男女混合パジャマパーティ 中編
何度目か分からないミーナの狂乱がどうにか収まり、リースがネグリジェに着替え終わったところでパジャマパーティが開催される。
俺の部屋は布団一色。もう何処ででも寝ることができる自由空間だ。即ち、それは隙を見付けることができれば寝ることができる可能性があるということ。
一夜漬けなんて冗談じゃない。只でさえ疲れてるってのに、充分な睡眠時間が確保できなければ、明日の朝の俺の身体は身動き一つできなくなっているだろう。
そうなったら最後、主にコヨミに弄ばれるだけ弄ばれる未来が待ち受けているだけ。それだけは絶対に阻止したい。
「それじゃ王様ゲームを始める前に、下準備しないとね」
仕切りはミーナに任せて、俺はできる限り隅っこの方に身を潜める――というのはただの願望で、実際は中央に置かれている白い箱を囲むように円になって座っている。唯一得してることと言えば、ミコさんの隣に座れているということくらいか。
ミーナは何枚かの小さな紙切れを皆に手渡し、黒のサインペンも人数分配った。
「今から行う王様ゲームは通常とは違うものよ。まず、今配った紙切れに命令文を書くこと。『一番が二番を殺す』とか『三番が四番の胸をもぎ取る』とか、何でも好きなものを書いて」
気のせいか私怨が入っていたような気がしたが、触れちゃ駄目だと野生の勘が働いているのでスルーしておく。
「そしてそれを中央の箱の中に入れて完了。くじ引きをして王様が引いた紙切れの内容を実行すること。オーケー?」
「……それって王様が引く意味あんのか?」
「当然よ。だって、その紙切れの内容が『王様が~~』みたくなってる可能性だってあるんだから。王様を引いたからといって安心はできないわよ」
「あ、そうですか……」
どうでもいいから早く終わらせて寝よう。数回やればコイツらも飽きてくれるだろう。
それから紙切れの内容を書くための時間を設け、数分後に全て書き終えた俺達全員の準備が整った。
箱の隣に置いてある小さなコップの中の割り箸を一人一人が指で摘まみ、波乱の予感しかしない王様ゲームが始まる。
「フッ、フフフッ……準備は良い皆? フフフッ、フフッ……」
「大丈夫か馬の尻尾。只でさえイカれてる顔が更に悪化しているぞ」
「これはぶっ飛んだお題が含まれている予感じゃな。ここは心を読まずに楽しむとしようかのぅ」
「それじゃいくわよ! せーの――」
「「「「「「王様だーれだ!」」」」」」
とうとう王様ゲームの幕が開く。最初に王様に輝いたのは――
「あっ、私ですね」
俺の癒し魔であるミコさんだった。
正直、ミコさんには危ない目に合ってほしくないし、いい感じのスタートだと言えよう。
「チッ、早くしなさいよ萌え狐」
「後が閊えているのだ、とっとと引け雌狐」
「そ、そんなに急かさないでくださいよ。今引きますから」
なんか不良みたいな奴等が紛れ込んでるが、願わくはこの二人が苦しむようなお題が出てくれることを祈る。
ミコさんがゴソゴソと箱の中を漁り、折り畳まれた一枚の紙切れを取り出す。
そして、肝心の内容はこうだ。
『王様が下着姿になる』
「うぇぇ!? そ、そんなぁ!?」
初っぱなからとんでもねぇお題が出されてしまった。誰だこれ書いた奴――いや、問うまでもないことか。
「い、いきなりハズレ引いてしまったのぅミコよ……ぶくくっ……やべっ、腹が捩れそうじゃ」
「十中八九お前だと思ったよ! 鬼かお前!」
「何を言っとるんじゃにーちゃん。最初に聞いたじゃろぅ? 好きなこと何でも書いて良い、とな」
「ぐっ……」
これが王様ゲームの恐ろしさ。ルールは絶対に守らなければいけない掟に縛られてしまうこの一時的な空間。それは例え、女神のような優しさを持つミコさんであれど、残酷な現実に叩き込まれてしまうのだ。
「ほら、とっとと脱げミコよ。早くその胸を露にせんか」
「ちょ、ちょっと待ってください! せめてゆっくり着替えを――」
「却下じゃ。んじゃ、ワシのストリップアクションで脱がせてやろう」
コヨミがミコを羽交い攻めにして少し離れた場所に移動する。ミコさんは必死に抜け出そうとするが、その拘束が解けることはない。コヨミが神通力を使う必要がないほど、ミコさんが非力だという証拠だ。
そして、先程俺に神通力を使ったときと同じように、コヨミがパチンッと指を鳴らした。
バリバリバリッ!!
