女子力神域の天然
名を“ミコ”と言うらしい異星人の彼女が来て、次の日。自宅破損の件もあって学校を休み、色々と状況を整理したいので、本日はミコさんの事について考えることにした。
その前に、あんな爆音をまき散らした出来事のせいでマスコミやら何やらが押し掛けて来て今朝は面倒なことになっていたが、「特に何事もなかったからネタは無い」と大嘘を付いてどうにか帰ってもらった。
そうしてあれやこれやとしている内に、時刻は昼時になってしまっていた。
「これで終わりっと……よし、やることは全部済んだな」
「お疲れ様です旦那様。宜しければ冷たいお茶はいかがですか?」
「あ、あぁうん……ありがとうミコさん」
「いえいえ、花嫁修業の身として当然のことです」
「ぶっ!?」
折角木材が片付いて部屋が綺麗になったのに、思わぬ返し言葉でお茶を吹いてしまった。
ここに住んで良いとは言ってしまったけど、花嫁になってくれとは一言も言っていない。祈祷はあくまで俺の願望なのだから。
お茶で濡れた床を雑巾で拭き取ると、俺達は向かい合ってテーブル越しに座る。ミコさんが正座したので釣られて正座してしまったが、まぁ慣れているから特に問題はない。
「さてと、本題に入るけども……ズバリ聞くぞミコさん」
「はい、何でしょうか旦那様」
「うん。んじゃ聞くけど、まず君は何なの?」
「え?」
ちょっと質問がストレート過ぎて伝わらなかったようだ。思ったことがそのまま口に出たような言葉だからしょうがないか。
「ごめん、これじゃ伝わらないよな。言い方を変えると、ミコさんは何者なのかと聞きたいわけなんだけど」
「何者と申されましても……私は私ですよ?」
「言葉って難しいね!? 要は、君は誰で、何処からやって来て、どういった目的を持ってここに来たのかってことを聞いてんの!」
「なるほど、そういうことでしたか。それでは順を追って説明しますね」
ミコさんはようやく意図を察すると、ズズズッとお茶を啜ってからコホンと咳を立てて話を始めた。
「そうですね……まずはですね旦那様。貴方は宇宙人だとか、異星人が住む未知の惑星等という非現実的な存在を信じていますか?」
「また唐突な話だな……」
テレビ番組で色々とそういうミステリーな特集をやっていたのは見たことがあるけども、どれもこれもCG臭くて一切信じてはいなかった。胡散臭い、嘘臭い、現実味がない、等々、全てにおいて俺は信じてはいなかった。
しかしそれは過去の話。ミコさんのような人が実際にいたということは、宇宙人とかUFOとかいう未知の生物達は存在しているんだろう。信じ難いことだが、現にこの目で見ているんだから否定なんてできっこない。
「今は信じてるよ。主にミコさんの存在が決定打になった」
「そうなんですか。ありがとうございます旦那様」
そのように返すと、ミコさんはほっとした様子を見せてニコッと笑った。
くっ、可愛い笑顔だ。恥ずかしくて直視できない。顔とかに出てないだろうか俺? 大丈夫か俺? 大丈夫だよね俺?
