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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
三話 ~幸運を呼ぶ不幸者~
30/91

旅行という名の修行場で

 本来、旅行はとても良いものだ。


 旅行先に行く前日の夜に胸を昂らせ、目的地到達までの道のりを鳥の鳴き声や川のせせらぎを聞きながら歩いて楽しむ。


 最高だ。今の俺にとってこれ以上の安らぎの時間ないことだろう。


「「「「…………」」」」


 世間話に花を咲かせながら皆で笑い合って歩いていく。それが旅行というものの醍醐味の一つ。


 ――なのに、俺達の中には笑顔を浮かべるどころか、話の一つすらする気を起こす者はいなかった。代わりにいるのは、疲れ果てて今にも倒れてしまいそうな異星人が三人だけ。


「に、にーちゃん……おんぶ……」


「できるわけねーだろ。元神様が甘ったれてんじゃねーよ」


「所詮は“元”なんじゃぁ……今は単なる腑抜けなんじゃぁ……」


「そうか、良かったな」


 荷物が重いと言うわけではない。というか、今は俺一人で四人分の荷物を持ってやっているので、スタミナ切れを起こすにはまだ先の話になるはずだった。


「ふっ、ふふふっ……情けないな貴様ら……こ、これくらいで根を上げるとはな……す、少しは私や愚人を見習ったらどうだ……」


「あひゅぅ……あひぃ……ふひぃ……へひぃ……」


 しかし、三人は死にそうな顔になっていた。まるでゾンビのように危なっかしくよろよろと歩いていて、特にミコさんは酷く、目をグルグルと回しながらやっと歩けているような状態になってしまっている。


 唯でさえ足場の悪い森の中なのに、このままだと皆が旅行先に付く前にくたばりかねない。かと言って途中で諦めて引き返そうにも、ここまで来てしまった以上は足を引き摺ってでも目的地に到達するしかない。


「なんでじゃぁ……何で楽しい楽しい旅行がこんな苦痛な目に合う修行みたくなっとるんじゃぁ……」


 何故かだって? そんなのここにいる誰もが分かっていることだろうが。


 そもそも、俺達は無知で無謀過ぎたんだ。ただ旅行を楽しむことだけを考えていたから、旅行先がどんなところかなんて誰も考えていなかった。


「し、仕方にゃいだろう……こ、これは私達が自ら望んだことにゃのだ……よく調べにゃかった私達が悪いだけのことだったのびゃ……」


 無理して強がっているようだが、言動がおかしくなってしまうくらいにリースも限界が近くなってきているようだ。傘を腰に差して裏リースになっているとは言え、上がるのはあくまで身体能力だけ。体力が上がるわけではないので、その傘の便利機能は何の意味も成さない。


「しゅみましぇんでひた皆はん……わ、わた、私のせいでこんにゃ……」


「いや、ミコさん一人が悪い訳じゃないでしょ。これは完全に連帯責任ってやつだ」


 連帯責任。そう、これは誰も責めることができない連帯責任での結果だ。何も考えていなかった俺達自身が悪かった。


 そう……旅行先に行く手段が徒歩しかないなんて、誰も気付くはずがなかったんだ。


 正確に言えば、数時間前までは電車の中で寛いでいた。だが、問題はその先にあった。


 俺のスマホで道のりを調べたところ、俺達が向かう旅館は随分遠くの山の中にあった。近くにバスが通っているわけでもなく、完全に山の中にあった。それはまるで、人里離れた場所にひっそりと住んでいるエルフの集落のように。


