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魔法が使えないから人間やめました(改訂前)  作者: 星影
第一章 冒険の始まり
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第四話 私は役所が嫌いだ

 眼の前で聞き苦しい雄たけびを上げる緑鬼オーガ。その身体は見上げるほどもあり、さながら大木のようだ。天敵といえる者がいないせいか肥え太った緑の巨体は、王者のごとき貫録すらある。まあ、所詮は魔獣にすらなれない有害亜人にしか過ぎないのだが。


「預かってくれ」


「え、ええ」


 背中を軽くたたいてやると、腐れ縁はヒョイと少女の胸元へと飛び込んだ。奴は素早く鎧の隙間からのぞく深い渓谷に顔をうずめると、心底気持ちよさそうに眼を細める。黒い身体がもぞもぞと少女の胸元を揺らしていた。

 奴曰く「お前のはデカイさも形も申し分ねーけど、硬くて偽っぽいからな……」だとか。主様も私も特にこだわりなどなかったから、まったく弄ってはいないのだが。むしろ戦うときには邪魔だから、半分ぐらいにしてしまっても良いと思っている。


「気がすすまんがやるか」


 猫が少女の胸を揺らしまくるせいで興奮したのか、緑鬼オーガの口からはよだれが垂れていた。全くきたない連中だ。基本的に頭足りんの亜人どもは、食うこととヤルことしか頭にない。特に連中は胸の大きな女が好みだそうで、風の噂によると一時は「胸の大きな冒険者は亜人討伐依頼への参加を控えるように!」とか言われたこともあったとか。……全女冒険者が亜人討伐依頼への参加を控えたため、すぐに撤回されたそうだが。

 足に力を込める。狙うは一撃で殺せる頭、ただそこのみ。私は拳を握りしめると、荒い息をしながらこちらへと迫ってくる緑鬼オーガの瞳を睨みつけた。

 加速する――後方で地面が爆ぜた。大気を貫き緑鬼オーガの頭の高さまで飛びあがった私は、その眉間めがけて拳を繰りだす。拳は分厚い頭蓋骨をいともたやすくぶち抜き、爆発した。緑の雨が降り注ぎ、白魚のような脳髄が辺りに散乱する。力を入れ過ぎた――腐臭のする血にまみれてしまったコートと腕を見て、私はため息をついた。その後方で、緑鬼オーガの巨体が崩れる。


「チッ、洗濯代が追加で欲しいところだ」


「あ、あんた何者よ!?」


「ただのシングル冒険者だ。それ以外に肩書はない」


「嘘!? 絶対おかしいわ!」


 少女以外の二人の冒険者も、揃って頷いた。そう言われても、実際のところ肩書はこれしかないのだから仕方ない。二つ名ならば物騒なのが一通りあるが、まあ教えるものではないだろう。

 驚く少女の胸元から無理やり猫をひっぺ返す。よほど気に入ったのか猫は毛を逆立てて抵抗したが、私にかなうはずもない。大暴れしたがそれもむなしい抵抗で、猫は無事に私の肩へと帰ってきた。


「私が何者だろうがなんだろうが、お前達には関係ないだろう。それより金は手元にあるか?」


「金? ああいや、ないわ。家にならあるから、そこまで一緒に行きましょ」


「わかった。獣も集まっているようだから、お前たちだけだと不安だしな」


 少女は私の言葉に驚いたようだった。彼女は感心したような目で覗き込んでくる。何を期待したのか知らんが、私はただ単に債務者に死なれたら金をとりっぱぐれるから困るというだけの話なのだが。


「……ところであなた、名前は?」


 森を抜ける道中。しきりとこちらをうかがっていた少女がそう尋ねてきた。私はとりあえず当たり障りのない返事をする。


「人に名前を聴くときは自分から名乗れ」


「……あなたってつくづくあれね。私はフィーネよ。そんでこっちにいる小さい女の子がマル、こっちの優男がケインよ」


 マルと紹介された少女は、私より頭一つ背が低かった。色白であどけない顔を見る限り、まだ十代前半ではないだろうか。背丈ほどもある杖を持ち、闇色のローブを深くかぶっていることからすると魔導師のようなので、小さくても戦えるのだろう。彼女はぽてっと頭を下げると、はにかむ。


「やあ、よろしく!」


「ああ」


 ケインと紹介された男は、やや線が細すぎるきらいがあるもののかなりの美形だった。舞台か何かで王子役をすれば、まさにぴったりではないだろうか。ただし、頭にバカという形容詞がつくだろうが。私の強さよりも体形の方が気にかかっているようで、視線が胸と尻の間を細かく行き来している。蒼いアーモンド形の瞳が、だらしないことになって見苦しい。


「私の名前はファースト」


「へえ、ファースト……ファースト……」


 フィーネは私の顔を見ながら、噛み砕くように呟いた。そうしている間に私たちは森の入口へと到着した。






「あの緑鬼オーガを倒したんですか!?」


「ああ、これが証明部位だ」


「た、確かにこれは間違いなく緑鬼オーガのものですけど……!」


 私は冒険者たちをギルドのラウンジで待たせると、緑鬼オーガ討伐の報酬を受け取るべくカウンターへと来ていた。だが、困ったことに手続きが一向に進まない。

 カウンターの上に出された耳を見て、受付嬢はひたすら唸っていた。なんでも、ノールズの森に住んでいた緑鬼オーガは長い年月を生き、天敵のいない森で餌をたらふく食べていたため通常の緑鬼オーガよりもはるかに強い個体だったらしい。そのせいでランクは驚きのトリプル、有害亜人としては最上級だ。

 そのせいで、受付嬢は私が倒したとは判断しかねているらしい。彼女は緑鬼オーガの血で汚れた私のコートと証明部位の耳を見比べては困ったような顔をする。


「状況的にはファーストさんが倒したと見て間違いないのでしょうが……。なにぶん、シングルの方がトリプルのモンスターを倒すというのはそれなりに長く務めている私も初めてのケースですので……」


「報酬は払えないと?」


「いえ、そういうわけではないのです。ですがちょっとお時間を……」


 これだから役所はいけない。少し苛立った私はカウンターを叩いた。建てつけが悪かったのか力を込めすぎたのか。岩でも落ちたような大きな音を立てて、カウンターは揺れた。置かれていた耳がぴょんと跳ねて、受付嬢の顔が蒼くなる。


「ちょっとちょっと、どうしたのよ?」


 音に驚いたのかフィーネがラウンジからこちらへと歩いてきた。好都合だ、こいつに証明してもらおう。私はフィーネの後ろに立つと、事情を耳打ちした。


「なるほど、そういうことか。わかったわ、私に任せて」


「大丈夫か?」


「平気よ」


 フィーネは訝しげに眼を細めた私に微笑むと、受付嬢の前に立った。すると――


風の輪舞ウィンドワルツのフィーネさん!」


 受付嬢が、何やら驚いたような顔をしたのであった。

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