば良いんだが。


「遅い遅い。まるで止まっているような動きじゃのぅ。そんなことではワシを捕らえることなど――なぬっ!?」


「……露天風呂での鬼ごっこは禁止……特に苛めは御法度」


 え? この声って……


「お、お主いつの間に!? なんという俊敏な動きじゃ……」


「……いやそうじゃないでしょ!? 目を覚ましたんだねヒナちゃん! でも病み上がりなのに大丈夫なの!?」


「……問題ない……それよりもこれ返す」


「あ、ありがとうヒナちゃん!」


 まさかの救世主の登場。きっとリースはヒナに抱き付いているに違いない。


 にしても、無事に目を覚ましたんだな。怪我はコヨミが治してくれたから大丈夫なんだろうけど、でもリースの言う通り病み上がりなんだから、安静にしていて欲しいのが本音だ。


「……さーて、そろそろ上がるとしようか。さぁ来いゴミクズ」


「あっ、いや、ちょっ、待っとくれリース将軍。さっきのは軽い冗談でな? 本当はにーちゃんの覗きが本命であってな? じゃからちょっと話し合おぅ? 何事も冷静に事にあたるのが世の常識じゃろぅ? な? な?」


「礼を言うぞヒナ。何かお返ししたいから、こいつの処理が済んだら私の部屋に来てくれ」


「……ご武運を……ゴミクズ」


「お、お主……見掛けによらずにSだったんじゃな!? おのれワシをたばかりおってからに!! この屈辱はいずれ性的にぃぃぃ…………」


 そうしてコヨミはリースと共に闇の中へと消えた。俺の日頃の恨みの分までボコボコにしてくれることを願おう。


 さてと、俺もそろそろ上がるとしようか。


「よっこいしょっと」


「……もう上がるの?」


「長湯は苦手だからな。どうも俺は高温地帯に弱い身体なようでぇぇぇぃ!?」


 さっきまで女風呂の方のリース達と一緒にいたはずだろ!? 何故ここにいる!? テレポートでもしたってのかこの子!?


 タオルを巻いてるからまだ良いけど、それでも目のやり場に困るんですけど! まだまだ成長期の身体だけども、女の子の身体にゃ変わりねぇ!


「ここ男湯だぞ! 駄目だよこっちに入って来たら! てゆーかどっから侵入したんだよ!?」


「……普通にそこから」


 ヒナがとある方向に指を差す。そこには鉄製の業務員用のドアがあった。


「……いや素直に答えなくて良いんだよ! なんでこっち来た!? もしかして君も覗き――」


「……違う……貴方にお礼が言いたくて来た」


「お礼って……」


 別に恩を売りたくて助けたわけじゃないんだが……本当に良い子だなやっぱり。どっかの馬鹿にこの律儀さを見習ってほしいもんだ。


 ……いやでも何で今? 温泉から上がった時に言えば良いじゃん。良い子だけど、誰かさんと同じく何処か抜けてんな……。


「……運が悪かったら死んでいたかもしれない……ありがとう……」


「い、いや別に良いよ。それに君の怪我を治したのはコヨミなんだし、礼ならあいつに言ってやってくれ」


「……でもここに戻って来なかったら治療もできなかった……お礼を言うべき本命は貴方」


「俺が好きでやったことなんだし、気を使う必要はないよ。そもそも、怪我をしてる人を見て見ぬフリをする方がどうかしてるだろ常識的に考えて」


「……それはそれ……これはこれ……お礼の一つくらい言わせてほしい」


「それもそうだね。んじゃ、どういたしまして」


「……(ぺこり)」


 それだけ言うと、ヒナはドアを開けて女風呂の方へと戻っていった。


 ……無表情な子だから仕方無いのかもしれないけど、笑顔の一つくらい見せてほしかったな……なんて。




~※~




 一方その頃、ミコはというと――


「ありがとうございます狼さん。すっかり道に迷ってしまって途方に暮れていたところだったので……」


「気にしなくて良いわミコちゃん。そうなったのも全部ウチの旦那が悪いんだから。それに貴女の“能力”で怪我を治してくれたんだし、これくらいのことはさせてもらわないとね」