 だから俺達はこんなことになっているってわけだ。何キロ歩いたのかも分からず、旅館の旅の字も見えないままひたすら前に進んでいる。


「おい愚人……まさかちょは思うが……このしゃきに旅館などにゃいのではにゃいか……?」


「それを言ったらおしまいだぜリース。俺も実のところ半信半疑だが、もう引けに引けないだろ。信じて前に進むしかねーよ」


「ぐっ……というかきちゃま! 何故しょんなにも余裕にゃのだ!? どんにゃ体力持ってりゅのにゃ!?」


「前にも言ったような気がするけど、これでも一応身体を鈍らせないように基礎練はしてるからな。これくらいならまだ大丈夫だ」


「ぐぅぅ……やはり化けもにょかきちゃまぁ……」


 とは言え、このままのペースで歩いていたら俺も疲れ果ててしまうのは時間の問題だろう。でもこれ以上ペースを上げたら皆が先にくたばってしまう。


 ここは一旦休憩を取るのが上策か。ここまでずっと歩きっぱなしだったし、休めば少しは回復するはずだ。


「よし、少し休憩取るぞ。何分か経ったらまた歩くから、それまで身体を休めとけ~」


「は、はぃぃ~……」


「ぐふっ……もう駄目じゃぁ……威勢が良いだけで口程にもない何処かの誰か並みに足が使い物にならんのじゃぁ……」


「な、なんだときちゃまぁ……このわたひが……無……能……」


 折角の私服が汚れることに誰も気にせず、バタリと崩れるように倒れてしまう異星人達。しばらくはこのまま放っておくことにしよう。


「に、にーちゃん……水を……お恵みの水を……」


「あん? 唾液でも飲んでろよ」


「今はそんな冗談を求めてないんじゃぁぁぁ!!」


「わ、分かった分かった! やるから! ちゃんとやるからその顔やめろ!」


 本物のゾンビと化したように凄い顔したコヨミがすがり付いて来るところ、マジで切羽詰まった状態なんだろう。こういう時こそ神通力を使えば良いものの……。


「えーと……水……水は何処だ~?」


 ごそごそと自分の荷物を漁る……が、そこで俺は思い出した。俺が持ってきていたのは着替えと御菓子くらいだけで、飲料というものを持ってきていなかったことに。


「ミコさん、ちょっと荷物を漁るけど良いかな?」


「ど、どうぞお好きにしてください~」


 本人に許可を得てからミコさんの荷物を漁る。


 その結果、出てきたのは着替えと医療品だけ。飲料系は一つも入ってはいない。


「……リース。荷物を漁る許可をくれ」


「…………(グッ)」


 声を出す気力もないようで、親指を立てるサインを貰って許可を得る。ミコさんの荷物を避けて、今度はリースの荷物を漁ってみる。


 ……あったのは着替えと大量のあたりめ。やはり飲料は一本もない。


「…………」


 本人の許可を得ること無く、コヨミの荷物を漁ってみる。


 無駄に大きな荷物の中身は、アフロ、ボウリングのピン、耳かき棒、貯金箱、サバイバルナイフ、射影機、タンバリン、麻酔針、ローション、etc――


 統一性がなく、何がしたいのか意味不明なレパートリーの数々が次々と。無論、飲料などあるわけもなし。


「……飲料持って来てる奴が誰もいないってどう思う?」


「こんの役立たず共めがぁぁぁぁぁ!!!」


 何かに変身しそうなコヨミが天に向かって怒りの雄叫びを上げる。こいつが怒るなんて珍しいところを見たような気がする。


 なんて呑気なこと言ってる場合じゃねぇよなぁ。つーか、お前が一番の役立たずだと思うぞコヨミよ。


「水を寄越せぇ!! ワシに水を寄越すんじゃぁ!! 一体ワシを誰だと思っとるんじゃぁ!? 出せぇ!! 出すんじゃぁ!!」


「ちょ、コヨミさん止めっ、あんっ!」


 我を忘れているのか、トチ狂うコヨミがミコさんに襲い掛かると否や、ミコさんの衣服に顔を突っ込んだ。変なところを触られたからか、ミコさんが感じたように声を漏らす。


「この際、飲み物ならなんでも良いわぁ!! 乳を出せぇ!! この豊満な胸から乳を出せクソビッチがぁ!!」


「ひゃぁん! コヨミさん落ち付い、やぁん! だ、誰か助け、あんっ!」


「……川探してきまーす」


「ちょ、旦那様、あんっ! に、逃げな、ひゃぁんっ!」


 すまないミコさん。今のコヨミを止めるには力及ばないだろうし、何より気まず過ぎてここにいたくない。そのモンスターはどうにか自分で処理してください。


 俺は一人倒れているリースを背負うと、頭を振って悶々とした気持ちを振り払いながら、二人の行為の邪魔にならないようにそそくさと姿を消した。




~※~




「リース~、しっかりしろリース~。それでも宇宙一の大将軍か~」


「…………」


「駄目だこりゃ、完全に気ぃ失ってらぁ」


 話し相手くらいにはなってほしいが、リースは白目を剥いて気絶していた。もしかしたら一番死にかけていたのはこいつだったのかもしれない。


 コヨミ達を置き去りにしてから約十分程経過しただろうか。道を外れて聞き耳を立てて歩いているが、川の音はまだ聞こえない。軽く遭難してるような気分になってきた。いや、遭難と言うよりはサバイバルと言った方が正しいなこりゃ。


 異星人達という存在と関わってから俺の日常は一変し、休まる暇なんて一度もなかった。だから何となく予感はしていた。安らぎの旅行が夢と化し、何らかのトラブルに遭遇することを。


 今まで悪い行いをしてきた自覚はないのに、どうして俺はこんなにも酷い目ばかり合わなくちゃいけないんだろうか。気付かぬ内に償い切れない罪でも被っていたのか俺は? 身近の人を大切にするように心掛けてきたのに?


 だとしたら酷い話だ。どれだけ良いことに貢献したとしても、決して報われることはないのだから。


「現実なんて……現実なんて嫌いだっ! バーカバーカ!」


 ガッ!


「痛ぁっ!?」


 追い打ちを掛けられるよう、道の途中にあった太い樹の枝が頭に当たる。歩き辛い上に危険な障害物まであるとか何なん? もう金輪際俺は森になんて来ない!


