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短編

恋のキルト

作者: RK

いつもどおり、僕の妄想垂れ流しです。やっぱりいつもどおりに短いですが。

 何時からだろうか?

 僕と彼女がすれ違い始めたのは。

 おそらく、些細なことがきっかけだったと思う。

 僕が彼女に吐いた些細な嘘。それが今の僕と彼女の溝を生みだしてしまったことは間違いない。

 今では彼女と同じ空間にいるだけで息が苦しくなってしまう。

 同じ教室で授業を受けているのはとても苦痛だ。

 かつて、一緒にいただけで胸が高鳴ったものだけれども、今ではただ胸が締め付けられるだけだった。

 熱を持っていた。でもそれは冷めてしまった。

 僕達はもともとカフェオレのようだったのかもしれない。ミルクとコーヒーの部分が混ざり合っていなかったという意味で。

 好き合っているだけで幸せ、でも子供の恋は素人が作った手編みのマフラーのように解れて、それが絡み合ってしまうのかもしれない。

 胸に空いた空洞は解れてしまったマフラーに出来た穴みたいだと、何故だか僕は思った。

 首に巻いていても寒いと感じるという意味なのかな?自分でもよくわからなかった。

「おい、最近あいつと仲わりーの?」

 友人が心配して声を掛けてきた。

「まぁ…ね」

 僕は苦笑いで答える。別に仲が悪いわけではない。これは仲が悪いとは言わないと僕は思う。

「何か悩みがあるんだったら言えよ?なんもできないだろうけど、愚痴くらいは聞いてやるよ」

「うん、ありがとう」

 僕は礼を言った。でも愚痴も出てこない。何か不満が吹き出るほどの感情すらも、何処かに落としてしまったかのようだった。

 それからも僕は無気力な日々を過ごした。

 胸にぽっかり空いた穴は針を突き刺した指のようにずきずきと疼くような痛みを持っていた。つまり、僕と彼女の関係はその程度、針の穴程度だったのかもしれない。

 僕が大きな穴が胸に空いていると錯覚しているだけなのかも知れなかった。

「おい、まだ仲直りしてないのか?」

「あぁ、うん」

 僕は適当に相槌を打つ。

「お前、最近無気力すぎてみてらんねーよ」

「そう?」

「ああ」

 確かに僕は無気力すぎるかもしれない。

「そっか、心配してくれてありがとう。そろそろ気持ちを切り替えないとね…」

 多分、僕達の関係が元通りになることはないのだろう。すれ違った心は、どんどん遠くに離れて行ってしまう。

 僕と彼女の絆はこの日、完全に壊れてしまったのかもしれない。


 季節が一巡した。僕達は進級をして、僕と彼女はクラスが別々になった。仲の良かった奴らとも別れてしまったので少しさびしい気もする。

 たまに思う。僕はなぜ謝らなかったのか。謝っていれば僕と彼女の仲はまだ続いていたのかもしれないと思ってしまう。

 女々しい奴だと思われてしまうのが嫌で誰にも言ってないけど。

 僕は本を買いに商店街に向かっている最中に僕はそんなことを思っていた。

 本屋に着いて目当てのものを買う。ほくほくした気持ちで店を出た。

 その時、視界の端に彼女がいた。

 隣には僕の知らない男がいた。彼女の隣にいるのは僕じゃなかった。

 突っ立っていると彼女の顔がこっちを向いた。その瞬間、彼女の動きは止まった。まるで時が止まったかのように。

 それも一瞬の出来事ですぐに元通り。僕と彼女の関係も元通り。これまで通り、すれ違ったまま。

 隣の男が怪訝に思ったのかこっちを向く。その前に僕は歩きだす。何事もなかったかのように。

 彼女の視線が背中に突き刺さっているように感じる。それが責めるものなのか、なにかを求めている者なのか、僕にはわからなかった。

 曲がり角を曲がる。僕は足を止めて立ち竦む。胸に刺さった針がチクチク疼く。何かを訴えるように。

 僕は首を振る。僕と彼女はもう、関係ない。そう言い聞かせる。

 でも、胸に残った不快感はぬぐえない。なにか、嫉妬とは別のような違和感。

 その時、僕の目に一枚のポスターが止まった。

 僕の脳裏に先ほどの男の顔が蘇る。

 僕の視線の先にはポスターに貼られた男の写真がある。

 僕の記憶の中の男の顔と重なって見えた。

 まさか、そんなはずはないだろう。人違いだったら僕は道化だ。明日から学校でどんなことを言われることやら。

 僕は頭を振って早歩きで動き出す。

 早歩きはいつしか駆け足に変わった。

 焦燥感が胸を突く。

 先ほどの本屋を通り過ぎる。先ほどからそれほど時間は経っていない。近くにいるはずだと彼女の姿を探す。

 見つけた。僕は走る。彼女がこちらを向く。そして走りだした。

 男の怒声が響いた。彼女を捕まえようと手を伸ばす。それよりも先に僕は彼女と男の間に割り込んだ。

「どけよ」

「嫌だ」

 彼女は僕の後ろに隠れる。背中に触れている手が震えているのが分かった。

「この子は僕のだ。あんたになんか渡さない」

「カッコつけてんじゃねえよ!!」

 激昂した男がポケットからナイフを取り出す。

「行って」

「でも…」

「いいから」

 僕は後ろも向かず告げる。

「いちゃついてんじゃねえよ!」

 僕は彼女の背中を押す。僕は男と彼女の動線に立つ。僕の腹部に異物が入り込む。

 激痛。頭がちかちかする。でも男の手を掴んで離さない。

 それからは必死だった。気付けば僕は倒れていた。男は制服を着た警官に取り押さえられていた。

「なんでよ…!」

