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魔法が使えないから人間やめました(改訂前)  作者: 星影
第二章 呪われた島の鋼
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第十話 技の意味

 時計の針が進むのに反して天は暗さを増し、闇が下りてくる。海はいよいようねりを増し、上にあるものを深海の底へと引きずり込もうとしているようだ。十メルトはあろうかという大波が荒れ狂い、風が絶叫している。

 船員を失った船は波の谷間で揉まれていた。私たちは船のテーブルなどにしがみつき、どうにか揺れを凌いでいる。しかし、このままでは船は沈没してしまいそうだった。沈没しないにしても、嵐から抜けられないに違いない。


「ファースト、何とかできないの?」


「そっちこそ魔法で何とかならないのか」


「駄目、こんな嵐どうにもならないわよ! ファーストこそ……」


「私が魔法を使えないことは知っているだろう? フィーネたちこそだな……」


 私とフィーネたちの話は水掛け論になっていた。私が魔法で何とかならないのかというと、フィーネたちの方が私の腕力で何とかならないのかという。その繰り返しだ。結果、誰も手が出せずに船は嵐の中を漂っている。……もっとも、意見がまとまったところで哀しいかな、素人集団に何ができるものでもないだろう。むしろ何もできないからこそ水掛け論を繰り返しているだけの気がする。


「今の何!?」


「声、何かの生き物」


「ファーストさん、恐かったら僕の胸グバ……!!」


「これは……」


 突然、外から異様な唸り声のような音が響いてきた。大地が割れるような、強烈で重々しい音だ。よく聞くと何かの生物の叫びのように聞こえるその音は、その後何度も連続した。音が響くたびに船室の壁がジリジリと揺れ、戦慄が広がる。

 強大な覇気を感じた。嵐の中、遭難しそうな船へと近づいてくる怪物の中でこれほど凶悪な者は一体しか思い当たらない。私は頭の中でその姿を想像すると、テーブルの下から這い出た。


「確かめてくる。フィーネたちはここで待っていろ」


「外に出るの!?」


「大丈夫、何が現れようと負けるものか」


 揺れる廊下を一気に駆け抜け、階段を上り。私は甲板へと飛び出した。吹きすさぶ風雨に顔をしかめながらも、神経を研ぎ澄ませて周囲を見渡す。すると、巨大な光の球が見えた。大きさはこの船と同じほどか。途方もない大物。この間の狼や緑鬼オーガなど比べ物にならない。間違いなく魔獣の部類に入る怪物だろう。

 一面黒い海の中でも、さらに深い闇に染まる部分。細く長く、さながら底のない淵のようなそれが徐々に船へと迫ってくる。その大きさたるや、この船を丸呑みに出来そうだ。さらに大気を焦げ付かせる圧倒的な覇気も私を圧迫する。

 普段は海中に潜み、嵐の中でだけ姿を現し船を喰らう海の王――リヴァイアサン。伝説に棲む海獣が、今こそ姿を現そうとしていた。海が高々と盛り上がり、そこから生臭い匂いが漂ってくる。そして――


「グゴァ!!!!」


「こんなところで伝説の怪物に会うとはな!」


 ゴツゴツとした岩のような質感の鱗。闇に浮かびあがる黄金の眼。その身体は太く長く、のたうつだけでこの船など粉々に出来そうだ。蛇を万倍にしたようなその巨体は嵐の中にあっても威風堂々、押しつぶすような存在感を放つ。

 血が沸きたち、興奮が身体を駆け巡る。良い獲物だ――強敵に飢えていた身体が急速に満たされていく気がする。心が燃えた。これだ、この感覚を私は求めていたのだ。全身が熱く燃えてこのまま天へ至るような滾る感覚。素晴らしい。人であることをやめ、空虚で穴ぼこだらけになっていた私の心が、一瞬だが元の満ち足りた心へと還っていくようだ。


「貴様、人間並みの知能があるとかいうな?」


「グオォ!!!!」


 意味がわかっているかどうかは分からないが、私の声に反応してリヴァイアサンは叫びをあげた。その叫びはまさに天を揺るがし、一瞬だが、落ちてくる雨粒が止まった。風の唸りも通り抜けて、脳を揺らすような叫びは、私の闘争心をより掻き立てる。


「ちょうどいい、移動が出来無くて困っていたのだ。貴様をねじ伏せ――僕としてやろう」


 腕を引き絞り、力を蓄える。血流が増して温度が上がり、腕から湯気が上がり始める。攻撃に集中するなどここしばらくなかったことだ。あの腐れ縁と本気で戦った時以来だろうか。最近は常に惰性で、なんとなく戦っていたような気さえする。

 工夫を凝らし、磨き抜かれた技。精神を研ぎ澄まし敵の急所を見極める集中。そんなもの、弱い敵と戦う際には必要ない。もしかしたら、ひょっとしたら……。そんなものは『勘違いした半端者』の戯言にしかすぎない。蚊や蟻に殺される人間など、果たしているのだろうか? 強者に理論など要らない、それが私の持論だ。


「よろこべ怪物。貴様は、技を見せるのに値する」


 腕の筋肉を極限まで集中させ、全身の力を集中させる。腕が張り詰め、熱を増していく。ここで微かな震え――眼には見えない程度の超微細振動――が始まった。振動はその周期を見る見るうちに短くしていき、轟々と空気が唸り始める。

 リヴァイアサンの方もただならぬ気配を感じたのだろう。口元に濃密な魔力を集め始める。ブレス――天を焦がす、滅びの一撃。魔力に圧迫され、リヴァイアサン周辺の海が窪み、そこだけ波が収まる。力と魔力のぶつかり合い、果たしてどちらが勝つか。空中で見えない火花が散るのが見える。血管よ裂けよ、筋肉よ弾けよ。今こそ、極限の力を放つ時――!


「天破――――地砕拳!!!!」


「グギャアアァ!!!!!!」


 ぶつかり合う光。瞬間、世界は白に呑まれた。

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