傲慢で無双で珍味好き
「何をしている……早く……私を助けぬか……この愚人め……」
彼女の第一声がそれだった。その口振りはまさに女帝か何かのようで、瀕死な姿なのに何処か底知れない気迫が沸き立っているようなオーラが見えるかのようだ。
「旦那様!」
「お、おう! 結局は牛乳が必要だってことだよな!」
そう思い至って俺はすぐに台所に行こうとしたが、その前にミコさんに肩を掴まれて止められた。
「旦那様、牛乳で回復するのは私だけです! この人はまた違う物でなければ意味がないと思います! それと――」
ミコさんは天井を指差すと、その先には折角修理したばかりの屋根がまた粉砕されていた。
「今度はこの人に壊されてしまいました! どうしましょう!」
「あらやだどうしましょう!――なんて言ってる場合じゃないでしょーが! 今は器物損害よりも怪我人優先!」
「そうでした! 申し訳ありません!」
「貴様ら……夫婦漫才よりも……早く珍味を……珍味を持って来ぬか……」
珍味!? 珍しい味と書いて珍味!? これはまた特殊な食い物で回復できるんだなおい!
「チータラだと……私は気分が良くなる……早く持って来ぬか……愚人が……」
「うーん、チータラなんて家にあったかな?」
モタモタせずに急いでミコさんと台所に向かい、二人係であらゆる場所を調べる。
少しして、奇跡的に一本だけあったチータラを見付けると、すぐさま殺人現場に戻ってきて彼女の口に咥えさせた。
「……御苦労、愚人」
「……は?」
そう言うと彼女は血塗れのまま起き上がり、首をコキコキと鳴らして肩を回し、うーんと背伸びをした。
「ふむ、味は悪くないな。良い物をチョイスできるその目、誉めてやらんでもないぞ愚人」
「おいちょっと待てコラ」
何この人? こんなに傷だらけなのにどうして平然としていられるの? どうしてこんなにも偉そうなの? どうして人の家ぶっ壊しておいて謝罪の一つもないの?
「……怪我は?」
「私はこのくらいで弱音は吐かん。放っておけば数分で治る」
「……珍味は?」
「好物なだけだ。他意はない」
「……この壊れた天井は?」
「ふんっ、脆い天井だ。何時如何なる時に敵襲を受けても大丈夫なようにもっと頑丈しておくべきだったな」
結論、一発だけ殴り飛ばしてやりたい衝動に心動かされそうになった。
なんだこいつ、ミコさんとは比べ物にならない程にストレスを感じさせやがる。人を騙す演技をするとは良い度胸だこの野郎。
「さて、私は長話が嫌いなのだ。要件は率直に言わせてもらう」
そう言うと、彼女は腰に差していたピンク色の可愛いデザインの傘を抜き取り、切っ先を俺に向けてニヤリと口元を歪ませて笑った。
「愚人。愚かな貴様に『心地好い生活』を届けにきてやったぞ。その行為に感謝し、跪くがいい」
「帰れ」
「…………何?」
生憎だが、心地好い生活も既に手に入れたので、そういうのはもう良い。空から振ってくる美少女は一人で十分だ。
「ふんっ、声が小さくて聞こえなかったぞ愚人。もっとハッキリと大きな声で言え」
それがお望みとあらば俺は何度でも単純なその一言を言おう。更に分かりやすく付け足しもしてやろう。
「星に帰れ」
「…………」
「旦那様、私は木屑を片付けたら天井の修復をしますね」
俺は無言と無表情のまま手を上げてミコさんに後始末を頼む。
さて、俺にも何か手伝えることはないだろうか……。
「ま、待て貴様!」
しかし一歩踏み出そうとしたところ、ストレスの塊が俺の肩を掴んで止めてきた。それに対して冷ややかな視線を贈呈するが、彼女は決して臆さなかった。
「この私を誰だと思っている? 宇宙大将軍リースであるぞ? その私が直々に来てやったと言うのに、なんだその態度は?」
「大将軍リース……とても有名な名前ですね。聞いたことがあります」
まだ数分も経過していないのに、既に大量の木屑を片付けたミコさんが口を挟んで来た。
「え? 何? この横暴人、有名な人なの?」
「聞いた話なんですけどね? 確か、傘の一本を手に数多の戦場を乗り越え、何十何百という星を落としてきた完全連勝の猛者なんだとか……」
「ふんっ、よく知っているではないか貴様。見たところ貴様も異星人のようだが、名は何と言う?」
「私はミコと申します。クリーナー星出身の者です」
「ほぅ、あの家事能力に長けた種族か……」
