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押し掛け異星人(にょうぼう)  作者: 湯気狐
二話 ~疑心暗鬼とシスターさん~
15/91

今頃気付いた事態

 数日が経過し、停学も過ぎて毎朝学校に通い出すようになったこの頃。


 空は青く、何処までも水色が続いている中、神々しい太陽が今日も地球を照らし、同時に人々を照らしてくれている。


「はぁ……」


 しかしそれとは対称的に、俺の心の空には未だに雲が全国を覆っていた。たまには大雨が降り、ある時には台風が吹き荒れる。それが今の俺の心境だ。


「どうしたんじゃにーちゃん。最近は溜め息を吐いてばかりではないか。溜め息は幸せを呼んではくれんのじゃぞ?」


 学校から帰ってきて自室のベッドに顔を埋めている最中、俺の部屋の常連になっているコヨミが心配して声を掛けてくる。でも返事を返すだけの元気はない。


 何故俺がこんなにも意気消沈しているのかは、今から何十日か前に聞いてしまったミコさんの寝言が原因だ。


「愛していますルーカス様ぁ……」という、まるで悪夢をこの世に実現させたような言葉。そりゃもうスゲェ惚けた顔で呟いていた。


 その瞬間、俺は目を背けたい現実を受け入れた。ミコさんが俺に向けていた想いは全て偽りであり、想い人がいながら何らかの目的を持ってミコさんはここにいると。


 何の目的があってここにいるなんてことは分からない。でも唯一はっきりしているのは、俺の想いが実ることが無くなってしまったということ。


 つまり、俺は告白をすることもなくフラれてしまったということだ。しかも嘘に翻弄され、騙された挙げ句にだ。


 今思うと俺は本当に馬鹿だった。一人で勝手に舞い上がって内心ヘラヘラして、『もしかして俺を好いてくれてるんじゃね?』的なことを思い、都合の良いような解釈ばかりしていた。


 冷静に考えてみれば、俺なんかを好きになってくれる女の子なんているわけがなかった。トチ狂った祈祷をするような乱心者に誰が愛情を抱くんだろうか? いや抱くわけがない。代わりに抱くのは軽蔑の心だ。


 何はともあれ、これで俺にはもう何も残っていない。他にいるのは、闘争心に満ち溢れた獣と、今ここにいる妙に俺に懐いているセクハラ神だけだ。


 もう何も感じたくない。無だ、無になりたい。誰か俺に名前を書いたら人が死ぬノートをくれ。そしたら自分の名前書いて無の世界に消えるから。


「はぁ……」


「だから溜め息を止めろと言っとるじゃろぅに。病は気からと言うじゃろ?」


「うるせぇ~……もうやってられっかってんだバ~カヤロ~……」


「やれやれ、これは相当堪えているようじゃのぅ。何があったんじゃ一体?」


「んなの心読んだら一発だろ~。もう一人にしてくれよバ~カヤロ~」


「いや、ワシが心を読む時は、主に人をおちょくる時だけじゃし」


 何なんだよさっきからコイツ。くつろぐなら自分の部屋に行けばいいだろーが。執拗に俺の部屋に来てんじゃねーよクソが。


 ゴキンッ!


「ぐえっ!?」


 何も考えずに無心になるよう心掛けていると、突然コヨミが俺の顔を掴んで横に捻ってきた。


 マジで何なんだよコイツ、弱っているところに付け込んで嫌がらせってか? 良い性格してんなコノヤロー?


「大人しくしとれよ。少しは気が楽になるじゃろ」


 そう言うと、後にボリボリと耳の穴が掻かれる音が聞こえてきた。前に俺にしようと提案してきた耳掻きをしてるんだろうか。


「どうじゃ、気持ち良いじゃろぅ? 心地好いじゃろぅ? んん? んん~?」


 確かに気持ち良い感触ではあるが、その呼び掛けがあまりにもウザくて俺の心は癒されてくれない。むしろ徐々に苛立ちゲージが上昇している。


「離せ。これ以上俺を精神的に刺激すんなら確実に寝首掻くぞテメェ」


「ほいほい、しょうがないのぅ~」


 何を思ってか、今日のコヨミは何だか妙だ。気まぐれかもしれないが、いつもより聞き分けが良い。別にコイツがどうなろうが知ったことじゃないから構わないのだが、違和感があって複雑な気持ちにさせられる。


