男女混合パジャマパーティ 前編
夕方、色々騒がしい事があったが、無事に皆で鍋を囲むことができた。食事中もミーナとリースは火花を散らしていたが、俺のブチギレが余程効いたのか、暴れることはなく陰湿な口喧嘩に収まっていた。
そして現在、夜の十二時。いつもならこの時間に布団に入って眠っている頃合いだ。というか、既にベッドの中で眠っていたりする。
他の皆はリビングで人生ゲームでもしている最中だろう。何はともあれ、今日の夜は落ち着いて眠ることが――
バンッ!
「よーし! 猥談するぞにーちゃん!」
確実にできないようだ。
現実逃避するために布団の中に潜り込み、耳を塞いで目を瞑る。嗅覚と触覚以外を遮断してお帰りいただく作戦だが、コイツに通じるだろうか。
「ほぅ……既に床入りしてしまったようじゃのぅ。下の連中は娯楽に勤しんでいるし、これは好都合じゃのぅ……」
背後からぞわりと悪寒を感じた。やはり駄目か、狸寝入りでやり過ごすなんて浅はかだった。
諦めて布団の中から這い出ると、寝巻きの白装束に着替えたコヨミが手を伸ばして来ている途中だった。
「なんじゃ、起きてしまったか。別にそのままでも良いんじゃぞ? もうぜ~んぜんワシは構わんぞ?」
「……ちなみに何しようとしてたお前」
「夜のツイスターゲーム」
起きて大正解だったようだ。
「無防備な男子に上から襲い掛かる女子……萌えるじゃろぅ?」
「萌えるっつーか燃やし尽くしたいわ。灰も骨も残らないくらいに」
「燃えることはできぬが、噴火することならできるぞ。ここに刺激を与えたら自然に」
「お前そういう発言大概にしろよ!? 下ネタ挟むのお前だけだかんな!?」
「コメディ=下ネタという摂理を知らんのかにーちゃん。下ネタ無くてどうして笑いを取れようか? うん?」
そう言いながらチラチラと裾を捲って太ももアピールをしてくる。ちなみに俺に足フェチ要素は皆無なので、毛程も発情することはない。
そもそも、このクソ白髪に下心を抱くこと自体ありえない。確かに見た目だけは可愛いが、所詮はそれだけのこと。見た目も中身も完璧なミコさんとは次元が違うのだよ。
「てか何でここに来たんだよお前。下で皆遊んでんだろ? 賑やか好きなんだから、俺に構わず遊んでこいよ」
「確かに祭り場はお好みじゃが、それよりにーちゃんをからかっている方が楽しいんじゃよ」
「俺はクソも楽しくねーよ。むしろ迷惑以外の何物でもねーよ」
「とか言いつつ、本当はワシと二人きりでイチャつけて気分上々だったりするんじゃろぅ?」
「ハハッ、寝言は寝ていえ全知全能」
「その呼び方定着してしまったのぅ~」
そこで何故か嬉しそうに笑う白髪。コイツが一体何を考えてんのかまるで分からない。俺にも心を読めたりする能力があれば良かったのに。
「もういいから。充分からかわれたから。事が済んだら星に帰れ」
「そういうわけにもいかんのじゃよ。実はからかうことは二の次で、本当はもっと別の目的で来たんじゃから」
「あん? 別の目的?」
どうせロクな目的じゃないだろうし、まともに聞くだけ損か。
再びベッドの上に横になり、布団を被る。
「寝るわ、おやすみ」
「まぁ待てにーちゃん、そんなつれないこと言うでない。ほら、ワシがこの家に来た目的は『眠たくなるほどの癒し』じゃろ? それをまた実行しようと思ってのぅ」
「こんにゃく置かれて終わりだろうからパス。寝るわ、おやすみ」
「今度は大丈夫じゃて。男子なら誰でも憧れているはずのシチュエーションじゃから安心せい」
そう言うと、コヨミは両袖の中からクナイを取り出すように“それら”を取り出した。
「……何それ」
「知っとるじゃろ? 綿棒と耳かき棒じゃ」
なるほど、要は耳掻きをしにやってきたということか。コイツにしてはまともな物を持ってきたので、ちょっと意外だった。
「男子は女子の太ももを枕にした耳掻きが大好きなんじゃろぅ? これも『ねっと』なるもので調べたんじゃ」
「ま、まぁ、否定はしないけども……」
「そうじゃろぅ? だからほれ、ワシがしてやるからここに顔を置け」
コヨミがベッドの上に座ってぽんぽんと自分の太ももを叩く。それでも俺は動くことはない。日頃の行いが影響しすぎて、何か裏がありそうで怖いからだろうか。
「い、いや遠慮する。別に耳掻きは自分ででき――」
「なら仕方無い。使いたくなかったが強制じゃ」
指揮を取るように人差し指を立てて不自然に動かす。それを無意識に見ていたのが災いした。
「んぐっ!?」
身体が鉛のように重くなって動けなくなってしまった。指一本動かすことができず、全身が若干痺れているような感覚がある。
リースと初めて対面した時に使用していた神通力かコレ? やべぇ、この俺でもどうにもできないのか。毎回忘れそうになるけど、元神様の力はチートの域に達するんだった。
「悪いようにはせんから安心せい。取って食おうと言うわけではないんじゃからのぅ」
そう言うコヨミの表情はと言うと、舌をべろんべろんに伸ばして頬を赤らめながら笑っている。
うん、説得力の欠片もない。
「分かった分かった! 大人しく耳掻きされるからこの呪縛を解いてくれ! 何の抵抗もできずに何かされるのは堪えられん!」
「ガラスの剣なハートじゃったか。仕方無いのぅ~」
不満げなコヨミがパチンッと指を鳴らした瞬間、恐ろしき硬直状態が解けた。
「…………さて」
全力で逃げよう!!
