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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
三話 ~幸運を呼ぶ不幸者~
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一生忘れない

「ふんっ……酷い目にあったものだ。どれもこれも全て貴様のせいだ愚人。詫びとして私の足を舐め尽くせ」


「いや連帯責任だろーが、何処の女王様気取ってんだお前は。こう見えて俺も結構、体力消耗してたんだからな?」


「言い訳とは見苦しいな。男は黙って女の尻に敷かれていれば良いのだ。それは貴様も例外ではない」


「なんだとコノヤロー。俺はそうやって男を見下して偉ぶる女が大っ嫌いなんだよ。何なら前の決闘の続きをここでしても良いんだぞ? おぉコラァ?」


「お主ら、喧嘩するならせめて外でやってはくれぬか?」


 異星人の犬耳少女のヒナと別れた後、完全回復した俺とリースは歩を進めた。


 ヒナの言っていた通り、川から歩いてそう時間が掛からずに旅館に辿り着いた。俺達は心から安堵し、意外にも先に到着していたコヨミ達――いや、コヨミも含めて一つの部屋に集まっている。


 そう、部屋にいたのはコヨミ一人だけ。唯一の常識人であるミコさんの姿は何処にも見当たらなかった。


 何でもコヨミの話によると、まだこの場所に付いていなかった俺達の無事を確認するために、来た道を戻って行ってしまったらしい。しかも正式な道から外れた方角に一直線へと走って行ってしまったんだとか。


 勿論、俺は追おうとした。もしかしたらミコさんが道の途中で怪我を負ってしまう可能性があるのだから、それはもう眼球を血走らせて森という森を探索しようとしていた。


 しかしそれはリースによって止められた。リース曰く、「下手に探し回るよりここで待っていた方が良いだろう。きっと少ししたら流石におかしいと思って家事狐もここに戻ってくるだろうしな」とのこと。それもそうかと思い、俺はその意見を通した。


 そして今はこうして休んでいるんだが……ここに来るまでの経路について、愚痴混じりの文句をこの将軍様から受けているという。


 何度も言うが、今回のこれは完全なる連帯責任。誰も責めることも責められることもちゃんちゃらおかしいこと。なのにこうして当たられている俺って一体何なんだろうか? 罵倒専用のサンドバックになった覚えは全く無いというのに。


「つーかよリース、もうこの件に関しては綺麗さっぱり忘れようって。過去をしつこく掘り返しても良いことなんて何もねーし、誰も得することもねーんだから」


「ほぅ……そうやって自分にとって都合の悪いことは捨て去るというのだな? 現実から目を背け、楽ばかりを求めようとする就活中の学生のようだな。実に愚かしく情けない奴だ。きっと貴様の将来は借金地獄からいかように抜け出せば良いかという、貧相な者以下の日常を送っているに違いない」


「なんでそこまで言われにゃならねーんだ! 勝手に俺の将来を決め付けてんじゃねぇ! こう見えて俺は積極性に溢れた人間なんだよ! 世渡りなんざ赤子の手を捻るくらい余裕だっつの!」


「貧しさのストレスあまりに赤子に暴力だと? 愚人愚人と思っていたが、まさかここまでとは……もはや救う価値すらない愚図だな」


「物の例えだよ! 本当にそんなことするって誰が言った!? そんなに俺を悪役に仕立て上げたいか!? 何!? お前やっぱり俺のこと嫌いなの!?」


「……さぁな」


 何故そこで答えをはぐらかす? こいつの考えていることはさっぱりだ。


「おいお主らいい加減にせんか。これじゃオチオチうたた寝もできんではないか。お主らと違って儂の身体は貧弱でデリケートなんじゃ」


「不老不死が言えた口かコノヤロー。本当のデリケートな身体はグロテスクな骨格の曲がり様で蘇生なんてしねーよ」


「身体はそうかもしれんが、ワシの精神はマジでデリケートじゃぞ? 指先一つ触れるだけでも壊れてしまいそうなガラス細工のように脆く美しいんじゃ……」


「疲れで頭が沸いているようだな。沸かすのは風呂だけで十分だ。鬱陶しい白髪はとっとと自分の部屋に消えろ」


「そうカリカリするでないリース将軍。あんまり眉間にシワを寄せていると綺麗な美肌が台無しになってしまうぞ?」


「肌など物心付いた時から一度も気に止めたことはない。くだらぬことで話を逸らそうとするな愚図め」


「ほっほっほっ、ワシも愚図の仲間入りしてしまったようじゃな~。にーちゃんとお揃いになったが、嬉しいじゃろぅ? んん? んん~?」


 むしろ吐き気がするくらい嫌気が差す。こんな変態白髪と同種なんて、これ以上に不愉快極まりない出来事が存在するだろうか?


