仲直りの印の約束
俺はミコ様――ミコさんに最近の出来事を洗い浚い説明した。
あの日、ミコさんがルーカスの名前を寝言で言っていたこと。それにより、敵視百パーセントでミコさんのことを見ていたこと。お門違いの復讐を抱いてミコさんを陥れようとしたこと。全て包み隠さず正直に話した。
これにより、俺はもう完全にミコさんから軽蔑の目で見られることになるだろう。そりゃそうだ、何の罪もないのに罪人に仕立て上げようとしたくらいの愚行に手を出そうとしてしまったのだから。
何が「俺はミコさんのことが好きだ……」だよ。好きならミコさんのことを信じることが常識だってのに、これじゃ告白どころか好きになる資格すりゃありゃしねぇ。
とりあえず今回のこれは自業自得だ。全面的に俺が悪人ポジションだ。何を言われようと、俺はそれを全て受け入れる義務がある。
全部話終えたところで、俺はその場に正座しながらミコさんの言葉を待つ。
「な、なるほど。そんなことがあったんですね。すみません、全然気付きませんでした私」
気付かれないようにしていたから当たり前――って、何故にミコさんが謝らなくちゃいけないのだろうか? どこまで最低なんだ俺は。
「えーと……でも結果的には誤解は解けたんですよね?」
「あー……うん……そうだけど……」
「ならもう良いじゃないですか旦那様。過ぎたことは綺麗さっぱり忘れましょうよ」
慈悲深きお言葉と共にニッコリと笑い掛けてくる。正気の沙汰とは思えないくらいの輝かしい笑みだ。
俺はたまらず思いきり床に頭をぶつけた。
「綺麗さっぱり忘れましょうよ、じゃないよミコさん! 馬鹿かアンタ!」
「えぇ!?」
「えぇ!? じゃない! 忘れられるはずないじゃん!何だよその懐の広さ!? アンタひょっとして天使じゃなくて女神なんだな!? そういう隠れ設定を持ってたんだよねきっと!?」
「い、いえ。私はただのクリーナー星人ですよ? それに旦那様の話を聞いたところだと、事の発端は私が紛らわしい寝言を言っていたところからじゃないですか。なら悪いのは私なんですし、旦那様は何一つ――」
「もういいもういい聞きたくない!! そんな慈悲を与えられても俺の心は傷付くだけだっ!!」
「だ、旦那様……」
最終的に自分が悪かったという結論を出してきちゃったよ! お人好し過ぎるよこの人! 沙羅さんと同等レベルと言っていいくらいの広い心の持ち主だよ!
痛い! 痛いよ! その優しさが槍となって俺の心臓を貫いて来やがる! いっそ激しく責め立てられた方が救われたのに! その方が俺も楽になれたのに!
「怒ってくれよ! 軽蔑してくれよ! 何もお咎め無しだなんて、そんなの俺が認めれないんだよ!」
「えぇぇ……そんなこと言われましても、これって言ってしまえば不慮の事故のようなものですよね? なら誰も責められることなんてありませんよ」
「止めて! 俺に優しくしないで! お願いだから俺に罰を与えてくれ! 頼むミコさん! 頼むから!」
「罰と言われましても困りますよ旦那様。ひょっとして旦那様はMなんですか?」
「いやそれはない。俺はむしろ打たれ弱い人間だ」
何しろ、今の今まで脳内シュミレーションの女の子達からフラれる度に落ち込んでいたくらいだし。たかが脳内での出来事なのに、それを現実に持ってくる程に俺のメンタルは弱いと断言できる。
「でも今回のは話が別なんだよ……。ミコさん良い人なのに、俺は全く信じていなかったってことじゃん? 家族がどうのこうの言ってたくせに、これじゃ説得力の欠片もないよね……」
「旦那様……」
まるで噴水のように後から後から暗い気持ちが湧いて出てくる。このままだと廃人になってしまいそうだ。せめて罰の一つさえくれれば立ち直れるというのに……。
「えっと……それじゃ、一つだけお願いがあるんですけど、聞いてもらえますか?」
すると、少し考えた素振りを見せた後にそんな提案を持ち掛けてきた。それにより、俺の精神は一瞬で超回復した。
「一つなんて言わないで十個くらい言ってくれよ。主に『死ね』とか『消えろ』とか『クタバレ童貞』とか」
「それ言い方が違うだけで全部同じ意味じゃないですか! 言いませんよそんなこと! 駄目ですからね? 死のうとしたらそれこそ許しませんからね?」
「ですよね、分かってましたよ」
「なら言わないでくださいよ!」
「すいません……」
優しいミコさんがそんなこと言うわけがなかった。なら一体俺に何を願うと言うのだろうか?
