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ツキシマが、五車両目の扉を開けると、そこはただの車両では無く食堂車両だった。
メトロエクスプレスでの旅は長い。駅を乗り越したりすればなおさらである。そんな乗客たちの為に作られた食堂は、今はがらんどうになっており、客どころか、ハイジャック犯の姿すら見当たらない。
恐らく、人質となる乗客を、一つの車両に移したのだろう。そう考えると、ツキシマ達のいた六車両目に来たハイジャック犯達は、一車両目から順に制圧してきたものだと思われる。と、なると、後車両に向かったカグラの仕事はほとんどないのではないだろうか。
今さらながらに、ツキシマはカグラにしてやられたことに気付いた。
「……」
だが、嘆いてもいられない。シティ・アベンジャー達が、メトロ経済の核とも言えるエクスプレスをハイジャックし、何をしようとしているのかはわからない。しかし、とてもロクでも無いことである事は確かだろう。
そんな事を考えながら、ツキシマは食堂を歩く。食べかけで放置された簡易食料や、銀色の錆びたコップに注がれた水が置かれたテーブルが、生々しい。人質として捕まった人々の中にも、何の罪もない一般人達がいたことを考えると、無意識に胸が痛んだ。
「おい」
食堂の通路を歩くツキシマの背中に、声が投げかけられた。ハイジャック犯の一味か、と思ったが、前方から来るならまだしも、背後から駆けつけてくる可能性は低い。
それを考慮して、ツキシマは銃を抜くことなく、くるりと身体を反転させて後ろに振り返った。
「……」
車両と車両を繋ぐ扉の前には、スラリと長い刀身を剥き出しにした刀を持ったヨツヤが、赤い瞳をギラリと光らせ、クチ元に割ける様な笑みを浮かべて立っていた。
一人でハイジャック犯をふん捕まえようなんていうのは無謀だ、と思い、加勢に来てくれたのか、と一瞬だけ楽観的に考えたが、どうにも彼を取り巻く雰囲気は、そのような友好的なものでは無いように思える。
「ツキシマ、ツキシマ…。カーキのロングコートにフードのガスマスク。ああ、あー…やっぱりなぁ、やっぱりオマエが、メトロキングスを潰した賞金稼ぎだったのか」
ヨツヤは、首を左右に振って骨を鳴らしながら、刀の切っ先を引きずる様にしてゆっくりとツキシマに近づいた。
正確には、メトロキングスを潰したのは、ツキシマとカグラの二人であるが、今のヨツヤにそれを説明する術をツキシマは持ち合わせていない。そして何より、ヨツヤは話を聞いてくれそうには見えなかった。
「あの、百の軍勢に果敢にも立ち向かった…サースメトロの英雄だ。強ぇんだろ? そうだろ? なあ、試しても良いか?」
「……」
無言のツキシマ。軽クチの中に、隠しきれない殺気が込められているのが、ひしひしと感じられる。
否定も肯定もしないツキシマに、ヨツヤはニタリと凶悪な笑みを浮かべた。
「ああ! イイよイイよ、言葉なんかいらねぇよ! 殺し合えばわかるよなあ! アンタがハズレか、アタリか。まあ、殺し合えるなら、俺としてはどっちでもイイんだけどなあ…」
一際愉快そうな笑みを浮かべ、どこか強請る様に目を細めてヨツヤは言う。今にも飛びかかって来そうなヨツヤに、ツキシマは戦慄した。
なんだか、とても常人の物とは思えない様な雰囲気が、ヨツヤから垂れ流されているように感じる。
全身を緊張させて、ツキシマはゆっくりと、コートの下のホルスターからハンドガンを抜いた。警戒心からである。
それを合意と見て、ヨツヤは酷く楽しそうにクチを三日月形に歪めた。
「イイね、イイ! オーケイだ! 殺し合おう! 身体中のアドレナリンが爆発するような殺し合いをしようぜ!」
握った刀をギラリと光らせて、ヨツヤが吠えると同時に動いた。まるで、獲物を捕食せんと目を光らせる肉食動物の如く牙を剥いたヨツヤに、ツキシマは両手で銃を構えて応戦する。
幸いにも、食堂車両は他と比べて広く動ける。相手の武器は刀だ。少々距離を開けて銃弾を撃ち込めばそう苦戦する事は無い。
そう、楽観的に考えた矢先、ツキシマがハンドガンのトリガーに指をかけた瞬間、ヨツヤは、目にもとまらぬ早さでツキシマとの間合いを詰め、彼の懐に飛び込んでいた。
「っ…!?」