獣の逃走本能を開花させ、俺は一目散に部屋のドアへと向かって飛び出した。
「あっ、おい待てにーちゃん! ズルいぞ!」
「騙されてやんのバーカバーカ!!」
子供じみた発言だと重々理解しながらドアノブに手を掛け、
バンッ!!
「やっさん! 王様ゲームするわよ!」
ドアが向こう側から勢い良く開けられた。
俺はドアの下敷きとなり、思いきり壁にめり込んだ。少しヒビも入ってしまい、おまけに俺の骨にもヒビが入ってしまった。
「あれ? やっさん知らないコヨミ?」
「えーとな……下手すりゃ今ので致命傷を与えたかもしれんのぅ」
「あっ、マジか、そういうパターンやっちゃったアタシ?」
ドアが元に戻されると、俺の身体は力無く無惨に倒れてしまう。やっべぇやっべぇ、痛いよおかーちゃん。
「ごめんごめん。でもタイミング合わせてきたアンタも同罪ってことで水に流しなさいよ」
「お前いつか復讐してやっからなぁ……」
憎しみと恨みの呪いで永久的に苦しめば良いのにコイツ。今度オカルトサイトでも巡ってみようかな。
「夜なのだから少しは静かにできんのか貴様は。慎みの欠片もない獣だな」
「お邪魔するよやっさん。寝てたんだろうけど、僕じゃ皆は止められないからさ~」
「ごめんなさい旦那様。今日だけはこの無礼を見逃してください」
次から次へと騒々しい奴等が部屋の中へと入ってくる。そしてその三人は何故か布団を持ってきていている。
「おい、まさかとは思うが……」
「あぁ、今日は一夜漬けだぞ愚人」
「私、パジャマパーティーって初めてです!」
「あのさお前ら。そんなに俺を虐めて楽しいか?」
疲れてるっつってんだろ。テメーらのせいで眠いっつってんだろ。どいつもこいつも何なんだ一体。
「固いこと言いっこ無しよ。どうせアンタもアタシも停学で明日も休みなんだから」
「主にお前と将軍様のせいでな!!」
実は屋上物損害の件は殆どがミーナとリースによる仕業で、俺はとばっちりをくらっただけだった。こうして成績が削れていくのも、全部コイツらのせいだということだ。
最近の俺の日常は散々だ。癒しの『い』の字も見えやしない。
「それに本当は学校あるのに、仮病使ってまで遊んでくれるウニ助もいるんだから、むしろ今からは感謝して遊びなさい」
「いや知らねーよ! んなのそいつの勝手な行いだろーが!」
「何か怒ってばかりだよやっさん。少しクールダウンしないと寿命が縮むよ?」
「誰のせいでこんな怒ってると思ってんだクズ共!!」
あぁ蹴散らしたい。半径五メートル以内に入ってるコイツら全員消し飛ばしたい。それができればどんなに楽なことか……。
蹴散らすイメージを黙々と妄想していると、ミコさんが苦笑しながら手を合わせて来た。
「お願いです旦那様! 今日一日だけ私の我が儘に付き合ってはもらえないでしょうか?」
「い、いやだから俺は寝たいと……」
「お願いです旦那様……」
「うぐっ……」
猫なで声+上目使いのコンビネーション。しかもピンク色のパーカーにショートパンツという可愛い寝巻き姿の追加攻撃。
そのやり取りが少し続くと、溜め息と共に一気に気が抜けてしまった。
「……分かったよ。今回だけだからねミコさん」
「ありがとうございます旦那様!」
そしてとても嬉しそうに笑うミコさん。この人の存在が無かった時、一体俺はどんな感じにトチ狂っていたんだろうか。想像するだけで悍ましい。
「やるのぅミコよ。そうやってその萌え萌えアピールを駆使して、数多の男子を利用してきたに違いない……」
「え!? し、してませんよ!? それに私じゃ誰かを萌えさせるなんて無理――」
「はいはい御馳走様ですどうもどうも~」
「ミーナさんまで酷いですよぉ!」
数少ない真面目系ポジションだからか、既に弄られキャラとして定着されてしまったようだ。
それでも可愛いことに変わりないから俺は満足だけどね!
