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*
カグラは、我が目を疑った。
後車両を制圧…とは言っても、言うほどの仕事は無かったが、それを終えたカグラは、ツキシマの様子を覗いに五車両目である食堂車両へ続く扉を開けた。
そんな彼女の目の前に広がったのは、真っ赤な血、ぐちゃぐちゃに荒らされた食堂、充満する血液の臭い。そして何より。
「…ツキシマ?」
滑稽にも、テーブルに置かれた、食事用の皿の上に乗った、フード付きの防毒マスクの生首。それが、彼女の視線を釘付けにした。
「……いや、いやいや…。何、これ」
カグラが、信じられない物を見るような目で食堂内を見渡した後、ゆっくりと車両内に足を踏み入れた。
ぴちゃぴちゃと、足元で水を踏む音がする。これでもか、と言わんばかりに広がった、ツキシマの血液だ。首の無いツキシマの身体が、無惨に転がっている。首の断面から、骨が見える。カグラは直ぐに目を逸らした。
「……」
カグラは、困惑に顔を歪めながら、皿の上に乗ったツキシマの首を見る。
何故か、傍に枯れた花が添えられているのが、また可笑しい。
この期に及んでまで、目深に被られたフードがこれ以上ないくらいにシュールだが、今のカグラには、笑えるほど心に余裕が無かった。
「…死ぬのね。アンタも」
銃で撃たれても、クリーチャーに噛みつかれても、頭を吹っ飛ばされても死ななかった。だから、大丈夫だと思っていた。
だが、頭と胴体を切り離されたら、流石のツキシマと言えどダメかもしれない。
哀しいわけでは無かったが、カグラは少しだけ、空虚な気持ちになった。僅か数日にして、コンビ解散か、と、カグラはぼんやりと心の中で呟く。
最期に、この化け物の顔くらい拝んでやろうか、と、カグラがツキシマのフードに手をかけた。
そんな時、カグラの視界の端で、ぬるり、と黒い影が動いた。
「っ!?」
瞬時に顔を上げ、反射的に後ろに飛び退いて銃を構える。
だが、ソレを見た瞬間。カグラは再び己の目を疑う事となった。
「んなっ…!? なななな…! えええええ!?」
カグラはそれを見ると、余りの非現実的な光景に、顔を蒼白とさせて目を大きく見開くと、意味の無い言葉を吐きだした。驚きのあまり、悲鳴すら出なかったのだ。
それもそうである。目の前で、首の無い胴体がいきなり立ち上がったのだから。
「……」
首の無いツキシマの胴体は、言葉を発する事も無く…クチが無いのだから当然であるが…鮮血の溢れ続ける首の切断面を慌ただしく片手で抑えつけると、よろよろとおぼつかない足取りで歩きながら、もう片方の手を、何かを探すようにフラフラと辺りに彷徨わせた。
これには、流石のカグラも顔を蒼白とさせて言葉を失う他なかった。所謂、ドン引きである。
正直、気持ち悪い。どこのホラー映画だこれは。何だか、慌てている様な身振りが滑稽で不気味である。
いや、少しそんな気はしていたのだ。もしかしたら、いきなりムクリと起き上がるんじゃぁないかと。だって、脳味噌を吹っ飛ばされても平気だったのだから。
その期待を裏切らず、まさにその予想通りに起き上がってくれたツキシマに、カグラはどう反応して良いかわからずにいる。
カグラから見るに、ツキシマの胴体は、何かを探しているようだった。当然、カグラの目の前にある首だろう。
カグラは、ごくりと息をのんで、目の前の生首を手に取った。
頭の重量と、いかつい防毒マスクのお陰で重量が増している。
カグラは、それを両手で抱えると、オロオロと首の断面をおさえながら、宙に彷徨わせているその手の傍に、切断された頭を添えてやった。
「!」
自分の頭に片手が触れると、ツキシマ…の胴体はそれを認知したようで、どこか嬉しそうにそれを両手で受け取った。
首の断面の血を塞き止めていた手が外れたので、プシュ、と血が噴き出した。カグラは一歩退いて、血が掛かるのを回避する。
「……」
二人の間に沈黙が続き、ツキシマの手が、抱えた頭を首の断面の上に乗せた。切り口が合致する。
ツキシマは、首の『ズレ』を調整していると、目の前で得も言われえぬ顔で自分を見ているカグラに気付いて、慌てて彼女に背を向けた。
