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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
二話 ~疑心暗鬼とシスターさん~
24/91

鉄拳制裁

「ど、どうよ! この私の力で圧勝してやったわよ!」


 何処か釈然としていない様子のミーナが、明らかな空元気を見せ付けて皆のところに戻った。


 しかし、皆は喜んでいるというよりは、感動話に心打たれたことの方が大きかったようだ。


「素晴らしかったですミーナさん! わ、私も感動してしまいました! 泣き話ベスト5に入るくらいの良い話でした!」


 感極まったミコさんがミーナを手を強く握り、どアップで大胆に接近する。その対応にミーナは更に困惑しているご様子だ。


「ちょ、や、止めなさいよ。そういうのは求めてないのよ。それよりも今は勝利の余韻に浸ることが先決でしょ?」


「そう照れるでないミーナ坊。お主の話を聞き終えた時のワシは、まるで天が見えない滝を登りきったこいのような気分じゃったぞ」


「分かり難いわよその例え。ちょっとリース! アンタ何とか言いなさいよ!」


 いつもなら憎まれ口を挟むところなのに、リースは嘘のように大人しくなっていた。表情を見られないようにそっぽ向いていて、ずかずかと近付いていくミーナにも見向きもしない。


「何処見てんのよ! こっち向きなさいよこっち!」


「……そうだな」


 と返すものの、一向にリースはそっぽ向いたまま。それと心なしか、少し肩を震わせているような……?


「なんでそんなしおらしくなってんのよ!? いつもの生意気な口は何処にいったってのよ!?」


「……そうだな」


「ちょ……や、止めなさいってその反応! 見てるこっちが恥ずかしくなってくるでしょーが!」


 今になって自分が言ったことに羞恥心を感じ出してしまい、顔を真っ赤にしたミーナが乱暴にリースの胸ぐらを掴んで揺らす。それでも何も言い返さないリースは、ミーナのされるがままになっている。


 何? あいつって実はそういう話に弱いの? 実は結構乙女だったりするの? でも今思うと、リースは何だかんだで女子力が高いところがあるし、おかしくはないのかもしれない。


