第十三話 六紅連封陣
「ここがモルテガ鉱山か。入口のあたりは平和なものだな」
翌日、ギルドの宿泊所で休んだ私たちは鉱山の入口へと来ていた。まだ日も浅い早朝であったが、大きな掘立小屋を中心に作業員たちがツルハシや一輪車を動かし始めている。魔物が沸きだしているといった気配は特になく、どこにでもある普通の労働風景そのものだ。
地下へと口を開ける坑道は非常に広かった。大人が十人、横並びで入れそうなほどだ。ところどころ太い木で補強されたそこはとてもよく整備されている。地下水が多いのか少し湿り気のある冷たい空気が漂っている。が、怪しい点は特にない。
「この鉱山は主に四つの階層に分かれています。魔物が沸いているのは最下層の第四階層だけです」
「なるほど。このあたりはまだまだ安全ってことか」
「はい、ですが地下には凶悪な魔物が潜んでいるので気を付けてくださいね」
「わかった。いくぞ」
私はエリーゼに手を振ると、坑道の中へと足を踏み入れたのだった。その後をフィーネたちが硬い足取りで付いてくる――。
モルテガ鉱山第三層、最奥。複雑に入り組んだ迷宮のごとき坑道を抜けてここまでたどり着くと、流石に空気が違っていた。作業員たちは滅多にここに立ち入らないのであろう、錆ついた工具などが放置されているこの一角は、どこかしら張り詰めた空気に覆われている。瘴気――異様な魔力を孕んだ風が、時折流れては頬を撫でた。心なしか、手元のランプの光が赤く見える。空気が赤い色素を帯びているようだ。
「そろそろだな」
「ええ、出るわね」
「魔力の気配。かなり強い」
フィーネたちは腰に手を回すと、それぞれ武器を手に取った。一歩一歩着実に、瘴気が流れてくる方向へと私たちは足を進めていく。やがて、眼の前に下り階段が現れた。ゆっくりと下を覗いてみると、第四層は濃密な瘴気の貯まり場と化している。空気がすっかり紫だ。数万人が死んだ戦場ですら、これほどの瘴気が満ちることはまれなのだが――何が潜んでいるというのだろうか。
「たいしたものだ。きっと、島で死んだ人間の怨念が全て凝縮されているのだろうな」
「うわ……こりゃ予想以上だわ。私たちだけだったら依頼放棄してたかも」
「あまり私に期待するなよ。私はお前たちのお守じゃないんだ」
音を立てぬよう、階段を滑り降りた私たち。だが、敵は僅かな空気の乱れを察知したようだ。肩で猫が弓なりになり、毛を逆立てる。同時にガタガタと耳障りな音が急速に前方から接近してきた。
「スカルナイト! 何体いるのよ!」
フィーネが絶叫した。無理もない。大人五人が楽に並んで歩けるほどの坑道を、無数の骸骨どもが埋めている。さながら黄泉の軍隊か。眼を赤黒く輝かせる骸の群れが、それぞれ剣や槍を手にこちらへと向かってくる様は、異様な迫力がある。
「厄介だな……」
思わず舌打ちした。ここは坑道の中、派手に暴れたら落盤が起きかねない。生き埋めは流石の私でも御免こうむるし、フィーネたちが持たない。全滅させられないのは気に入らないが、強行突破しかないか。
「私が道を開ける。ついてこれるか?」
「何とかいけるわ! マル、補助魔法!」
「了解。天を吹き抜ける風、その聖なる力よ我らを守りたまえ。風よ風よ、その加護を形とし我らに与えよ。風王の鎧」
清浄な風がフィーネたちの周りを取り囲み、不可視の壁となった。天井からまばらに落ちる小石まで全て砕いてはじいているところを見ると、かなり頑強な壁らしい。スペル自体は短く単純な物だが、なかなかの錬度だ。これなら大丈夫だろう。
「いくぞ」
骸の壁へ、私は一気に突っ込んだ。無数のスカルナイトが私を取り囲み、刃を向けてくる。私はその刃をことごとく避けると、拳と蹴りを繰り出す。さながら紙人形でも相手にしているように、次々とスカルナイトが吹き飛んでいった。拳を一発、蹴りを一発繰り出すたびに何体ものスカルナイトがまとめて崩れ去っていく。
しかし、そこは恐れを知らぬ黄泉の亡者。なぎ倒してもなぎ倒しても、すぐにまた新手が押し寄せてくる。どれだけの数が居るのか。坑道の人口密度が心配になってくるほどだ。しかし、流石に物量の限界というものがあるのか、三分も立つと亡者の群れの終わりが見えてくる。
「走れッ!」
「了解ッ!」
スカルナイトたちを押し倒し、最後は一気に道を切り開いた。疾走する私の後を、フィーネたちはどうにかついてくる。そうして坑道をしばらく走ると広いスペースに出た。鉱山には不自然な広いスペースで闇に包まれた天井は見ることすらできない。どうやら、新たにここの住民となった何者かが造った場所のようだ。
「やあ、よく来てくれたねえ? 冒険者諸君」
「何者だ? 姿を見せろ」
「言われなくても出ていくよ」
空中に闇に紅の魔法陣が浮かんだ。そこを中心として瘴気が渦巻き、赤黒い獣の形となっていく。鋭い爪、逞しい四肢、背中に生えた二対の翼――たちまちのうちに、殺戮者と名高い合成魔獣キマイラが現れた。そのたてがみの上にヒョイと、タクトのような物を手にした男が飛び乗る。
「僕の名はエルバス。操魔術の使い手さ」
「貴様がここの主か? それにしてはずいぶんと早い登場だが」
「まさか、ただの幹部だよ。主は僕なんかとは比べ物にならないぐらい凄いお方さ」
「それを聞いて安心した。貴様程度では詰まらん」
雑魚を片づけるべく、足を踏み込む。身体が急速に加速するかと思われた、次の瞬間――。
「六紅連封陣ッ!!!!」
空間に満ちていた夥しい量の瘴気が鎖となり、私の身体を締め上げた。すぐに振りほどこうとしてみるものの、ちぎっても弾き飛ばしてもすぐに鎖は再生してしまう。見れば、先ほどまで闇に包まれていた壁に六つの巨大な魔法陣が現れていて、それがエルバスの魔法を強化しているようだ。瘴気が実体化しては私の周りに現れ、身体を拘束していく――!




