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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
二話 ~疑心暗鬼とシスターさん~
25/91

一件落着……?

「ささっ、もう一杯飲みなされマミー殿」


「いやでもこれ以上は――ぷはぁ! でも今夜は宴ですしぃ! たまにはこういうのも良いですよねぇ! アハハハハッ!」


 悪乗りするコヨミが注いだ酒を飲みまくる沙羅さん。既に酔いが回っているようで、明日には記憶がぶっ飛んでいてもおかしくないだろう。


「おい馬鹿止めろ。それ以上飲ませたら何をし出かすか分からねーぞこの人は」


「む? もしかして酔いのテンションでスッポンポンになる人種なのか? それは是非とも拝んでみたいのぅ。見た感じお主のマミーはスタイル良さそうじゃし?」


「んなおぞましいもの見たかねーよ。親の裸を見せびらかされる子供の気持ちを考えろ」


 オタク達と沙羅さんチームの五番勝負から数時間後。奴らはあれ以上揉め事を起こすことなく何処ぞへと去っていき、どうにか騒動を鎮圧することができた。


 そして、今回の一件によって俺達の待遇は一変した。同じチームとして協力してくれたミコさん、リース、コヨミ(唯一の敗北者)の活躍により、見事沙羅さんの信用を得ることができたのだ。


 これでもう食費の心配をする必要はない――と思っていたのはどうやら俺達だけだったようだ。


「あの~……お母様? 旦那様に仕送りしている食費の話なんですけど――」


「許しません! 許しませんよ私ぁ! 断固私ぁ認めないれすよぉ!」


 この通り、先程からずっとミコさんが食費の話を持ち出しているのだが、沙羅さんの返事は頑なだった。


 別に信用していないわけではない。先にも言ったが、むしろ今回の件で異星人組は沙羅さんの“内に”入ったのは事実だ。


 ならなんで認めてくれないのかと言うと――


「ヤーちゅわんは私の愛する息子なんれすよぉ。なのに貴女達だけズルいれすよぉ! 可愛い子には旅をどピゅーんと言いますけど、私も混ぜて欲しいんれすよぉ!」


 俺と一緒に暮らしているミコさん達に対する嫉妬。ただそれだけの理由でこの人は頑固になっていた。


 恐らくコヨミは、べろんべろんに酔わせれば首を縦に振ってくれるだろうと思ったんだろう。しかしその思惑は都合良くいかず、途方にくれてしまっていた。


「実に面倒な母親だな。不愉快以外のなにものでもない」


「子煩悩だからな。そこだけは見逃してやってくれ」


「しかしそれでは食費の問題が一向に解決しないままではないか。これでは何のためにあのような茶番に付き合ったのか分からん。それ相応の見返りが得られぬと言うのなら、いっそ力付くでも金を――」


「止めなさいお馬鹿。それじゃ銀行強盗と変わらねーだろーが」


 傘を手に瞳をギラつかせるリースを後ろに押しやる。実力行使は絶対に認めないが、確かにこのままでは話が解決しないのもまた事実。折角面倒事が解決したというのに、これじゃ一難去ってまた一難だ。


「なぁ頼むよ沙羅さん。俺も今までよりはここに顔出すようにするからさ」


「なら私と子作りしてくださ~い」


「ハハハッ、幻想郷に消されたいのかな?」


 いい加減、叶うはずがない夢から覚めてほしい。何処に性行に及ぶ親と子供がいるだろうか? んな奇行種いてたまるか!