「…………(ピクッ)」


「おっ、気が付いたかリース」


「…………(チョイチョイ)」


「うん?」


 急に目覚めたと思いきや、俺が歩いている方向とはまた違う方向に指を差すリース。


「なんだよ? そっちに何かあるってか?」


「…………(こくり)」


「……まさか聞こえたのか?」


「…………(グッ)」


 どうやらこいつは聴覚に優れた異星人だったようだ。俺の耳には何も聞こえてこないが、リースの耳には聞こえているらしい。


 そう、川のせせらぎが。


 まだまだ余裕のある体力を振り絞り、リースを背負ったまま軽快に道の先へと進んでいく。その動きは自由自在に飛び交う忍の如く素早い。


「……おぉ!」


 進んでいる内に俺の耳にも川のせせらぎが聞こえてきて、大きな期待を胸に速度を上げる。


 そして入り組んだ道を抜けると、そこには神秘的な色をした綺麗な川が流れていた。


「スッゲ……自然だけに囲まれている場所なだけあるな」


「…………(チョイチョイ)」


「ん? 飲みたいのか?」


「…………(こくこく)」


「でもペットボトルも何も持ってきてねーし、悪いが直接飲んでもらうぞ」


「…………(グッ)」


 リースを背から下ろし、その身を担いで顔から川の中に突っ込んでやる。


「っ~~~!!」


 排水口が水を吸い込んでいくかのようにリースの口に水が含まれていく。どうやらコヨミだけではなく、水を欲していたのはリースも同じだったらしい。


「……ぷはっ!」


「おぉ、生き返ったみたいだな」


「……ふんっ」


 水の恵みにより完全復活を果たしたリース。柔順だった様子がすっかり無くなってしまい、いつものようにスカしたリースに戻っていた。あまりにも旨そうに飲んでいたので、俺もリースに習って川の水を飲んでみる。


 それは今まで一度も飲んだことのない新たな味覚。綿のように軽い水が口内に広がっていき、疲れが貯まっていた吹っ飛んだのか、身体が一瞬にして楽になった。


「な、なんだこれ……凄いのは見た目だけじゃないのか?」


 まるでゲームの世界に出てくるHPMP全回復効果がある泉のようだ。それがこの世に実在していたなんて驚きだ。この川の水を売ったら結構な値段で売れるんじゃないだろうか? そんな暇ない上に面倒だからしないけど。


「……普通じゃないな」


「うん? 普通じゃないって……確かに普通じゃないよなこの川。こんな場所が存在していたなんて――」


「そうではない。これは自然に生まれた川ではないと言っているのだ」


「は? 何言ってんのお前?」


 回復しすぎて頭の中身もクリーンされてしまったのか? 川は自然に作られるもの。他に何があると言うんだろうか。


「正しく言うのであれば、この川の性質が普通じゃないと言うことだ。自然界にこんな川が存在するなどあり得んだろう」


「そうか? お前のような異星人が存在してたんだから、こういう川があっても不思議じゃないと思うんだけどなぁ俺は。何か根拠でもあるのか?」


「あるにはある……が、よくわからん。でも何か妙なのだこの川は。底知れない何かを感じるというか……口では上手く説明できん」


「ふーん……でもまぁ、別に気にすることでもないだろ。この川のお陰で助かったんだしな」


「……それもそうだな。細かいことをいちいち気にするなど愚の骨頂。私らしくもない」


「そうそう、どうせ優れた知能なんて持ってないんだから、お前はただ無鉄砲に物事を考えておけば良いんだよ。無理して知恵あるキャラを演じる必要なんてねぇの」


「何だと貴様? この私を脳筋扱いするとは良い度胸だ。丁度良い、今ここでこの前のリベンジをしてやっても良いのだぞ?」


「それは勘弁してくれ……って」


 その瞬間、俺は思いがけないものを視界に捉えてしまった。


 最初は川の向こう側から何かが流れてきてるな~、くらいのつもりだった。しかしよく見てみると、それは“物”ではなく“者”だった。


「ぎゃぁぁ!? す、すすす水死体!?」


「は? 貴様は一体何を……なんだ死体か、大袈裟な反応をする」


「いや反応軽すぎねお前っ!?」


 川の流れと共に現れた、ぷかぷかとうつ伏せに浮かぶ小さな水死体。大きさからして子供らしいその子はぴくりとも動くことなく、そのまま川の流れに流されていってしまう。


「イカンイカンイカン! 早く助けないと!」


「あれはもう死に体だろう。助けて一体何になる」


「残忍かっ! まだ間に合うかもしれないだろーが! 俺は行くからな!」


「ふんっ、しょうがないから私も付いていってやろう。感謝するが良い愚人」


「勝手にしろ馬鹿!」


 俺は慌てて川の中に飛び込んで子供の後を追って行く。


 ――というのは、あくまで俺の脳内シュミレーションの話。


「貴様……泳げなかったのだな」


「……何かごめんなさい」


 俺という水死体を見て呆れた顔をするリースだった。

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