「きゃぁあああっ!?」
「これぞ神様直伝イリュージョンじゃ……」
たったそれだけの仕草でミコさんの衣服が下着以外破れ弾けてしまった。器用な神通力ですこと。
「……Eだね」
「出たわねウニ助のムッツリ観察眼。アンタって顔に似合わず、そういうところは普通に男子よね」
「いや~それほどでも」
「誉めてないわよ。それとやっさん、目が血走ってエラいことになってるわよ」
「悪い……今話し掛けないでくれ……」
俺は今、激しく揺れ動く己の煩悩と激闘を繰り広げている。後ろを振り向くか、振り向かないかという究極の選択を迫られている最中だ。
『見ようぜ旦那ぁ? こんなチャンスは滅多に拝めないぜぇ? 欲望のままに眼福しちまおうぜぇ?』
これはコヨミが産み出した悪魔ではない。俺自身が産み出した下心の悪魔だ。
『そんなことしたら駄目だよ! ダイレクトに見つめちゃったらミコさんに嫌われるかもしれないよ? 見るならバレないようにこっそり見ないと!』
今度は悪魔に限らず天使まで現れた。でも言ってることは悪魔よりゲスい。悪魔であれ天使であれ、下心という感情は備わっていると立証されてしまったみたいだ。
「は、恥ずかしいです! 元に戻してくださいよコヨミさん!」
「王様ゲームが終わるまでそれは認めん。にしても良い胸の形をしとるのぅお主。張り、艶、大きさ、形、どれをとっても言うこと無しじゃ」
「うれしいようやらそうでないような……でもやっぱり恥ずかしいですよぉ……」
そして俺の隣に戻ってきて座るミコさん。その瞬間、俺は自分の左二の腕を握り潰すように力を注ぎ込んだ。
冷静になれ俺! たかが下着姿なんだ! ほらアレ、下着なんて水着みたいなもんだろ! 別に対した差なんて無いだろ! うん! そうだ! 間違いない! 俺は正しい! 真実はいつも一つ!
『馬鹿かお前? Tバックとかだったらケツが丸見えなんだぜ? 水着と比べたら下着の方がエロス度高いに決まってんだろ』
『女性というのは、普段大人しくしている人に限って物凄い代物を身に付けているんです。それは勿論、ミコさんも例外ではないかもしれませんよ?』
止めろ! 止めてくれ! 俺の邪念を情調させないでくれ! 良心が痛いっ! 心が熱いっ! 胸の中が張り裂けてしまうっ!
『だからほら、もう楽になっちまえよ? お前は過去に野郎共と女子風呂を覗こうとして失敗した男だろ? ここはそのリベンジマッチだぜ?』
『男が負けっぱなしで良いんですか!? 悔しくはないんですか!? 勝ちたいという闘争心はないんですか!?』
……確かに俺にだって決別の時はやってくる時がある。その選択によって後悔したことは山程ある。そして今回のこれもまた、選択によって一生癒えない傷を負うことになるかもしれない。
だが! それでも! 俺はやっぱりミコさんの尊厳を尊重する!
宣言しよう悪魔と天使! 俺は絶対にミコさんの痴態を拝んでニヤつくようなことはせんとな!
「……よし、それじゃ二回戦を――」
むぎゅっ
「…………はぃ?」
背後から謎の感触がした。明らかに俺の触覚がその柔らかな感触を捉えた。
今、俺は何をされている? いやでもこれは気付いてはいけない出来事のような気がする。
このタイミングで『むぎゅ』だなんて……俺も馬鹿ではない。本当は分かっているはずだ。
すまない……俺の中に眠りし悪魔と天使よ……。俺はもう我慢ができない!!