「…恥ずかしがってんじゃないわよ。ほんと気味悪いわね」
カグラが吐き捨てるように言ったのを、聞いているのかいないのか、ツキシマは何の反応も示さず一生懸命に首を押さえていた。まるで、接着剤を塗って固定している様である。多分、くっつくのだろう。ツキシマの血は接着剤で出来ている。
ある程度補強ができたのか、ツキシマは、軽く頭を両手で押さえながらカグラの方を向いた。
「で、誰にやられたのよ? もしかして、ヨツヤ?」
カグラが問いかけると、ツキシマは頭を押さえながら、細心の注意を払って首を縦に振った。
やっぱりか、とカグラは呟く。なんとなく、嫌な予感がしたのだ。すれ違った時に感じた悪寒は、気のせいなんかじゃなかったのである。
「それで、アイツはどこに行ったのよ?」
カグラの問いに、ツキシマは人差し指を立てて先頭車両に向かう扉を指差した。
早くも、首は固定されたのか、頭から片手を離してもズレを起こさなくなったらしい。
「…だとしたら、まずいわね。主犯まで殺されるかもしれない」
あの尋常ではない殺気を放っていたヨツヤが、実行犯は生け取りなどという甘っちょろい考えを持っているとは思えない。金の為にも…人命の為にも、彼を止めねばなるまい。と、カグラは一人闘志に燃える。
ツキシマも、その意見には同意なのか、無言のまま数回縦に頷いて、床に落ちていたハンドガンを拾い上げた。
*
詰まらない。と、刀を振りながらヨツヤは盛大に溜息をついた。
憂さ晴らしのため、好き放題暴れるためにエクスプレスのハイジャック犯をぶっ殺してやろうと思ったのに、彼らはとんだ『腰ぬけ』である。
基が、ギャングや犯罪者の類では無い、ただのシティコンプレックス持ちの人間であるため、彼らは殺し合いを理解していない。いや、まず、犯罪と言うモノが何たるか心得ていない。
犯罪を犯すものは、いつでも殺される覚悟を持っていないといけない。他人を不幸にするならば、その不幸がいつか自分に返ってくる、ということを念頭に置いておかねばならない。
だから、少し腕を切り落とされたり、足を折られたり、ちょっと仲間が目の前で串刺しにされたくらいで、失禁して腰を抜かす様な奴らは、殺す価値もない。つまり、憂さ晴らしにもならないのだ。
「…お前らみてぇなただの人間が、調子に乗って犯罪なんか起こすからこうなるんだ」
一両目、ハイジャック犯達が、動きを封じるために切り落とされた足や腕の痛みに身もだえ、集められた各車両の人質たちが、恐怖に震える視線を彼に向ける中、ヨツヤはがっかりと肩を落として言った。
目の前には、銃身を真っ二つにされて使い物にならなくなったサブマシンガンを抱えて、涙目で震えながらヨツヤを見上げるハイジャック犯が一人。その向こう側には、いつ流れ弾が飛んできても可笑しくないこの状況で、震えながらも精一杯に職務を全うしている運転手がいる。
「俺はさ、別に人殺しが好きなキチガイ野郎じゃねぇんだよ。殺し合いが好きなだけの、道徳心や倫理観がしっかりしてる人間だ。そんな俺でもなぁ、テメェらみたいな腰ぬけ見てると、ぶっ殺したくて堪らなくなるんだ」
「ヒィッ!」
ギロリと、ゴーグルの下から腰を抜かすハイジャック犯を見下ろし、彼の真横に刀を突き刺したヨツヤに、ハイジャック犯は肩を飛び上げて怯え、悲鳴を上げた。
ゴミの様な腰ぬけである。きっと、花瓶の方が役に立つ。
他のハイジャック犯達は、既に恐怖と痛みに震えながら床に転がっている。残っているのは、ヨツヤの目の前にいる男だけだった。
と、言う事は。もうお終いだ。憂さ晴らしは強制終了。憂鬱だった。全く充実していない。
ヨツヤは、再び大きくため息をつくと、床に突き刺さった刀を抜いてそれを振りあげた。
「もういいや。生かすのもめんどくせえ。死んどけ」
「…!」
ヨツヤが刀を振り下ろそうと、柄を強く握り締めた瞬間、背後で大きな発砲音が鳴り響いた。
「!?」
乗客、ハイジャック犯共に、驚愕し視線を発砲音が鳴り響いた方向へ向ける。
続いて、バコン、と乱暴な音がして、穴だらけになった車両の扉が勢い良く吹っ飛んだ。
その奥から、硝煙を上げる二丁拳銃を構えた、防毒マスクの男と、大きなライフルを構えた女が姿を現す。