それから二人は馬が合ったのか、内容は異星人トークなので個人的にちょっとアレだが、話に花を咲かせ始めた。
そんな中、俺は一人冷静に今の状況を整理する。
つまり、あのリースとか言う横暴人の話によると、あいつは数多の星国を相手にできるほどの無双キャラで、ここに来たのはミコさん同様、俺の願いを聞いて叶えにやって来たと言うこと。
なるほど、頭沸いていた俺の祈祷は異星人を呼び寄せてしまう儀式になっていたと。奇跡的にそういうことに繋がってしまっていたと。
だとしたらこれは非常にマズい状況だ。何故なら、俺は願いをもう一つしていたからだ。
『眠たくなる程に癒される時を』と。
すなわち、それはもう一体の異星人を呼び付ける可能性が無きにしもあらずということ。
でもその前にだ。この危険人物を追い出さないと、事は余計に悪い方向へと進んでしまう一方だ。早々に対処をしないといかんな。
「おい、横暴人」
「誰が横暴人だ。大将軍リースと呼べ、愚人」
「じゃあリース、俺も長話は好きじゃないから率直に言わせてもらうぞ。適当な建前とかいいから大人しく母国に帰――」
と、言い切る前に、武器として扱われている傘が顔の横に添えられた。まるで「何時でもその首を撥ね飛ばせるぞ」と脅してきているかのようだ。その証拠にリースの瞳は燃えるように真っ赤になっていて、殺気のような禍々しい気配を感じる。
「さっきから調子に乗るなよ愚人。最初から貴様に主導権は無いのだ。貴様は私に『心地好い生活』を与えられる他ない」
なんて説得力がない言葉だろうか。もし仮にこいつが本当に『心地好い生活』を届けに来たとして、この行動がその一つだとしたらこいつは相当のホラ吹き野郎と言える。
「もしかして、今のこれとかが『心地好い生活』の一つとか言っちゃう人だったりする?」
「だとしたら何だ?」
「……お前、相手の都合とか考えずに自分の都合だけ考えて行動するタイプの人種だろ?」
「ふんっ、そうでなければ星落としなぞやっておらぬわ。それはそれとして、選ばせてやるぞ愚人。ここに私を置いて平和的に事を済ますか、ここで首を撥ね飛ばされて地球諸共死滅するか」
「それ選択とは言わないんだけど?」
「グダグダ言わずにさっさと答えろ。私はあれこれ細かいことを考える凡愚は大嫌いだ」
「なら帰れよ! ミコさんは良いとして、何でどいつもこいつもここに拘るんだよ!」
「私が拘っているのはこの場所ではなく、貴様自身だ愚人」
「それこそ意味が分かんねーよ。ミコさんはともかく、何でお前みたいな暴君が――」
「おいちょっと待て愚人」
傘を離してくれたと思いきや、今度はズカズカと近付いてきて胸ぐらを掴み上げられた。何だか今さっき以上に機嫌を損ねているようだが、今度はなんだ?
「さっきからそこのクリーナー星人の待遇と私の待遇の差が目に見えているが、私を差別するとは良い度胸だな?」
「いや当然の処遇だろ! 人の家を壊しておきながら謝罪の一つも無しに偉ぶりやがって! 少なくともミコさんは律儀に謝って修復作業に徹してくれたわ! 家の脆さのせいにして頭の一つも下げないお前と違うんだよあの人は!」
素人ながらに大工作業に徹しているミコさんを何度も指差しながら指摘するものの、大将軍様は反省の色一つ見せず、逆に俺を挑発するよう子供のように舌をベロベロと出してきた。
「ふんっ、屋根一つ壊れたくらいで器の小さい奴だな貴様は! そんなことでいちいち怒っていたら世話ないぞ腑抜けが!」
「……もういい、分かった」
ここまで話してよーく分かった。こいつは説教しても耳にガム詰め込んでスルーするようなタイプだ。つまり、これ以上話をしても無駄だということ。
ならば、こちらにも考えがある。
「ふんっ、ようやく認めたか愚人。見苦しい足掻きもそこまでだな」
「あぁそうだな、重々理解したわ。だから俺は敢えてお前がここに住み着くことを許可する。ただし――」
ピキッという音と共にこめかみから血管が浮き出るのを感じながら、暴君に向かって指を差し、断言する。
「住み着くのは勝手だが、俺はお前をいないものとして判断させてもらう。当然、ミコさんにも同じようにしてもらう」
「…………んん?」
「つーわけでこの話は終わりだ。ミコさん、ちょっと話というか伝えたいことがあるから一旦作業を止めてくれ」