「良かったです。ここで否定されてしまっては話になりませんからね。それではお話しますが、言ってしまうと私は遠い星に住んでいた異星人なんです。主に家事を愛してやまない者しかいない“クリーナー星”という所からやって参りました」
「うんうん、それで?」
「そして旦那様の元に辿り着いたというわけです」
「すいません、話噛み砕き過ぎで肝心のところが理解不能なんですが」
どうにもミコさんは天然なところがあるようだ。それはそれで良い特徴だと捉えることもできるんだろうが、これじゃ話がスムーズに進まない。
「なんで俺の所に来たんだ? 俺はそれが一番聞きたい」
「それは先日申しました通り、旦那様がお嫁さんを求めたからです」
「そりゃ求めてたけども……それで現れるっておかしいでしょどう考えても」
「うーん……何かおかしかったでしょうか?」
「いやいや普通におかしいよ? まずミコさん、俺のこと何も知らないでしょ? それなのに見ず知らずの糞野郎の元に突然現れて『妻です!』なんてさ? 道を歩いてる最中に何もない所で転んで『これが俺の個性なんだよね~』とアピールしてる痛い奴並みに異常だからね?」
「そんな! 旦那様は糞なんかじゃありません! ちゃんとした立派な人間ですよ!」
「うん、自分で言ってて少し傷付いてたからフォローしてくれて凄い嬉しいけどね? 目を付けるところは違うからね貴女?」
駄目だ、何を話してもミコさんのペースに巻き込まれてしまう。良い人なんだけど、なんかこう……もどかしいというか何というか、上手く口で表現できないよこの気持ち。
「うーん……旦那様は細かいところを気にする人のようですね。それではビックな男になれませんよ?」
「やかましい! 別にビックにならんでも生きていける奴なんてザラにいるわ!」
別に器が大きくなくたって俺は俺で逞しく生きてるつもりなんだ。とは言え、周りから見たら逞しさなんて滲み出ていないんだろうけども。
「……それとも旦那様。やっぱり私はここにいたら御迷惑なんでしょうか……?」
うるうると瞳が潤んで今にも泣き出しそうな顔をされる。
そんな顔されたら「嫌だ」なんて言えないじゃん。そもそも俺は色々とパニクってるだけで嫌だとは一言も言ってないし、思ってもいない。
それに昨日の今日で分かったが、確かにミコさんは家事が完璧だった。料理はできるし、掃除は早いし、更には気配りが出来て優しい性格で、最後の止めに可愛い見た目のお姉さん系美少女。まるで漫画か何かに出てくるかのような人だ。
これで何か不満があると言うのなら、それは贅沢を越えて欲深いチンカスだ。まだたった一日だが、ミコさんはとても悪い人には思えないし、信用しても良いと思う。
「……一つ、ハッキリとしておきたいことがあるんだけどさ」
だからこそ言えるべきことは言っておくべきだろう。相手は人間じゃない異星人だとしても、ミコさんは至って普通の女の子だ。ならば、男として女の子には優しくするのが常識と言えよう。
ミコさんは不安そうな表情で首を傾げて俺を見てくると、なるべく安心させられるよう俺なりに穏やかな笑みを浮かべた。
「少なくとも俺はミコさんが居てくれることに関しては嫌だと感じていないよ。そりゃゴタゴタもあったけど、一応俺はミコさんを信用してるつもりだしね」
「旦那様……うぅ……」
結果、優しくしても泣かれてしまった。どう転んでも俺に逃げ道はなかったということか。
俺なりに頑張ったつもりがこれかっ! 未熟なり俺っ!
「あっ、ち、違うんです旦那様。これはそういう意味で泣いてるわけじゃないんです」
動揺しすぎて大量の汗を掻きながら苦い笑みを浮かべていると、 少し慌ててミコさんが右手を左右に振って、もう片方の手で涙を拭い、ニッコリと笑った。
「私、昔から嬉しいことがあると涙が出る癖があるんです」
「そりゃ癖じゃなくて単に涙脆いだけなんじゃ?」
「エヘヘッ、そうかもしれませんね」
「エヘヘッ」とか、そういう笑い方はダメージでかいぜ! 年齢=彼女無しの俺にとってその笑い方は心を鷲掴みにされてしまうわ! 他人の女子からしたら「何あいつ、今時『エヘヘッ』とかないわー」みたいな陰口叩きそうだけど。
「ともかくです旦那様。今回は素直に願いが叶ったということで事を済ませましょうよ? 信じ難いことで取り乱すことはあると思いますが、今はこうして分かり合えているんですから。そ、それにその……」
何だと思うと、急にミコさんはモジモジしながら真っ赤になった顔に手を当てて、
「旦那様が優しい方で……良かったです」
と、可愛い身振り素振り+照れ声で言い切った。
――パリンッ
思わず冷たいお茶が入ったコップを握力で握り締めて木っ端微塵に割っていた。その魅力に当てられてしまい、思わず隠された力が一瞬解放されてしまったんだろう。
女の大半は男を騙す生き物だ。好きなように男を扱い、自分の欲を満たすためだけに利用する最低の生き物。
だが、そんな身勝手な理論を述べた後で合えて言おう。
俺はこの人のためなら死んでも良いと!