「……まぁ、何にせよだ」


 四回戦は見事ミーナが勝利を収めてくれた。それが一体何を意味するのかは、この場にいる全員が理解していることだ。


「というわけで、四回戦はミーナさんが勝利したことにより、この五番勝負に終止符が打たれました。勝者、サーたんチ――」


「ちょっと待ったぁぁぁ!!」


 勝敗が決まってウニ野郎の宣言が告発されようとした瞬間、ディランの大声が会場内を支配した。


「何でしょうかディランさん? 勝負はもう終わりましたよ?」


「納得がいかん! 何故今の勝負が私の負けなんだ!」


 おいおい何なんだあいつ。ここにきてまさかの悪足掻きってか? 見苦しい奴だな。人として恥ずかしく――いや人じゃなかったかそもそも。


「何故も何も、勝敗は明らかだったじゃないですか。会場の人達が皆、涙を流したくらいですから」


「私は泣いていない! それはお前らの自己満足だ!」


「すいませんがディランさん。今回の審査員は僕なんです。依怙贔屓をすることなく公平な審査をした結果なので従ってください」


「ふざけるな! 私の意志が折れてない限り、私は決して負けんのだ!」


 見た目はヤクザ臭い大人。なのに中身は極端に負けず嫌いな子供。良い大人が情けないとは思わないんだろうか? いや、思っていたら潔く負けを認めてるか。


「そんなこと言われましても、貴方の連れの方々も納得していますので、ディランさんが何を言おうとどうもなりませんよ」


「……くくっ……くははははっ!!」


 ついに頭がイッてしまったのか、ディランは唐突に大声で笑い上げた。これがオタクの成れの果て……か。


「くくくっ……そうだ、私は今まで一体何をしていたんだ。真っ正面から勝負などせず、最初からこうすれば良かったのだ!」


「あの、ディランさ――うわっ!?」


 ここで最悪の事態が起こってしまった。


 やけくそになったディランがウニ助を乱暴に払い除けると、一目散に沙羅さんの元に駆け寄り身柄を拘束してしまった。


「な、何するんですか! 離してください!」


「申し訳無いサーたん。私は諦めが悪い人柄でして、こんなくだらない勝負に負けたところで引き下がれる潔さは持ち合わせていないんです」


「おいおい何しとるんじゃお主~。敗北したというのに、流石のワシもそれは見過ごせな――」


「動くな!!」


 のらりくらりとコヨミが然り気無く近付こうとした時、その一声は会場内に響き渡った。


「下手に動いてみろ。この腕をへし折るぞ」


 まさに悪人顔の野郎が沙羅さんの腕を乱暴に持ち上げる。すっぽりと大きな手に収まるその腕は、少し力を入れられれば容易く折れてしまいそうなくらいに華奢だ。


「や、止めて……痛っ……」


 沙羅さんが腕の痛みで苦痛の声を漏らす。これじゃ迂闊に手も出せもしない。


「おいクソオタク!! その手を離さないとアンタただじゃおかないわよ!!」


「落ち着け馬の尻尾、こちらは人質を取られているのだ。怒りの感情で動いてしまっては、貴様にとって取り返しのつかないことになりかねんぞ」


「そんなこと分かってるわよ!! でもだからってこのまま黙って見過ごせるわけないじゃない!!」


 沙羅さんに手を出されてブチ切れたミーナが考えなしに近付こうとして、珍しく冷静なリースがどうにか引き留めている。あいつのことはひとまずリースに任せておけば大丈夫だろう。


 そう、問題なのは――


「……おい、にーちゃん」


「……なんだよ」


「瞳孔開いとるが、冷静さは残っておるな?」


 今にもあの野郎を殺してやろうかと思っている俺自身だ。


「辛うじてまだ大丈夫だ。でもこれ以上ちょっとしたことがあったなら、俺はどうにかなっちまいそうなくらいの状態だよ」


「だ、旦那様……」


 ミコさんが俺を見て少し怯え、コヨミもいつになく苦い顔を浮かべている。それだけ今の俺の顔は凄いことになっているんだろう。


 ただでさえあの人に触れられるだけで不愉快な思いをしているのに、苦痛に歪む顔を見せられては俺も我慢の限度が出てくる。


 動いたら駄目だと頭の中では分かっているのに、本能的に飛び出してしまいそうで不安定だ。これだけの怒りを感じ取ったのはいつ以来だろうか?


