二品目☆おかゆ☆
人生における御馳走と言えばなんだろう?誕生日のお祝いの料理にケーキ、お正月のおせち……。季節ごとのとびきり豪華な料理は間違いなくご馳走である。
他には、例えば受験合格祝いに出る好物のからあげなどもご馳走だ。そう、ご馳走とは料理そのものは勿論、特別な理由が付随してこそのものなのだ。その意味で、私の考えるご馳走も立派なご馳走なのである!それは普段でも食べられるけれども、何時もはそんなに心踊らなくて、けれど風邪のときには特別なご馳走になるもの。母が作ってくれるその料理を食べたくて、なっても嬉しくないのにそうならないかと幼いときはよく願ったりもした。幸か不幸か昔から丈夫だった私はなかなか風邪を引かず、あまりそれを食べた記憶はないのだけれども。
夏の日差しが強く差し込むある日の京都伏見。稲荷大社にある小さな小屋のなかでは、いつものように二匹の狐、そして、最近新たに加わった一人の青年が昼食を取っていた。
「コンコン、今日はお客さん来るかな?」
「んー、このお店は普通の人には分からないですからね」
コン吉の問いかけに真木が答える。そう、この小屋は普通の人には見えない。真木自身、つい最近見つけたばかりだ。それも、ある出来事から偶然導かれて。
そう、ここは悩み等を抱えた人が導かれる不思議な定食屋、メモリアル亭。代金は無し、しかし、メニューは店主のお任せ。そのメニューはお客様の思い出の味なので、メモリアル亭。それが真木がコン吉から教えられたお店の説明であった。
「まぁまぁ、気長に待ちましょ!しかし、コン吉さんのお料理はほんまに美味しいわぁ」
「ほんとにお前は食いしん坊だなぁ」
あかねの一言にコン吉が笑いながら答える。
「いや、あかねさんの言う通りですよ!一回食べたら忘れられない味です」
「なんや、お前までそんな。おだてたって何も出えへんで」
恥ずかしいのか、コン吉はそんな悪態をつく。でも、真木もあかねも本心を述べているだけなのだ!真木がここの料理を食べて感動したのは、想い出の味だっただけではなく、料理そのものの完成度の高さによるものも大きい。真木だけではなく、コン吉の料理を食べた人の中に、コン吉自身のファンになったものも少なくはないのだ。照れ屋で愚直なコン吉、優しいあかね。2人の性格が料理に良い影響を及ぼしてるのである。
「いや、今日のいなり寿司も本当に美味です。甘くふっくらと炊かれたおあげに、酸味の抑えられた酢飯。リンゴ酢ですかね?飯に混ぜられた蓮根の食感がいいアクセントになってて、箸が止まりません。僕はあまりいなりは好きではないですけど、これなら幾らでも!」
旨そうに食い進める真木にコン吉は
「お前、リンゴ酢分かるんか!?いやびっくりや!そっか、旨いか、まだまだあるからどんどん食べや」
そう告げ嬉しそうに微笑む。リンゴ酢まで当てて、旨そうに食べる。コン吉は真木の舌の正確さと、食べる姿勢を買っているのだ。こうして、賑やかな昼の時間は過ぎていった。
夏の夕方、まだ明るく蒸し暑い日。伏見稲荷大社に彼女はいた。中学生の時に部活の大会前にお祈りとして参拝してから、25歳を迎えた今日まで、1日1度訪れるのが彼女の日課である。今日もいつものように参拝を終えて帰ろうとしたとき、彼女の身体はガタンと崩れた。
「あ、気づきました?無事そうで良かった!」
声に反応し目を冷ますと、そこは食堂?のような場所。
「あの、ここは?」
「ここは食事処。言うても客は1日1人来れば上出来やけどな」
訪ねる彼女にコン吉が答える。
「お嬢ちゃん、毎日来てるやろ?たしか10年前から」
「え、何で知ってるんですか?」
「あー、俺な、ここに住む狐やねん!正確にはここの守り神やな!嬢ちゃんが毎日熱心に祈ってるん見て嬉しかってん」
彼女は困惑の表情を隠せずにいた。真木もはじめて聞いたときには驚いたものだ。コン吉がまさか稲荷大社の神の使いだなんて。