 ボリボリポリポリという音だけが微かに聞こえ、他に風の音一つ聞こえない静まり返った空間が訪れる。普段お喋りなコヨミは一切口を開くことなく、ひたすら俺の耳を掃除している。


 だからと言って別に気まずさを感じているわけではない。どちらかと言うと、今この瞬間だけは安らげている。


 実は誰かに耳掻きをしてもらうのは初めてだっから、耳掻きをしてもらうのがこんなに安らげるものだとは思いもしなかった。


 憧れのシチュエーションの一つであったが、まさか本当にこんな日がやって来るとは思いもよらなんだ。全く痛みも感じないし、実は器用だったんだなコイツ。


「すぅ……ふぅ~」


「フォオオオゥ!?」


 完全に油断していたせいか、いきなり耳の穴に息を吹かれて物凄い声が出てしまった。ぞわりとした感覚が背筋をピンと立たせて、ふにゃふにゃになっていた身体が真っ直ぐになった。


「むふふ……良い声じゃのぅ。たぎってきたぞワシ。無論、性的な意味で」


「おもしれぇ……喧嘩なら無料で買うぞコラ?」


「冗談じゃよ。仕方なかろぅ、息を吹かないと取れないカスがあったんじゃから。ほれ、次は反対側じゃ」


 また『ゴキンッ!』とされては堪ったものじゃないので、一発だけ殴りたい衝動を抑えて大人しく首の向きを身体ごと変えた。


 そのため、今度は視界にコヨミの身体だけが映り込む。いや別に他意はない。そこに意味なんてない。いやホントマジで何もない。気付けば今日のコヨミがミニスカートバージョンの振り袖を着ていたこととか全然関係ない。


 普段は膝を隠す辺りまで長くしている裾なのに、何故に今日に限ってこんな……。これが絶対領域というやつなのか? 見えるか見えないかの瀬戸際を目にしているのか?


「ん~、ワシも段々と慣れてきたぞ。いっそのこと耳掻きを免許皆伝にでもしてみようかのぅ」


 俺の視線に気付く素振りも見せず、コヨミはご機嫌な様子で耳掻きに念入りしている。ペラッと裾を捲られれば下着が見えてしまう状況になっていることに気付いていないのか。


 ……って、俺はさっきから何を考えてんの? 相手はコヨミだぞ? いつ俺の貞操を奪ってきてもおかしくないような変態だぞ? なんでそんな変質者に下心を抱いてんの? 馬鹿なの? いや馬鹿だけどさ。


 まずは落ち着け俺。いくらミコさんの件があったとはいえ、「あいつが駄目なら次はこいつを……」みたいな企みをするなんてのはタラシ野郎がする暴挙だ。


 まずは傷付いた心を癒すべきだ。それから新しい恋を見付け、それに向かって突き進んで行けば良い。今はまだミコさんの余韻が残ってて虚しさを感じるが、それも時間が解決してくれるだろう……多分。


 てゆーか、こうなった以上はミコさんの見方を改めるべきか。少なくともミコさんは可愛い顔して悪魔のような人だったんだし、それにここに来た真の目的が何かを突き止めたいとも思う。


「問いは無理だから時間を掛けてボロを出させるしかないか……ならどんなブラフを仕掛ければ効率的に……うーむ……」


「にーちゃん。おい、にーちゃん」


「……あん?」


「耳掻き終わったらもう動いても良いぞ。いやぁ、存分に取ることができてワシは満足じゃ」


 ミコさんのことを考えていたからか、気付いたら心地好い耳掻きタイムが終了してしまっていた。ちょっと名残惜しいが致し方ない。


 裾がどうのこうのと思っていたが、今はミコさん……いや、あの女狐の野郎をどうするかということしか考えられない。


 俺は身体を起こしてベッドに腰掛けると、奴の目的を突き止める方法と、どんな風に苦しませて復讐してやろうかと考える。年齢=彼女皆無の思春期男子の恐ろしさがどんなもんか、必ずその身に刻み込んでやる……。


「……なるほど、そういうことじゃったのか。なんだか面白いことになっとるのぅお主」


 横に座っているコヨミがニヤニヤと笑みを浮かべてくる。人をおちょくる時以外に能力は使わないと言っていたあの言葉はなんだったのか。


 ……いやでもまてよ。コイツは悪戯好きなんだから、もしかしたら頼めば俺に協力してくれるんじゃないか? もしコイツが協力者になれば神通力でなんでもし放題だ。これほど心強い奴は他にいないだろう。


「おいコヨミ。お前俺に協力――」


「のぅ、にーちゃんよ。ちょいとワシと旅行に行かんか?」


「……はぃ?」


 りょ、旅行? 急に何を言い出すんだコイツは?