 とにかく、本能のままに考えなしの行動に出ることだけは避けたい。ほんの一瞬で良いから、何か奴の隙を付ける間があれば……。


「コヨミ、お前神通力のストックは本当に残ってないのか?」


「もし使えたなら既に使っとるところじゃよ」


「だろうな、期待してなかった。クソ白髪が」


「あっ、怒ってても毒吐くのは変わらないんじゃな……」


 最初から分かっていたが、やはりチート技を使うという選択肢はないようだ。つまり、俺達ができる範囲に収めて沙羅さんを救出しなければならないらしい。


 くそっ、頭に血が昇って思考が鈍ってやがる。普段なら何かしら良策を考え付いているところだが、今は知恵を活かす余裕がない。


「珍しいな。貴様も本気でそういう顔をするとは思わなかった」


「……茶化してんのかテメェ」


「そういうわけじゃない……が、今の貴様はこの愚図と同じだ」


「誰が愚図よ! てゆーか離しなさいよ!」


「そしたら飛び出して行くだろう。そうなればこの勝負は私達の負けだ。わざわざ敗北の道を突っ走るなど私が許さん」


 赤い物を見て暴走するロデオのように暴れているミーナ。少しでも油断すれば独りでに飛び出していきそうなくらいに、今のミーナは不安定だ。俺も人のことは言えないが。


 肝心な時にこれなのか? 一体俺は何のために力を付けてきたんだ? これじゃ宝の持ち腐れも同じだ。


 やっぱり最初からあいつをブッ飛ばしておけば良かったんだ。だから嫌だったんだよ、こんな面倒事に巻き込まれるようなことになるから。


 後悔の念を抱き、自然と両手に力が入る。ぎりぎりと軋む音が鳴り、力を入れすぎたせいでポタポタと微量の血が雫となって流れ落ちる。


「……おい家事狐」


「え? 私ですか?」


「他に誰がいると言うのだ。いいかよく聞け家事狐。あまり奴を刺激しないよう、何でも良いから話を持ち出して僅かな隙を作れ」


「えぇ!? そんなこといきなり言われても無理ですよ!」


 何を企んだのか、非暴力主義者のミコさんに無茶ぶりを要求するリース。何でそこでミコさんに頼むのか……。


「いいから私の言うことを聞け。愚人の母親がどうなっても良いのか?」


「それは駄目ですけど……やっぱり私には無理ですよ! 何をどうすれば良いのかさっぱり思い付きません!」


「何なら色仕掛けでもしたらどうかのぅ? 我が儘ボディ~を持っているお主なら、あのオタクを誘惑するのは容易いじゃろぅ。とりあえず脱げば?」


「容易い以前の問題ですよ! 私にも人権はあるんです!」


「ふっ……それ以前に貴様は異星人だろう。なのに人権を行使するとはおかしな話だな」


「確かに異星人ですけれども! なんで私ばかりが事あるごとにそういう役割を果たさないといけないんですか! あの時の王様ゲームの事、実は今も気にしてるんですからね私!」


 おぉ、珍しくミコさんが怒鳴り込んでいる。つーか、こんな時にくだらないコントを繰り広げやがって何考えてんだこの馬鹿共。


「おいそこ! 先程から騒がしいぞ! この腕がへし折られても良いと言うのか!」


「あぁぁごめんなさい! ほらぁ! お二人共が変な事言うから怒られちゃったじゃないですか!」


「ふむ……責任転嫁はいかんぞミコよ」


「そうだぞ家事狐。己の罪を他人に押し付けるのは外道がすることだ」


「それ遠回しに私の事が外道だって言ってますよね!? 酷いです! あんまりです! これでも私は真面目に事を受け入れてるのに!」


「おーい、大概にしろよお前ら? ここはお笑い会場じゃねーんだよ。M1グランプリは他所でやれクソが」


 我慢できずに身体が勝手に動いてしまい、仲裁役としてコント集団の輪の中に入ってしまった。どうもこいつらといると調子が狂ってしまう。


 何なのマジで? そんなに俺を困らせて楽しいの? それが君達の生きる糧になるの? 俺いじり=合法的な精力剤なの?


「ふっ……頭が冷えたか愚人」


「あァ?」


「少しは落ち着いたかと言っているんだ」


「…………あっ」


 いつの間にか冷静になっていることに言われて初めて気付いた。ほんの些細な時間だったってのに、俺がこんな簡単に冷静になるなんて……。


 昔からそう。俺は沙羅さんの身に害することが起きた時、ところ構わずに頭に血が昇って暴走していた。それで落ち着くのは暴れるだけ暴れて全てが終わった時。事前に怒りが静まることは一度たりともなかった。


 ミーナやウニ助と一緒にいる時とは違う何か。それがこの三人からは感じられるような気がした。


「悪いなリース、一つ貸しができた」


「気にするな。それよりも今はあの真の愚人の後始末だ」


 よくよく見ると、いつの間にかディランは沙羅さんを人質に取ったまま仲間達の元に戻っていた。このままじゃ本当に沙羅さんが奴等の星に連れ去られてしまう。


「やはり最後に勝つのはこの私だ! これで私達の嫁問題は解決だな! ハッハッハッ!」


 そうしてディランは“一人”で笑い上げた。そう、仲間達のオタク達は誰一人として笑ってはいなかった。


「む? どうしたお前達? 私達が求めていた嫁が手に入ったのだぞ? 何故誰一人として喜ばない?」


 不服そうなディランがオタク達に問い掛けるが、誰も口を開こうとしない。ただ気まずい空気だけが流れ、皆が渋い顔をしている。


「あ、あの~、リーダー? サーたんを離してあげてくれませんか?」


「……何だと?」


 すると、ずっと押し黙っていたオタク達の一人がそんなことを申し出た。


 その言葉に俺はキョトンとしてしまった。あいつらもあのクソ野郎と同類のクズだと思っていたから、まさかあんな正論を言い出すとは思わなかった。


「お前、今の言葉がどんな意味なのか分かっているのか?」


「で、ですけどリーダー、サーたんが嫌がっているじゃないですか。僕達はサーたんの幸せを何よりも願っている集まりなのに、これでは本末転倒ですよ?」


「そうですぞ団長殿。確かに私達はサーたんという嫁を愛しておりますが、本人が拒んでいるのに無理矢理言うことを聞かせるのは間違っていますぞ」


「我らの夢はサーたんという嫁。だが、それ以前に我らの願いは、サーたんが子供達に囲まれてその笑顔を絶やさずに生きていてほしいということ。それを阻む貴方は見過ごせませぬ」