「だ、大丈夫ですか旦那様!? 右手が血塗れになって――」
「大丈夫大丈夫。こんな痛覚よりも俺はもっと強い衝動に溺れてる最中だから」
「は、はぁ……でも心配なのですぐに医療道具を持ってきますね!」
そう言うと、ミコさんはすぐに立ち上がって部屋から出て行った。
やっぱり良い人だあの人。あれだけ女の子として完璧な人が俺を慕ってくれているなんて、もしかしたら夢を見てるのかもしれない。試しに頬をつねってみよう。
「…………」
痛くない。ヤバい、本当に痛覚よりも強い感覚に溺れてるみたいだ。これマジで夢だったら、目を覚ました時に自殺を試みるかもしれない。
……いや大丈夫だ。だって今の俺はこんなにも気持ち高ぶってるし、痛覚はなくとも他の感覚はあるし、やはりこれは紛れもない現実だ。
「でも待て俺よ。こういう時こそ落ち着かないとロクなことにならんぞ。今まで嫌というほど学習してきたはずだ」
俺は知っている。突然の幸福がやってきた時、それは平等に不幸も舞い降りてくる切っ掛けとなることを。良いことは一度で終わるが、悪いことは何連鎖もしやがることを。
「ただいま戻りました旦那様。お怪我の手当てをさせて頂きま――」
自分で立てたくもないフラグを立てていると、医療道具を持ったミコさんが笑顔で戻ってきた。
――同時に、
ドガァァァンッ!! メキメキメキッ!
ミコさんの上から聞き覚えのある爆音と共に、またもや何かが落下して来た。
「…………」
「旦那様……お怪我の……手当て……を……」
「お願いミコさん!! 今だけは自分の身体を労って!!」
謎の落下物その2のせいで、直撃を受けたミコさんは再び血塗れ瀕死状態に。この人もしかしたら死期が近いのかもしれない。
なんてまた悠長なこと言ってる場合じゃねぇ! こんなお別れはあんまり過ぎんだろ! 惚れたあの娘が引っ越し転校なんて認めねぇぞ俺は!
「い、急いで牛乳を――」
「だ……旦那様……」
「何!? 今は急がないとミコさんが――」
謎の落下物を退けてミコさんを抱え起こすと、ミコさんは震えた手で俺に向かって手を伸ばして来た。その手を取ろうとしたが、その前にその手は俺の頬を掴み、
「え? いやちょっ!?」
グイッと引っ張られたと思ったのは一瞬のこと。気付けば俺はミコさんと口付けを交わしていた。
少ししてミコさんから離れると、その時にはもうミコさんの身体には傷一つ付いていない健康な身体そのものになっていた。
「ふぅ……治りました。あ、ありがとうございます旦那様。お陰様でその……た、助かりました」
「…………」
「旦那様? どうされました旦那様? や、やっぱり今のはその……あの……」
「ハッ!?」
い、いかんいかん、ちょっと意識が何処か遠くに浮遊していたようだ。あまりに突然なことが多すぎて戸惑うこの頃だが、今のは過去最高の突拍子な出来事だったぞ。
つーか俺、今ミコさんとキスを……?
「ぬぉおぉぉぉ……」
ヤバいヤバい顔が熱い! リアルに火が出て燃え上がりそうな勢いだ! 絶対これ顔に出てるよ! だって口押さえても口元がニヤけてしまうもの! 口角が言う事聞いてくれないもの!
「顔が真っ赤ですよ旦那様!? も、もしかして発熱を起こしてしまったのでは!? すみません私のせいで――」
「お、俺は大丈夫だ……それよりも今は“こいつ”だろーよ」
どうにかして表情を落ち着いたものにするよう努力をしながら、俺は落下して来た“二人目の女の子”に指差した。
それはミコさんと同様、血塗れで今にも息絶えそうなご様子。
茶髪ロングの髪の上に軍人が被っているような帽子を被り、襟元にフサフサが付いたシャツにネクタイを巻いた、白くて派手目な軍服コートを羽織った女の子。
そんな彼女は今にも死にそうな目で、俺達を睨みつけていた。