「私の息子は誰にもあげまへん! 娘も誰にもあげまへん! 我が子達は私が一生養っていくんれす!」


「それじゃ子供達の面目が社会的に丸潰れだろーが。子供達は日に日に成長していき、いつか親離れして自立する。それを暖かい目で見守るのが親の役目でしょーが」


「そんな! そんな寂しいこと言わないでくださいよぉ! 嫌です嫌ですうわぁぁぁぁ……」


 ホントに面倒臭ぇなこの人。さっきまでは機嫌良く笑ってたのに、今度は泣き上戸ときたよ。色々と忙しない人だなおい。


「落ち着いてお母さん、少なくとも私はここにいるからさ。それにウニ助や他の皆も――」


「あっ、僕もいつかはお嫁さんを見付けて出ていくつもりだけど?」


「いや空気読みなさいよアンタ!」


「ギャォアォアオアアアア!!!」


「おお……ゴジ○じゃ。人型のゴジ○が現れてしまったぞ」


 コヨミの言った通り、ウニ助の言葉が止めの一撃となってしまい、沙羅さんは舌をべろんべろんに出した化物に変身してしまった。これでこの人も完全に人外の存在となってしまったか……。


「怪獣か……ならば撃退するべきだな。そして金を――」


「止めなさいと言ってるでしょーが! 暴力以外の手段を少しは考えろ!」


「しかしあのままでは家事狐に被害が及ぶぞ」


「え?」


 暴走して我を忘れた沙羅さんが目につけたのは、ずっと近くにいたミコさん。ヤバい、完全にターゲットを絞った目をしてるよアレ。


「ひぃぃ!? た、助けてください旦那様ぁ!」


 すまないミコさん、俺にも敵わない相手が一人や二人存在するんだよね。この難局は一人で乗りきらない限り、明日はないわ。


「大体、貴女達は何のためにヤーちゃんに取り入っているんですかフシュウゥ? 癒しを送るだとか、心地好い生活を送るだとか、それをして貴女達に何のメリットがあるんですかフシュウゥ? 私はそれで心が満たされるから良いというメリットがありますが、貴女達には何の見返りもないはずですフシュウゥ」


「そ、それは……」


 語尾はともかく、痛いところを突いてきたな。確かに皆は俺に対して色々と良くしたいと言っているが、それに見返りは存在しない。それなのに俺に近付く異星人組が沙羅さんには不自然に見えるのだろう。


「貴女達には感謝しています。今回の一件で、貴女達は決して悪い人ではないということだけは分かりました。ですが、あくまでそれだけです。ヤーちゃんと一緒にいる明確な理由が分からない以上、私は食費を出すつもりはありません。ですからちゃんと自分の口で話してください。貴女達が何を思い、ヤーちゃんと一緒にいたいのかを」


 いつの間にか酔いが覚めて冷静になっている沙羅さん。その目はまるで、皆の考えを全て見通しているかのような何かを感じる。


 曲がりなりにもこの人は自称シスターだ。これまでの経験則から見ても考えられるが、やはりこの人には何か不思議な力があるのかもしれない。道理に合わない、それこそ異星人めいた何かが。


 ミコさんもリースもコヨミも目を背けずに沙羅さんを見つめている。そして、その何ともいえない空気を打ち消したのは、堂々たる面立ちでいるリースだった。


「どうやら貴様は勘違いをしているようだから言っておいてやろう。他の二人は知らんが、私が愚人のところにいる理由は単純明快だ」


「……なら一体――」


「私がこいつと一緒にいたいからだ」


「はぃ!?」


 思わぬその言葉に俺は声を上げてしまった。一緒にいたいだと? 何その意味深な言葉? どういう意味なの? どういう意味でそんなこと言ってるの!?