「…はぁ?」
発砲音に気付いたヨツヤは、突然の乱入者に不機嫌そうに顔をしかめ、ゴーグルを頭の上に押し上げると、マイペースに後ろに振り返り、大きく眼を見開いた。
驚きもする。先程、首を吹っ飛ばして殺してしまったはずのツキシマが、銃を構えて立っていたのだから。
「ひ、ヒィィ! た、助けて!」
乱入者二人とヨツヤの隙を見計らって、ハイジャック犯の男は床を這うようにしてじたばたとツキシマとカグラがいる方へ走った。
カグラは、ツキシマを盾にしながら冷静に車両内の様子を覗う。乗客、ハイジャック犯共に皆存命の様だ。しかし、見たところ、ハイジャック犯のリーダーの様な人物は、見当たらない。カグラは怪訝そうに顔をしかめる。
「おかしいわね…。シティ・アベンジャーのボスはどこに…」
「ツーキーシーマァァァ!!」
ツキシマの背中から、車内を覗きこんで呟いたカグラの視界に、口角を吊り上げて割けるような笑みを浮かべたヨツヤが、刀を振りながらこちらへ向かって突進してくるのが見えた。
「…!」
「きゃぁっ!」
カグラのクチから、思わず甲高い悲鳴が漏れる。頭を守る様にして半歩退くと、カグラは目の前でヨツヤの刀を銃で受け止めるツキシマの様子を窺うように顔を上げた。
「ははっ! ははははは!! 生きてたなぁ! 生きてた! あは…ははは!! 何だか知らねえが生きてた! なんだ?どういうことだぁ!?まあいいか! 良くわからねえが最高の気分だ! あはは! さぁさぁ、さっきの続きだ! 殺し合おうぜぇ永遠に!」
ギリギリ、と、銃身で受け止める刃に力が込められる。
赤い瞳を、燃える様な狂気に染め、ゲラゲラ笑いながら凶悪な牙を剥き出しにして、猛獣のように叫ぶヨツヤに、ツキシマは僅かにたじろぐも、決して銃のグリップを握る手の力を抜かない。力を少しでも抜けば、簡単に真っ二つにされてしまうからだ。
ツキシマは、周囲を確認する。ヨツヤの豹変と、先程の銃声に怯える乗客たちが目に入る。こんな場所では、下手に発砲する事は出来ない。
ツキシマは、グリップを握る手に一気に力を込め、ヨツヤの刀を跳ね返した。
急に増幅したツキシマの握力により、ヨツヤはフラリと後ろによろめく。その隙にツキシマは、近くの車窓に数発の弾丸を撃ち込み、そのガラスを蹴り割って軽快な身のこなしでクルクルと荒れた街中を走る列車の屋根の上に出た。
「は…ははは! 場所を変えようってか! イイぜ、殺る気満々だな! 上等だ、そっちの方が面白れぇ!」
ヨツヤの視界には、既にツキシマしか入っていないのか。先程まで殺してやろうと思っていた、腰を抜かしてしゃがみこんでいるハイジャック犯には目もくれず、ツキシマを追って、窓ガラスの割れた車窓から外に飛び出した。
「ちょっ…なんなのよアレ!」
余りにも突然の出来事に、カグラはようやく我に返って二人が飛び出して言った窓から外に顔を出す。
二人の姿は見えないが、ツキシマが気を効かせて、乗客たちが被害に遭わないで済むように後ろの車両に移動したようだった。
ヨツヤの豹変ぶりには、正直胴体のみで動くツキシマ以上に引くモノがあったが、今はそんな事はどうでもいい。なにやらヨツヤは、ツキシマがお気に入りの様なので、彼に任せておけばいいだろう。
あんな気狂いの相手など、カグラは御免である。
そう思った彼女は、床にへたり込んで腰を抜かしているハイジャック犯をギロリと睨むと、大股でその男の傍に歩み寄った。
「ヒッ! や、やめてくれ! 殺さないでくれ!」
カグラが、男の胸倉をつかみ上げると、男は今にも泣き出しそうな声で悲鳴を上げる。どうやら、ただのチンピラらしい。シティ・アベンジャーは、シティコンプレックスのチンピラの集まりで出来ているのだろうか。
「殺さないわよ。警察には突き出すけどね。で、アンタらのボスはどこ?」
カグラは、男を睨みつけながら問いかける。まともにクチを利けそうなのはこの男だけなのだ。
「ボ、ボスなんかいねぇよ! はは…俺達は、メトロの暴力的なギャングなんかとは違う。賢いからなあ…現場に大ボスが現れることなんてない…!」
「ふぅん、でも腰ぬけなのね」
どこか、勝ち誇った様な笑みを浮かべる男に、カグラは吐き捨てる様に言う。男は顔をしかめて奥歯を噛みしめた。