「そもそもなぁ、リースの機嫌が悪くなってんのはお前のせいなんだからなコヨミ。お前が最初に根を上げてあーだこーだ言ってたところから全てが始まってたんだからよ」


「え……最終的にワシのせいなの? 残飯処理班の班長は強制的にワシが担当なの? 横暴じゃのぅにーちゃん」


「ふんっ、白髪に限ったことではない。貴様ら全員が私にとって不愉快以外の何者でもなかった」


 道中に背負ってやったというのにこの物言い。こいつに感謝の気持ちというものはないのか? いや、あったら俺は事あるごとにカスだのゴミだの言われていないか。


「まーたそうやって自分以外の奴全員を敵にしようとする。ならどうすればご機嫌になってくれるんですかね将軍様は?」


「何度も言わせるな。詫びとして私の足を舐めろと言ったはずだ」


「だってよ。ほらやれコヨミ」


「あの~、にーちゃんは一体ワシをなんじゃと思っとるんじゃろうか? これでも元々は神様を――」


「所詮は元だろーが。今のお前はただの落ちぶれた白髪神だという自覚を持て。そして今のお前の役目は、ご機嫌斜めの将軍の気分を良くさせることだ。understand?」


「やれやれ……しょうがないのぅ……」


「え? 納得しちゃうのそこ?」


 むしろ喜んでいるご様子の元神様は、四つん這いになりながらじわじわとリースの方へと近付いていく。素で気持ち悪い。


「お、おい寄るな貴様。私は貴様に舐めろと言った覚えはないぞ」


「にーちゃんが拒むからしょうがないじゃろぅ。ワシが二人分舐めてやるからそれで満足せぃ」


「ふざけるな! 愚人貴様! 私はこんな奴に舐められても何も得しないぞ! 替え玉など誰が許しを出した!?」


「うるせーなー、誰が舐めても結果は同じだろーが。実は舌使いに長けているその変態が舐めた方が良い思いできんだろ」


 いつだったか、コヨミがサクランボを咥えて舌だけで結んでいるところを見たことがある。それも一つじゃ飽き足らず、冷蔵庫に保管していた全てのサクランボを結んでいた。勿論その後にシバき倒したのは言うまでもない話。


 ……って、それはキスが上手いだけの話か。まぁどうでも良いや。


「ほれほれ~、シワくちゃにふやけるまで舐めてやるぞリース将軍」


「ベロベロと気色の悪い奴め……それ以上近付くならこの傘の餌食にするぞ貴様!」


「ふっ……日頃にーちゃんとのコミュニケーションのお陰あって、今のワシは全ての痛覚を快楽に変換させる体質を手に入れてのぅ。そんな攻撃はむしろ望むところじゃな」


 じゅるりと乾いた唇を舐めてニタリと笑うコヨミ。時既に遅く、本格的に救い様のない変態にまで進化を遂げてしまっていた。最早呆れて物も言えない。


「く、来るな寄るな来るな寄るな!!」


「ゴフッ、甘いぞ将軍ゲフッ、この程度ワシにとってはガハッ、小学生に肩を揉まれているに等しいゲボッ」


 見るに堪えられなくなったリースが攻撃を開始するも、コヨミは怯むことなく全ての攻撃を身体で受けながら這いずって近付いていく。リアルなバイオハ◯ードを見せられているようでちょっと悍ましく感じる。