すると、ミコさんはその場にしゃがんで俺と目線を合わせてきた。結構距離も近いので、俺は直視できずに視線を横に逸らしてしまう。
「今回のことは水に流しても全然構わないんですけど、それでは旦那様は納得できないんですよね? だったら一つだけお願いです。もし……もしもですよ? この先、私が本当に困ったことに巻き込まれてしまってどうしようもなくなっていた時……その時はどうか私を助けて欲しいんです」
「助けてって……」
「約束……してくれますか?」
そう言うミコさんの表情は何処か切なそうに見えた。一体その言葉にどんな意味が込められているのかは分からないけど、それに対する俺の答えは簡単だ。
「そんなの約束するまでもないって。何があろうと俺はミコさんの力になるよ。例えそれが、命を賭けることになるとしても」
「……そうですか。やっぱり旦那様は極度のお人好しですね」
「それはこっちの台詞だって。いないよ最近? ミコさんみたいに見た目も中身も完璧な女の子なんて」
「へっ!? そそそそれはそのなんと言いますか……あ、ありがとうございます旦那様……」
「あっ……いやその……い、今の言葉に深い意味はないよ!? いやでも嘘でもなくてなんというか……」
結局俺は何が言いたいんだ? 自分の言葉に誤魔化しを混ぜてんじゃねーぞ。何事もハッキリしないからすれ違いや誤解が生まれるんだろーが。
……なんて、心の中でどれだけ自分を正当化しようとしたって意味は成さないな。でもまぁ、誤解が解けてミコさんと仲直りできたんだし、終わりよければ全て良し、か。
って、そういえば肝心の用件のことを伝えるのを綺麗さっぱり忘れていた。
「あー……そういやミコさん。実は今さっき、俺達の身に緊急事態が発生しちゃったんだよね」
「緊急事態ですか?」
「うん。ほら、俺がリースと沙羅さん……あのシスター服の人ね? あの二人に一撃入れられて気を失った後、目を覚ましたところで沙羅さんと話してさ。信用できない女の子を同居させている以上、食費は俺一人分しか送らないと言われちゃって。だから一刻も早くミコさん達全員をあの人に信用させなくちゃいけないんだよね」
「なるほど、そんなことがあったんですか。しかも、食費は全て旦那様のお母様が払っていたものだったんですね。でも信用を得ると言っても、一体何をすれば良いんでしょうか? 私そういうの考えるの苦手です……」
「問題はそれなんだよね。でもミコさんは三人の中でも唯一の常識人だから、大丈夫だと断言できるんだよ。でも悩ましいのがあの馬鹿共っていう……」
我を曲げることをせず、自分の意地を無理矢理にでも押し通す頑固な性格のリース。自分が楽しめることならどんな手段も問わないという理念の持ち主の楽天家コヨミ。この二つの居城を攻略しない限り、俺達に未来はない。
「さっきはどうにかしてリースを攻略しようと思ったんだけど、色々あってボコボコにしちゃって失敗しちゃったんだよね」
「えぇ!? 駄目ですよ旦那様! リースさんも女の子なんですから、暴力なんて絶対駄目ですよ!」
コツンと頭を叩かれてしまった。ミコさんに怒られる日が来ようとはな。でもそのコツンは俺にとってご褒美以外の何物でもない。そんなこと言ったらまたミコさんに怒られそうだけど。
「すいませんした! で、でもそれだけ俺も必死なんだよ! これで本当に食費が一人分しか送られてこないとなったら、明日から全員三食カップ麺生活だぞ!?」
「そ、それは困りますね。不摂生が祟って旦那様や皆さんの健康が削がれてしまいます」
「でしょ? だから俺も頑張ってたんだけど……ひとまずリースは置いておいて、残りの一人であるコヨミをどうにかしようと思ってるんだけど、ミコさんも協力してくれないかな?」
「勿論ですよ。でも旦那様? 旦那様が言うほど、コヨミさんは悪い人ではないですよ?」
「いやまぁ……それは分かってるんだけどさ」
そう、コヨミは別に悪い奴ではない。形的にだが、俺が落ち込んでる時に慰めてくれた時とかあったし、「嫌いなのか」と聞かれたら「そういうわけじゃない」とは言い返せる。