 僕の傍らには彼女がいた。涙で顔をグチャグチャにして、折角の可愛い顔が台無しだった。

「なんであんなことしたのよ…!」

「なんとなく」

 途切れそうな意識を必死に繋ぎとめてなんとか口にする。

「なんとなくってなによ…!」

「なんとなくはなんとなく…」

「あのときだってそうじゃない!私と付き合ったのだってなんとなく…!なんとなくってなによ…!」

 僕があの時吐いた嘘。

 それは本当に些細な嘘。

「なんで私と付き合ったの?」その質問に僕は照れて「なんとなく」と嘘を吐いた。本当は好きでたまらなかった。でも口に出すのは恥ずかしくて。

 別れてからも自分に嘘を吐いた。彼女が好きだったのに。なんともないと思った。

 胸の穴が針のようなチクチクした痛みだったのは自分で繕った痛み。誤魔化していただけだった。

「僕はさ…キミのことが好きだったんだ…」

「縁起が悪いからやめてよ…!」

 救急車はまだか!?と周りが騒いでいるのが聞こえる。喋るなとも。でもお構いなしに僕は彼女に伝える。

「あの時はごめん…。照れてないで…、ちゃんと言えばよかった…」

「本当よ…。あと、あなた別れたつもりだろうけど私は別れたつもりはないわよ…」

 彼女は泣きながら笑って怒ったように言う。表情も感情もぐちゃぐちゃだ。

 壊れていたと思った絆はまだ繋がっていた。長い時間がかかったけど。回り道もたくさんしたけど。僕達の関係は終わってなどいなかった。だから。

「別れよう」

「え…?」

 僕はそう伝えた。それを最後に僕の意識は途絶えた。彼女の泣き顔だけが最後まで脳裏に焼き付いていた。


 事件が起きてから一ヶ月。マスコミの猛攻も落ち着いて生活はいつも通りになった。

 ただ、学校には彼がいないだけで。

「あんた今日もあそこに行くの?」

「うん」

 鞄に教科書を詰めながら私は答えた。返事する暇も惜しいとばかりに私はおざなりな別れを告げて教室を後にした。

 目指す先は病院。彼は私を庇って刺されてから一ヶ月、昏睡したまま目を覚まさない。

「奇跡的に内臓も傷ついていないですし頭も打ったわけではないのでなんで目を覚まさないんだか…。まるで本人が目を覚ましたくないみたいな感じなんですよねぇ…」とは医者の弁だ。つまりあと五分状態だと言う訳だから腹が立つ。

 一ヶ月待って私の我慢はもう限界だ。今日は今の今まで腹に溜めていた言いたいことを全部さらけ出そうかと思う。

 受付で手続きを終えて私は病室に向かう。看護師さんとも顔なじみなってしまうくらいに通ったのでさらに腹が立つ。

 病室の扉を開ける。彼は目を瞑ったままだ。安らかに眠っている顔は一瞬死んでいるのかと思ってしまう。でもこれが、愚図って寝てるだけだと思うと一発張り倒したくなるから不思議だ。

「もう、いつまで我慢させる気?流石の私でももう我慢できないわよ?」

 私は返事がないか確認する。勿論あるわけがない。それでも気持ちが込み上げてくる。

「あんた、最後に別れようとか何よ!?フラグ立ててんじゃないわよ!それに何?今の今までごめんとか本当に!本当に!もう!確実に次のシーンで死んでる人じゃない!脅かしといて昏睡とか拍子抜けすぎるわよ!それに目を覚まさない理由が起きるのが面倒だからとか何!?私に遭いたくないってわけ!?もう最低!本当最低!あんたなんか嫌い!大っ嫌い!このまま目を覚まさなかったら本当に嫌いになるからね!」

 私は泣きながら叫ぶ。何事かと駆けつけてきた看護師や他の病室の見舞い客等が気でもふれたのかと同情的な目半分、心配半分で見てきているが気にしない。

 私は思いつく限りの罵詈雑言をひねり出す。

 やがて疲れて肩で息をする。

 寝てる人に届く言葉はないみたい。

 恋は魔法だって言うけれど。流石にこれじゃ恋の魔法も解けてしまうに決まってる。

 もう一度、魔法にかけてくれると信じてたけれど。

 もう一度、魔法をかけてあげられると思ったけれど。

 私はそのまま病室を後にしようとする。もう二度とここには来ないと決めた。今決めた。

「…うるさいよ」

 その背中に声が掛けられる。私は振り返らずに足を止める。

「うるさいってなによ、うるさいって」

「気持ちよく寝てるのに騒がれたらうるさいでしょうが。ゆっくり寝させてほしいのに…」

「一ヶ月も寝ておいてないよそれ」

「あと一ヶ月」

「あと五分みたいに言うなし」

 打てば響くように言葉が出てくる。看護師さんが「205号室の患者さんが目を覚ました!」と叫びながら走って行った。病院で走るな、騒ぐなとか言いながらそこの職員が守らないのはいかがなものか?

「あんた、私と別れようとか言ったわよね?」

「うん」

 私はそこで振り向く。

「言ったよ」

 振り向いた際に目を真っ直ぐ見られて言われた。私は彼に振られたのだ。

「私振られちゃったのね」

 私は言った。周りのヤジ馬たちは「可哀想に…」だの、「俺が慰めてやるだの」口々に言っている。

「じゃあ私からも言いたいことがあるわ」

「なに?」

 私は彼がどんな顔をするだろうか想像する。きっと彼はとっても面白い顔をするだろう。

 私はとびっきりの笑顔を向けて彼に言った。

「好きです!私と付き合って下さい!」

 うやむやで始まって、些細な言葉で破局した恋。

 今度ははっきり、きっぱり始めるのだ。

 そしてこれからは解れないように紡いでいこう。私達の恋を。私達の青春を。


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