「そういえばリースさん。君ってずっとその格好してるけど良いの?」
「ん? 何か問題があるのか?」
「パジャマパーティをするんだから、リースさんもパジャマに着替えたらどうかな? やっさんが喜ぶと思うし」
確かにリースはずっと将軍コートを着たままで、他の姿を見たことがない。別に俺は喜ばないが、こういう時は皆の格好に合わせた方が何かと良いだろう。何が良いのか知ったことじゃないが。
「でも私はこれ以外に着るものを持ち合わせていないんだが」
「だったら私の貸してあげるわよ。この家のとあるタンスに私の着替えが何枚か入ってるから」
「おいコラ、さりげなくカミングアウトしてんじゃねーよ」
まぁ、別に問題ないから良いんだけども。
「貴様のか……胸がキツくなりそうで嫌なんだが」
「落ち着けミーナ。気持ちは分かるが、これも自然の摂理だ。現実を見据えろ」
「離しなさいやっさん!! アタシにもまだ希望と奇跡があるってことを分からせないといけないのよ!!」
ミーナの断崖絶壁とリースの登山専用の山とでは比べ物にはならないだろう。女性とはある意味、残酷な現実と共に生まれるか、裕福に生まれるかの二択で存在しているのかもしれない。
こればかりは可哀想に思ってしまうが、俺にはどうもしようも無いので致し方無き事。せいぜい嘆きに溺れたミーナを宥めてやるのが精一杯だ。
「なら私のを貸しますよリースさん。実は旦那様の学校に行く前に、これから必要になるだろうと色々買い揃えておいたんです」
「あんな少しの時間に流石だな。その言葉に甘えるとしよう」
「消え去れ巨乳!! 膨れ上がれ貧乳!! うがぁァァ!!」
今にも第二形態、第三形態へと進化しそうな勢いだ。そんなになのかミーナ。そんなにお前のプライドが許せないのかミーナよ……。
「喧しいぞ馬の尻尾。猛々しくなるのは競馬場だけにしておけ。それと世の中にはどうにもならないことがあることを知れ。その自殺名所のような胸が良い例だ」
「もう止めてやってくれリース! 本当はコイツも心の奥底で分かってるはずなんだ! その世にある希望と奇跡ってやつは選ばれし者にしか与えられないということを!」
「なるほど……確かにそうかもしれないな。でもよくよく考えてみるとだぞ愚人。その馬の尻尾にも救いは少なからず染み付いているはずだ」
何だと……この救い用のない自殺名所に助け船があるってのか!?
「それは……何なんだ?」
「……二つの取っ手だ」
「アンタらそこまでぶっ殺されたいってか!? あァ!?」
盲点だった。確かにミーナにも二つの取っ手はあるはずだ。それは絶壁の凸凹具合がどうであれ、いくらでも魅力的にすることができる希望がある。
「うむ、そこは極めれば大きさを自由自在に返られるしのぅ。納得じゃ」
「それに、敏感になれば良い声も自由自在に出すことができるだろう。そうなれば貴様は立派な雌犬だ」
「剞む狩る殴る消す焼く斬る潰す煮る抉る刺す殺す……」
怨念のように物騒な言葉だけを並べ出す絶壁少女。女に生まれてこなくて良かったと心から思える瞬間が目の当たりだった。
「えーと……皆さんは何の話をしてるんですか?」
「ミコちゃんは知らなくて良いよ。これはミーナだけの問題だから」
「そうなんですか? ミーナさん、私に何か力になれることがあったら言ってくださいね?」
「その優しさが心に突き刺さるわっ!!」