「皆さん……」


 これってもしかして、あのクソ野郎以外のオタク達は良い奴らだったってパターンなのか? 普通にリーダーに向かって反発してるし、ただの取り巻きってわけじゃなかったらしい。


「な、何を言っているんだお前達! 常日頃からサーたんと結婚したいと言っていただろう!?」


「確かにそう言っていましたが……それはあくまで僕達の夢です」


「団長殿は心動かされなかったのですか? 先程のミーナ殿の話を聞いて」


「な、なんだと?」


 ……なるほどな。


「お手柄だなミーナ、たまには役に立つじゃねーか」


「は? 何の話よ? てゆーか、たまにって何よ! 普段から頻繁に役に立ってるわよ!」


 それは絶対有り得ないが、今回ばかりは礼を言わなければならないだろう。


 妄言だと言っていたさっきの感動話。あれは紛れもなくミーナの本心の表れだった。その真っ直ぐな想いがあのオタク達に伝わってくれたんだろう。


 本当の愛情とは、一体何なのかということを。


「我らはミーナ様のありがたいお言葉で気付いたのです。我らの愛情はサーたんのために存在すると。サーたんの幸せが我らの幸せに繋がるということを」


「僕達はそれだけで充分だったんですよリーダー。サーたんとの結婚よりも、サーたんが笑っていてくれるならそれで良いんです。それが僕らのアイドル、サーたんなんですから」


「あ……ありがとうございます、皆さん!」


 他のオタク達に協力の意思がない以上、ディランがしているそれは愚かな独り善がり。そして、それを押し通すには難易度がかなり高い茨の道となった。


 俺の目にはもう、あいつが我が儘を泣き叫びながら言う駄々っ子にしか見えない。さっきも思ったような気がするが、あんな大人にだけは絶対なりたくねぇな。


 己が最も愛しているであろう人に害を成すという矛盾した行為を平気で行う大人。あいつはサーたん宗教団体の一員を名乗る以前に、立派な大人を名乗る資格すらない。


「こ、この裏切り者共がぁ……」


 オタク達の反発に若干我を忘れているディラン。


 それは、虚を突くのに申し分ない大きな隙となった。


「リース! ミーナ!」


「熟知している!」


「分かってるわよ!」


 二人に呼び掛けると同時に、戦闘慣れした三人で弾丸の如く飛び出した。


 少し距離はあるが、まだディランは俺達に全く気付いていない。反乱を起こしたオタク達に感謝しておこう。


 次第に距離が接近していき、後数歩で目と鼻の先となった時、


「ぐぅぅぅ……なっ!?」


 そこでようやくディランがこっちに気付いた。


 だが、もう遅い。


「ぶがぁっ!?」


 リースの凪ぎ払った傘が顔面を捉え、ミーナの飛び蹴りが腹部を捉えた。その瞬間にディランの腕から沙羅さんが解放され、俺は透かさず抱き止めて距離を取った。


「大丈夫か沙羅さん!? 腕は!? 腕は折れてないか!? 腕っ!! 腕ぇ!!」


「むふふ……腕よりも息子にお姫様抱っこされてるこの状態の方が……むふっ、むふふっ……」


「あぁそう、なら良いわ」


「痛っ!? でも今はこれすら気持ち良いっ!」


 無事が確認できて安心したせいか、一気に気と力が抜けて沙羅さんの身体が尻から地に落ちた。


 この人は健康そのもので、気色悪い笑みを浮かべる余裕すら有りやがった。返せ、俺のあの怒りを返せ。今思い出すと恥ずかしくなってきただろーが。


「さーて、どうしてやろうかしらこのクソ野郎? ただ殴るだけじゃ気が収まらないわよ私は」


「それなら大鍋にでも入れて煮込むのはどうだ? だが熱々のお湯では駄目だ。熱くなく、温くなく、程好い温度に浸からせ、長い時間を掛けてじわじわ追い込み脱水状態にするのが最適だ」


