曰く付きの異星人
「やれやれ……癒されに来たってのに、これじゃいつもと変わらない日常じゃねーかよ」
騒音罪がそのまま実体化したような二人を捨て置き、俺は旅館から出るために出口へと歩を進めている。無論、一人何処ぞへと消えたミコさんを捜しに行くために。
やっぱり俺にはあの人が誰よりも必要だ。ミコさんがいない限り、癒しなど手に入るはずもなし。外も段々と暗くなって来たし、早くミコさんを見つけないと。
あの人はちょっと……いや、大分抜けているところがあるし、もしかしたら俺を探し出すどころか迷子になっている可能性すらある。面倒なことになる前に急ぐとしよう。
「あら、こんな時間にお出掛けですかお客様?」
少し早歩きになってもう出口というところで、着物を着た見た目若い女将さんに声を掛けられた。
「アハハッ……実は連れの一人が一向に帰ってこないもので、心配なので捜しに行こうかと思いましてね」
「え? まだ帰ってきてなかったんですか?」
「まだって……あっ、そうか……」
なるほど、この人がコヨミ達を介抱してくれた人だったのか。コヨミが言っていたけど確かに和服美人だな。
……良いな和服美人。うん、福眼とはまさにこのことよ。
「この辺りは道が複雑ですからね……私も心配です。それにあの子もまだ戻ってきていませんし……」
「へ? あの子って?」
「あっ、いえ、その……な、何でもないですよ。ただの私の独り言です」
「はぁ……」
“あの子”ってーと、もしかして……あの娘はここの従業員だって言ってたし、そうなのかもしれない。
「あの~、もしかしてですけど、今言った“あの子”って頭から犬耳生やした女の子のこととかだったりします?」
「っ!? あの子に会ったんですか!?」
「うぉっ!?」
急に取り乱した女将さんが俺の肩を掴んで迫ってきた。こんな時に言うことじゃないが、良い匂いがふわりふわりと……。
――じゃねーだろ馬鹿か俺は!?
「あ、会いましたけど……?」
「何処でですか!? 何処で会ったんですか!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて女将さん! 近いですってば!」
「あっ……も、申し訳ありませんお客様! 突然取り乱してしまって……」
礼儀正しく頭を下げてくる女将さん。別に謝らんでもいいのに。
にしても、ここまで取り乱すとなると妙に感じるな。あの娘は明らかに異星人だったし、何か複雑な事情のようなものがあるのかもしれない。
……余計なお世話かもしれないが、少し探ってみるとしよう。
「それは別に良いんですけど、一体あの娘がどうしたんですか?」
「それは……その……」
「あぁいや、話せないことなら良いんですよ。無理して聞こうとしてすいませんでした」
彼女と同じように頭を下げ返すと、彼女を通り過ぎて本来の目的を果たすために出口へと向かう。
女将さんが話せないというのなら手を変えよう。ここはあの娘にまた会って色々と聞いてみた方が良いか。
もしかしたらミコさんもあの娘と出会っているかもしれないし、ひとまずまたあの川の所に行ってみよう。あの娘がいる場所なんて他に検討もつかないしな。
「あ、あの! 一つ窺っても宜しいでしょうかお客様!」
「うん? 今度は何ですか?」
「その……あの子に会ったんですよね? なら思い当たるところがあったと思うのですが――」
「あぁ、あの娘が異星人だってことですよね?」
「えっ!? お客様も異星人のことをご存じだったんですか!?」
「えぇまぁ……恐らく女将さんよりも面識深いと自負できるくらいには……」
異星人と一緒にいるのが普通になってるから麻痺してた。そうですよね、異星人と関わっている時点で異例ですよね、驚かれても無理ないですよね。
ミコさんはロングスカートと猫耳フードを被るようにしているし、リースやコヨミに至っては人間の姿と差して変わらない。それを一目見て「あっ、異星人だ」だなんて気付けるはずもない。まぁ、ミコさんの恰好に関しては俺からお願いしてそうしてもらったんだが。
只でさえ珍しい未知の異星人なのに、そんな姿を表に晒したらどうなるか。UMAだ何だと世間で騒がれて面倒なことになるのが目に見えてる。
……あれ? でもあの子って耳を全然隠してなかったような? ていうか完全に公にしてたような?
