第二話 木っ端微塵の測定球
王都サウスコーネの中心街。人で溢れかえっているその広い大通りを抜けたところに、サウスコーネ国営ギルドの本部はある。三階建ての煉瓦造りの建物は間口が広く、常に数え切れないほどの冒険者たちが出入りしていた。私はその流れに混じると、扉を潜り抜けてギルドの中へと入る。
「新規登録をしたいのだが」
新規登録と看板を掲げた窓口に着くと、受付嬢が一人怠けていた。乱雑に置かれた書類の山からは小説と思しき本の角が覗いている。新規登録者などそんなにはいないのだろう、受付嬢は私の声にハッとしたような顔をすると慌てて書類の山をどかした。
「……ッ、失礼しました! えっと、まずはこの書類に住所とお名前をお書きください。あと、サインもお願いします」
「わかった」
予め決めておいたでっち上げをつらつらと書き連ねていく。名前はファースト、住所は王都サウスコーネ近郊の農村……。うん、完璧だ。
「できたぞ」
「はい。……特に問題はありませんね。では、魔力の測定をしますので手をお貸しください」
「いや、その必要はない」
測定球を取り出そうとした受付嬢の手を制した。見るまでもなく結果はわかっているし、測定という行為自体があまり好きではない。
「私は魔力が一切ない体質なんだ。村の連中もそのことに驚いてね、何度も検査したから確実だよ」
「は、はあ……。そんな方居るんですねえ……」
なんともいえない顔をした受付嬢。初めて私のことを聞いた人間は大体こうなる。そしてこの顔が、いつしか嘲りを浮かべるようになるのだ。まったく、思い出すだけで忌々しい……。
「しかし困りましたね。基本的に当ギルドは魔力値を参考にランク付けをしてるんです。魔力が無いと、昇格に大きく不利になってしまいますが……」
冒険者には序列がある。シングル・ダブル・トリプル・クアドラプル・クインティプルの五つだ。一般的な冒険者というのはダブルまでで、トリプル以上になると様々な優遇措置が取られる。そして最高位のクインティプルになると、希望すれば軍の士官になることができる。
通常、この国の軍隊に士官学校を通さず入隊した場合は少尉が出世の限界とされる。だが、冒険者を経由して入隊した場合だといきなり大尉からスタートしその後も活躍次第でドンドンと昇進を重ねられるのだ。ゆえに庶民に残された最後のエリートコースなどとされていて、その人気は高い。
士官学校に通うことができない私にとっても、これが国の中枢へ潜り込む最良の手段だったはずなのだが。私はスッと受付嬢を一瞥した。
「魔力が無いとランクを上げることは無理なのか?」
「いえ、無理ということはないのですが……。当ギルドはランクを算出するのに魔力値とそれまでの討伐実績の二つを参考とするんです。ですので、魔力が無いファースト様の場合は討伐実績のみの評価ということになってしまいます」
「なるほど。ということは、魔獣でも倒せばいいわけか」
「魔、魔獣ですか!?」
よほど驚いたのか、受付嬢は調子っぱずれな高い声を上げた。その声に近くにいた冒険者たちまでもがどよめき始める。魔獣――それは獣の中でも最も凶悪な部類に入る生物だ。聞くところによるとここ数年で一、二件しか討伐されたことが無いという。……ちなみに、エルガの森に生息している生物は基本的に魔獣だけだ。
「おいおいおい、さっきから聞いてればずいぶんとむちゃくちゃな話じゃねーか。どんな事情があるか知らねーけどよ、死に急ぐのはやめた方がいいぜ」
年かさの少々頭に白いものが混じった男が話しかけてきた。筋骨隆々とした肉体には古傷の跡が目立つ。かなり経験豊富なベテランなのだろう、腰に剣を携えた姿は様になっていた。訳知り顔で人の話に入ってきて、結局、碌な事を言わない。こういうタイプの人間は嫌いだ。
「あんたには関係ないだろう。私がどんなことをしようが問題ない」
「そうはいかねえよ。新人が死なないように忠告してやるのも、年長者の務めってもんさ」
まったく、熱心なことで。私は呆れて息をつくと、受付嬢が仕舞おうとしていた測定球に眼をやった。
「君、それを取ってくれないか?」
「え、これですか? でも今魔力ないって……」
「いいから」
おずおずと差し出された測定球をひったくるようにして手に取ると、私はそれをコツンと指ではじいた。メルガライト製の硬いだけの安物か。でもまあちょうどいい、私の腕を示すにはおあつらえ向きの者だろう。私は挑発的に――猫野郎曰く「悪女そのものって感じの眼」――をすると、男に向かって語りかけてみる。
「あんた、身体強化魔法を使ってこの測定球を壊せる?」
「ああ? 出来んことはないだろうが……うーん……」
「私は魔法なんぞ無くても、簡単にできるぞ。ほれ」
私は手に少し力を込めた。すると石英よりはるかに硬いはずのメルガライトの結晶に罅が入る。罅は急速に広がって結晶全体が真っ白となり、やがて文字通り粉々に砕け散ってしまった。
男の眼が丸くなった。割とダンディーだった顔もすっかり崩壊してしまっている。彼は何も言わず、私の細く白い手と床に散らばった測定球のカケラとの間で視線を往復させた。
「すまなかった、これで」
王国金貨を数枚、カウンターの上に置いてやった。受付嬢は思考停止した表情でそれを受け取ると、黙って頭を下げる。
「掲示板はどこだ?」
「あちらにあります」
受付嬢が指差した先には人だかりがあった。あの人だかりが見ている物こそが依頼の貼ってある掲示板なのだろう。私は早速そちらへと歩き始めた。
「あの、説明はいいんですか?」
「大丈夫、大体知ってる」
戸惑ったように声をかける受付嬢にそう答えると、私は掲示板の前に立ち依頼の選別を始めたのであった。
ギルドのランクの名称を変更しました
シングル・ダブル・トリプル・クアドラプル・クインティプルです