大将軍との話を打ち切り、切り替えを大事にすることとしてミコさんに身を向けると、「分かりました」と言いながらミコさんが屋根の上から戻って来た。
「ミコさん、緊急事態だ。俺の予想が正しければ、明日の何時かにまた異星人が降ってくる可能性がある。つまり、今から屋根を直したとしてもまた明日に粉砕される恐れが大だ」
「それは困りましたね。それでは今の作業が無駄になってしまいます。二度手間な作業ほど、時間を無駄にすることはないですからね」
「そうなんだよなぁ。でも仮に屋根で張り込みしたとしても、あんな勢い良く降って来られたら受け止めることなんて不可能だし……どうしたもんかねぇ?」
「うーん」と二人で唸りながら両手を組んで考えるものの、何も打開策は思い付かない。そもそも、隕石落下と題した異星人落下の対策なんて未知過ぎてどうしたら良いか分かるわけがない。
「早速困っているようだな愚人。やれやれ、これだから無能な者は頼り甲斐がないのだ。まぁ、仕方無いからここは私が一肌脱いでやろう」
ネットで受け止めても貫いて終わるだけだし、ゴムでできたマットなんて持ってないし、弱ったなぁ。
「おい聞いているのか愚人。私が何とかしてやろうと言っているのだ」
「ミコさんって実は力持ちとかいう設定とかない?」
「申し訳ありません旦那様。クリーナー星人は皆、非力な者しかいないんです。異星人の中でも貧弱な一族と呼ばれている程ですから」
「失礼な話だな。でもミコさんの場合は『貧弱』じゃなくて『華奢』と言い表した方が良いと思うけど」
「そ、その言い方は恥ずかしいですよ旦那様……」
または『か弱い』と言い表しても良いかもしれない。いやでもやっぱりミコさんのような女子力神域少女には『華奢』という言葉の方がしっくりくるな。
「いい加減にしろ貴様! 耳にゴミがたまっているわけでもあるまいし、聞こえているのなら返事の一つくらいせぬか! おい愚人! おい! この俗物め!」
「とりあえずミコさん、今はもう修復作業はいいから休憩しよう。朝からずっと働きっぱなしだろ? 昼食は俺が何か適当に作るからさ」
「そ、そんな! 旦那様の手を煩わせるなど! 昼食の一つくらい私に任せてください!」
「…………」
本当にミコさんは気遣いができる良い女だ。だからこそ、ここは引けない俺がいる。恐らくこれから世話になるんだし、最初から立場の程を理解してもらわなくては。
「良いからミコさんは大人しくしてなって。ここは俺の顔を立ててさ。ね?」
「あぅぅ……やっぱり旦那様はお優しい人です。なら昼食は一緒に作るのはどうでしょうか? それなら良いですよね?」
「………………」
そ、それってまさかの共同作業的な? それはまた心が燻られるものがあるな。憧れのシチュエーションというか、一度そんなことやってみたかったというか、もう何て言うかこの人といると胸一杯腹一杯だわ。
「よし、じゃあ昼食は一緒に作るか。でも主導権は俺で、あくまでミコさんはサポートに回ってくれ」
「分かりました! それでは早速台所に行きましょう!」
話がまとまったので、俺達は修復作業を一旦打ち止めにして、二人台所へと向かう。
――途中、前方に障害物が出現。
「……………………」
その特殊な障害物は両頬を膨らませていて、握り拳を作ってプルプルと肩を震わせている。
「わ、分かった……素直に謝るから無視は止めてほしい……すまなかった……」
「……やれやれ」
障害物もとい、暴君リースがようやく自分の行いの汚点を認めた。俺も人の子だし、鬼のような態度を取ることはない。
「ミコさん」
「はい、分かりました」
名前を呼んだだけで察してくれたようで、ミコさんは笑顔で返事を返してくれると、リースの背中を押して台所へ向かおうとする。
「リースさん。リースさんは今、何が食べたい気分ですか?」
「わ、私か? 私は……いや、私の意見よりもだ」
横暴人らしく自分の要望をまた貫き通すと思いきや、くるりと身を翻して俺の方を向き、指を差して答えた。
「『心地好い生活』を与えるため、今は愚人の要望を第一としようではないか」
「ふーん……」
「何だその態度は? 喧嘩売っているなら――」
「別に何でもねーよ」
「……ふんっ」
どうやら、こいつにも本当に俺の願いを叶えるつもりが少しながらあるようだ。