ツキシマは、あっと言う間に間合いを詰め、己の懐に飛び込んできたヨツヤを見て、驚きの余り反射的に仰け反った。後ろに倒れる様に仰け反り、床に両手をついて、それを軸に一回転する。ヨツヤが一閃に薙いだ刀の切っ先が簡易食料が転がったテーブルや椅子と共に、ツキシマのロングコートの裾を僅かに切った。
「イイね。イイ反応」
第一の攻撃を避け、転がる様にして床に片肘を着いたツキシマに、ヨツヤは凶悪な笑みを向ける。
尋常ではないスピード。ヨツヤが動く瞬間の位置から、ツキシマのいた位置まで、少なくとも五メートルそこそこの距離があった。その間合いを、ツキシマがトリガーを引く前に詰めて来たのだ。どんな動きをすればそうなるのか、謎である。
だが、悲観的になっている場合では無い。ツキシマは素早く立ち上がると、銃を構えて引き金を引いた。銃声が鳴り響き、黄土色の弾丸が一斉にヨツヤに向かう。
ヨツヤは、襲い掛かる弾丸に怯むことなくニタリと笑うと、あろうことか前方に向かって踏み込んだ。上下左右に素早く刀を振り、弾丸の起動を見極めて確実に被弾する銃弾を悉く弾き落とす。ひらりと身体を捻って、最後の弾丸を避けると、ヨツヤは刀を振りかざし、既に目の前に迫っていたツキシマに向かって刀を振り下ろした。
「!」
ギン、と鋭い音がして、ツキシマの鉄製のハンドガンが、ヨツヤの刀を受け止める。ハンドガンの銃身を交差して、両手で受け止めないとならないほどに、ヨツヤの一振りは重い。
ギリギリと、刀の刃がツキシマのハンドガンに深く傷を刻んだところで、ツキシマは不意にハンドガンの銃身で刃を鋏むと、上半身を捻って刀の刃を受け流した。ヨツヤが、刀の柄を握る力が強いほど、刃は重力に従って床に突き刺さる。
「あ?」
ヨツヤが、重力によって自分の意思とは異なる場所で動いた刀の切っ先に怪訝そうな顔を向ける。
同時に、刀を受け流したツキシマは、上半身を捻った時に起こった勢いに乗って、軽く跳躍し、ヨツヤに向けて片足を振るった。
ツキシマの爪先が、ヨツヤの首を狙う。
「っ!?」
それに気付いたヨツヤは、反射的に首を仰け反らせ、間一髪のところで蹴りを避ける。ヨツヤが、愉快そうに笑った。
しかし、ツキシマの攻撃はそれだけでは終わらない。
弾切れになったハンドガンのグリップを握る。刀の柄を握り、ガラ空きになったヨツヤの腹部を、ツキシマは持っているハンドガンの銃身を前にして殴りつけた。
「がっ…!」
ガードの隙すら与えずに、ツキシマのハンドガンはヨツヤの腹部に深くめり込む。ヨツヤの全身に、鈍い激痛が走った。身体がくの字に折れ、強烈な吐き気と共に後方に吹っ飛ばされる。均等に並べられたテーブルに衝突し、食堂内を散らかしながら、僅かに埃を巻き上げてヨツヤは床に転がった。
「……」
ツキシマは、無言のまま倒れたテーブルや椅子の間に転がるヨツヤを見据えながら、ハンドガンに新しいマガジンを装填する。
上手く攻撃が決まったとはいえ、それだけで勝負が決したとは限らない。
ツキシマが、警戒を解かずに銃口をヨツヤに向けると、床に転がったベージュの色褪せたマントが、不気味に痙攣するように小刻みに震えた。
「く…くく…く…はは、あははははは! 面白れぇ!! 最高だァツキシマ! 退屈しない! こりゃ退屈しねぇよ! くっ…ふふふ!」
不気味に笑い声を上げると、ヨツヤは刀を床に突き刺して、それを支えにふらりとよろけながら立ち上がった。
明らかに、それなりのダメージを加えたはずなのに、それも無かったかのように愉快そうに唇を釣りあげながらゲラゲラと笑うヨツヤに、ツキシマはごくりと唾を呑む。
「もっとだ! もっと遊ぼう、ツキシマ! 頭の中をカラッポにして、血反吐吐きながら臓物ぶちまける様な殺し合いをしよう! ははは…死ぬって? 大丈夫だ、死なねえと思えば死ぬ事はねぇ!」
叫ぶと同時に、ヨツヤが地を蹴った。それを見てツキシマも発砲する。しかし、またも銃弾はヨツヤの剣先によって弾かれる。
これは、距離をとって撃っても弾の無駄にしかならない。
接近戦で、近距離射撃を狙うのが得策だ。
そう考えたツキシマは、向かってくるヨツヤを正面から迎え撃つ。ハンドガンの長い銃身を交差して、突くようにして放たれた刀の刃を、交差した銃身の中心で軌道を逸らす。ツキシマの顔の真横を通過した切っ先は、凶悪に煌めいて空を切った。
銃身の上で刃を固定したまま、ツキシマは一歩踏み込む。ヨツヤの刀の間合いに入り、銃口を彼の頭に向けて引き金を引いた。
耳をつんざく様な発砲音がして、ヨツヤの頭が爆ぜる様に銃弾に撃ち抜かれる。はずだった。