大丈夫なんだろうかあの子……。
「な、なら一つ頼み事を引き受けてはくれないでしょうか? お客様に対して失礼なことを言っているのは百も承知なんですが……」
「ハハハッ、全然構わないですよ。とある人から『女性には優しく接しなさい。特に綺麗な女性は尚更です』と言付かってる立場ですから俺は」
正しく言うのなら最後の最後に『そしてそしてお母たんには優しく、かつエロく接するように』と付け加えていたんだが、そんなの一般人に言えるはずもない。
「ふふふっ、良い人なんですね。あの子もお客様のように聞き分けが良かったらいいのに……」
素直そうな娘だったけど、実はそうでもなかったらしい。でも可愛いから良いじゃないか! 可愛けりゃ腹黒女を除いて何でも良いんだよ!
「それで頼み事というのは何ですか? 勢い半分で引き受けましたけど、そんな難しいことできないですよ俺?」
「いえ、そんな難しいことではないんです。ただあの子をここに連れ帰って来て欲しんです」
「連れ帰る……でもそれなら女将さんが迎えに行った方が良いんじゃ?」
「……ごめんなさい。訳あって私は迎えに行くことが許されていないんです。ですからお客様に頼みたいのですが……」
“許されていない”ねぇ……どうもキナ臭くなってきたような気がする。あくまで俺の勘だけども。
「分かりました。ここに連れ帰ってくればそれで良いんですね?」
「はい。『もう一週間以上経ってるから戻って来てください』と当主が言っていたと報告してください。そう言えばあの子は大人しく付いてきてくれると思いますので」
「……了解です」
やっぱり何かがある。まだ決定的な確証はないけど、それは今から確かめることだ。
それに他にも色々と気がかりなこともあるし、暗くなる前にとっとと現地に向かおう。
女将さんに一礼を済ませると、俺は急ぎ足であの娘がいるであろう川へと向かった。
~※~
「相変わらず足場が悪ぃな。ったく、少しは手入れくらいしとけってんだよ……」
空が暗くなり始めるせいで小枝で頬を掠めるわ、見たこともない気色悪い虫を踏みつけるわ、とにかくこの森は不愉快なことばかりで散々だ。なんでこんな奥地に旅館なんて建てたんだか。もしかしなくともあの旅館の当主は考えなしの馬鹿らしい。
でも幸い、川はそう遠くないところにある上に一度は通った道なので、そう時間を掛けることなくやって来ることはできた。さてあの子は何処に……そもそもまだここに残っていてくれてるだろうか?
ウォォォォン!!
「うぉっ!?」
な、何だ今の鳴き声!? ていうか遠吠え!? 聞いたことないけど、今のってまさか狼的な……?
ひゃぁぁぁ!?
「……何なんだこの森は」
今度は妙な奇声が聞こえた。でも何かどっかで聞いたことがあるような声だったような? いや気のせいか。
ちょっと怖いがそんなことは言ってられない。頼み事を承った以上、それを果たすのが今の俺の役目だ。
「おーいヒナ~! いるなら返事をしてくれ~!」
ウォォォォン!!
「いやお前じゃねぇよ!」
ひゃぁぁぁ!?
「お前でもねーよ!」
「……呼ばれて参上」
「お前でも――ふぉぉぉ!?」
突然聞こえた背後からの声に思わず飛び上がってしまった。こんなことで取り乱すなんて情けないぞ俺! これじゃまるで心霊系に弱い乙女じゃねーか!
――ってなことは置いといてだ。こんな簡単に見つかるとは思わなかった。
「び、びっくりさせるなよ。心臓に悪いだろーが」
「……ちょっとした悪戯心……大目に見てほしい」
くっ……やっぱり可愛いなぁ畜生! 無表情だけどその可愛さが衰えることはないのか!
「ま、まぁ暗くなる前に呆気なく見つかって良かったよ」
「……私に何か用?」
「うん、実は君を迎えに来たんだよね」
「……迎えに?」
無表情だから読み取り難いが少し顔を顰めたような……?
「……なんで?」
「あ~、実は旅館の当主から言伝を預かっててさ。もう一週間以上経ってるから戻って来てくださいって――」
「それは嘘」
「っ!?」
目を細めて睨まれながら断言された。どうしてバレた? 顔には出てなかったと思うんだが……。
「何を根拠にそんなまた~? そんな顔しないで笑顔笑顔だぞ~ヒナ?」
「…………」
ジト目で見つめられてしまった。そ、そんな目で見ないでくれ! 幼い子にまでそんな目を向けられたら俺はもう立ち直れない!