「メモリアル亭は、ここを訪れる客のための店や。ここ稲荷大社をはじめ神社いうんは参拝客から祈願してもらい福を授ける。福を与えるんは儂ら守り神や。そうして願い叶った人が感謝しに再訪するやろ?そうすると神社は徳を得るんや。神にとって徳は人の幸せそのものが形になったもんや!守り神にとって徳は……まぁ、宝やな。儂は、そんな参拝客の笑顔が見たくてな。食通って特徴を生かして、料理で徳を得とるんや。」
話終えたコン吉は少し恥ずかしそうだ。食通と自分で言う辺りが彼らしい。しかし、真木はその根拠を身をもって体験している。
「ぐーーー」
ふいに鳴った音に全員が注目する。音の出た方角には元気になった様子の彼女が。恥ずかし層に頭を抱えながら
「あはは、すいません。ここ最近仕事や悩みで疲れてて。体調も優れずろくに食べてなくてですね。食堂って聞いてお腹が空いたみたいで」
そう言いつつ軽く自己紹介をする。名前は瀧本香澄。25歳の写真家で、最近は雑誌などにも掲載され有名になりつつあるらしい。専門はスポーツ記者で、自身も高校時代はそこそこ有名なテニスの選手だったと言う。
「仕事は順調だったんですけど、女性のスポーツ記者って肩身狭くて。それにまだヒヨッ子なので色々難しく。あと、私年の離れた姉弟姉妹がいて……母は早くに亡くなり私が親代わりなんです」
仕事のストレスに加え、家族の母親としての負担もかかり、悩んでいたらしい。
「それで……」
と続きを話そうとする声を、あかねが遮り
「まぁまぁ、まずは食事してから。さっき大きな空腹の合図が聞こえたから、食事拵えましたよ。さぁ、召し上がれ」
ドン!と香澄の目の前に料理がおかれる。
「あ、これ!」
「倒れたって聞いたからご馳走じゃなくお腹に優しいものを作ったの」
それはおかゆだった。胃に優しいように細かく刻まれた人参や大根などの野菜。味付けはほんの少しの醤油に、風味の強い昆布だし。半熟とろとろ状に仕立てられた溶き卵が全体をまとめ、仕上げに三つ葉と刻み海苔。食べやすさと栄養バランスが見事に両立された、病人のための最高のご馳走であった。目の前に出されたそれを一口食べた香澄の目は驚きに満ちた表情を浮かべ、次にもう一口食べると今度は微笑みを浮かべた。米一粒一粒がサラサラで、食べやすくかつ満足感もある。出汁は優しく、卵がコクと旨味を加える。まさに、母の味だった。そこからはもう夢中に、彼女はひたすらおかゆを口に運んだ。
やがて食べ終えた彼女の目には涙が。
「それは香澄さん、あなたの求めた母の味ですよね?」
あかねが料理の説明をはじめる
「あなたが頑張る姿は10年間、コン吉さんと共に見てきました。そんな貴方が母親がわりに悩んでいることも知ってます。だから、あなたの思い出の母の味を再現したのです。」
頷きながらコン吉が続きを話す
「せや。やから今回はカミサンが調理担当なんや。想い出の味のおかゆ。隠し味は、母の愛や!」
母の愛。それは彼女が求めたものそのものであった。そして、自分が今一番欲しいもの、また、得たいものでもあった。
「私、無理してたんです。あの子達の母親代わりとして、しっかりしなくちゃ!って。でも、無理して演じるものでは無かったんですよね。私は私らしく。あの子達の事を想う気持ちは母親と何ら変わりないものですもん。」
そう言う彼女の顔は、雨上がりの空のように晴れやかだった。
次の日、彼女は母親のお墓の前である誓いを立てていた。もう決して無理をしないこと、自分らしく弟たちの世話を見ること。不思議な狐の守り神に教えられたから。それに、彼女にはある。あの、特別な日の特別なご馳走、母親としての愛が詰まったご馳走が。
「今日からまた頑張るからね」
そう力強く良い放った彼女を、遠い空から母は優しく見守るのであった。