 前から薄々感じてはいたが、特殊な性格の持ち主同士ということで波長が合っているのか、あの二人は仲が良さ気に見える。仲睦まじいのは良きかな良きかな。


「あ゛っ!?」


 あっ、リースの傘が強奪されてる。傘は無造作に投げ捨てられ、喧嘩っ早い裏リースから非力の表リースに。


「グフフ……こうなれば生まれたての小鹿も同じよのぅ」


「キモいキモいキモい!! マジ無理だって! マジ無理だってぇ!」


 本当に受け付けられないようで、リースの目尻には薄っすらと涙粒が。でも自分で蒔いた種だということを決して忘れてはいけないよリース将軍。


「なんか楽しそうだな~お前ら。その元気の有り様が羨ましいわ」


「呑気なこと言ってないで止めてよ師匠! 健気な私が汚されても良いって言うの!?」


「健気? 健気ってのはミコさんのような人間……じゃない、異星人できてる人のことを言うんだよ。お前の場合は健気じゃなくて傲慢の間違いだろ」


「ならにーちゃん、ワシは――」


「お前の場合は論外だっつの。品の欠片もねー下種白髪が付け上がるなよ。少しは清楚正しいミコさんを見習え」


「「…………」」


「……あァ?」


 急に大人しく黙り込んだと思いきや、じっとりとした目で俺のことを見つめてくる二人。奇妙な連帯感すら感じる。


「なんだよ? なんか文句あるってか? おーコラァ?」


「そうだね……常々思ってたことだけど……」


「当の本人もいないことだし、抗議する良い機会じゃな」


「ホントにね~、全くもってその通りだよコヨミ~」


 なんだこの態度腹立つな。でも珍しいシチュエーションだし、敢えてここは黙って話を聞いてみるとしよう。


 じゃれ合っている体勢から元に戻って普通に座り直す二人。リースがコホンと咳付いて喉を整える。


「師匠ってさ……ミコに対してだけは異様に扱い方が違うよね」


「……は?」


 何故そこでミコさんの名前が出てくるのか、俺にはさっぱり理解できない。


「扱い方ってなんだよ人聞きの悪い。俺は分け隔てなく皆と接してるつもりだが?」


「ちょっと聞きました奥さん? 今の発言聞きました奥さん?」


「嫌ねぇ、これだから最近の若いのは口だけの馬の骨とか言われてるのよねぇ~」


 う、うぜぇ! 何このノリ? ついていけない上に滅茶苦茶蹴散らしたいんだけど!


「にーちゃん、人として嘘を吐くのはどうかと思うな〜ワシ。そういうのは良くない、うん、けしからん」


「酷いよね~? ちょっと物腰や態度が乙女ってだけで優しくする上に“さん付け”だもん。ミコだって他人に向かってゲロ吐いたりとかみっともないことしてるのにさ~?」


「それを踏まえてワシらの扱いは実に酷い。まるでボロ雑巾のように扱い、浴びせる言葉は毒ばかり。ミコに対してはニッコリと微笑んでばかりなのに、ワシらに対してはゴミクズを見るような軽蔑の眼差しだけ。あ〜やだやだ、これだから格差社会というのはいけ好かんのじゃ」


「もしかして師匠って『平等』っていう言葉を知らないんじゃないの~? 分からない平等? フェアっていうことだよ〜? あっ、フェアって言葉も知らない? 駄目駄目だなぁ師匠ってばも~」