「…!」
ツキシマが引き金を引くも、銃は沈黙し、火薬の臭いを漂わせて弾ける事はなかった。
弾詰まり《ジャミング》だ。
「ジャムったか。ツイてねぇなあオイ」
ヨツヤが、ニタリと凶悪に笑う。ツキシマの顔の横に控えていた刀の刃が、ギラリとツキシマの首の方向を剥いて煌めいた。
一瞬だった。
鋭いその刃が、ツキシマのフードを破き、首の肉に食い込む。
ヨツヤが刀を薙ぐように一振りすると、刃を阻む障害などまるで無く、芸術的なまでの一閃によってツキシマの首が飛んだ。
胴体のみになったツキシマの身体がぬるりと揺れ、宙に弧を描くようにして飛んだ首は、ガシャン、と音を立てて、簡易食料が乗った皿の上に着地する。胴体から離れてもなお、頭から外れない目深にかぶったフードが少しシュールだ。
ツキシマの首の断面から、噴水の如く血が舞い上がり、ヨツヤの視界を赤く染めた。
ツキシマの胴体は、未だ事切れていないのか、フラフラと力の無い足取りで後ろに数歩後ずさると、バタリ、と両膝をついてうつ伏せに倒れる。湿った音がして、彼のハンドガンもまた、床の血だまりの中に沈んだ。
吹きあがる真っ赤な鮮血を眺めながら、にんまりと狂気じみた笑みを浮かべていたヨツヤは、床に倒れたツキシマの胴体を見ると、瞬時に我に返って真顔で視線を左右に投げた。テーブルの皿の上に乗った、フード付きの防毒マスクの首を見て、ヨツヤは酷く焦ったように顔を歪めて頭を抱える。
「ああああああああ!! 殺っちまったあああ! 殺るつもりなんかなかったのに…殺っちまった! あああ!クソ! 最悪だ! 最高だったのに最悪だ!!」
ヨツヤは、頭を抱えて絶望したように絶叫すると、八つ当たりとばかりに刀を振って傍にあったテーブルを無惨に切り刻む。
「クソ、クソ、クソ! 勿体ねぇ! 適当に生かしときゃ何度でも殺し合えるのに! 死んじまったら二度と殺り合えねえじゃねえか! クソ! 俺の…馬鹿! ホント馬鹿! ジャムなんかで死ぬんじゃねえよ! 勿体ねえな! 命は大事にしなきゃダメだろうが!」
ヨツヤは、咆哮するように悲痛な声を上げた。
そうなのである。バトルジャンキーヨツヤの憂鬱は、ここにあった。
頭の中を空っぽにして、五感のみを駆使して戦う事。それこそが、ヨツヤの生き甲斐であり、趣味なのだ。本気の殺し合いができる相手こそが、ヨツヤの求める人間なのである。
しかし、どんなに強い相手でも、殺し合いをするからには、どちらかが死ぬまで戦うのが筋である。
相手が死んだら、もうソイツとは二度と戦えない。
心の底から沸き上がる快感も、命を刃の先で扱うスリルも、その相手と感じる事は、永劫不可能になる。
それが哀しかった。コイツは面白い、と思った相手でも、結局最後にはヨツヤに心臓を突き刺されて死んでしまう。
ヨツヤは、永続的に、戦闘で得られる快感を感じていたいのだ。自分が死ぬまで殺し合い、身体の動くまま、難しい理屈は抜きで、血まみれで、身体中の筋肉が悲鳴を上げて崩壊するまで、殺し合いたいのである。
「…今日は、ああ、最高で最悪の日だ。俺の人生の中で最大のラッキーとアンラッキーが降りかかってきた日だ…。ああ…ツキシマ。悪ィ事したな。殺すつもりはなかった。嘘だ、あった。殺す気満々だった。でも、俺はオマエの死がとても哀しい。だから、せめて安らかに眠ってくれ」
ヨツヤは、今にも泣き出しそうになって目がしらをおさえながら、テーブルの皿の上に乗ったツキシマの首の前に、一輪の枯れた花を添えた。ヨツヤが、自分のマントの下から取り出した花である。こうして彼は、いつも楽しさのあまりつい殺してしまった『強い人間』に対して、追悼の意味を込めて花を贈るのだ。
枯れているが。
「…ハァ。この憂鬱をどう払ったら…あ…」
溜息をつきながら言いかけたところで、ヨツヤは、最高の憂さ晴らしを思いついた。
気分を晴らすには、身体を動かすのが一番良い。ちょうど、この列車には、『犯罪者』が乗り合わせている。
『犯罪者』ならば、いくらぶっ殺しても構わないだろう。
「ツイてねぇな。どいつもこいつも、ああ、ツイてねぇよ」
ヨツヤは、にたりと凶悪な笑みを浮かべると、頭上に上げていたゴーグルを目に装着して、血に濡れた刀を一振りする。パタパタ、と血が辺りに飛び散り、綺麗になった刀の峰を肩に乗せたヨツヤは、愉快そうに口角を釣りあげながら、食堂車両を後にした。