俺は柔らかな感触の実態を確かめるため、即座に後ろを振り向いた。
そしてそこには一人の人物が俺の背中にくっついていた。
イヤらしい笑みを浮かべるコヨミが。
「…………」
「……満足したかにーちゃん? むほほっ」
ニッコリとした微笑みを向け、それに釣られてコヨミもニッコリと笑う。
「…………フッ」
気付けば俺は、コヨミの顔面に渾身の一撃を叩き込んでいた。
~※~
仕切り直して二回戦。ミコさんには俺の提言で布団を被ってもらい、俺もミコさんも何とか心の動揺を落ち着かせることができていた。
約一名、顔がケツの穴のようになっているが、皆はそれに触れることなく割り箸を摘まんだ。
「二回戦いくわよ! せーの――」
「「「「「「王様だーれだ!」」」」」」
一斉に割り箸を抜き取る。そして第二回の王者は――
「おっ、ワシじゃな」
ケツの穴野郎だ。
ヤンキーのような雰囲気と素振りをするミーナとリースだが、コヨミは臆することなく箱の中身をゴソゴソと掻き回す。
――ニヤリッ――
「っ!?」
まずい! 今の笑みは絶対ロクでもないことをする前の顔だ! コイツまた神通力を使って――
「よし、これじゃ」
止めようとしたが時既に遅く、コヨミは一枚の紙切れを取り出し、その内容を公開した。
『二番と三番が同じ布団を被る』
ちなみに俺の番号は二番。もう嫌な予感しかしない。
「何よ、さっきからパッとしないお題ばっかじゃない。もっとこう、誰かの身体の一部分を誰かの身体に移植するとか、そういう素晴らしきインパクトがあるやつを引き当てなさいよね」
「こればっかりは運だからしょうがないよ。さて、二番と三番の人は誰かな?」
「……俺二番」
自分の引いたくじを掲げる俺。
そして、とある人物の顔色を一目見るだけで、この人が三番だとすぐに察した。
「だ……だだだ旦那様と……あわわわわっ……」
この瞬間から、再び俺の中に眠りし煩悩との戦いの幕が開いた。
「良かったのぅにーちゃん。これはラッキースケベ以外の何物でもないのではなかろうか? んん? んん~?」
この時、俺はコヨミの真意を知ることができた。
あいつは恐らく、最初のくじ引きでも神通力を使用していたんだ。ミコさんをほぼ丸裸にする状況を作り出すために。
そう、最初に行われた衣服剥ぎはこの二回戦に繋げるための布石。真の狙いは、ほぼ丸裸にしたミコさんと俺を物理的にくっ付けるためだったんだ!
神通力は使わないとか言ってたのに、何故嘘を吐いてまで奴がこんなことをするのか。いや、そこに理由などないが、敢えて言うのであればただ一つ。
『面白い』からだ。
「さっさとしろ愚人。モタモタするな」
「い、いやその……こ、これはちょっと度が過ぎるというかなんというか……」
「分かっとらんな~にーちゃん。さっきからずっと言っているじゃろうが~」
そしてコヨミが俺の眼前にまでよってくると、実に楽しそうな笑みを浮かべてこう言った。
「王様の命令は『絶・対』じゃ」と。
完全にハメられた……やっぱりこんなゲームに参加するべきじゃなかったんだ!!
もういいよこういう類いの描写は! いつまで引っ張るつもりなんだよ! しつけーんだよ! くどいんだよ! 糞不味い店で出てくる脂ギッシュなとんこつラーメンじゃねーんだぞ!?
