第十五話 雷魔術の脅威
「貴様……何故……」
「あいにくと身体は丈夫なんでね」
刃に貫かれた腹のあたりをさすりながら、私は笑った。流石に少し痛いが、傷口はほぼふさがっている。骨格ごと破壊されでもしない限り、大抵の傷はすぐに再生してしまうのが人造魔人の肉体だ。剣で腹を貫かれた程度では、死にたくても死ねない。
「私の魔力に期待したようだが、とんだ誤算だったな。私には魔力なんてもの、まったくないんだ」
「馬鹿な……そんなことありえるのか!」
「その代わり、力がちょっとばかり強いんだよ。どこから情報を知ったのか知らんが、もっと良く調べておくべきだったな」
全身に残っていた鎖を跡形もなく引きちぎる。仮面の女は歯ぎしりをすると、剣を手にしたまま私から跳び退いた。取り巻きと思しき連中が台座を駆けのぼり、彼女の脇に侍る。
「仕方ない、始末してくれる! エルバス、ライセ、メーシ!」
「了解!」
名前を呼ばれた三人はそれぞれ武器を構えた。おそらく幹部なのだろう、かなりの業物を持っている。それなりに腕が立つ連中と見ていいだろう。特に先ほど『罠にはまってやった』エルバスとかいう奴の操魔術はかなり厄介だ。破壊しても破壊しても再生するため、物理中心の私とはすこぶる相性が悪い。
「チッ、数が多いな! おい猫! いるならさっさと出てこい」
「仕方ねえなあ……」
フィーネたちが閉じ込められている檻の中から、けだるい声がした。まったく、どんな時でもやる気のない奴だ。私がそう呆れていると、一瞬にして鋼鉄の檻が数十にも切り刻まれる。
「あんた、ただの猫じゃなかったの!?」
「あん? 俺は普通の猫だぜ?」
「普通の猫はこんなことやらないわよ!」
バラバラになった檻の残骸から、フィーネたちが口喧嘩をしながら出てきた。猫の能力について少し知られてしまったが――まあ仕方が無い、緊急事態だ。それにフィーネたちなら悪いようにはしないだろう。
「猫とフィーネたちはこの三人をどうにかしてくれ。私はあの仮面の女を追う」
「さ、三人!? 無理よ!!」
フィーネは思いっきり首を横に振った。私はそんな彼女を尻目に、猫に眼をやる。猫はめんどくさいなとばかりに顔を洗ったが、しっかりとウインクしていた。
「しっかり『強化』してやれよ、猫」
「りょーかい。せいぜい死ぬなよ」
「お前こそ、フィーネたちが死なないように頑張るんだな」
猫とひとしきり憎まれ口を叩くと、私は目の前の三人をはるかに飛び越え、その向こうの像の上で控えている仮面女の前に立った。仮面女は先ほどの動揺した様子とは一転、尊大な態度で私を迎える。
「あの三人ではなく我を選んだか。死にたいようだな?」
「強さには少しばかり自信があってな」
「我もだ」
仮面女は剣を構えた。瞬間、切っ先に光が集まり、稲光が剣全体を走る。雷魔術の使い手、少し厄介そうだ。
「雷光剣陣!」
仮面女は周囲を一瞥し、部下が台座の上から居なくなったことを確認した。直後、剣が地面に突き刺されそこを中心として黄金の魔法陣が宙に広がった。そこから無数の稲光が雨あられと召喚され、大地へと降り注いで来る。その数、数十以上。蒼い稲妻が群れを為し、猛烈な光の渦になって私を呑みこもうとした。轟音が大気を揺るがし、地面が爆発する。
寸前でステップを踏む。稲妻が髪が焼いた。僅かに焦げた匂いがする。私は顔をしかめつつも足に力を込め、目の前の女に渾身の一撃を繰り出した。
「はああァ!!」
「ぬッ!!」
剣が私の拳を止めた。衝撃が走り抜けて、大気がどよめく。私と女、双方の足元がひび割れて靴がめり込み始めた。そのあまりの力と力のぶつかり合いに、鉱山全体がジリリと震えたようだ。
「大した力だ」
「貴様こそ、魔法が使えぬのに信じられん馬鹿力だ」
互いに剣と拳を引き、再びぶつけ合う。その後も無数に私と仮面女は互いの力をぶつけあった。衝撃波を辺りにまきちらし、坑道の広場を砂埃であふれさせる。されど、全くの互角。極限まで身体強化をかけているのか、それとも私と同じで人間をやめているのか。そのどちらか、あるいは両方かもしれないが仮面女は『今の私』とほぼ同等の力を持っているようだ。
このままでは埒が明かないな――そう思った。天破地砕拳は撃つのに時間がかかるし、鉱山を破壊する恐れがある。他の技なら鉱山は無事かもしれないが、同様に貯めが必要なため仮面女に隙を見せることになってしまう。
そうして私が考え込んでいる矢先。仮面女が不気味な笑いを上げた。
「パワーはほぼ同等のようだ。しかし、スピードならどうかな?」
「何か秘策でもあるのか?」
「ふん。雷化!」
仮面女の速度が急激に上がった。まさに雷――にわかには信じがたい速度だ。属性魔術を究めていくと身体がその性質に近づいて行くというが、その通りらしい。今の仮面女は雷そのものだ。髪が逆立ち、全身から稲妻まで走っている。
雷速と化した剣が私の顔をかすめた。そのあまりの剣圧に頬が割れ、血が噴き出す。仮面女の着ていた白い衣の袖が、まだらに紅へと染まった。奴は血に染まった袖を仮面に押し付けると、恍惚とした息を漏らす。
「ああ、良い香りだ!」
「キチガイめ……!」
私は羽織っていた特注コートを投げ捨てた。弧を描いて飛んだコートは坑道の壁に当たると轟音を響かせる。壁は土煙と共に大きく崩れ、無残な姿をさらす。それを見た仮面女は感心したように息を漏らした。
「ちょっと動きやすくなったな。さて、勝負はこれからだ――」