確かに、現場に組織のボスがいないのは、計略の面では賢い策だろう。頭が潰れれば、組織は崩壊するモノだ。
しかし、現場を恐れて己は安全の場所から高みの見物とは、シティ・アベンジャーのボスは臆病者の腰ぬけであると考えるのが、このメトロに住む人々の考え方である。
それはカグラも同じだ。
「…まぁ、いいわ。アンタ達は、メトロの歪んだテロ組織。エクスプレスをジャックすれば、そりゃ大きなニュースになるでしょうね。それはわかる。でも、メトロに住む限り、アンタ達もエクスプレスが止まったり、ましてや破壊なんかしたりして利用できなくなったら困るはずよ。なのに、何故こんな事をしたの? ついにシティに目が眩んで、見境が無くなったってわけ?」
カグラは、怪訝そうに顔をしかめて問いかけた。
シティ・アベンジャーは、シティに憧れる余りシティを憎む者。これまで起こして来た犯罪の数々は、主にシティの壁の爆破や、シティへの抗議活動などである。当然、その犯罪行為によってシティが困ったことなど無かったのだが。
とにかく、今までの物は直接メトロに被害が及ぶ犯罪では無かったので、警察署には見逃され続けてきたのである。
なので、今回の様な『メトロに直接被害が及ぶ犯罪』を、シティ・アベンジャーが行うのは、どこか不自然で納得がいかないのだ。
「はっ…。やっぱりメトロの住民は何も知らないんだな。ははは…ゴミ箱の中の人間は、ゴミ箱の中しか見渡せない…」
「…調子に乗るんじゃないわよ。私はか弱い女の子だけど、アンタの耳を吹っ飛ばすだけの力はあるんだからね」
カグラは、冷めた目つきでそう言うと、懐から小口径の拳銃を取り出して男の耳に当てた。
銀の銃口の冷たさに、男はヒッと悲鳴を上げる。
「わ、わかったよ。言うよ。ボ、ボスが言ってた事しか知らないんだ、俺も。その…エクスプレスを運営してるのは…どうやらシティらしいんだ」
「…はぁ?」
カグラは、思わず眉を寄せて首を傾げた。
メトロエクスプレスの運営を、シティが行っている。そんなわけはない、と、カグラは断言できる。
二十年前の、エクスプレスの開通式。あの、忘れもしない日。暗雲と埃まみれのメトロが、希望の光を獲得した日。
カグラは確かに、線路に群がる野次馬たちに紛れて開通式を見に行った事がある。そこには、いつもの薄汚いメトロ住民しかいなくて、でもその日だけは、皆絶望して憔悴しきった顔を、笑顔一杯に溢れさせていた。
その場所に、シティの陰など無かった。あったとしたら、メトロは今ほどシティにコンプレックスを抱いていない。エクスプレスは、シティの科学技術に対抗して造られた、シティコンプレックスの象徴でもあるのだから。
「嘘をつくなら、もっとバレない嘘にしなさい。本当の目的は何なのよ」
カグラの疑念に満ちた瞳に、男は慌てて首を横に振る。
「う、嘘じゃない! 本当だ! エクスプレスを影から運営してるのは、シティなんだ! だから、そのエクスプレスをジャックすれば、シティでもニュースになると思って…」
確かに、筋は通っている。
仮に、エクスプレスを運営しているのがシティだとすれば、今回のシティ・アベンジャーの動きは、理にかなったものになっているのだ。シティの屈強な壁に、無駄に爆薬を仕掛けたり、広報活動や、時には暴動でシティに訴えたりするよりも、シティに存在をアピールするためには実に効果的な方法である。
「…でも、シティがエクスプレスを運営しているなんて…」
にわかには信じられない話だ。まず、シティがそのようなポジティブな方向で、メトロと繋がっているとは思えない。
シティは、メトロをゴミ箱としか認識していないのである。ゴミ箱の中の事を、人が気にするだろうか。
「なんだか、きな臭い話になってきたわね」
カグラは、掴んでいた男の胸倉を乱暴に話すと、顔をしかめて呟いた。
もし、その話が本当ならば、シティは何故その事実を隠すのか。嘘ならば、シティ・アベンジャーのボスは何故そのような嘘を組織の連中についたのか。
良くわからない。ただ、カグラの知らないところで、メトロとシティは、より大きな隔絶を以て分断されているのではないかと感じた。