「……私はまだ帰らない……成果を出してないから」
「成果ってなんだよ? 女将さんも君のことすげぇ心配してるんだぞ?」
「……やっぱりそういうこと」
「あ゛っ……」
だ、駄目だ。喋れば喋るだけボロが出ちまう。でもこのまま引き下がるなんてことができるわけもない。
あの女将さんの目は沙羅さんと同じ“我が子を心配する目”をしていた。だからこそ分かる。あの人がどれだけこの娘を心配し、大切に思っているのか。
かと言って強引に連れ帰るのも気が引けるし……どうしたもんか……。
「と、とにかくさ! 色々事情があるかもしれないけど、一旦旅館に帰らない? ね? ね?」
「……アディオス」
「無駄に格好良い……じゃなくてっ!」
人差し指と中指を立てて去っていこうとするヒナ。もはや話をする必要もないと? そんな冷たい態度取られちゃ泣いちゃうぞ~俺?
「ちょ、ちょっと待っ――」
「っ……」
それはヒナが突如背後に現れたように突然のことだった。
少し肩に触れただけ。それだけなのにヒナの身体がぐらりと揺れて倒れてしまった。
だがそれは俺が触れたせいじゃない。その原因は、ヒナの“状態”にあった。
「……なっ!?」
面と向かっていたから気付くことができなかった。ヒナの後ろ脹脛から多量の血が溢れていることに。
「な、何だよこれ!? どうしたんだよこの怪我!?」
「……これくらい何でもない……いつものこと」
「馬鹿! 何が何でもないだよ! 顔色悪くなってんだろ!」
ここに来るまでどうやって歩いていたのかと不思議に思うくらいにその怪我は酷いものだった。血の量からして貧血を起こしてもおかしくないレベルだ。
こうなった以上、手段は選んでいられない。ヒナには悪いが強引に連れ帰らせてもらうことにする。
「文句は後で聞くからな!」
「……待って……私は――」
「待たない! 帰る!」
「……横暴良くない」
「そりゃ残念! 俺は良くない人間なんだよ!」
「……ならしょうがない」
「納得してくれてどうも!」
ヒナの身体をひょいっと持ち上げる。見た目通り軽い……いや、いくらなんでもこれは軽すぎる。まるで赤子を抱いているようだ。
それによく見ると、身体中に数えきれない傷跡が確認できた。主に切り傷ばかりが目立って痛々しい。
これでようやく確信することができた。この娘には何か良からぬ秘密がある。それも、只事ではない重大な何かが。
「早く戻らねぇと……話は後で絶対聞かせてもらうからな!」
「…………」
了承を得ないままヒナを抱えて、俺は脱兎の如く旅館の方へと引き返していった。
~※~
少し時間を戻して森の中、一人迷子になったミコはというと――
「ハァ……ハァ……よ、ようやく逃げ切れました……」
只でさえ疲労し切っている身体に鞭打って走っていたミコ。上手いこと野犬を撒くことができ、堪らず一息付いてその場に座り込んだ。
「もう……何でこんなことになってしまったのか……いや、私自身の行いのせいですよね……」
多少涙目になって俯くミコ。今頃になって自分の所業を悔いていた。遅すぎる後悔である。
「折角旦那様との旅行だというのに! 私は一体何をしているんですかもう! こんなことなら大人しく旅館で待っているべきでした! きっともう旦那様もリースさんも戻ってるだろうし、やっぱり私って間抜けなんですね……」
独り言をボヤく度に自虐してしまうお間抜けさん。自業自得なので誰も何も言えないこと。そもそも周りには人っ子一人もいないのだが。
そう……人は“一人”もいない。“一匹”は今この瞬間に現れたが。
「ウォォォォン!!」
「ひゃぁぁぁ!?」
絶滅危惧種と言われていたはずの狼の登場により、ミコは目玉が飛び出るばかりに目を大きく見開いた。
「ウォォォォン!!」
「ひゃぁぁぁ!?」
野犬に続いてVS狼。第二ラウンド闘争劇が幕を――
「も、もう駄目です……旦那様、どうかお元気で……」
開くと思われたが、狼の遠吠えに怯んだのか、ミコは半笑いになったままパタリと力無く倒れてしまうのだった。