「何故ですか? 貴女はヤーちゃんと知り合ってまだ間もないはずです」


「ならば聞くが、貴様が愚人に会いたいと思った時、そこに理由は必要なのか?」


「それは……必要なんてありませんけど……」


「つまりはそういうことだ」


「いやどういうことですか!? 分かりませんよ!」


 そういえば、こいつ前にも俺に対して似たようなことしてたっけな。あの沙羅さんをテンパらせるとは恐るべし大将軍。


「ならもっと貴様に分かりやすく説明してやろう。捨てられていた子供を拾うことに理由が必要なのか?」


「っ!」


 ない。あるわけがない。この人はただ見捨てられないという一心だけで俺を拾ったんだ。それがどれだけ苦労を強いられるか分かっているはずなのに、この人は俺を救ってくれた。


 本能、性分、言うとすれば、それがこの人の理由だ。


「言い方が違うだけで全部同じだ。ただ会いたいから会う。ただ救いたいから救う。ただ一緒にいたいから一緒にいる。ただそれだけのことだ」


「…………そうですか」


 沙羅さんは嬉しそうにくすりと笑っていた。何に対しての喜びの表現なのかは分からないが、俺には一つだけ分かったことがある。


 あの人はもう、リースを止めることはできない。


「他のお二人はどうなんですか? リースちゃんと同じ意見なんでしょうか?」


「ん? ワシはあれじゃ。にーちゃんが面白いから共におる。一緒にいて飽きないからのぅ~♪」


「わ、私はその……あの……」


「いえ、すいません。無理に答えなくても結構ですよミコちゃん」


 言い淀むミコさんの頭を撫でて微笑みを浮かべる沙羅さん。ここに来てからロクなことしてなかったから、あんな優しい笑みは久し振りに見た。


 俺が初めて惹かれた笑顔。それはどうやら今も健在らしい。


「申し訳ありませんでした、少し意地悪が過ぎたみたいですね。本当はあれこれ言いつつも、食費は出すつもりだったんです」


「えぇ!? そうだったんですか!? だったら何故こんなことをしたんですか?」


「それはですね……確かめてみたかったんです」


「確かめる?」


 こくりと首を縦に振る沙羅さん。そして、今度はその笑顔を俺一人に向けてきた。


 ……照れ臭くて直視できない。


「皆さんが一体どんな想いを抱き、ヤーちゃんの傍にいるのか。少しで良いからそれが知りたかったんです。もし悪意を持っていたりしたら許せませんからね」


 約二名ほど悪意がないというわけじゃないと思うんだが、ここは空気を読んで黙っていよう。


「でもどうやらその心配は不要だったようですね。他にまだ複雑な事情があるのかないのかは分かりませんでしたが……ヤーちゃんを大切に思ってくれているその心は偽りではありませんでした」