でも奴の場合は良し悪しの問題じゃない。問題なのは、何を仕出かすか分からないというところだ。むやみやたらとパル○ンテを連発して敵味方区別なくパニックに巻き込むような、あいつはそういう危うさを持っている。
だからこそ、奴もリースと同じで沙羅さんからの信用を得るのは難しいだろうと考えている。むしろ、沙羅からしたら一番信用しちゃいけない元神様なのかもしれない。
「とりあえずコヨミを探そう。話はそれからだ」
「そうですね。それじゃそろそろ行きましょうか」
ミコさんが思い出のある絵本をそっと置くと、俺達は立ち上がって物置から出ていった。
あの絵本は帰る時にでも回収してミコさんにプレゼントしてあげよう。
~※~
ミコさんと共にコヨミの姿を探し始めて数十分。家中を一通り見回ってみたものの、白髪の一本すら見付けることができなかった。
「何処にもいませんねコヨミさん。もしかしたら外に出掛けてる可能性とかあるんじゃないですか?」
「うーん……その可能性もあるっちゃあるけど、これだけ広いと擦れ違った可能性もあるからなぁ……」
「そうですねぇ。この家を初めて見たときはお屋敷か何かと勘違いしてしまっていたくらいですし、本当に敷地が広いですよねここ? もしかして旦那様のお母様ってお金持ちなんですか?」
「お金持ち……ねぇ。まぁそう思ってくれて間違いはないかな」
「むむっ? 何か引っ掛かった言い方ですね?」
「アハハッ……まぁ、色々とコネがあるのさ、あの人は」
実は沙羅さんは医者という高額年収の仕事に勤めているから、そこら辺の一般サラリーマンよりは貯金を持っている人だ。
でもそれだけの収入でこんな広い敷地と家を買えるわけがない。“とあるコネ”により、あの人は馬鹿みてぇな資産を持っているわけだ。
ちなみに、俺が住んでいる一軒家。あれも実は沙羅さんの資産によって建てられた物件だったりする。
というのも、俺が一人暮らしをしたいと言い出した途端、あの人は血涙を流して俺を引き留めようとしたことがあった。しかし俺はどうしても自立して家事スキルを身に付けたいと、あの人相手に何度も説得を試みた。それでどうにか許しを得たのだが、過保護過ぎる性格のせいで俺一人のために家を建ててしまったのだ。
勿論、俺はそれに反対した。家なんて建てなくてもアパートやマンションを探すから良い、と。
でもあの人は「それでもしご近所の人の中に殺人者がいて、ヤーちゃんの身に刃が突き立てられるようなことが起こってしまったら? 私はもう生きる活力が無くなって死んでしまいます!」と、それだけはどうしても譲らなかったので、こうして今に至るというわけだ。
子供のためなら何をするのも迷わない。その在り方だけを捉えると、沙羅さんは少しコヨミに似通っている部分があるのかもしれない。タチの悪さはコヨミが十割マックスで勝っているが。
……にしても本当に見付からねぇなあの白髪。一体何処でどんな悪巧みしてるんだか。
「あっ、いたいた! やっさーん!」
「ん? おぉ、ウニ助か」
背後から声が聞こえてきたと思いきや、優男が名称の一つであるウニ助が走ってきていた。何かあったのか、その様子は何処か慌てているように見える。
「どしたウニ助? 何か疲れてるように見えるけど」
「それがちょっと面倒なことが起こっちゃって……とにかく敷地の入り口の方まで付いてきてくれないかな?」
「俺は別に構わないけど、それよかコヨミを見なかったか?」
「コヨミさん? コヨミさんから家の屋根の上で何かしてるところを見たけど」
「屋根の上……そこは盲点でしたね旦那様」
あの野郎、後で会ったらひっぱたいてやらぁ。無駄にしてくれたこの数十分の代償はでかいぞコラァ。
「とりあえず白髪馬鹿は後だ。入り口に行こうミコさん」
「わかりました」
俺は動揺しているウニ助の背中を追い、靴を履いて玄関から外に出て行った。
そして俺は、その異常な光景を目の当たりにすることとなった。