 異星人の狼夫婦とすっかり意気投合したミコは、真っ暗な森の中を歩いていた。


 と言っても、ミコは実際に歩いているわけではない。男狼の上に座らせてもらい、快適に道を進んでいた。


「俺はミコちゃんを見付けただけなのに……一番害を与えたのはミコちゃんの話に出てきた野犬――」


「口答えしないでキビキビ歩きなさい駄犬」


「うぅ……昔はもっと従順で優しかったのに……結婚は人生の墓場とはよく言ったもんだぜ……」


「……何か言った?」


「い、言ってません」


 半泣きになりながらとぼとぼ歩き続ける男狼。これが俗に言う鬼嫁というやつなのかもしれない。鬼じゃなく狼なのだが。


「ふふっ、お二人は本当に仲が良いんですね。微笑ましいです」


「止めてよミコちゃん。今となっては後悔してることなんだから」


「酷い! こんな扱い受けていても俺はお前を愛しているというのに! 証拠に今でも夜はお前のことを思いながら発情して――」


 女狼の前足が男狼の眉間にがっつりと埋まる。爪が立てられている分、かなり痛いであろう。


「若い娘の教育に悪影響を及ぼすような発言は慎みなさい。あんたみたいなのがいるから、世のオス共が変態扱いされているんだと恥じなさい」


「……ごめんなさい」


「まったく……ミコちゃんはこんな悪いおとこに引っ掛かったら駄目よ? ちゃんと相手を見定めて恋をしなさいね?」


「え……あっ、はい。私は大丈夫です……」


「あらあら? その返事からして、もしかして既に相手がいるのかしら?」


「あー……えっと……その……私の一方的な片想いと言いますか……アハハッ……」


「フフフッ、青春してるのねぇ……。まっ、存分に悩みなさいな若者さん!」


 若者の恋愛話にテンションを上げる女狼がミコの背中をペシペシと叩く。ミコが“青春してる”という言葉に恥ずかしくて悶えているのも知らずに。


「おっ、そうこうしてる内に近くまで来たみてぇだな。そんじゃ俺達はここまでだな」


「あっ……いつの間にかここまで戻って来てたんですね」


 人型ではない狼の姿では直接旅館までは足を伸ばせない。その事情を聞かずに察したミコは、男狼の上から降りた。


「それじゃあねミコちゃん。恋路は色々苦労することがあるだろうけど、もし悩みがあったらいつでも会いに来てくれて良いからね」


「またこんなところまで足を運ばせる気かお前? 図々しい奴だなおい。悩みや困ったことがあったらここの川の水を飲ませりゃ良いことだろうがぁぁぁ!?」


 女狼の立て爪が男狼のケツの穴に突き刺さる。あまりものその痛みに、男狼は白目を剥いて地に崩れてしまった。


「川の水って……そんなに美味しい水ってことですかねぇ?」


「あーいやいや違うのよ。実はこの森には“神様”が住んでいるの。何でも願いを叶えてくれる神様がね」


「か、神様って……」


 一瞬コヨミの顔が横切ったミコだったが、首を振ってその憎たらしい笑顔を浮かべる元神様を振り払った。


 所詮は元神様。わざわざこんな場所に来てまでそんなことをしているはずもなし。日頃の彼女を見ているからこそ、ミコもしっかりとそのことは理解していた。


「私も直接見たことはないんだけどね。その神様は川の水を汚染されないように管理していて、いつまでも神秘的な川を保つためにいるんだって。“飲めば何でも願いを叶えてくれる川”にしてね」


「す、凄い話ですね。でも、もしかしてここの旅館が繁盛してる理由って……」


「きっとそういうことなのかもしれないわね。何にせよ、ここの旅館で働いてる人達はその神様に感謝しなくちゃいけないかもね。それじゃ、私達はそろそろ行くわ」


「あ、はいっ。色々と助けてもらってありがとうございました!」


「ふふっ、こちらこそ。またね、可愛い小狐ちゃん♪」


 ミコに向かってウインクを飛ばし、二匹の狼達は森の奥へと消えていった。

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