第一話 ある日追い出されて
何番煎じかわかりませんが、最強系小説です
ご了承ください
「お前にはエルガの森へ修行に行ってもらう」
父さんはたった一言、それだけを告げた。エルガの森で修行をしろ。それはすなわち死んでこいということだった。私は思わず息をのむ。
「父さん!? どうして、どうしてなの!」
「お前が無能だからだ、当然だろう。それとも女だからもうしばらく家に置いておいてもらえると思っていたのか。全く図々しい、どうしてこのエルヴァンス家からこんなどうしようもない者が生まれたのだか……」
虫けらを見下す目だった。いや、もっと性質が悪いかもしれない。大陸に名だたる魔術の名家に生まれてしまった、世界的にも稀な『魔法が全く使えない無能』。それを見る周囲の視線は穢れた魔族でも見るかのごとく冷たかった。
かつて勇者に仕えた大魔法使いランプ・エルヴァンスの再来と謳われた父、ガルディア・エルヴァンス。そして召喚の巫女の血統を引く由緒正しき姫であった母、ヘルナ・エルヴァンス。その二人の間に生まれた私、リーナ・エルヴァンスは一人娘であったこともあって、周囲からの期待を一身に受けて育った。
最高の環境、最高の教師。そして家族や友人の愛。およそ考え得る最高の幼少期を過ごした私は、十歳の春、一転して奈落の底へと落ちた。
「ま、魔力反応なし……!? そんなことが……」
「間違いだ! 別の測定球を用意しろ!!」
「は、はい!!」
私の魔力測定は何度も何度も、父や母の執念を物語るように執拗に行われた。されど、何度測定しても同じ。どんな精密機器を用いても同じ。魔力反応ゼロ。私の身体は世界屈指の魔術師の家系に生まれたにもかかわらず、およそ魔力というものを寄せ付けない奇妙でイカレタ体質であることが判明しただけだった。
それ以来父は現実から目をそむけるように私を徹底的に遠ざけ、魔術の才能あふれる没落貴族の娘、アリスを拾ってきて私の後釜に据えた。母は自分の部屋に無数の人形を飾り、私と同じリーナという名前を付けて人形の内に『魔法を自在に使える理想の私』を見るようになった。いつも共にいた友人たちは次第に私から遠ざかっていき、やがて蔑むような目をするようになった。姉妹のようにして育った幼馴染でさえ、そのような有様だ。
私は屋敷の端に小さな物置きのような部屋を与えられ、子犬でも隠して育てるかのようにひっそりと育てられた。こうしてこのままずっと、嫁に出されるまで部屋住みなんだろう……心の隅で漠然とそう思っていた。しかし、父はそれすら嫌だったらしい。
「用件は済んだ。さっさと出て行け」
「父さん、私は家の片隅においてさえくれれば……」
「黙れ! お前がいるだけで私は……」
堅いブーツが鳩尾を貫いた。血の味が口に滲んでくる。魔法が使えないから、自身に力が無いから――こんな目に合わなければならないのか。私だって何もしなかったわけじゃない。寝ることすら忘れて魔法書を読み漁り、知識を詰め込んだ。全身が血まみれになるほど修練に励み、女の身でありながら騎士にも負けないほど身体を鍛え上げた。
魔法が使えない、それだけでそれらはすべて否定されるのか。灰色の水が心の中を溢れていく。全身が黒に呑まれ、胸が息苦しくなってくる。どうして、何故。思念が無数に重なり合って私の心を膨らませてゆく。どうして、何故。心が軋みを上げてゆく。肥大した負の感情はこのまま私の胸を突き破り、外へと飛び出してしまいそうだ。精神的な苦しさが物理的な苦しさにまで昇華され、意識が不明確になってくる。
たまらず私は部屋を飛び出した。すると廊下で、たまたまアリスとすれ違う。煌びやかなドレスを着て、侍女を付き従える彼女の姿は自信に満ちていた。この屋敷へやってきたころの、うらぶれた没落貴族の面影など人欠片も残されていない。
「あら、どうしましたのお姉さま? そんな恐い顔をなさって」
「なんでもない……」
「何でもなくはないでしょう? ああ、なるほど。ついにお屋敷を追い出されることになったんですね。それでそんな恐い顔をなさってる」
「なんで、それを知ってる?」
私は思わずアリスを睨みつけた。視線を向けられた彼女は芝居がかった大仰な動作で後ろにのけぞると、口に手を当てて笑う。
「私が遠まわしにお父様に頼みましたの。あなたみたいな人がいると目障りだって」
「お前ぇ!!!!」
手を伸ばさずには居られなかった。細い首に手を回し、一気に力を込める。流石のアリスも私がここまでするとは思っていなかったのか、すぐには反応出来なかった。蒼い瞳が見開かれ、口元が歪む。その次の瞬間――。
「……ウィンド……ブレイク!!」
猛烈な渦にのまれ、私の身体は軽々と宙を飛んだ。細い身体はそのままくたびれた布切れのように壁へ張り付く。全身を激痛が包む。骨が何本か折れたようだ。手足がしびれてしまって、動かない。
これが魔法の力、アリスと私を隔てるモノ。思わず絶望を感じずには居られなかった。この力が私にはない。この絶大な力が、私には一切存在しない――
「目障りですわ。さっさとエルガの森でもどこにでも行ってしまいなさいな。そして二度と私の前に現れないで」
アリスは私を一瞥すると、廊下の端へと消えていった。この五日後、私は生きては帰れぬとされるエルガの森へと捨てられた――。
あの日から何年が過ぎたのだろうか。滔々と風が流れていく中、私は以前とまったく変わっていない街を塔の上から眺めていた。かつて私が暮らしていた、王都サウスコーネ。王城と共に悠久の歴史を歩んできたその街は、今も昔もほとんど変わりない。強いて言うならば、国王が代替わりしたことで国の政策が変わり、商人が増えたことぐらいだろうか。
「変わったのは私の方か」
何の気なしに、転がっている石を弄ぶ。堅いはずのチャート質の石は、指で軽くつまんだだけでたやすく砕けてしまった。もしこれが金剛石であっても、粉々になってしまったかもしれない。私は自分でも少し呆れて、ため息を漏らした。
この力があの時あれば――やめよう。無為な考えだ。
「何を感慨深げに唸ってるんだ。まさか、自分の生まれ故郷だからってためらってるんじゃねーだろうな?」
肩の上で相棒の黒猫が唸った。こいつ、私がこの国をどう思っているのか知ってて言ってるんじゃないか?
「そんなわけあるか」
「ならいいぜ。ちゃーんと主に命じられた通り、任務をこなしていけばいいのさ。今のお前はリーナ・エルヴァンスなんて小娘じゃなくて、栄えある人造魔人001号、ファースト様なんだからよ」
人造魔人001号。これこそが今の私を端的に表現した言葉だ――。