「当然だ。何を今更なことを言っている」


 偉そうに言いやがってこいつ……。最初出会った時に家の周りを消し飛ばすと脅してきた奴の台詞とは思えないんですけど。


「とにかく、食費の件に関しては安心してください。ちゃんと四人分の仕送りは毎月出させてもらいますから。でも無駄遣いをしては駄目ですからね?」


「ということは……」


「はい。これで貴女達の悩みは解決ですよ」


「そ、そうですか。はぅぅ……良かったぁ……」


 見事難局を乗りきり、俺達は当初の目的を果たすことに成功することができた。


 マジで良かった……ぶっちゃけ三食カップラーメンを覚悟していたから、肩の荷が降りて安心したぞ……。


「良かったのぅにーちゃん。これでハーレム生活を満喫できるぞ」


「何がハーレム生活だバッキャロー。毎日が騒がしい日々の始まりだっつーの」


「とか言ってまた~。嬉しそうな気持ちが顔に出ておるぞ~?」


「うるせーな。面倒事が全部片付いて無駄な疲れが取れただけだ」


「素直じゃないのぅ。まぁ、そういうにーちゃんがワシは好きなんじゃがのぅ」


「お前に好きって言われても何も嬉かねーよクソ白髪」


「またまたそうやって照れちゃって~。可愛いのぅにーちゃんは」


「黙れ、唯一の敗北者が」


「うぐっ!?」


 余程気にしているのか、普段何を言っても動じないコヨミに心破りの槍が貫通した。しばらくは使えそうだなこのネタ。存分に有効活用させてもらおう。


「全ては私のお陰だな。感謝するが良い愚人」


「まぁ……そうだな。お前にゃ今回は色々と世話になったよ。ありがとなリース」


 偉そうに胸を張るリース。俺は憎まれ口を叩かずに素直にお礼を言い、昔ミーナにしていた癖で頭を撫でてしまった。


「げふぉっ!?」


 直後、脇腹に傘の一撃をもらった。


「痛ぇな!? 殴ることねーだろ!?」


「…………ふんっ」


「ふんっ、じゃねーよ! 地味に洒落になってねーからなこれ!? あっ、ヤバい、後からじわじわ痛みくるパターンだよこれ……」


 謝ることなくリースは一人何処かに歩いて行ってしまった。何なのあいつ? 無意識に頭撫でたのは悪いとは思うけど、何もあそこまで怒らなくても……。


「へぇ……そういうことだったのね。これはからかえるネタになるわね……フフフッ……」


 悪い顔して笑っているミーナ。薄い脳味噌でまた悪巧みを模索したようだ。あいつの考える策はまず成功しないのに、学習しない脳筋だな。


「…………」


「ん? ミコさん?」


「へ!? な、なんですか!?」


「いや……何かぼーっとしてたからさ」


「そ、そうですか? 私は別に普通ですよ?」


 そうは言うが、明らかにリースが消えた方向を見つめて固まっていた。でも下手な詮索はしない方が良いかな?


「そんなことより旦那様。用件が済みましたけど、今晩はどうするんですか? 帰るなら深夜にならない内にお帰りになった方が宜しいかと」


「そうだね。それじゃそろそろ帰――」


「れると思っているんですか?」


 俺は最初から思っていたことがあった。ここに来たということは、泊まっていくか否かという二択を迫られるんだろうな、と。


 勿論俺は帰宅を選ぼうと思っていた。色々と理由はあるのだが、今一番問題なのは、ここに泊まったが最後、子供馬鹿シスターに色んな意味で食われることになる夜が待ち受けているだろうから。


 しかし、今俺の肩に触れている手が告げていた。


「お前に選択権はない」と。


「今夜はレッツパーリーよ」と。


「異星人の皆さんがヤーちゃんと同居することは認めます。ですが……」


 飢えた獣のように涎を垂れ流し、金色に瞳をギラつかせる沙羅さんが俺の頭をがっちりホールド。か弱いはずの彼女が、今だけとんでもない怪力の持ち主へと進化を遂げていると自覚した瞬間、沙羅さんの綺麗な微笑みが消え去った。


「私がヤーちゃんを独占しようとしている愛とはまた別の話です」


「ミコさぁぁぁん!! コヨミぃぃぃ!!」


「ミコよ。今から子供達のところに遊びに行かぬか? 子供好きじゃろぅお主?」


「良いですよ! 行きましょう行きましょう!」


 コヨミの野郎っ! 関わるだけ無駄だと判断しやがった! ミコさんはミコさんで早く退散しようと慌ててるし!


「おい家族組! 俺を助けろ! 報酬は弾むぞ!」


「どうせ手作りスイーツ一つでしょ? 私はそんな安い女じゃないわよ。そんなことよりウニ助、アンタちょっと証拠を残さずに屈辱を与えられる悪戯を一緒に考えなさい」


「しょうがないなぁ、今回だけだからね?」


 家族を助けることに理由は必要か? いや必要ない! ただ助けたいから助けるのが真の家族だ! つまりこいつら皆、俺の家族なんかじゃなかったんだっ!!


 あんまりだ! こうも簡単に家族の絆は断ち切られてしまうのか! 鬼! 悪魔! 外道!


「さぁ行きましょうヤーちゃん……今夜は寝かせませんよ……?」


「誰かぁぁぁ!! もうこんな親は嫌だぁぁぁ!!」


 その夜、俺は童貞を守るために勇敢なる勇者の如く、一人奮闘した。だが、その代償として大切な何かを失ったような気がした。

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