「何がどうなってそんな話が出てくるのか理解できないんだが」


「ふむ、心に傷を負った者は立ち直りに苦労すると言うからのぅ。傷心旅行にでも行けば少しは落ち着くじゃろぅと思ったんじゃ。どうじゃ? 一つ騙されたと思って行ってみんか?」


 騙されたと思ってねぇ……。うん、普通に騙されてるとしか思えない。騙されることを知った上で罠に嵌まる人間などいない。


「断る。お前と旅行なんざ行ったらロクな目にしか合わないだろ。その未来が手に取るように分かるわ」


「安心せい。その分、気が紛れるじゃろうからのぅ」


「いや何処に行くつもりしてんの? もう駄目だろその言い方。女の子相手にド緊張チェリーボーイ並みに口説き方が下手だぞお前」


「ワシが下手なんじゃない、お主のガードが硬すぎるんじゃ。結婚まで処女を捨てない意思を持つ女子おなごと同等のレベルじゃぞ? にーちゃんも立派な男子おのこであるのなら、触れ合いアピールしてくる女子おなごに躊躇なく襲い掛かれるような猛々しさを身に付けた方が良いぞ」


「それ猛々しいんじゃなくて悪い意味で大胆なだけだろーが!」


 問答してるだけなのに体力を消費してしまう。しかも一向にストレス溜まってく一方だし、何も良いことがない。


「四の五の言ってないで決断せんか。行こうぞにーちゃん? きっと楽しめるぞ?」


「なんでそこまで旅行に固執してるんだよ。俺関係無しにお前がただ行きたいだけなんじゃねーのそれ?」


「フッ……ワシは常に娯楽を欲する元神様じゃぞ? 8:2でワシが行きたいだけに決まってるじゃろ」


 話にならん。要は一人旅に付き添えと言ってるようなもんだ。冗談じゃない、んな旅行絶対行ってたまるかっての。


「論外だな。旅行は勝手にお前一人で行ってろ。そしてそのまま帰り道分かんなくなって永遠にこの世を無一文で放浪してクタバレ全知全能ポンコツ


 そもそも、うちにはそんな予算があるわけがない。一人でようやく飲み食いできる暮らしをしていたんだから、居候が三人も増えた中で旅行なんて馬鹿げて――


「…………あれ?」


 そこで俺は今の状況を今一度思い返した。


 冷静になってみれば思いも寄らない問題があった。そうだよ、何で気付かなかったんだ俺は。


 今まで俺は一人暮らしをしていたのに、突如住人が増えてしまった今、十中八九家計は火の車となる。


 つまり、今のまま日にちが過ぎていくに連れて、確実に食費が消え失せてしまうということだ。


「や、やべぇ! こんなことで悩んでる暇なんてなかった! これは洒落にならん問題じゃねーか!」


「おぉ、己でこんな事扱いして解決してしまったか。で、次は何が議題なんじゃ?」


「うっせぇ! お前に構ってる暇はねぇ!」


 今からバイトをしたところで間に合うはずもないし、短期だとしても数日も掛からずに無くなるから意味がない。コヨミの神通力に頼るという策があるが、コイツに頭下げてそんなこと頼むのは俺のプライドが許さない。


 仕送りは既に“あの人”から貰ってる後だし……だとすれば選ぶべき方法は一つ。


“あの人”にまた仕送りを頼むしかない。気が引けるが、他に方法が思い付かないからどうしようもない。


 それに、ミーナとウニ助にはもうコイツらのことは紹介したんだし、なら“あの人”にも紹介しなくちゃいけないのが道理だろう。別に拒むようなことはしないだろうし、そっちは問題ない。


 ただ、コイツらが“あの人”に何かをするんじゃないかという新たな不安がよぎるんだが。


「仕方ねぇ……今から会いに行くか……」


「結局出掛けるんじゃのぅ。して、どんなリゾート地に赴くんじゃ?」


「しつけーぞ、旅行にゃ行かねぇと言ってんだろ。今から皆で出掛けるからリースと女……ミコさんを玄関に連れて来い」


「ほぃほぃ、りょーかいじゃ」


 最近はしばらく会いに行っていなかったし、良い機会だ。元気……とは言えないが、一応は生きていることを報告するついでに、現状の愚痴でも吐きに行くことにしよう。

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