「えげつないこと考えるわねアンタ……でもそれくらいの罰を与えないと駄目よねこいつは。ちなみに鍋の味は塩味にした方が良いと思うのよね。傷口に塩塗ったらクソ痛いから効果あるでしょ」


「ふ、触れるな! サーたんの価値観も分からぬ愚図共の集まりが!」


 退け腰になりながら後退って逃げようとするディラン。これだけやっておきながら罰の一つも受けずに逃げようとするとはな……。


 そんな虫の良い話があるわけねーだろ。


「おいおいお主、何処に行こうとしとるんじゃ?」


「これだけ迷惑を掛けたんです! ちゃんと旦那様のお母様に謝ってください!」


 逃げ道にコヨミとミコさんが立ち塞がってくれていた。最早、奴に退路など有りはしない。


「ぐぅっ……そ、そこを退け!」


「それは聞けん願いじゃのぅ。お主にはまだやることが残っているじゃろぅて」


「や、やることだと? 一体何だと言う!?」


「決まっておるじゃろぅ。それは――」


 コヨミはいつものお気楽な笑みを浮かべ、その宣言を口にした。


「エキシビションマッチじゃよ」


「……は?」


「んじゃ、後は任せたぞにーちゃん」


 ディランの“真後ろに”いる俺に指を指したと同時に、俺は利き脚を少し後ろに引いて構えた。


「き、貴様いつの間に!? 止めろ! 何をするつもりだ!」


「安心しろ。一発だけだから」


 自然と口元が緩んでしまう。きっと今の俺は、誰が見ても分かるような歪んだ笑みを浮かべているに違いない。


 日々が経過するごとに蓄積しているストレス。これだけ迷惑を掛けられて無償で逃げようとしたこいつに対する粛清の念。そして、沙羅さんに害を為したことに対する怒りと殺意。


 ありったけの感情を力に変え、右の拳に一点集中。ミシミシと軋む音が鳴り、その音の大きさだけ俺の鬱憤が貯まっているんだろうと実感できる。


「ブッ飛ばす前にテメェに一つだけ言っておいてやるよ」


「言っておくことだと!? 小童に教えられることなど一つもな――」


「テメェが沙羅さんに抱いてるものは愛情なんかじゃねぇ。テメェのそれは、一方的に押し付けている身勝手な所有欲だ」


「な……に……?」


「愛する人を傷付けることを躊躇わず、あの人が悲しんでいることに気が付いていない大馬鹿者。お前は一体、あの人の何を見てきた? あの人の何を見て惹かれた? あの人の何を見てお前は今のお前になった? それは、あの人が平等に人を愛する心を持っていた人だったから、お前はそんなお人好しに惚れ込んだんじゃねーのか!」


「だ、黙れ!! 黙れぇ!!」


「テメェの勝手な都合で関係ない奴まで巻き込みやがって……また一から小学生に戻って常識を学んできやがれェェェ!!」


 溜めに溜めた一撃を解き放ち、ディランの鳩尾を確実に捉えた。


 まるで地雷が爆発したかのような衝撃音が鳴り響き、俺にだけ骨が粉々に砕け散る音がハッキリと聞こえた。


 ディランの身体はくの字に曲がり、音速を越えた速度で吹き飛んでいき、やがて姿形が捉えられなくなって星の如く消え去った。


「……やべっ、やり過ぎた」


 よく見りゃ踏み込んだ地面に亀裂が生じていた。流石にこれは気合いを入れすぎたかもしれない。どんだけ鬱憤溜まってたんだ俺よ……。


 ど、どうしよ……もしかしたら俺は殺めるという行為をしてしまったかもしれない。でも相手は人じゃないし、多分大丈夫……か?


「……にーちゃん」


「ん?」


 ポンと俺の肩を叩いて慈愛の笑みを浮かべているコヨミ。その笑みにはどんな意味が込められてるんだろうか……?


「にーちゃん……殺めるという行為は、相手が異星人でも罪は罪じゃぞ……」


「……おぉふ」


 何この後味の悪さ? 俺って良いことしたはずなのに? それなのきこんなオチ? 最終的に俺が悪者扱いみたいな?


 そんな……そんなのって……。


「ま、もしものことがあるかもしれんが……頑張れ」


「他人事かゴルァァァ!!」


 その雄叫びのような大声は、町中全体に響き渡ったとか。

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