 はははっ、まともに話を聞こうと思った俺が浅はかだった。駄目だ、こいつらの話を聞いても殺意しか湧き上がらない。面白味の欠片もないただの愚痴じゃねーか。


「あのなぁ……人のことを散々言ってるけど、それはお前らの普段の行いが悪いからそういうことになってんだろーが? つまりは自業自得なんだっつの」


「はい出ました自業自得! 言うと思ったよ! ワシは絶対言うと思っ――じょ、冗談じゃよ冗談! だからその本気の拳を収めてくれにーちゃんよ!」


 痛覚を快楽に変換できるコヨミと言えど、俺の馬鹿力を知っているからか流石に勘弁願いたいようだ。やっと殴れると思ったのに残念。


「日頃の行いって……私って言うほど師匠に迷惑掛けてるかな~?」


「掛けてるだろ。主に裏のお前が」


「なら今の私は無害ってことだよね? だったら少しは優しくしてくれてもいいじゃん!」


「まぁそうかもな。だから途中で背負ってやったり水飲ませてやったりしただろ」


「あっ、そういえばそうだったね。なら言うほど私って師匠に嫌われてないんだね」


「誰も嫌いとは言ってないんですけどね」


 扱い方がキツいというだけであって、別に俺は二人が嫌いというわけではない。そりゃそうだ、嫌いなら同じ屋根の下で生活なんてしてないし、できないだろう。


「……いやちょっと待てリース将軍! 今のは聞き捨てならんぞワシぁ!!」


 突如、目を血走らせたコヨミがリースにとって掛かった。


「にーちゃんに背負われたり、水を飲ませてもらったじゃとぅ!? 口移しとはどういうことじゃ!? なんと羨ま――憎たらしい!」


「へっへ~羨ましいか羨ましいか〜? 暖かくて気持ち良かったな~師匠の背中。それに濃厚なあの水の味を私は一生忘れない……」


「おい待てコラ、一部妄想入ってんだろ今の会話」


 そもそも俺に口移しができる度胸があるとでも? 自分で言ってて情けない話だが、俺も無理なものは無理なんです。


「だ、だがワシも負けてはおらんぞ! この間にワシはにーちゃんに耳掻きをする権利を持っていたからのぅ!」


「え? なにそれズルい! 無防備な師匠なんてツチノコ並みにレアじゃん!」


「ムフフッ、その無防備なにーちゃんをワシのテクニックで骨抜きにしてやったわ。あの蕩けたようなにーちゃんの顔をワシは一生忘れない……」


「おい、とうとう現実と幻覚の区別も付かなくなったかお前ら。俺が無防備になるのは――」


 やべっ、口滑った。


 すぐに気付いて寸前のところで口を押さえたが、それは意味のない行為だったようだ。


「今のも聞き捨てならんのぅにーちゃん? あるのか? 本当に無防備な瞬間があるのか? うぅん?」


「少しだけ見せてくれても良いよ~? 何なら先っちょだけで良いからさ〜? ね? ね?」


「えぇい寄るな鬱陶しい! わざわざ弱点になるようなことを誰が言うかっつんだよ!」


「白々しいな~、本当は知って欲しいんでしょ? 師匠は常日頃から強がってるからね~、童心に返って癒されたい時も必要ってことでしょ~?」


「もう良いからおじさんに見せてみなさい。包み隠さずおじさんに見せてみなさい。色的な意味で力になれることがあるならワシは――」


 俺は一人立ち上がり、襖へと手を掛ける。


「え~逃げちゃうんだ~? 尻尾巻いて逃げちゃうんだ~?」


「情けないのぅ~? みっともないのぅ~? ひ弱じゃのぅ~?」


 バキッ


「「…………」」


 思わず力が入って襖の木の部分にヒビが入る。後で弁償はするとして――俺は二人に包み隠さず殺意を向ける。


「……この仕打ちを俺は一生忘れない」


 ピシャリと襖を閉めて、俺はミコさんを探しに行くために廊下の奥へと消えた。


「……とりあえず万が一のために遺書でも書いとこうかな」


「そうか。ワシは不老不死じゃから必要ないがのぅ」


「裏切り者ぉ!!」




~※~




 一方その頃、ミコはというと――


「……どうしましょう……完全に迷っちゃいました」


 空は紅葉色に染まり始め、夜が近付いてきている時間帯。ミコは一人、衰弱した身体を引きずりながら歩を進めていた。


「しかもどっちが宿の方で、どっちが出口なのかすら分からなくなっちゃいました……どどどどうしましょう!? 旦那様を捜しに来たのに、これでは本末転倒ですよ私!?」


 キョロキョロと周囲を確認しながらわたわたと落ち着きなく動き出す。こういう時こそ落ち着かなければならないというのに、今の彼女にはそんな余裕がなくなってしまっている。


「バゥッ!」


「ひゃぁぁ!?」


 歩いているうちに突如野犬と遭遇。小柄な野犬は犬歯を剥き出しにすると、ミコをターゲットに走り出した。


「ひぃぃぃ!? 私が何をしたって言うんですかぁぁぁ!?」


 パニックにパニックが重なり、ミコは更に森の奥へと消えていった。

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