「いつまで悶えているつもりよアンタ。何ならまたコヨミに強制させて――」
「分かった分かった! 今実行するから自分のタイミングでいかせてくれ! お願いっ!!」
「何をいっちょ前に照れてんのよアンタ。正直キモいわよ」
「うるっさい! お前に俺の気持ちが分かってたまるか!」
こうなったら覚悟を決めるしかない。逃げ道なんかないし、男なら堂々と身構えなければならん。
「じゃ、じゃあ入るよミコさん……」
「~~~~っ!」
既にミコさんに余裕は無く、返事もせずにただただ顔を真っ赤に火照らせて固まっている。対する俺も心臓が尋常じゃないほどバクンバクンと波打っている。
しかし止まるわけにもいかず、俺はようやくミコさんが被っている布団の中に入った。
「は、はわわっ……はわわわわっ……」
「へ、下手に動かないでミコさん」
「は、はい……で、でもでも身体の震えが止まらないんですっ……」
必然的に身体が密着してしまうわけで、ミコさんの生肌が俺の身体の右側に色々と当たってしまっている。それにかなり体温が上昇しているからか、布団の中はほっかほかだ。
「むほほっ、初々しいのぅ~。付き合い出来立てのカップルのようじゃぞお主ら」
「わぁぁぁ~!? 止めてください止めてください~!!」
これ以上にないくらい取り乱すお隣のお狐さん。俺も恥ずか死しそうで、ミコさんのことを考える余裕が無くなってきた。
「……これは時間の問題かもね」
「あん? 何の話よ?」
「いや別に何でもないよ。ミーナには理解できないことだから」
「何かよく分からないけどムカつくわねアンタ」
ミーナ達が何やらこそこそと話をしているが、どうせアイツらもコヨミのように人を小馬鹿にした発言をしているに違いない。
もう何かミコさん以外の全員が敵に見えてきた。俺が書いたお題で誰か痛い目みたらいいのに。
「ほれほれチャンスじゃぞミコよ~? 布団で見えないから、中で何をしようとバレることはないんじゃぞ~? んん~?」
「コヨミさんは少し黙っててください!!」
「怒るな怒るな、むほほほほっ」
恐らくこれでミコさんもコヨミを敵と認識しただろう。もし仮に、今回のゲームで何も仕返しできなかった時は、別の機会を作って復讐することとしよう。
……まぁ、本音を言うと、抵抗がある気持ちよりも、もっと違う気持ちの方が大きいが、それは口にしないでおこう。
~※~
「三回戦! いくわよ皆!」
「なぁ、これいつになったら終わんの?」
「私の野望が叶うまでよ!」
「何その独裁政治制度? 戦国時代なら謀叛物だぞ」
気を取り直して三回戦。ここまでは俺とミコさんばかりが醜態を晒しているが、次こそ他の奴等に目にものを見せてやるぜ……。
「「「「「「王様だーれだ!」」」」」」
恒例の言葉と共に割り箸が引かれる。三度目の王者に輝いたのは――
「ヒャーハハハッ!! アタシ時代到来!!」
百姓一揆を起こされてもおかしくない大殿であるミーナだ。
「部位転換部位転換来い来い来い来い……」
ミーナが怨念のような言霊を呟きながら箱の中身を漁り出す。これマジで引き当てそうで恐いんですが。
「女の勘は八割当たる! これよ!」
勢いよくお題用紙が取り出される。その内容はこうだ。
『五番が王様の足の指をふやけるまで舐め尽くす』
「うわぁ……」
リアルなお題に思わずドン引いてしまった。でもその前に確認しないといけないことがある。
「ミコさん何番?」
「い、一番でした。ふぅ~……」
それを聞いて安心した。人の足を舐めるミコさんなんて絵面を見たら、俺はきっと条件反射で王様を殺しているところだ。
ちなみに俺の番号も二番なのでセーフティ。俺とミコさんが安定ならこの三回戦はどうでもいい。せいぜい無様な痴態を晒しておくれ。
「チッ、まぁ良いわ。誰よ五番? 大人しく出てきなさいよ」
女帝気取りの悪女が辺りを見回す。獲物を見つけて食い殺すような虎のように、その目付きは鋭いものになっている。
やがて虎は、誰から見てもコイツだと分かりやすい程に不機嫌になっている獲物を見付けた。
「…………私だが」
虎の宿敵としてよく描かれている龍。そしてミーナの宿敵として描かれているのは――リース。
よりにもよって、犬猿ペアによる最低最悪の構図が完成してしまう構造になってしまった。




